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超Q探偵  作者: XI
110/204

25-3

「若者よ、わしは若い頃、官僚だったのだよ。あるいは、この国の行政を変えることができる身分だったのかもしれん」

「エリートの立場を捨て、されたと?」

「なった当初はそれなりに希望を抱いていた。だが、わしの意見など誰も真剣には取り合ってくれなかった。ドラスティックかつ異様だと言われてな。それは忌むべき事実だった。だからわしは、公務員という職業に身を置くことを、やがては拒むようになった」

「資産はどうやって得たんですか? このような賭け事に身をゆだねようとしたのであれば、先立つモノが必要であったはずです」

「わしは狡猾なニンゲンでな。官僚をやっているうちに、議員連中の不正は嫌になるほど耳に入ってきた。それらをおおやけに暴露しないかわりに、多額の金銭を受け取った。大した額だよ。つまるところ、わしの懐には一生かけても使いきれないような金がもたらされたというわけだ」

「ふむ」

「わしの生き方は間違っていると思うかね?」

「正しい生き方なんてありませんよ。だから間違いだとは思わない」


 私は老人の『穴熊』を切り崩しつつある。手持ちの駒から逆算するに、ギリギリ詰められるはずだ。


「おまえさんは頭がいい。驚いているよ。命を賭しているというのに、大胆かつ冷静なものだ。大体、勝てると踏んだニンゲンはつまらないミスをする。そのミスにあとから気付くのだから、救いようがない。わしはそんなニンゲンの心理を心の底から嘲笑ってきたわけだが」

「阿呆はこの世に実に多い。目先の利益だけを追い求め、結果、身を持ち崩す。私はそうはありたくない。さあ、チェックですかね」


 私はぎょくの頭を押さえるような格好で、を打った。敵方の大将を仕留めるのは、えてして最も弱い駒だったりするものだ。


 老人は、ぽりぽりとこめかみを掻いた。


「負けだな、わしの。将棋にしろチェスにしろ、それは相手になぞなぞをしいていることに他ならない。おまえさんは一丁前だ。若いのに大したものだ」

「だからと言って、自殺するのは思いとどまっていただきたい」

「言ったことをくつがえすのかね?」

「ええ」

「この錆び切った老人に、おまえさんは何を見ているのかね?」

「それは才能でしょう。私は貴方の資産に目が眩んで勝負を挑んできた連中は浅はかだと考えている。それは先に申し上げた通りです」

「浅はかだという点については異論がないが……」老人は、ふっと表情を緩めて見せた。「そうか。わしは実にいい若者と出会えということだな」

「貴方はどうしたいんですか? また、どうありたいんですか?」

「少なくとも言えることは、わしの人生なんて、遠い昔に恋人を亡くしたことで終わっているのだ。本当に遠い昔のことだ。彼女を失った時点で、わしは自身の人生に終止符を打つべきだったのかもしれんな」

「そうであろうと、生きてください。天寿をまっとうすべきです」

「なぜかね?」

「貴方が死んで、それで恋人さんが喜ぶとでも思っているんですか?」

「カビの生えた言葉だな、探偵殿。おまえは案外、クサいことを言う」

「意外とそういう性分でして」

「おまえは不思議な男だ。誰よりも前向きでありながら、誰よりもこの世界に絶望しているようにも見える」

「鋭いですね。そうなのかもしれない」

「本当に、おまえようなニンゲンに会ったのは、長い人生において初めてだ。いるんだな、おまえのような男が」

「ただ息をしているだけなんですが」

「そんなやからがいてもいい」

「お名前を、まだ伺っていませんでしたね」

「ジンという」

「では、ジンさん。私は貴方が敗れられたことを口外しないと約束します」

「良いのか?」

「ええ。ここを訪れるのは、決まってヤクザやチンピラのたぐいだと、おっしゃられましたね?」

「そうは言った。しかしだな」

「これまでに死した連中は自らの意志でこめかみを撃ち抜いた。言わば、たったそれだけのことでしょう?」

「あるいは幇助と受け取られてもしょうがないはずだが」

「気にしすぎですね。自殺は自殺したニンゲンの問題です。貴方が背負い込むようなことではない。沈黙していてください。上手くごまかして見せますよ。だからこそ、以降、警察がここを訪れることはないはずだ」

「……若者よ」

「なんでしょう?」

「おまえには、随分と救われた気がしている」

「気のせいですよ」

「それでも、礼を言いたい」

「どうか、健やかなる余生をお送りになってください」

「ああ、そうだな。ありがとう」


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