31.『横恋慕』 31-1
いつもなら朝から外回りの営業に出るはずのメイヤ君であるが、今日は夕方になってから目を覚ました。私が回転椅子の上で夕刊に目を通している最中にこちら来て、デスクの端に乗り上げたのだ。そんな彼女を一瞥する。頭にはボルサリーノ。相変わらず下着姿だ。色は黒。レースの付いたTバックをはいている様が見て取れたので、デスクの上に生身のおしりは冷たいだろうと指摘したのだが、「このひんやり感はいい感じなのです」という返答があった。「そうかい」と答えつつ、私は新聞に目を戻した次第である。
「改めて、おはようございますです、マオさん」
「ああ、おはよう。今日はお寝坊さんなんだね」
「二度三度と目は覚めたのですよ。でも、なんだかどうしても眠たくって」
「良くない傾向だ。夜型になるのはいただけない」
「今日だけですよぅ。ところで、何か面白い記事はのっていますか?」
「いいや、ないね。いつも通りの夕刊だ」
私は新聞を折り畳み、それをデスクの上に置いた。改めてメイヤ君に目をやる。彼女は両手を突き上げ、大きなあくびをした。背中を反る様子は非常にしなやかである。
「それでは、夕食を食べに出ようか」
「大いに賛成です。お肉が食べたいです」
「寝起きに肉を食べられるなんて、君はやっぱり若いんだね」
「そうです、若いのです」
「そうと決まったら、まずは服を着なさい」
「はーい」
夜道を行く中、やっぱりメイヤ君の恰好には、眉をひそめたくなった。
「今日も短いパンツなんだね。そういう恰好はどうかと思うなあ」
「前にも言いましたよ? 足がすーすーしていないと気持ちが悪いって」
「私も前に言った。露出が多い着衣はやめてほしい、ってね」
「タイトなトップス、短いボトムスでないと、メイヤちゃんでないのですよ」
「聞く耳は持ってもらえないんだね」
「これも前にも言いましたよ? わたしが警察と懇意にさせていただいている以上、危ない目には遭わないだろうって」
「さらわれるようなことはなくても、痴漢くらいには遭うかもしれない」
「そんなヤツは容赦なく撃退してご覧に入れます」
「いたずらに男性を敵に回す必要はないと思うけど」
「まあ、とりあえず、おなかがぺこぺこですので」
『焼肉屋』を訪れた。屋外。天板が取り外されたドラム缶の上に置かれている網に、メイヤ君はせっせと肉を並べる。牛の肉をメインにオーダーした。ちょっと奮発した。彼女はばくばく食べる。本当に良く食べるのだ。「ほらほら、マオさんもとっとと食べてください。焦げちゃいますから」と言って、私の皿にもどんどん肉を寄越す。助手の旺盛すぎる食欲に少々辟易しつつ、私も食事を進める。肉を咀嚼しながら、ちょっとした疑問に駆られた。犬猫はペットとして愛される。いっぽうで牛や豚や鳥は食用として重宝される。一般的に見てそれって当たり前の価値観であるわけだが、動物に対してはことのほか優しいメイヤ君である。だったら、ベジタリアンであって、しかるべきではないのか。
そのへんをぶつけてみると、「そうですね。ちょっと矛盾しているかもですね」という潔い回答が返ってきた。「確かに食用にされる牛さんや豚さん、それにニワトリさんは可哀そうだと思います。でも、だからこそ、わたしは食べるのです。食べることで彼ら、彼女らを体の一部にするのです。言わば命を背負込むのです。それがヒトとしての礼儀だと思うのです」
「なるほど。君はそういう考え方をするのか」
「そうなのです。では、新たなお肉を頂戴してきますです」
メイヤ君は店内へと姿を消した。
命を食しているということについて自覚的な彼女には、不思議とたくましさのようなものを感じた。




