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超Q探偵  作者: XI
132/204

30.『ゆるされざる双子』 30-1

 事務所にて。


 デスクについて朝刊に目を通していると、昼寝をしていたメイヤ君がソファから起き上がった。おもむろに近づいてくるなり、無作法にデスクに乗り上げる。いきなり私の頭のてっぺんをがしがしと乱暴に撫でてきた。それを無視する私である。


「マオさん、髪、だいぶん、伸びましたね」

「最近、切っていないからね」

「短くしたほうがシャンプー代が浮きます」

「経費を湯水のごとく使う君に言われたくない」

「散髪に行きましょう」

「いいよ、別に。不自由はないから」

「男のヒトはさっぱりした髪型でいるべきです」


 そう言われたところで、私は新聞をデスクに置いた。よいしょと腰を上げ、後方の窓のブラインドを開けた。


「同じことを昔、提案されたことがある」

「あ、シャオメイさんに言われたんですね?」


 シャオメイというのはかつての恋人の名だ。癌で死んでしまったのだが。


 メイヤ君が後ろから私の襟足に指をすかしてくる。「やっぱり思いきってヘアスタイルを変えてみましょう」だなんて言ってくる。


「なんだい、短く刈ればいいのかい? だったら、坊主頭にでもしようか?」

「ダメです。マオさんに坊主頭は似合いません」

「じゃあ、どうしろって言うんだい」

「美容室に行きましょう」

「美容室? 床屋じゃないのかい?」

「オシャレ男子は美容室でヘアスタイルを整えるのです」

「オシャレでもないし、男子でもないよ」

「とにかく、行ってみましょーっ」



 メイヤ君にぐいぐいと手を引かれ、表通りの美容室を訪れた。見るからに洒落た店だ。ドアを開けると、りんりんとベルが鳴った。


 出迎えの声。「あら、メイヤちゃん、いらっしゃい」と発したのは、長い黒髪の若い女性だった。というか、広い店内にいる従業員みなが若い。客もそうだ。なので私はすぐに引き返そうと身を翻した。


 メイヤ君が「ダメです、マオさん。逃がしませんよぅ」などと言いながら、腰に両腕を回してきた。店内に留めようとする。


「メイヤ君。私はこういうところにはまるで用がない」

「オシャレにしてもらうのです。マオさんは身なりに気を配らなさすぎです」

「清潔にはしているつもりだ」

「でも、今の髪型はうっとうしいのです」

「だったら、知り合いの床屋に行くから」

「床屋さんはオシャレではないのです」

「それは床屋に対して失礼な物言いだ」

「いいから、わたしの言うことを聞いてください。わたし好みのヘアスタイルにして差し上げますので」

「結局のところ、それが本音かい?」

「そうです。わたし好みの素敵なマオさんが良いのです」


 メイヤ君は尚も店内へと引っ張り込もうとする。抵抗するのも馬鹿らしくなって、やむなく待ち合い席に着いた。吐息が漏れた。がっくりと首をもたげたくもなった。どうしてオシャレにしなければいけないのか。どうして順番が来るのを待ってまで髪を切ってもらわなければならないのか。


「あのねぇ、メイヤ君」

「なんですか?」

「私はおじさんなんだ。そのあたりは自覚しているんだ。もう三十路なんだよ?」

「まだ三十路じゃありませんか。そんな考え方だから、どんどん老け込んじゃうんですよ」


 順番が回ってきた。黒髪の女性に「どーぞぉ」と席へと促された。「どうしますか?」と訊かれたのだが、それに答えたのはメイヤ君だった。


「サイドは耳が出るくらいに短くしてください。襟足は整えるくらいでいいです。長い前髪にはパーマをお願いします」

「待ちなさい、メイヤ君。君は今、パーマと言ったのかい?」

「そうです。前髪はひらひらにするのです」

「意味がわからない」


 続けて文句は言おうとした。でも、髪型なんてどうだっていいのだという基本に立ち返った。だから出来上がるまでの間、無言で過ごすことにした。


 二時間後。


 やっと仕上がった私のヘアスタイルを鏡越しに見ながら、メイヤ君が「おぉ、おぉーっ」と歓喜に満ちた声を発した。


「思った通りです。お似合いです。わたしのセンスに狂いはありませんでしたね、ふはははは」


 私はひらひらになった前髪を指でつまんだ。

 確かに頭は軽くなったが、どうにもしっくりこなかった。


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