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我が助手に一つ鉢植えを買ってこさせ、それを手に私はくだんの病院を訪れた。無論、メイヤ君も一緒である。ナースステーションで訊いたところ、目当ての人物は三階の個室にいるという。
階段を上がり、部屋の戸は私がノックした。「どうぞ」という柔らかなニュアンスの声が聞こえた。引き戸を開けて中へと入り、まず鉢植えを出窓の前にそっと置いた。
ベッドの上で起き上がっている女性はショートヘアにピンク色の病衣姿。利発そうな目をしている。きっと活発な女性なのだろう。しかし、少々そげたほおが、否が応にも病人であることを知らしめる。
私は部屋の隅に置いてあった丸椅子を持ち出し、それをベッドの脇に置いた。椅子の上に腰掛けた。
「ヒトを見舞うにあたり、鉢植えを贈るのはどうかとも思ったのですけれどね。根づくに根づく。なんとも縁起が悪いので」
「そんなこと気になさらないで。いただけるだけで嬉しいわ」
「なら、良いのですが」
「貴方は誰? ひょっとして兄のお知り合い?」
「そう近しい間柄ではありませんがね。貴女には私がどんな人間に見えますか?」
「優しそうに見えます」
「優しい、か。そんな感情、とうの昔に失くしてしまったように思うのですがね」
「謙遜なさるんですね」
「そのつもりはありません」
「何を生業にされているんですか?」
「私は探偵です」
「探偵さん?」
「ええ」
「探偵さんが、私になんの御用?」
「エウゲン氏の代理で来ました」
「兄の、代理……?」
「代理です」
「代理、ですか……」
「ええ」
「……あの、探偵さん」
「なんでしょう?」
「ほおに、触らせていただいても、いいかしら……?」
「かまいませんよ」
女性が身をこちらに向け、右手を伸ばし、私の左のほおに、そっと触れた。それからゆっくりと手を引いた。彼女はうつろな目をすると、それから向こうの窓のほうを見たのだった。
「兄は……エウゲンは死んでしまったのね……?」
「はい」
「私の手術の費用を得ようとして、ヤクザの金庫にでも手を付けた。そういうことなんでしょう?」
「察しがいいですね」
「兄は、どうして私に、そこまでしてくれようとしたのかしら……」
「それは無論、きょうだいだからですよ。貴女のことを助けたかったからです」
「そうなんでしょうね。わかりました。もう、帰っていただけますか……?」
「そうはいきません。何もただ見舞いに訪れたわけではないんですから」
私は懐から抜き出した茶封筒を、ベッドの上に置いた。
「これは……?」
「きっちり二百万ウーロンあります。手術の費用に充ててください」
「そんな……受け取れません」
「ソフィさん。そのお金はすでに貴女のものですよ」
「でも、こんな大金、やはりいただけません」
「お金で命が買えるのなら安いものです。私の恋人の命は、金では買えなかった」
「ご病気、だったんですか……?」
「ええ、まあ」私は笑みをこしらえた。「エウゲン氏に相談を持ち掛けられた際に、私がお金を支払う約束をすれば良かったんですがね。であれば、彼は死なずに済んだ。そのことについて、私は少し後悔している」
「兄の死について貴方が気に病むことはないはずです」
「例えそうなのだとしても、私は本当に、悔いているんですよ」
ソフィ氏は私のほうに向き直るなり、ぽろぽろと涙をこぼした。
「生きたいと思っています。それは事実です……」
「でしたら、どうか病気を克服して、幸せを掴んでください」
私は立ち上がり、丸椅子を部屋の隅に置いた。立ち去ろうとする。
「あのっ」と、後ろからソフィ氏の声がした。「兄のことを、私のことを想ってくれて、ありがとう」
「いいんですよ」私は振り返り、口元を緩めた。「きっとお金というものは、こういう時に使うものなんです」
「ありがとう。本当にありがとう……」
「ですから、礼には及びませんよ」




