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超Q探偵  作者: XI
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25.『ゲーム』 25-1

 ミン刑事に呼び出された。どうやらまたヒトが死んだらしい。現場はワンルームマンションの一室。部屋は黒いカーテンで遮光されている。


 私が「自殺ですか? それとも他殺ですか?」と問うと、ミン刑事はカーテンを開け放った。「自殺らしい」と彼は言った。


「だとするなら、私を呼び出す必要などないはずですが?」

「この異常な状況を見ても、そう言えるのか?」

「自殺は自殺でしょう?」

「おまえの客観性にはいつも恐れ入る」

「私を召喚された理由は?」

「俺はおまえが客観性に優れていると言った。だから、そんなおまえさんなら、違ったモノの見方ができるんじゃないかと思ったんだよ」

「殊勝なセリフですね」

「そう聞こえるのも無理はない」


 現場には一つ、男性の死体がある。仰向けに倒れている。床にはオートマチックの拳銃が転がっていて、男はそれを使って自らのこめかみを撃ち抜いたように見受けられた。顔に狂ったような笑みを張りつけているのはなぜだろう。何が面白くて、何が可笑しくて死んだのだろう。


 だが、何より驚くべきは、このワンルームマンションのあるじであろう人物が、何食わぬ顔をしてソファについている点だ。老人である。ほおはこまめに剃っているのかもしれないが、あごにたくわえた真っ白なひげだけがとても長い。そして、無表情だ。静かにたたずんでいる。


 私が老人を見て「彼は何者なんですか?」と問うと、ミン刑事は「見ての通り、じいさんだよ。ちょっとフツウじゃないみたいだけどな」と答えた。


「硝煙反応からわかっていることだ。間違いなく、やっこさんはやっこさん自身の手でこめかみをぶち抜いた」

「なぜ、そんな真似をしたんでしょうね」

「わからんからおまえに訊き出せと言っている」

「要するに、貴方には何も話さないと?」

「そういうことだ。馬鹿にされてる気分だよ。正直、腹が立っている」

「ふむ」

「俺達は一旦、引きあげる。何かわかったら連絡しろ」

「承知しました」


 警察関係者は男の死体を運び去りつつ、一様にして姿を消した。私は老人の向かいの白いソファに、おもむろに腰掛ける。メイヤ君も隣に座った。テーブルの上には、薄っぺらい木製の将棋盤が置かれている。駒をはねのけたあとがある。老人が相手をして、その相手が途中で投了、乱暴に一局を投げ出したのだろうと予感させられた。


 私は老人が口を開くまで待った。ひらすら待った。駆け引きだ。こちらから何かを切り出すべきではないと考えた。


 メイヤ君が、「……マオさん?」と声をかけてきた。私はそれを無視して、ただただ相手の動向に注目する。老人は前かがみの姿勢で、両手の指を絡ませたまま、何も言わない。興味深い人物だと私は評価した。


 しわくちゃの顔をした老人が、ふいにわずかながらに目を細めた。「おまえさんも、わしと勝負がしたいのかね?」と口を聞いた。


「将棋が勝負なんですか?」

「そうは言っておらん。ゲームであれば、なんだって受けよう」

「確認です。というか勘で申し上げます。ゲーム、すなわち将棋ですね。それで負けたから、男は自殺したということですか?」

「合点がいかない理由かね」

「そうは言いません」

「ほぅ。中々の物言いだ。ヒトを食ったようなところがあるな。この老いぼれにそう思わせるくらいだ。実際、君は面白い男なのだろう」

「恐れ入ります。話を戻します。なぜ、男は自殺を?」

「わしにゲームで勝つようなことがあれば資産をすべて譲るとヤクザ連中には言ってある。ヤクザは腕の立つ『代打ち』を寄越したつもりたったのだろう。だがその結果、男は負け、そして死んだ。そこにあるのは厳然たるルールなのだよ」

「一般論を言います。貴方のような老人に言うことを聞かせるくらい、ヤクザからすればわけないのでは?」

「君は何者かね?」

「探偵です」

「じゃあ、探偵さん、わしをここで組み伏せてみるかね?」

「それはやめておきたいと考えています。腕力では勝っても、技術で上回る確証が掴めない。物腰からして、何か武道の心得がおありなのでは?」

「良い観察眼だ。合気だ。わしは八段を持っている。それでも大挙して押し寄せられるようなことがあれば敵わんだろう。だが、金が詰め込まれている口座と暗証番号はわししか知らん。そしてわしは暴力に屈するつもりはない」

「口座番号に暗証番号。それを引き出すには、貴方をゲームで負かすしかないということですね?」

「そう言っておる」

「ふむ。貴方がどういった人物なのかは理解しました。今の私は間違いなく貴方のことを敬っていますよ」

「そうかね。であれば、礼でも言っておこう」老人は「くっく」と喉を鳴らして笑った。「さて、最近、つまらん相手ばかりで飽いている。結論を聞きたい。対決するつもりはあるのかね」

「やぶさかではないと言っているつもりです」

「だったら、相手をしなさい。この老人に喜びを与えてみなさい」

「ええ。わかりました」

「どんなゲームがいいかね?」

「目の前に盤があるんです。将棋でかまいません」

「大した自信だ」

「自信などというおこがましい感情は抱いていません」

「わしと勝負をしようというのは探偵のおまえさんだ。例えおまえさんが負けようとも、そちらのお嬢さんをなんらかのはかりにかけようとは思わんよ。さあ、少しは安心しただろうか」

「安心などしません。私は、はなから勝つつもりでいますから」

「やはりおまえさんは興味深い」老人は目を細めて見せた。「まずは散らばっている駒を拾ってもらえるかね。何せわしは老人だ。立つのも億劫なのだよ」

「だが、鉄砲を向けられようものなら、貴方は誰よりも速く動いて見せる」

「君は賢いな。本当にヒトを見る目がある。この老いぼれを退屈させない、良い指し手であることを祈ろう」

「言わずもがな、ですが」

「何かね」

「もし負けるようなことがあれば、私はこの場で命を散らせて見せますよ」

「ま、マオさん、いいんですか、そんな約束をしてしまって」

「メイヤ君、君は黙って見ていなさい。たとえ私がやぶれるようなことがあっても、取り乱さないように」

「そ、そんなの、無理ですよぅ」

「ならば改めてきちんと言っておこう。メイヤ君、私はね、負けるつもりなんて、これっぽっちもないんだよ」


 私は拾い上げた駒を盤上に転がした。老人が、ぱち、ぱちと、自陣に駒を配置する。


「ところでご老人」駒を並べつつ、私は言う。「貴方の設けたルールには、承諾しがたい部分がある」

「言いたいことがあるなら、言ってごらんなさい」

「私は貴方の資産になどまるで興味がない。私と勝負をするというのなら、貴方にも命を賭けてもらいたい。そうでなければ対等とは言えない」


 老人は長く白いあごひげに、指をすかした。

 そして、笑った。


「おまえは大したものだな。いいだろう。命を賭そう」

「そのお言葉、間違いなく記憶しました」

「先行をやろう」

「いえ、後手でかまいません」

「探偵よ、おまえのような猛き若者を、わしは待っていた」

「私は貴方のような手合いは苦手なのですがね」


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[良い点] 将棋や!!
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