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超Q探偵  作者: XI
13/204

3-3

 警察署の取調室で木造りの丸い椅子に座って待っていると、二人の制服警官に伴われ、くだんの父親が姿を現した。手錠をかけられている。ミン刑事があごをしゃくって見せると、警官二人は速やかに退室した。


 木製のテーブルを挟んで殺人犯らしい父親と向き合った。薄汚れた黄色のシャツに黒いパンツという粗末ないでたちだ。彼は目を伏せている。こちらと目を合わせようともしない。私の背後の壁にはミン刑事が背を預けていて、私の隣に立っているメイヤ君はやはりメモを取るべく構えている。


「なんだ? なんの用だ? 何が知りたい?」


 父親は矢継ぎ早にそう問うてきた。根がせっかちなのだろうか。上目遣いで暗い視線を寄越してきた。


「娘を殺した動機については、そこに突っ立っている刑事さんに話したので全部だ。他には何もない」

「娘さんがやかましかったから殺した、ということですね?」

「ああ」

「貴方にとって、娘さんはどういうかたでしたか?」

「いい娘だったよ。俺にはもったいないくらいな」

「なのに、やかましいという理由だけで殺害した」

「そういうことだ」

「やかましいというのは、実際に声がうるさかったということですか?」

「ああ」

「だとするなら、例えば耳栓でもしていれば良かったのでは?」

「そいつは刑事さんには訊かれなかったな。馬鹿みたいな質問だからかね」

「耳栓はしていたと?」

「していた。欠かさなかった」

「では、声はずいぶんと軽減されていたのでは?」

「それでも、どうしたって聞こえてくる」

「小さな声ですらやかましかったと?」

「ああ」

「なるほど」

「そのへんの理由が、あんたにわかるのか?」


 私はあごに手をやり、首を傾げた。刹那考え、一つの結論に至った。


「『色聴』という言葉はご存知ですか?」

「『色聴』?」

「ええ。『色聴』です。『共感覚』の一種ですよ。『共感覚』とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚をも生じさせる特殊な知覚現象のことを指します。世の一部の人間について、その『共感覚』が認められるとの話を耳にした覚えがあります。すなわちですが、ひょっとして、貴方には音や声が『色として感じられる』のではありませんか?」

「何を言わんとしているのか、ぜひとも聞かせてもらいたいな」

「常人にはけっしてわからない感覚です。だが、言わば『患者』たる貴方の頭の中においては、あらゆる音や声が色として認識された」

「それで?」

「それだけです。それが『色聴』だということです」

「白状したほうがいいか?」

「貴方にその気があるのなら」

「正解だよ」

「ふむ。そうですか」

「ああ。ところで、あんたは誰なんだ?」

「しがない探偵ですよ」


 男が、ふっと息をついた。自嘲するような笑みを浮かべた。


「やかましいというより、うっとうしかったんだ。音や声がすべて色になって頭の中で反響する。その感覚が、あんたにはわかるか?」

「ですから、わからないと言っています」

「ウチの娘の声は、十六を迎えると同時に、紫色になった」

「紫色?」

「ああ。十六の娘の声は、すべて真紫なんだよ。俺は紫色が大嫌いなんだ」

「だから殺したと?」

「ああ。頭の中で広がる紫色を消したいがために殺した。そんな動機じゃいけないか?」

「十六の少女の声はすべて紫色なんですか?」

「ああ」

「だとしたら、十七ではまた色が違った?」

「そういうことだ」

「だったら娘さんが一つ年を重ねるまで我慢すれば良かったのだと思いますが」

「我慢できなかったんだ、本当に。我慢できなかったんだ」

「娘さんに対する贖罪の気持ちは?」

「申し訳なく思っている。だが、俺にはどうしようもないことだった」

「『色聴』であることを、誰かに打ち明けたことは?」

「ヒトに話したのは今回が初めてだ。正直、驚いてるよ。俺の抱く『感覚』が、医学的に立証されているとは思いもしなかった」


 私はミン刑事の方を振り返り、「だ、そうですよ」と言った。


「……わかった」ミン刑事は重々しい調子で口を開いた。「大体、わかったよ。そういうことも、あるんだな」

「はい」と私は答えた。「どうにも、そうみたいですね」

「報酬はあとでくれてやる。楽しみにしておけ」

「そうします」


 私は「さあ、行こうか、メイヤ君」と声をかけた。


「はい……」メイヤ君はきょとんとしている。「音や声が色として頭の中で反響する、ですか……」

「そういうことも、あるってことだよ」


 メイヤ君とともに、私は取調室を辞去した。


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