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午前十時。
大通りに待たせていたタクシーに乗った。助手席にはメイヤ君がつき、後ろの座席に私とモニカちゃんが座る。私が行き先を告げると、メイヤ君は、「あー、そういうことですかぁ」と言い、二度三度とうなずいた。モニカちゃんはやはり、こちらの顔を見て、ニコッと笑う。頭を撫でてやると、くすぐったそうな顔をした。
タクシーは三十分から四十分ほど走った。『郊外の丘』と呼ばれる富裕層が住まう地域に至った。
目的地である邸宅の前に着くと、メイヤ君がいち早く降車した。私は後部座席を後にし、モニカちゃんに手を貸した。長話をするつもりはないし、長話になるとも思えないので、タクシーには待っていてもらうことにした。
立派な白亜の邸宅が目の前にある。三階建てだ。手入れにぬかりがないようで、芝の色はきちんと青い。ここを訪れるのは二度目、いや、三度目か。
門の両脇にそれぞれ番が立っている。メイヤ君ときたら、番の一人と「いえーい」と気さくにハイタッチをした。その番は初老とはいえ私よりものっぽだ。おまけに肩幅がことのほか広い。屈強そうなのだ。以前、世話になったことがある。本当に、色々と世話になったのである。
門番の男性は、「やあ、探偵さん、久しぶりだな」と、にこやかな笑みを向けてきた。「ヤーイーちゃんから話は聞いているよ。丁重にお出迎えするようにってな」
「ヤーイーちゃん、ですか」
「ははは、そうだ、おかしいよな。本来なら『ヤーイー様』とお呼びすべきだ。だけど、彼女がそれはやめてくれとしつこいんだ」
そのヤーイーちゃんが、玄関の大きな戸を開け、ぱたぱたと駆け寄ってきた。変わっていないなと思う。彼女は生真面目で、何をするにしても一所懸命で、だから今日も慌てた様子で表に顔を出してくれたのだ。
ヤーイー氏は門の横にある勝手口から出てくると、「ごめんなさい、ごめんなさい」と頭を下げた。「お迎えに伺うのが二分遅れてしまいました、ごめんなさいっ」
「私に分刻みのスケジュールなんてありませんよ」
「ですけど、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
しきりに頭をぺこぺこと下げるヤーイー氏に向かって「相変わらずですね」と声をかけると、彼女はそばかすが混じっているほおをほころばせた。
「はい。相変わらずです」
「どうしてまだメイド服を?」
「お仕事をしていないと落ち着かないんです。部屋にいても、パッチワークくらいしかすることがありませんし」
「趣味に時間を費やすのも有意義なことだと思いますが」
「かもしれませんけれど。ところで、そちらの小さなお嬢様は?」
ヤーイー氏は腰を屈め、目線の高さを合わせると、少女に向かって、「かわいいですね。お名前は、なんていうんですか?」と尋ねた。少女はあごを引いて少々恥ずかしそうな顔をしながら、「モニカ、です……」と返す。そんな彼女の頭を、ヤーイー氏は愛おしそうに撫でた。私はそんな二人を見ながら言う。
「モニカちゃんの処遇について、ちょっと相談させていただきたいことがありまして」
「処遇、ですか?」
「ソウハさんにお取次ぎ願いたい」
「それはもう。マオさんがいらっしゃるとお伝えする否や、ソウハ様はとてもお喜びになられて」
「やっぱり『ソウハ様』、ですか?」
「あ、えっと、その点につきましては、ですから、あの……」
「中に通していただけますか?」
「そ、それはもちろん」
ヤーイー氏が先頭を歩き、その後ろにモニカちゃんと彼女の手を引くメイヤ君。私は最後尾から続いた。




