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超Q探偵  作者: XI
121/204

27-5

 なんらかの薬物を投与されたわけだ。だから心配で、メイヤ君を医者に診せることにした。タクシーを拾った。病院に着くと、私がぐったりとしたニンゲンを抱いていたからだろう、優先的に診察室へと通してもらえた。医者から問題はないだろうと聞かされたので安心したのだが、目を覚ますまでは様子を見ましょうということになった。担架にのせられ、二階の入院病棟に運ばれていくのを見ると不安になった。


 個室だった。


 ベッドの脇に丸椅子を置いて、その上に腰掛けた。メイヤ君が起きたら、きちんと問い質さなければならない。かねてからの報道にあった通り、ヴァルナは危険で特殊な組織だった。どんな理由があるにせよ、彼らのアジトを一人で訪ねたことについては看過できない。


 それ以外にも日常的なことで、いちゃもんをつけたい部分はある。

 

 コーヒーを淹れるのは上手くなった。事務所の掃除も丁寧にしてくれる。だけど、あれが欲しいこれが欲しいとせがんでくるし、買ってあげないとほおをふくらませたりする。オセロや将棋で負けるとあるいは口を聞いてくれなくなったりもするし、そうなると晩ごはんすら作ってくれなかったりもする。夜になると「暑い、暑い」と言って下着姿で眠ることもあるのでそれを注意すると「じゃあ、裸だったらいいんですか?」と意味不明なことを言ってくる。手がかかるというか、本当に中々言うことを聞いてくれないのだ、我が助手は。


 夜が更けても、彼女は起きない。このまま目覚めることなく死んでしまったらどうしよう。私らしくもない、そんな後ろ向きな思考が頭をよぎる。


 私は幾度か腕も脚も組み直し、眠ろうとした。私が覚醒した時に、「あ、おはようございます、マオさん」と彼女が笑顔を向けてくれることを期待して。だけど、睡眠にまでは至らなかった。というより、目は冴えっぱなしだった。「メイヤ君」とつぶやいた。「メイヤ君、起きなさい」と言ったりもした。


 立ち上がり、カーテンを開け、窓から夜空に目をやった。今の私はとことんネガティヴになっていて、そのことについてとても自覚的だ。


 かつて私の恋人だった女性を思い浮かべる。彼女の笑顔を夜に描く。


 シャオメイ、貴女に問いたい。

 君を救えなかったように私はまた、大切なヒトを失ってしまうのだろうか。

 そんなことはないよと言って欲しい。

 そんなことあるわけないよと答えて欲しい。

 だけど、とにかく今の私はとことん弱気になっていて…。


 両の目尻から液体が滑り落ちた。

 ああ、これが涙だったなと思い出した。

 夜がにじんで見える。

 ああ、やはり、私は泣いているのだ。


 うしろから、「う、うーん…」と声がした。眠たげな声だった。安心した。いつものメイヤ君の声だ。いつもと変わらないメイヤ君の声だ。


「あれぇ、ここは、どこなのですかぁ?」


 いよいよ、ほっとした。

 我が助手は願い通り、目覚めてくれたらしい。

 目覚めてくれなければ困るのだ。


「あ、マオさんじゃありませんか。ここって、どこなのですかぁ?」


 私は窓のほうを向いたままでいる。


「メイヤ君、どうして先走るような真似をしたんだい?」

「先走る? うーん、少し待ってください。記憶を整理いたしますので」

「いいよ、整理しなくて。君はヴァルナのアジトに飛び込んだんだ」

「あ、そうでしたね。ええ、そうでしたそうでした」

「正直、私は怒っている」

「私なりに活躍しようと思ったのですよぅ。ビラ配りの女性に言ったところ、さっそく教祖様に会わせていただけるということでしたので。何か情報を持ち帰ることができれば、これ幸いだと思ったのです。何せ五百万ウーロンですし」

「君ごとき少女に何ができる? この街はそこまで甘くはない」

「でも、わたし、マオさんにお小遣いをせびるばかりで、何もお役に立ててはいないじゃありませんか。実はそのへん、気にしているのです」

「そんなこと、どうだっていいんだよ」

「助手として働きたかったのです」

「君は愚かだ」

「馬鹿にしてます?」

「そうじゃない。ただ、君のことを心配している男がいることを、常に忘れないで欲しい」

「お世話をかけてしまったことについては謝罪します。ごめんなさいでした」

「体を起こせるかい?」

「えっと、うんしょ、あぅ、まだ無理みたいです。わたしは一体、何をされたのですか?」

「何かの薬を打たれたんだよ」

「ねぇ、マオさん?」

「なんだい?」

「どうしてこちらを向いてくださらないのですか?」

「色々とあってね」


 私は右の人差し指で右の目尻を拭った。左の目も拭った。


 身を翻し、無表情でベッドに近づき、メイヤ君の背を両腕で抱いた。

 吐息が触れ合うくらいに、二人の顔が接近する。


「マオ、さん…?」

「舌を出しなさい」

「えっ、こうですか?」

「うん、それでいい」


 メイヤ君の舌に、舌先で触れた。彼女は驚いた様子で、ビクッと体を跳ねさせた。


 なまめかしい口づけをした。

 舌を絡め合う。

 唇を離した時、お互いの唾液が糸を引いた。


 再び、唇を重ねる。

 メイヤ君が両腕を首に巻きつけてくる。

 また舌を絡め合う。


 深く長いキスを終え、私が顔を離すと、彼女は「はあっ、はあっ」と荒い息をした。


「はあ、はあっ、マオさんっ」

「なんだい?」

「わたし、マオさんのこと、大好きですから」

「それは知ってるよ。痛いくらいに響いている」


 メイヤ君の右の目尻から、つぅと涙が伝った。


「驚きました。キスをしていただけるなんて…」

「私が何を言いたいのか、それはわかるね、メイヤ君」

「はい。死ぬことが本当に怖くなりました」

「それでいい」

「マオさん、わがままを言います。もう一度、いいですか?」

「いいよ」

「今日のマオさんは大盤振る舞いですね」

「そうかもしれないね」


 私達はまた、唇を重ね合った。


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