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超Q探偵  作者: XI
113/204

26-2

 メイヤ君と手をつないでいるモニカちゃんに「あっち」、「こっち」と教えてもらいながら、彼女のアパートに辿り着いた。案内してもらえなければ、住所を話すよう強要しただろう。いいひと気取り? 違う。義憤? それも違う。ただ、見過ごすことができなかったというだけだ。


 ことがことだ。特にノックする必要はないと考えた。私は先陣を切り、早速玄関のドアを引いたのだった。


 戸を開けた途端、女性の大声が響いた。


「モニカ! アンタ、どこに行ってたいんだい! いつも家にいるようにって言ってあるだろう! 悪い子には容赦しないよ!」


 モニカちゃんは怒鳴られても、ただニコニコと笑っている。


 台所で仕事をしていたのだろう、モニカちゃんの母親とおぼしき中年の、太った女が姿を現した。


「なな、なんだい、アンタ達は」


 メイヤ君が一歩踏み出し、母親と思われる女の胸倉を掴んだ。


「貴女がモニカちゃんをこんなふうにしたんですか?」

「こんなふうに? い、いったい、なんのことだか……」

「とぼけないでください!」

「わ、私じゃない。旦那が、旦那がやったことなんだよ」

「それを黙って見ていたわけですか?」

「だ、だから、それは旦那が」

「見て見ぬふりをしていた貴女も同罪です!」


 メイヤ君が右手を振り上げ、その手を私は掴んだ。


「メイヤ君、やめなさい」

「だけど、だけど……」

「ひとまず家主の帰りを待とうじゃないか。いいですね? ご婦人」

「か、勝手にしな」


 私は一人掛けのソファにつき、メイヤ君とモニカちゃんは二人掛けのソファの上に腰を下ろした。目当ての人物の帰りを待った。じっと待った。


 父親とおぼしき男性が帰宅したのは、夜も更けてからのことだった。「うぃー、帰ったぞーっ」と明らかな酩酊状態で物を言うと、「モニカ、モニカはどこだっ!」と恐怖心を煽るような声を張り上げた。刹那、モニカちゃんがビクッと体を跳ねさせたのがわかった。「大丈夫だから。大丈夫だからね」と言って、メイヤ君はモニカちゃんの頭を撫でた。


 ソファに居座っている私とメイヤ君のことを見つけるや否や、父親は「だ、誰だ、おまえらは」と、どもりながら言った。


「無礼だとは思いましたが、こちらの少女の件について少々お話を伺いたく、来訪いたしました。ちょっとやりすぎましたね、お父様」

「な、何を言ってやがるんだ、おまえは」

「詳細を訊くつもりはありません。貴方をどうこうしようというつもりもありません。ただ、この少女の身柄はこちらで引き受けたい」

「じ、自分の娘をどう扱おうが俺の勝手だろうが」

「一つだけ問いたい」

「な、なんだよ」

「性的な虐待にまで及ばれたのですか?」

「は、ははっ。馬鹿言うな。誰がこんなガキに欲情するってんだよ」


 感情が先走ったのだろう、メイヤ君が腰を上げた。彼女は泣いている。泣きながら、拳を握り締めている。殴ってやりたいのだろう。それは、わかる。


「メイヤ君、座りなさい。やめておきなさい」

「でもっ、マオさんっ」

「いいから。座っていなさい」


 私はすっくと立ち上がって、父親を前にした。私より頭一つ背が低い。のっぽな私に気圧されるのはわかる話だ。


「な、なんだよ、おまえは。何をどうしたいっていうんだよ」

「モニカちゃん、訊かせてほしい。君はこんな両親であっても、一緒に暮らしていたいのかい?」


 しんとした空気が流れた。


「……ヤだ」という、か細く震える声が、部屋に流れた。「痛いの、嫌だから。痛くされるの、もう、嫌だから……」


 私は父親と向かい合っているわけで、だから、後ろにいるモニカちゃんの表情を確認することはできない。私の背の向こうでモニカちゃんは涙を流していることだろう。悲しげな顔をして。


「く、クソガキが何抜かしてやがんだ! おまえは俺と嫁の娘だろうが!」

「例えそうであったとしても、彼女自身の意志は尊重すべきですよ」

「だ、だからって」


 私は右手の甲でもって、父親の右のほおを張り飛ばした。彼は驚いたようだった。私の物腰からして、まさかぶたれるとは思っていなかったのだろう。


「彼女は子供です。だが、貴方の行いが間違いだということは知っている」

「だ、だったらなんだっていうんだよ。警察にでもタレこむつもりか?」

「警察はアテにはなりませんから。私は私なりに彼女の処遇について考えます。わかっていますか? お父様、それにお母様。娘さんはあなたがたを拒んだんですよ? それがどれほど重大なことかわかりますか?」


 ふいに隣に人影。小さなモニカちゃんの姿がある。彼女は確かに泣いていた。両の瞳からあふれ出す涙を両の指で受けていた。


「お父さん」

「な、なんだよ?」

「それにお母さん」

「な、なんだっていうんだい?」

「私はお父さんとお母さんの娘です。だけどね? もう痛くされるのは本当に嫌なの。ごめんなさい……」


 メイヤ君がモニカちゃんのことを後ろから抱き締めた。「良く言ったね。良く言えたね」と言って、彼女のことを称える。


「元より私は娘さんをあなたがたにお返しするつもりなんてないんですよ。虐待は日常的に行われることだ。悪質な常習性まで帯びている」

「わ、わかった。もうやめる、やめるから」

「だからお父様、そんな言葉は信じられないと言っているんですよ。そのへん、わかりませんか? わからないほど阿呆なんですか?」

「じゃ、じゃあ、モニカは……」

「私がなんとかすると言っています」

「べ、別に傷つけたかったわけじゃないんだ」

「だったらどうして虐待などされたのですか?」

「そ、それは……」

「何度だって言います。私はあなたがたに彼女を引き渡すつもりはない」

「でも、俺は……」

「この短時間で改心したというのですか? とてもではないが、そうであるとは信じがたい。だからこそ、やはり娘さんを渡すわけにはいかないんですよ。彼女は暴力のない世界を望んでいる。それでも、いつかまた、娘さんはここを訪れることがあるかもしれない。父と母の顔を見たいという日が訪れるのかもしれない。本当に娘さんを愛していらっしゃるのであれば、ただ黙して、その日を待つべきです」

「娘は、モニカは笑っていたんだ。俺がどれだけ虐げても……」

「つらいからこそ笑うんですよ。くじけないようにするために。さあ、それではさっさと退散しようか、メイヤ君」

「そうしましょう。ここの空気を吸っているだけでも気分が悪いので」


 どうあれ両親とお別れするのだ。だからモニカちゃんからすればそれなりに後ろ髪を引かれるような場面なのかもしれないのだが、彼女は両親に背を向けるなり、前に踏み出した。ただの一歩ではない。きっと決意の一歩だろう。


 私は表に出る。玄関口でメイヤ君はご両親に向かって、「ばーか、死んじゃえっ!」と叫んだのだった。


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