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超Q探偵  作者: XI
131/204

29-4

 栗色の髪をした蠱惑的な女性が向こうへと去り行く。

 入れ替わるようにしてメイヤ君がこちらへと戻ってきた。


 メイヤ君は、しょんぼりとした顔で隣席に着いた。バーテンに「レッドアイをください……」と言う声も小さい。カクテルに口を付けると、彼女はしくしくと泣きながら左右の手を使って両の目元をこすった。じんわりと浮かぶ涙を拭い、それからテーブルに突っ伏したのだ。くぐもった声が聞こえてくる。


「負けちゃいました……」

「見ればわかるよ」

「ブラックジャックです。最初は調子が良かったのです」

「調子がいいところでやめておけば良かったのにね」

「でも、倍々でチップが増えていくものですから」

「どんな状況においても、引き際というのは肝心だ」

「虎の子の十万ウーロンが溶けてしまいました」

「必要経費だったと思うことにするよ」


 実を言うと、私のジャケットの内ポケットには、まだ九十万ウーロンほど入っている。念のために持参した。でも、メイヤ君には内緒だ。彼女なら「一獲千金を狙いましょーっ」と言うに違いないからだ。


「じゃあ、帰ろうか、メイヤ君」

「わたしは散ったのです。十万ウーロンとともに散ったのです」

「何わけのわからないことを言っているんだい」

「このままそっとしておいてください」

「じゃあ、そうしよう」私は椅子から腰を上げ、さっさと席を後にする。

「じょ、冗談ですよ、マオさんっ」と訴えながら、メイヤ君は追いかけてきた。


 彼女は体をぶつけるようにして、私の左腕にしがみついてきたのだった。



 翌々日のことだ。メイヤ君がソファに横たわってぐーすか寝ているなか、私は朝刊に目を通していた。我が街『カイ)ホー』の新聞だ。それでも一報としてのっていた。『ロンシンフロント』のくだんの国営カジノの金庫から、ごっそりと金が盗まれたらしい。


 驚きはしなかった。ただ鼻からふっと息が漏れ、ふふっと笑ってしまった。

 どうやらあの美しい泥棒さんが言っていたのは本当のことだったようだ。


 メイヤ君は『おきあがりこぼし』のように、ぴょこんと上半身を縦にした。「ふにゃふにゃ」言いながら洗面所へと向かい、歯ブラシをくわえて出てきた。こちらに近づいてくる。のんびりとした調子で、「マオさん、どーしたんですかあ、愉快そうな顔をしてー」と訊いてきた。彼女はデスクに乗り上げると、真っ白なふくらはぎを前後に揺らす。


「別に、何もないよ」

「えー、なんだかとっても楽しそうに見えますよぉ?」

「気のせいだ。ところでメイヤ君」

「なんですかあ?」

「下着姿はやめなさい。きちんと服を着なさい」

「はーい」


 泥棒さんのことを思い浮かべる。しなやかで美しい女性だった。けっしてもう会うことはないだろうが、それでも仮に、次、出くわすようなことがあれば、名前くらいは尋ねてみようと思う。


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