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事件から二日が経過し、ミン刑事から「会って話そう」との連絡を電話で受けた。
彼は昼過ぎになって、我が事務所を訪れた。
「例の件、あらかた調べがついたよ」ソファにつくと、ミン刑事はそう切り出した。
「犯人がわかったのですか?」私の隣に座っているメイヤ君の声は期待感を帯びている。
「過去の強姦事件、あるいは強姦未遂事件を洗った。苦痛なことだろうが、おまえ達が窮地を救った被害者にも協力を要請した。すると、一人の男が犯人として浮かび上がった」
「じゃあ、事件は解決したのですね?」
「それが、そうじゃないんだよ、メイヤ」
「どういうことですか?」
「強姦致死に見舞われた一人目の被害者、それに、おまえ達が助けた女性。二人からは同様の体液が検出された。DNAが同じだったってことだ」
「DNAが同じなのに、犯人を特定できないのですか?」
「結論から話そう。双子なんだよ」
「双子?」
「そう。双子だ」ミン刑事はコーヒーを静かにすすった。「強姦の前科があるのは弟のほうだ。二年ほど前に、その弟は警ら中のニンゲンに現場で取り押さえられたらしい。顔写真を見せたところ、今回の被害者は『コイツが犯人だ』と言い切った。だから、俺達はそいつのアパートを訪ねた。そしたら、同じ顔のニンゲンが二人いた。そういうことだ」
「ひょっとして、双子だったらDNAも同じだってことですか?」
「九十九パーセント以上、同じなんだよ。だから、体液からはどちらか判別できない」
「でも、指紋は違うのですよね?」
「ああ。だが、現場には犯人を示す指紋は残されていなかった」ミン刑事は苦笑じみた表情を浮かべた。「双子の兄弟は揃って傲岸に言い放ってくれたよ。一体、俺達のどちらが犯人なんですか、ってな」
「二人ともしょっぴいいてやればいい話じゃありませんか」
「『疑わしきは罰せず』っていう言葉を知っているか?」
「それは知っていますけれど……」
「こんな腐った街にあってもだな、それくらいの倫理はあるんだよ。双子はその点を巧みに突いてきた。あっぱれだよ、はっきり言って」
「そんな……」
メイヤ君は頭を抱え、綺麗な金色の髪をくしゃくしゃにした。「泣くなよ」とミン刑事に言われても髪を掻きむしることをやめない。そのうち、ひっくひっくとしゃくりあげ始めた。私は彼女の背を左手でさする。「そんなの、おかしいです」と彼女は言う。「そんなの、そんなの、おかしいですっ」と続ける。
「本件はお蔵入りというわけですか」私は問うた。
「そうするしかない」ミン刑事は鼻から息を漏らした。「女性の人権を踏みにじるつもりは毛頭ない。だが、法を守るべき警察が法を犯しちまってどうするんだって理屈だよ」
「合点がいく判断です。法の内にあっては、彼ら双子を裁くことは不可能でしょう。しかし、そうであるなら、法の外で彼らを裁けばいい」
「マオ、おまえは何を言っている?」
「悪しき者には天罰が下るものでしょう? ミン刑事。双子の住所を教えてください」
「いいのか?」
「かまわないと言っています」
「……悪いな。なんだかんだ言って、汚れ仕事はいつもお前に任せちまってる」
「気になさらないでください」
髪をしっちゃかめっちゃかに掻き乱して泣きじゃくるメイヤ君の背を、私は改めて撫でてやった。




