24.『あるいは命は金で買える』 24-1
大通りに日が射す時間帯。
メイヤ君に、あちこちの『服屋』に連れ回されている。彼女は値の張る品物ばかりが置いてありそうな洒落た店ばかりに顔を出す。あちこちのハウスマヌカンとは顔見知りであるようだ。彼女らと和気あいあいとしゃべりつつ、これは良い、これはイマイチだとか話している。
メイヤ君が試着室のカーテンを開けた。「これ、どうです?」と言って、真っ赤なミニスカート姿でくるっと一回転。「似合うでしょう? というか、わたしに似合わない服などないのですがっ」
「ミニスカートはいい加減、どうかと思うよ」
「だからって、ズボンをはいているわたしなんて想像できますか?」
「それはまあ、できないね」
「ミニスカは正義なのです」
「正義なのかい?」
「大正義なのです」
「なんにせよ、君自身が小遣いをはたいて買おうとしているわけだ。何を選ぼうと、それは君の自由だよ」
「じゃあ、これにします。赤いのって実は弾数が少ないですし」
「好きなようになさい」
次は『下着屋』につきあった。メイヤ君はいくつかブラジャーを見繕って試着室へと消えた。中から「マオさんマオさーん」と声がした。「ちょっと見てくださーい」
「見る……?」私は思わずそうつぶやき、それから彼女に聞こえるよう少し大きな声で、「メイヤくーん、何を見ればいいんだーい」と発した
「ですから、どんなのが似合うか見てくださーい」
店員の女性らが、くすくすと笑っている。メイヤ君の奔放さに呆れたくもなる。どうして私が彼女の下着選びにまで協力しないといけないのか。
「じゃあ、ブラジャーをして表に出てきなさーい」
「さすがにそれは恥ずかしいのですよー」
「恥ずかしがるような性格ではないはずだよー」
「いいから、とにかく、ご覧になってくださーい」
やれやれと吐息をつきつつ、私は試着室のカーテンから顔だけを覗かせた。桃色のブラジャーをしているメイヤ君がいた。真っ白な肌にピンク色はとても映えて見える。
「うん。いいんじゃないかな」
「でしょう? だけどこれ、ご覧の通り、ちょっと窮屈なのですよ」
「君は胸が大きいんだね」
「そうですよ。それって服の上からでもわかることじゃありませんか」
「女性の胸になんて目をやらないからね。窮屈だというのであれば、一つ上のサイズを選べばいい」
「これより大きなサイズはないのですよぅ」
「だったら、諦めるべきだ」
「ダサいデザインのブラジャーなんて嫌じゃありませんか」
「下着なんて外からは見えないんだ。これは前にも言ったよね?」
「むぅ。でも、やっぱりこれにします。かわいいですし。ちなみに、下着の費用については経費で落ちるって話でしたよね?」
「そう言ったね」
「だったらこれに決めます。ピンク色は好きなので。ショーツは勿論、Tバックなのですよっ」
「そんなこと、言わなくていいよ」
結局、黒い下着の上下も買ったメイヤ君と帰路についた。紙袋を両腕で抱いている彼女は、なんだかとても嬉しそうだ。
「ですけど、何せ成長期なので、また買い替えなくちゃいけないかもです」
「そうならないことを祈ろう」
前から近づいてくる男に気がついた。くすんだ赤色のジャケットを着ている。いかにもチンピラ風だ。背は低い。私より頭一つ半は小さい。それでも偉そうに肩で風を切っている。私は歩きつつ接触しないよう半身よけた。それでも行き過ぎる際、腕同士がぶつかった。別に力を入れていたわけではいのだが、おっとっとと後方に退いた男である。
「な、何しやがる!」男が振り返り、怒鳴ってきた。「お、俺にかまうと痛い目に遭わすぞ!」
「それは困りますが、私は半歩よけました。ならば、貴方も半歩譲っても良かったのでは?」
「う、うるせぇってんだ」男が懐から小さなナイフを取り出した。「へ、へへっ、あ、謝ったらゆるしてやってもいいんだぜ」
「一々どもるのはなぜですか? 貴方はいわゆる小物なのでは?」
「な、ナメた口聞いてんじゃねーよ!」
「ナイフを構えるだなんて、そういう真似はやめましょう。周りのヒトもヒくじゃありませんか」
「だ、だからうるせーっつってんだろ!」
男が右手に持った小さなナイフをまっすぐに突き出してきた。動きが遅いなあと思う。ナイフを使い慣れていないのだなあと思う。攻撃をかわしたところで左の脇に男の右腕を抱え込む。男の顔面に右の肘打ちをぶつける。鼻血を噴き出しながら男が仰向けに倒れ込む。私は両手で男をうつぶせに引っくり返した。男の右腕を捻り上げる。「いてっ、いててててっ!」と男は無様な声を発した。はたから見れば鮮やかな対応に見えたらしい。あたりから拍手を浴びてしまった。
「わお、マオさん、相変わらず、イケてるじゃありませんか」メイヤ君も、そう褒めてくれた。「スゴい反射神経です。さっと組み伏せるあたりも大したものです。お見それしましたですよ」
「これくらいわけないよ。それよりメイヤ君、君には警察を呼んできてもらいたい」
「け、警察はカンベンしてくれ。悪かったよ。俺が悪かったよ。だから見逃してくれよぅ」男は情けないことを言った。「ホント、見逃してくれよぅ」
メイヤ君は購入した着衣が入っている紙袋を左腕で抱えつつ、男が落としたナイフを右手で拾い上げた。その刃を日差しにかざす。
「あー、これはダメです。ちょっとダメですよ」彼女は呆れたように言った。「このナイフ、錆びてますよ。こんなの武器にもなりません。どうやら本当に、貴方はただのチンピラさんであるようですね」
「そうだよ。俺は下っ端なんだよ。小物なんだ。警察の世話になるほど立派なヤクザじゃないんだ」
「まあ、そうなんでしょうが。しかし、他人に危害を加えるというのであれば、私は容赦なく貴方のことをとっちめますし、実際、そうしました」
「だ、だから、そのへんのことはわかってるよぅ」
「とにかく抵抗しないでください。大人しくしてください」
「い、言われた通りにします。だから、ゆるして……」
「わかりました。いいでしょう。そうでなくとも、殺人未遂などというつまらない事件で警察は動いてくれないでしょうしね」
「そ、そうなのか?」
「実を言うとそうなんですよ」
「あ、あんたは一体、誰なんだ」
「探偵をやっています」
「た、探偵さん?」
「ええ。そう言いました」
「そ、そっか、探偵さんなのか」
「それがどうかしましたか?」
「なあ、探偵さん」
「はい」
「俺の話をちょっくら聞いてやっちゃくれねーか?」
「どのようなお話ですか?」
「こんなところじゃなんだから、ちょっとついてきてくれよ」
「つきあって差し上げるような義務も義理もないですよ」
「そう言わないで、話くらいは聞いてやってくれよ」
私とメイヤ君は顔を見合わせた。
ややあってから、男がよろよろと立ち上がった。
「ま、いいからさ、とにかくつきあってくれよ」
しかたがないので、私は男の後に続く。
紙袋を抱っこしているメイヤ君も、後ろから、とことことついてきたのだった。




