31-3
ミン刑事を見つけたメイヤ君はタタッと駆け寄った。
「どうしたんだ、メイヤ。こんな時間に、こんなところに」
「偶然も偶然です。たまたま近所を通りかかりまして」
「本当にとんだ偶然だな」
「そうなのです」
ミン刑事は屈んだ状態で、仰向けの遺体に向けて小さな懐中電灯を向けている。メイヤ君が膝を折ったのに続き、私も隣に並んだ。
「イカ釣りに出る漁師が見つけて通報してきたらしくってな」ミン刑事は言う。「俺はもう帰路につこうとしているところだった。なんとも災難だよ」
懐中電灯の白いライトに照らし出された男の遺体を観察する。胸の真ん中に、縦に走った刺し傷が認められた。
私はあごに右手をやり、「ふむ」と、うなずいた。「どうやら、ただの『どざえもん』というわけではないようですね」と言った。
「あからさまに事件性を帯びているって話だから、出向かざるを得なかったんだよ」ミン刑事はそう答えた。「どう見たって、こいつは他殺体だ」
遺体の刺し傷を、私は右の人差し指でなぞった。血液が付着するようなことはなかった。どうやら殺されたばかりということではないらしい。
「恐らく、海上で殺されたんだろう」
「それから数日を経て、たまたまここに漂着した」
「ああ」
「ということであれば、真っ先に疑うべきは漁業関係者ですね」
「そうなるな」
「傷口自体はそう大きくありませんけれど、深さはありますよね」と、メイヤ君が口を挟んだ。「凶器は一体、なんなのでしょうか……」
「細くて長い包丁か何かだろう」と、ミン刑事。「恐らくだが、その切っ先は心臓にまで達している。ほぼ即死だっただろうってことだ」
「むぅ……」
「本件について、メイヤは興味があるのか?」
「興味はありますけれど、いたずらに関わっていいことではないと思います」
「そりゃまたどうしてだ?」
「殺人事件だからです。お遊び気分で首を突っ込むわけにはまいりません」
「成長したな、おまえは」ふっと笑って見せたミン刑事である。「とはいえだ。何か面倒ごとに突き当たるようなら連絡する。その折には手を貸せ」
「わかりましたです。いいですよね? マオさん」
「ああ。そういうことでかまわない」
私は立ち上がり、踵を返して歩き出した。すぐに隣に並んできたメイヤ君である。
ゆっくりと家路をゆく。
「それにしても、殺人ってどうして起きるのでしょうか」
「殺したい、あるいは殺さなければならない理由があるからだろう」
「例えばです」
「ん?」
「わたしが誰かに殺されたとしたら、マオさんはどうされますか? わたしを殺したその誰かさんを殺してやろうと考えますか?」
「君はそういった質問をたびたびぶつけてくるね」
「かもしれませんけれど、ねぇ、どうなのですか?」
「うーん、どうするかなあ」
「あ、ヒドいです、それって」
「冗談だよ。きっと殺すと思う」
「おぉ、やっぱりそうなのですね。うふふなのです。うれしいのです」
メイヤ君が左腕に絡みついてきた。彼女の胸の柔らかさと体の温かみがが伝わってくる。
空を見上げると、明るい色をした月が浮かんでいた。




