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超Q探偵  作者: XI
126/204

28-4

 くだんの倉庫へと足を踏み入れ、建物の中央でリッチ氏と対峙した。私達二人を遠巻きに見守るような格好で、白人の女性と黒人の男性が並んで立っている。

 

 メイヤ君はすみに積まれた木材の上に座っていた。後ろ手に縛られ、さるぐつわをされた状態だ。それでも発音から「マオさーん、マオさーん」と言っているのはわかる。


「きちんと来ましたよ。さて、彼女を返してもらいましょうか」

「場合によっては返すと言った。要はミッションをクリアしてから、その言葉を吐けって話だ」

「そのミッションとは?」

「俺を組み伏せて見せろ」

「力でもってねじ伏せろと?」

「力こそがこの世のすべてだ」

「そんなふうにおっしゃられるリッチさん、改めて貴方に問いたい」

「何かな、探偵さん」

「『あの時』、私を殺さなかったのはどうしてですか?」

「ポリシーだよ」

「ポリシー?」

「醜く命乞いをするようなら殺していた。クライアントからの依頼うんぬんは抜きにしてな。だが、おまえは一切、折れなかった」

「そこにあなたの美学があると?」

「そういうことだ。かかって来い」

「お断りです」

「何が言いたい?」

「貴方のほうからかかってきてください」

「となると、おまえは後悔することになる」リッチ氏は黒縁眼鏡を外して捨てた。

「後悔なんて、しませんよ」と私は言ってやった。


 リッチ氏が右のストレートを振るってきた。少々左に動くことで私はその一撃をかわす。今度はこちらから右の拳を、それから左の拳を順番に突き出す。いずれもガードされた。三発目の右を放った。それをリッチ氏が左の手のひらで受け止める。渾身の力を込めたのたが、それを制することは彼からすれば容易なことだったらしい。


「こんなものかね、探偵さん」

「まだ始まったばかりですよ」


 多少距離を取ったリッチ氏が、私の両肩に両手でチョップを浴びせようとする。どっしりとした重みを感じつつもそれを両手で凌ぎ、右のローキック、それから相手のシャツの襟を掴んで巴投げ。即座に跳ね起きて顔面を蹴り上げようとしたのだが、相手は向こうにごろんと転がることで回避して見せた。リッチ氏はゆっくりと立ち上がり口元に笑みを浮かべる。一方、私は荒い息。基礎体力が違うことの証左だ。


「フレキシブルに動くな。『プンチャック・シラット』か」

「かじっている程度ですが。貴方のはいわゆる『CQB』、『クローズ・クォーター・バトル』だとお見受けする」

「何せ元軍人なんでな」

「そう簡単にやられたりしませんよ」


 こちらが改めてパンチを、二発、三発打ったところで、リッチ氏の左の拳が飛んできた。屈むことでそれをかわし、左のアッパーカットを決める。相手のあごが上がったところで、右のボディブロー、さらに左のミドルキック。いずれも綺麗に入ったのだが、、リッチ氏は顔をゆがめるどころか歯を覗かせて笑って見せた。


「見た目以上にパワーはある」

「それでも貴方の退治は難しいようだ」

「探偵さん。今、俺は楽しんでいる」

「サディストなんですね」

「ああ。根っからのな」


 ふいに放たれた右の上段蹴りを左腕でガードする。大振りの蹴りだ。とっとと意識をとうと決めにかかったのか、あるいは力でもって体ごとぶっ飛ばそうと考えたのか、それはわからない。だが、こちらが攻撃に耐えたことで隙が生じたことは事実だ。蹴りを防ぎつつ、相手の軸足である左脚に右脚を引っ掛け、大外刈りの要領で押し倒した。相手は仰向けに、こちらはうつ伏せに倒れ込む。私は素早くリッチ氏の上に馬乗りになった。いくら私のほうが非力であるとはいえ、この態勢で立て続けに拳を浴び続ければ、やがては強靭なリッチ氏でも音を上げざるを得ないだろう。


 リッチ氏はにやりと笑った。


「そうか。運命ってヤツは、ここで止まれと、俺に言っているんだな」

「お二人のお仲間に加勢されたら抵抗のしようがありませんでしたが」

「これは俺だけの戦いだ」


 事実、白人の女性も黒人の女性も突っ掛かってはこない。それどころか、二人して出ていってしまった。


「探偵さん」

「なんでしょう?」

「ここで引くのが俺の運命だとは言った。そいつは結構悲しいことかもしれないが、反面、俺は喜んでいたりもする」

「意味がわかりませんね」

「俺のルーツは中東だ。少年兵をやっていた。神に殉ぜよという宗教のもとで育った」

「それがどうしたと?」

「俺の腹の中には爆弾が入っている。ガキの頃に腹に埋めつけられた爆弾だ」

「それは今でも使い物になるものなんですか?」

「使えるんじゃないか? 俺はそう思っている」

「何をおっしゃりたいんです?」 

「俺は強い。そんな俺を、一対一で負かしてくれる相手をずっとずっと切望していた。お前さんにならそれは可能だろうと踏んだ。だから、起爆装置のスイッチを押して戦いに挑んだ。軍人にとって、負けは死と同義だからな」

「自爆されると?」

「ズボンを探ってみろ。右のポケットだ」


 私は彼のチノパンからそれを探り当てた。黄色くて短い筒状の物体を取り出した。デジタルで表示されている時間はマイナス方向に刻まれている。タイムリミットだろう。


「装置を解除する手段は?」

「古いかたちの爆弾だ。あるわけないだろう?」

「なるほど」

「さあ、とっととお嬢さんの盾になってやれ。彼女にはなんの罪もないんだからな」 


 選択の余地はなかった。


 起爆装置を放り投げ、立ち上がって駆ける。メイヤ君のもとまで走り、彼女のことを胸に抱いた。まもなくして、後ろで爆弾が炸裂した。幸い、そう大きくはない爆発だった。だからメイヤ君を守ることもできたし、私も無傷でいられた。振り返ってみると、リッチ氏の肉体が吹き飛んだあと。肉片だけが散っていた。


「メイヤ君、だいじょうぶかい? どこか痛くはしていないかい?」

「まおひゃん、まおひゃん」


 そうとしか発声できない彼女のさるぐつわを取ってやった。縄で後ろ手に縛られているのも解いてやる。


「マオさんっ」と言いつつ、彼女は首にしがみついてきた。「マオさんなら絶対に助けてくださるだろうと思ってました!」

「危なかったけどね。まさか自爆するとは考えていなかった」

「どうして自ら命を絶つような真似をしたのでしょうか」

「彼の定めたルールの中で泳がされていたようだ」

「ルール?」

「遊ばれてしまったんだよ、私は」

「遊ばれたって、そのへん、ちゃんと説明してくださいよぅ」

「ひと言で片づけてしまうと、それが男の世界だということだよ」


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