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超Q探偵  作者: XI
141/204

31-5

 事務所の壁掛け時計は十八時をさしている。


 とほほといった様子で、メイヤ君は事務所に戻ってきた。


「最近、これといって事件が起きていないようなのです」

「それって、この街が平和であることの証左じゃないか」

「そうかもしれませんけれど、何か案件がないと我が事務所はやっていけませんよぅ」

「前に言った。ある程度の貯金がある、って」

「それってわたし達二人が老後を幸せに暮らせるだけの額なのですか?」

「うん。それくらいは充分にある」

「やっほぅ。だったら安心しました。マオさん、ラブです。抱きついてもいいですか?」

「抱きつかなくていい」

「それなら、おっぱいなんか揉んじゃいますか?」

「それも遠慮しておこう」

「もはやバクニュウなのです」

「バクニュウ?」

「爆発の爆に、牛乳の乳で爆乳なのです」

「初めて耳にした」

「前にも言いませんでしたっけ?」

「爆乳という言葉は初めて聞いた」

「肩がこるのです。なんとかしてください」

「君は確かに胸が著しく大きい」

「でしょう?」

「だけど、今はそんなこと、どうだっていい」

「どうだっていいとかっ」

「昨日の一件について、どうやらミン刑事は犯人の目星をつけたようだ」

「えっ、もうですか?」

「どういういきさつがあってのことかは大体わかる。被害者に近しいニンゲンから洗って、そしたら被疑者に行き当たったということなんだろう」

「さすがミン刑事ですね」

「そう評価することもできる」

「とりあえず、行ってみましょうか」

「そうしよう」



 ミン刑事から聞かされた住所を訪ねた。とあるアパートの一階である。目的の一室の玄関前には若い男性の姿。刑事なのだろう。男性は私達を見つけるなり、「あっ」と声を発した。こちらが歩み出ると、握手を求められた。差し出された以上はしかたがない。私はその手を握り、「はじめまして」と挨拶をした。


「貴方がマオさんなんですね? そして、そちらの女性がメイヤさん」

「そういうことです。まごまごしたくはありません。早速、中へ通していただけますか?」

「それは勿論。ですが、自分も同席させていただきます。ミン刑事への報告義務がありますので」

「わかっていますよ」

「邪魔はしません」

「そうしてください」


 入室。


 リビングにあるソファに二人が並んで座っている。男性と女性が一人ずつ。男性は女性の肩を抱き、「だいじょうぶだよ、だいじょうぶだから」などと、ささやいている。


 男性が私に目をくれた。女性はというと、彼女は私に気づくなり、ビクッと身を跳ねさせた。「だいじょうぶだよ。だいじょうぶだから」と男性はまたささやく。女性は、こく、こくとうなずき、鼻をすすった。


「ミン刑事の引き継ぎで参りました」私はそうとだけ伝えた。「はじめまして。マオと申します」


 私は右手を差し出した。


 すると男性は、「あ、これはどうも」と言いつつ立ち上がり、握手に応じてくれた。「ソンです。ソン・アルと申します」


 ソン・アル氏は中々の男前である。きりりとした太い眉が目を引く。肌は黄色。肩幅は広く、腕も太い。筋肉質な体型だ。


「そちらの女性は?」ソファの上の女性のことを指して、そう尋ねた。

「彼女は、ギ・ミラといいます」という男性からの回答があった。

「ギさん?」

「ええ。お好きなようにお呼びください。私のことはアルでかまいませんし、彼女のこともミラでかまいません」


 アル氏はソファについた。改めて女性の肩を抱くなり、「それでいいよね? ミラ」と問いかけた。女性はこくりとうなずいたのだった。


「ソファをお借りしても?」

「どうぞ。お座りになってください」


 許可が得られたので、一人掛けのソファに座った。私の隣にメイヤ君が立った。彼女はメモを取る構えでいる。


「アルさん、貴方は被害者のお兄様でいらっしゃる?」


 ミン刑事から何も聞かされていない中、かまをかけてみた。彼は「マオのヤツなら上手くやるだろう」と私のことを買っているわけだ。その期待に応えようとは思わないが、いっぽうで、その期待を裏切るつもりもない。


