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超Q探偵  作者: XI
120/204

27-4

 教会とやらに案内された。構造はキリスト教の礼拝堂に近い。見上げれば青を基調としたステンドグラス。建物の左右には木製の長椅子が列をなしていて、そこに座っている多数の信者達は一様に祈りを捧げるようにして両手の指を絡ませている。静かだ。誰も一切、物を言わない。本来であれば教祖が居るべきだろう場所には大きなモニターがあって、そこに映し出されているのはまぎれもなくモレル教祖だ。座禅を組み、両手を広げ、やはり「肉体を捨てよ。魂を解放せよ」などとのたまっている。


 モニターへと続くまっすぐな通路には赤い絨毯が敷かれていて、その中程に、前のめりに倒れているニンゲンがいた。近づくにつれ、それはメイヤ君だとわかった。


「彼女は、一体……?」私は問うた。

「教えをたまわったのです」案内してくれた女性はそう答えた。「目覚めさえすれば、すぐにでも礼拝の列に加わることでしょう」


 私はメイヤ君を仰向けにし、背を抱いた。彼女は目を閉じたまま、「モレル様、モレル様、わかりました。わたしは貴方の教えに従います。肉体から放たれ、魂を捧げます……」などとつぶやいた。


「やはり貴方は入信希望者ではないようですね」案内してくれた女性にそう言われた。「両手を上げていただけますか?」


 後頭部に銃口を突きつけられている気配。私は異物と判断されたようだ。


「メイヤ君に、彼女に何をされたのですか?」

「教祖様の教えを正しくたまわれるよう、処置をいたしました」

「なるほど。わかりました」

「彼女には正しき導きを」

「薬物を投与しておいて何を」

「異教徒には罰を」


 私はメイヤ君の体をそっと床に預けた。それから素早く身を翻し、女性の右の手首を掴んだ。銃声がこだまする。だがすぐに組み伏せる。女性の腕を後ろ手に拘束する。頸部の裏を打撃することで意識を奪った。そんなことが起きたにもかかわらず、長椅子に座っている信者達は両手の指を組んだまま、祈りを捧げている。


「みな、肉体を捨て去り、魂を自由に解き放つべきなのだ」


 そんな声が連続する。


 ふっと視界にブレが生じた。あたりを満たしている怪しげな香のせいではないか。一種の催眠効果があるのかもしれない。ぐらぐらと意識が揺らぐ。だからこそ立ち上がった。ここで屈するわけにはいかない。私はなんとしてもメイヤ君を連れ帰らなければならない。


「みな、肉体を捨て去り、魂を自由に解き放つべきなのだ」


 演説は尚も教会内に響き渡る、繰り返し反響して耳に届く。


「貴方は一体、誰なんですか?」私はモニターに向かって問いかける。「何者なんですか? 教えていただきたい」


「みな、肉体を捨て去り、魂を自由に解き放つべきなのだ」


 モレル氏は相変わらず、そんなことばかりを言っている。


 そんななかにあって、一人、たった一人だけ、最前列の長椅子から立ち上がった。

 それは十五やそこらの少年だった。モニターをバックに、私と正対する。


「モレルは神ですよ。神になった人物です」少年は表情に笑みをたたえた。

「では、貴方は誰なんですか?」私はそう問いかけた。

「神の使者です。言わば、天使ですよ」

「そいつは胡散臭い」

「どういうことでしょうか?」

「自らを天使と名乗るニンゲンの何を信用しろと?」


 少年は「ふふ」と笑った。穏やかな笑みだ。その反面、退廃的な微笑であるとも思わされた。彼は危うい。『大人』である私にはそう感じられる。


 意識がはっきりとしてきた。

 目の前もくっきりと見える。

 アドレナリンのせいだろう。


「さて、何から伺ったものですかね」

「まずは僕が誰であるかを問い質してみては?」

「そうさせていただきましょうか」

「モレルは僕の曽祖父にあたります」

「ヴァルナなるものをこしらえたのは?」

「それも曽祖父です」

「では、今、モニターでお話しされているのも?」

「曽祖父に違いありません」

「モレル氏が亡くなり、貴方がヴァルナを受け継いだ。間違いありませんか?」

「ささやかな火遊びをしてみたかったんですよ」

「火遊び?」

「ええ。僕にはもう未来がない。あと半年もしないうちに死ぬそうです。それが医者の見立てです」

「腹立たしい話です」

「僕が多数の信者に自殺を促したと考えていらっしゃるんですね?」

「ええ。貴方がやっているのは一種の洗脳です」

「そうなのかな。僕が洗脳を施したから、信者は死んでしまったのかな」

「何が言いたいんです?」

「曽祖父も僕もアジテーターだという点については相違がないでしょう。しかし、曽祖父も僕も自殺を強いたことは一度もない。自殺に至ったのは、彼ら自身の意志ですよ。彼ら自身が弱かったからです」

「ヒトは元来、弱いものです」

「だけど、貴方のように強いニンゲンもいる」

「それは当たり前のことでしょう?」

「僕にとって、それはパラドクスなんですよ」

「哲学を論じるつもりなんてないんですが」

「残念です。貴方になら付き合ってもらえると思ったのに」

「願い下げです。警察に突き出して差し上げますよ」

「嫌です。留置所でせいを終えたくはありませんから」少年は自らのこめかみに銃口を突き付けた。「最期の質問を、貴方にしたい」

「伺いましょう」

「なぜヒトは神を信じるのかわかりますか?」

「信じたいからでは?」

「その通りです。それでは、さようなら」


 少年はあっさりと自らのこめかみを撃ち抜いたのだった。


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