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事務所に戻り、夜、着替えをビニール袋に詰めて、メイヤ君と一緒に銭湯に出かけた。
「マオさーんっ!」と女風呂からメイヤ君の声が聞こえてきた。「わたし、もう出ますよーっ!」
湯に浸かっていた私は立ち上がり、脱衣所で服を着た。ドライヤーで髪を乾かして表に出たところで、上手いことメイヤ君と落ち合うことができた。彼女の長く綺麗な金髪はまだ濡れている。
「風邪をひくよ? メイヤ君」
「ひきません。病気にかかったことがないというのが、わたしの自慢なので」
『胡同』にある露店のランプには火が灯され、大通りの看板にも灯りが入っている。煌々と照る丸い月は高い。そんな帰り道をゆく。
「それにしてもです、マオさん。『色聴』、でしたっけ?」
「そうだね。『色聴』だね」
「『貝屋』のご主人からすれば、自分が殺した娘さんの声は聴覚的にうるさかったわけではなくて、視覚的にうるさかったってことですよね?」
「紫色が頭の中で広がるだけなんだ。だから、聴覚、視覚といった言葉だけで表現できるような簡単な病ではないように思う」
「難しい病気ですね」
「そうだね。治癒する見込みもまずないだろうしね」
「殺されてしまった娘さんは不幸です」
「殺してしまった彼も、また不幸だよ」
「十七になれば紫色じゃなくなったのでしょう? それまでの間、親戚の人の家に預けるとかできなかったのでしょうか」
「それができるならそうしているよ」
「親戚がいなかったとか?」
「恐らくね」
「でも、誰かに面倒を見てもらうことはできたはずですよね?」
「かもしれない。だけどそうしなかったってことは、信用に足るだけの知り合いはいなかったということなんだろう」
「悲しい事件ですね」
「往々にして、事件というものはそういうものだよ。まあ、私としては真実を導き出すことができれば良かったわけだから」
「ぶぅぶぅ。それって何だか冷たいセリフに聞こえますよぅ」
「そうかい?」
「ええ、そうですよぅ。とはいえ、一つ、わかったことがあります」
「それってなんだい?」
「マオさんって物知りなのですね」
「そんなことはない。知っていることしか知らないよ」
「あと、もう一つわかったことがあります」
「それってなんだい?」
「マオさんって、理屈っぽいですよね」
「そうかい?」
「普通のひとからしたら、うっとうしいだけのひとであるように思います」
「はっきり言うね」
「マオさんとは、そういう間柄でいたいのです。なんでも言い合える仲良しでいたいのですよ」
「まあ、それは悪くないのかもしれないけれど」
「でしょう?」
「ああ。だからこそ、あえて言おう」
「なんですか?」
「短いスカートばかりはくのはよしなさい」
「ですから、その点につきましては謹んでお断りいたします」




