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超Q探偵  作者: XI
112/204

26.『モニカちゃん』 26-1

 毎日夕方まで外回りに余念がないメイヤ君が日中に事務所に帰ってきた。左手で少女の手を引いている。十歳、十一歳くらいだろうかと思う反面、もっと幼いようにも見える。髪は左右二つに結ってあり、浅黒い肌に長袖の黄色いワンピースが良く映える。その表情は愛らしい。ニコニコニコニコと笑っている。


「メイヤ君、そのコはどうしたんだい?」

「このコ、すっごくかわいくないですか? 目に入れても痛くないって、このことじゃありませんか?」

「それは私の問いに対する答えになっていない」

「オレンジジュースをごちそうするって言ったら、ついてきてくれたのです」

「ともすればそれって誘拐だ」

「まあまあ、夕方になったら、きちんとおうちに送り届けてあげますので」


 メイヤ君が少女を二人掛けのソファに促した。私は尚もデスクに着いて新聞に目を通していたのだけれど、メイヤ君から「コーヒーを淹れて差し上げますよーっ」と聞かされたので、少女の向かいの一人掛けのソファについた。私の姿を前にするなり、やはりニコッと笑った少女である。確かにかわいい。だが、オレンジジュース一つで言うことを聞いてしまう点については危うさを覚えざるを得ない。


 コーヒーのカップが一つ、オレンジジュースのグラスが二つのったトレイを手に、メイヤ君はやってきた。


 私に「はい、どーぞぉ」とコーヒーを寄越すと、それから彼女は二人掛けのソファ、少女の隣に腰を下ろした。少女はやはり、ニコニコニコニコ笑っている。メイヤ君に「飲んでいいんだよ?」と言われたのをしおに、少女はストローに口を付けた。私の顔を見て、またニコッと笑う。


「もう一度訊こう。どこのコだい? 本当に大丈夫なのかい? 勝手に連れてきてしまって」

「だいじょうぶですよ。住所がわからない歳でもないでしょう。そうだよね? モニカちゃん」

「モニカ?」

「そうです。このコはモニカちゃんというのです」

「なるほど。モニカ嬢か」

「そういうかしこまった呼び方はやめてもらっていいですか?」

「ん? モニカ嬢はモニカ嬢だろう?」

「ですから、そんなよそよそしい言い方はよしてください」

「だったら、なんと呼べばいいんだい?」

「モニカちゃんはモニカちゃんです」

「わかった。以降は私もモニカちゃんと呼ばせてもらうことにしよう」


 モニカちゃんはちゅーちゅーとストローをすする。私に笑顔を見せると、今度は自らの隣についているメイヤ君にも笑みを向けた。


「まさに天使ですよぅ」メイヤ君がモニカちゃんの頭をよしよしと撫でた。「こんなコが、こんな得体の知れない街にいるなんて、ちょっとした奇跡です」

「そうだね。天使みたいだ」

「おぉ、マオさんってば、今日は素直じゃありませんか」

「一般的に見ても、美少女だと思うからね」

「そうですよぅ。誰が見ても美少女なんですよぅ」


 そう言いながら、メイヤ君はモニカちゃんに抱きついた。ほおずりまでする。だけど、その瞬間、ほんの一瞬のことだったのだが、モニカちゃんが顔をゆがめたのがわかった。メイヤ君に抱きつかれたのが嫌だった? 違う。ほおずりをされたのが嫌だった? それも違う。であれば、どうして顔をゆがめたのか。


 私の表情は自然と険しいものになった。私は席を離れて部屋の中央に立ち、モニカちゃんにこちらに来るよう促した。


 モニカちゃんは尚も笑顔を向けてくる。


「モニカちゃん。いいからこっちに来なさい」

「ま、マオさん、どうしたんですか? 急に怖い顔をして、怖い声を出して……」

「メイヤ君、君は黙っていなさい。モニカちゃん、来なさい」


 モニカちゃんが立ち上がった。笑みをたたえたまま、こちらに来た。


 私は膝を折り、モニカちゃんのワンピースの左の袖を捲り上げた。その様子を見ていたメイヤ君が「えっ」と声を発した。


 モニカちゃんの右の腕は、青あざだらけだったのだ。


「そ、そんな、どうして」


 そう言いつつ、メイヤ君はしゃがんで、両手をモニカちゃんの右手にそっとそえた。


 私は何も言わずに右袖もめくり上げた。やはり青あざ。「いいね?」と尋ねると、モニカちゃんは笑顔のまま、こくりとうなずいた。だから私はモニカちゃんのワンピースの裾を捲り上げた。ふとももも腹部も、あざだらけ。見るに堪えないとはこのことだ。


「これって……」メイヤ君が右の手のひらで口元を覆った。「そんな、ヒドい……」

「ああ。虐待だ」私はそう答えた。「ちょっとゆるせないな」

「ゆるせるわけないじゃありませんか! こんなこと!」


 ニコニコ笑っているモニカちゃんの左の目尻から、つぅと涙が伝ったのだった。


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