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二日後。
まいった。メイヤ君が帰宅しない。おつかいに出ていったきり、待てど暮らせど戻ってこないのだ。ミン刑事に連絡を取ったところ、ヒトをたくさん動員して探すと約束してくれた。彼女がいなくなってしまったとなると、彼も気が気でないことだろう。
散々ぶん殴られてまだ二日。なので、少し動くだけで体中に鈍痛が走り、ヒドい頭痛に見舞われ、加えて吐き気なんかももよおしたりするのだけれど、そんなことにはかまっていられない。全身に巻かれている包帯を取り払い、ちゃんと服を着て、両手を突き上げ、うんと伸びをする。だいじょうぶ。きちんと動ける。これなら何があってもすぐに行動できるだろう。
事務所で彼女が見つかったという連絡を待った。だけど、あと一時間が経過しても朗報がなければ、自らも捜索に加わろうと考えていた。
三十分が経ったしたところで、デスク上の黒電話が入った。私は受話器をすぐに取りあげた。だが、期待したミン刑事からの連絡ではなかった。
「よぉ、探偵さん。警察がわんさか湧いているようだが、首尾はどうだ?」
忘れもしない。その声は薄暗いあの倉庫で、強烈な一撃でもって私の意識を断ってくれた男のものだった。名はリッチと言っていたように思う。
「私に連絡を寄越されたということは、貴方がメイヤ君をさらったんですね?」
「メイヤか。いい名前だ。そして面白いお嬢さんだ。電話番号も簡単にしゃべってくれたよ。彼女はおまえが助けにくると信じ込んでいるらしい」
「私に執着される理由はなんです?」
「だから、おまえさんのことを面白い男だと感じているからだよ。もう一度、会いたくってな」
「だったら、直接、訪ねてくれば良かったんですよ」
「それじゃあ気が利いていない」
「貴方の仲間に加われば、人質を解放してもらえるんですか?」
「場合によっては、な」
「食えないかたですね」
「それはおまえもだよ、探偵さん」
「どこの公衆電話をお使いに?」
「東の港だ。おまえをなぶってやった場所で待つことにする」
「詳しい居場所を教えてください」
「住所はわからん。ただ、三角屋根の倉庫だ。このあたりは丸い屋根ばかりだから、それで判別がつくだろう」
「了解しました」
リッチ氏らはとても賢い連中に見えた。『プロの殺し屋』。本当に、そういった呼称がとにかくしっくりくるのである。なのに、居所をなんのためらいもなく教えてくれた。不思議な手合いだ。ある種の馬鹿だとも思う。否。彼らは常に状況を楽しんでいるのだろう。そのへん、鼻につく。鼻っ柱の一つもへし折ってやろうという気になる。
「とっとと来い。警察が先に到着するようなら、お嬢さんの命は保証しない」
「わかりました。動くなと言っておきますよ」
「ほぅ。思いのほか、おまえさんは大物であるようだな」
「顔が利くというだけです」
「正直、警察の初動の速さには驚いている」
「貴方がさらった女性は要人なんですよ」
「そいつは知らなかった」
「急行します」
「ああ。首を長くして待っている」
私は黒いチェスターコートに袖を通し、速やかに事務所をあとにした。




