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超Q探偵  作者: XI
130/204

29-3

 外見的には、メイヤ君はとても十八には見えない。彼女にその旨を伝えると、「老けているって言うんですか!」と怒られそうな気もするし、「えへへ、やっぱり大人っぽいですよねぇ」と喜ばれそうな気もする。状況によって回答は違ってくるだろう。現状においては「大人っぽいね」と言っておくのが正解であるはずだ。期待通り、「そうです。わたしはもう大人なのです」という微笑みが返ってきた。


 店内に入ると、メイヤ君がパパッと前に躍り出て、両手を左右に広げた。


「すごーい! カジノってこういうところなんですね!」

「外観はそう目立たないけれど、内装は結構派手だね」

「遊びましょう、マオさん」

「こういう華やいだ雰囲気は苦手なんだよなあ」

「そうおっしゃらずに」

「バー・カウンターは何階かな?」

「あっ、ちょっと待っててください。訊いてきますですよ」


 メイヤ君がスカートの丈をひらひらさせながら駆け足で戻ってきた。いい加減、もっと露出を控えなさいと言いたくなってきた。ともすれば下着が見えてしまいそうだ。


「二階だそうですよ」

「わかった。じゃあ、私は酒を飲んでいることにする」

「えー、遊ばないんですかあ?」

「一人で遊んできなさい。小遣いは必要かい?」

「必要です」

「いくらだい?」

「百万ウーロンほどください」


 メイヤ君が両手を差し出してきた。「はい、ちょーだい」とでも言わんばかりのポーズである。


「馬鹿を言いなさい」と私は一喝した。


 百万ウーロンもあれば、我が事務所を一年借りることができる。百万も持って遊ぶというのは、明らかに暴走だ。


「じゃあ、五十万でいいです」

「君の金銭感覚はどうかしている」

「それじゃあ、十万だけください。見事、倍にしてお返ししますので」


 メイヤ君はにこにこと笑っている。他人に金を貸していいことなんて一つもないのだが、まあ、なんというか、メイヤ君が他人かと問われるとそうではないと答えるしかなく、だから私は懐から紙幣を十枚取り出して、それを彼女に手渡すしかないのだが。


「倍とは言いましたが、三倍にして差し上げますですよ!」


 向こうへと駆けていくメイヤ君である。彼女は結構、ラッキーなニンゲンである。ひょっとしたら、三倍はおろか、四倍、五倍になって返ってくるかもしれない。が、彼女はラッキーである反面、何事についてものめり込むタチだったりもする。だから、引き時を見誤るようなケースも考えられる。まあ、くれてやってしまった金のことについて、あれこれ言ったところでしょうがない。十万ウーロンはもはや消失してしまったと考えておくのがベターだろう。


 エスカレーターで二階へと上がる。フロアの中央にバー・カウンターがあった。楕円形のカウンターの周囲に備え付けの丸椅子が並んでいる。そのうちの一つに私は腰掛けた。白いタキシードを着て『カウボーイ』をオーダーするのは不思議と気が引けて、だからバーボンのロックを頼んだ。一つ口にしただけで、かっと胸が熱くなった。きついアルコールは好きではないのだが、悪くはないなと感じた。カジノというあけっぴろげな空間が、私の脳をも開放的にさせているのかもしれない。


 ミルクティーのような甘さを感じさせるような香りが、ふいに鼻先をくすぐった。香りの先を追う。振り向くと、真っ白なドレスに赤いショールをまとった女性の姿があった。肩に届く栗色の髪は艶やかで、その微笑みを一言で表現すると色っぽい。妖艶な美女だ。万人の男が振り返らざるを得ないような容姿である。


「お隣、よろしいかしら?」


 そう問われ戸惑ったのは束の間のこと。私は左手を広げ、どうぞと彼女を促した。


「ブラッディマリー」


 女性は席に着くと、バーテンダーにそうオーダーした。グラスが運ばれてくる。小さく乾杯。彼女はグラスを置くと、ふふと静かに笑って見せた。


「どうして、私に声を?」

「後ろ姿が好みだったからです」

「軽い女性だと公言しているようなものですね」

「手厳しいことをおっしゃるのね」

「あまり長い時間、お付き合いはできませんよ。連れがいるので」

「でも、多少のおしゃべりくらいは、いいでしょう?」

「ええ。かまいませんよ」


 女性はゆったりと首を傾げ、ゆったりと微笑んだ。私は長く伸びてきた前髪を掻き上げつつ、「といっても、こちらから切り出すような話題はありませんが」と断りを入れた。


「でしたら、私から一つ、面白いお話をして差し上げましょう」

「貴女がお話ししたいというのであれば、ご自由に」

「素っ気ないんですね」

「性分でして」


 バーボンをすすってから、女性に横目をやる。「色っぽい目つきをされるのね」と褒められた。「貴方のような男性、私はやっぱり好きです」と微笑を投げ掛けられた。


 女性はピンクのルージュがのった、なんとも色気のある厚ぼったい唇をゆっくりと開いた。


「実は今、このカジノの金庫から、お金を頂戴している最中なんです」


 突拍子もない話だとは思ったが、私はどんな事象に出くわしてもあまり驚いたりはしない。そういうタチなのである。


「盗みを働いているさいちゅうだと?」

「ええ」

「どうやって、ですか?」

「非常に原始的なやり口です。金庫は地下にあって、特注のドリルで底に穴をあけています。この建物の地盤は緩いんです」

「どこからかこのカジノの真下までトンネルを掘った、と?」

「一年かかりました」

「ほぅ。しかし、金庫には監視カメラが設置されているはずです」

「監視員を抱き込んでいるとしたら?」

「ならば、不可能ではない」

「でしょう?」

「国営カジノをわざわざ狙ったのは?」

「私営のカジノでは偽札が横行しているからです」

「なるほど。しかし、お仲間が金庫破りをしている最中に、どうして貴女は遊んでいらっしゃるんですか?」

「お金をいただく夜はパーティです。そういう考え方って、いけませんか?」

「そうは言いません。で、貴女は何者なんです?」

「ただの泥棒です。しかし、女性はみな、泥棒なんですよ?」

「というと?」

「女性は男性の心を盗むでしょう?」

「なんともクサい物言いですね」

「お気に召しませんか?」

「そういうわけでもありませんが」


 女性は飲みかけのブラッディマリーを残したまま、細い右手をこちらに差し出してきた。「どうか口づけを」と言われたので、彼女の手を取り、甲にキスをした。鼻孔をくすぐった甘い香りが、口の中でふわりと広がった。


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