31-2
「ちょっと港に寄って帰りませんか?」
食後の帰路、メイヤ君にそう誘われた。
「それはまた、どうしてだい?」
「海が見たいのです」
「いきなり不可解なことを言うね」
「実はわたし、時々、海を眺めたりするのです。なぜだと思われますか?」
「わからないな」
「お母さんが、海が好きだったからです。お母さんのことが恋しくなると、海に向かうのです」
「ほぅ」
「行きましょう」
「いいだろう。つきあうよ」
海のほうへと進むべく、暗い路地で右折を繰り返す。少し道幅のある『胡同』に出た。あとはまっすぐ進めば港だ。が、行く先をとおせんぼしている人影が二つ。近づくにつれ、ともに男性だとわかった。揃ってスーツ姿である。警察関係者だろう。
私が歩み出るより先に我が助手が前を行き、「何かあったのですか?」と彼らに問いかけた。男のうちの一人が、しっしと手を振る。その仕草を見てムッときたのか、メイヤ君は大きな声で「何かあったのですか!」と改めて問い質した。
男は「お嬢さん。ご覧の通り、封鎖中だ。回れ右をしてほしい」と言うと、今度は私に目線を寄越してきた。「あんたもだ。とっとと帰りな」
「らしいよ、引き返そう」私はメイヤ君にそう声をかけた。「海を見るのはまたにしよう」
「海はもうどうでもいいです。ですけど、この先で何が起きたのかは気になります」そう言って彼女は引かず、むしろ男に詰め寄る姿勢を見せた。「通してください。お願いします」
「だからね、お嬢さん」
「わたしはミン刑事の知り合いです」
「ミン刑事の?」
「はい。メイヤです。メイヤ・ガブリエルソンと申します。ちなみに隣の男性はマオといいます」
「マオ? ああ、聞いたことがあるな。そうか。あんたが例の探偵さんか」
「おにいさんてっばマオさんのことはご存じなのに、わたしのことは知らないのですか?」メイヤ君が不満げな言い方をした。「わたしもそれなりに有名人であるはずなのですけれど」
「いや、正直言うと、お嬢さんのことは知らないな」
「ぶぅぶぅなのです」
「メイヤ君、いい加減、帰ろう」
「嫌です。帰りません」
「何が君をそこまでかきたてるんだい?」
「興味本位です」
「まるで感心できない理由だね」
とは言ったものの、メイヤ君が身を翻す素振りすら見せないとなると、つきあうしかないかと諦めざるを得なかった。今日も彼女の好奇心に振り回されてしまうらしい。最近の私はわがままを受け容れることで助手を甘やかしていると認める。
「まあ、本件の担当はミン刑事なんだが……」男は言った。
「じゃあ、問題ありませんよ」と、メイヤ君。「わたし達を通したところで、貴方がたお二人たおとがめを受けることはないはずです」
「そこまで言うなら、まあ……」
「わかったなら、はいはい、通してくださいませ」
メイヤ君は両手を使って男二人を左右にどけた。ずんずん先へと進む。「マオさん、れっつらごーですよっ」と右の拳を突き上げる。
私はあとに続いた。
まったく、やれやれだ。