「はい。そうです」


 アル氏はあっさりとそう認めた。私の勘はアタリらしい。


「弟さんはいつ、消息を絶たれたのですか?」

「エルがいなくなったのは、二週間前のことです」


 私はまたかまをかけることに決め、実際、「エルさんが行方をくらました日、貴方はどちらにいらしたんですか?」と率直に尋ねた。


「弟と一緒に漁に出ていました」

「他に乗組員は?」

「いません。二人きりでした」

「エルさんのご遺体は港に打ち上げられていたわけです。そうである以上、貴方が船上で弟さんを殺害したという説が最も真実味を帯びているわけですが」

「そうかもしれません。だが、私が犯人だと示す証拠は何もない」


 それを聞いたミラ氏が、またビクッと体を揺らした。そのアクションを見てわかった。ミラ氏もアル氏を疑っているのだ。だけど、そう信じたくはないのだろう。だから彼に肩を抱かれることをゆるしているのだ。


「証拠とは言えないかもしれませんが、手がかりくらいならありますよ」

「そうなんですか?」

「ええ。その内容について、申し上げましょう」

「お伺いしたいですね」

「先程、握手をさせていただいた時に気づきました。アルさん、貴方の右手の人差し指と中指、それに薬指の内側には傷がありますね? 新しくもないが古くもない。そんな傷です」

「それがどうかしましたか?」

「凶器は細長い刃物だった。相当、刃渡りがあったんでしょう」

「細長い刃物だった。刃渡りがあった。それがなんだっていうんです?」

「エルさんを刺した時、貴方の右手は刃を舐めてしまったんですよ」

「刃を舐めた?」

「ええ。勢い良く刺したせいで、右手が柄からすっぽ抜け、刃のほうへと滑ってしまったんです。それで、人差し指から薬指にかけて傷を負ってしまった」


 そこまで言ったところで、私は女性に目をやった。「いかがですか、ミラさん。アルさんは最近まで右手をガーゼか何かで保護されていたのではありませんか?と尋ねた。


「それは……」


 ミラ氏がそう口ごもったところで、アル氏は彼女の肩を抱くのをやめた。


「……降参です」アル氏は一つ吐息をつくと、肩を落とし、苦笑を浮かべた。「凄いですね、刑事さんは。感心しました」

「実は刑事ではありません。私は探偵です」

「探偵さん?」

「ええ。私が握手を求めた時、貴方はそれに応えるかどうか迷われましたか?」

「幾分。でも、上手いこと凌ぐ理由が見当たらなかった」

「凶器は海に投げて捨てた」

「はい」

「返り血を浴びた前掛けも捨てた」

「はい」

「どうして弟さんを手にかけたんですか?」

「弟は彼女の、ミラのフィアンセだったんです」

「となると、動機は横恋慕」

「そうです。違いありません」

「貴方が凶行に及ばれた際、弟さんはどのような顔をされましたか?」

「その質問って重要ですか?」

「重要ではありません。ただ伺ってみたいというだけです」

「弟は少し、残念そうな表情を浮かべたように見えました」

「なるほど」

「私は罪深いニンゲンです。私が弟を殺害したのは、幼稚な恋心の成れの果てに過ぎないわけですから。それはわかっていたんです。でも、だけど……」

「どうしてもミラさんのことが好きなんですね?」

「……はい」


 ミラ氏は美観に優れている。長い黒髪は艶やかで、鼻筋が通っている。瞳は大きく、浅黒い肌も健康的で魅力的だ。彼女がベッドの上で乱れる様子を想像すると、性的な欲求をかきたてられる男性も少なくないことだろう。そのうちの一人がアル氏だというわけだ。


「ヒドいです、アルさん」


 ふいにそうこぼしたのは、メイヤ君だ。見ると泣き出しそうな顔をしている。だけど一度鼻をすすると、今度は毅然とした表情で「アルさんはヒドいです」と言った。「弟さんを殺してしまったのです。ミラさんからフィアンセを奪ってしまったのです。反省してくださいとは言いません。ですけど、後悔はしてください。お願いします」


 アル氏は「わかっていますよ」と漏らすと、重たげに首をもたげた。真実を目の当たりにしたミラ氏は両手で顔を覆い、大泣きしたのだった。


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