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超Q探偵  作者: XI
102/204

23-5

 事務所に戻ると、メイヤ君が胸に飛び込んできた。彼女は「ご帰宅、お待ちしていましたっ」と声を弾ませ、ニコッと笑った。頭を撫でてやると、ますますニコニコッと笑った。くすぐったそうに身をよじりもした。


「五十年越しの少年から何を聞かされたんですか?」

「実は百年越しだったよ」

「へぇ」

「驚かないんだね」

「五十年も百年も、そう変わらない気がしますから」

「そうかい。とりあえず、コーヒーを淹れてもらえるかな」

「はいなのです」


 私が二人掛けのソファについていると、コーヒーを出してもらえた。正面にメイヤ君が座る。


「それで、殺したのですか?」

「飛躍した質問だ。どうしてそう思うんだい?」

「詳しいことは訊きません。訊こうとも思いません。とはいえ、あの少年は事実として百年もの時を生きたわけです。彼はピアノを弾いていたかったのかもしれません。弾き続けていたかったのかもしれません。でも、そういった感情って、言葉尻をとらえると過去形です。少年はもう、充分に生きたのではありませんか? 彼はそろそろ、人生に区切りをつけたかったのではありませんか?」

「非常に察しがいい。感心した」

「やっぱり殺したのですか?」

「そうるすことが正しいと考えたんだ。どうだい、メイヤ君。ヒトを簡単に殺すことができる私のことを、いい加減、嫌いになったかな?」

「そんなわけないじゃないですか」

「だけど、私の手はすでに真っ赤に染まっている。気楽な探偵屋のくせに、随分と大きな荷物を背負ってしまったものだ」

「その荷物の半分は、わたくしめが背負込んで差し上げますから」

「君は優しいね」

「いつも言ってます。わたしとマオさんは一心同体だって」

「私が死んでも、君は一所懸命生きなさい」

「ほら、またそうやって暗いことを言うー」

「私に何かあっても、ポジティヴに生きなさい」

「またそうやって悲しいことを言うー」

「本音だよ」

「わかってます。ところで、ミン刑事から本件に関する報酬はいただけるのでしょうか」

「それはきっちりもらわらないとね。彼の疑問に対する答えを得たわけだから」

「なんだったら、わたしが徴収に出向きましょうか?」

「ああ、そうしてもらえると助かる。君が行ったら、『色』を付けてもらえるはずだ」

「ピアノかあ。わたしも習ってみようかなあ」

「君は器用だから、きっと上手になれると思うよ」

「だけどやっぱり、やめておきます。探偵業で忙しいので」

「忙しいかなあ」

「日々、あちこちに顔を出して回るのがメイヤちゃんなのですよ」

「営業熱心なのはいいことだけれど」

「ぶっちゃけ、わたしがいて助かってるでしょう、マオさんは」

「まあ、以前より仕事は増えたかもしれないね」

「コーヒー、おかわり要りますか?」

「ああ。お願いしよう」

「はーい」


 メイヤ君がソファから腰を上げ、キッチンに立った。コンロに置いてあったやかんに改めて火を入れる。彼女が著しく丈の短い黒のプリーツスカートをはいていることに、今、気づいた。


「あー、マオさん、今、わたしのおしり、見てたでしょう?」

「ああ、見ていた」

「わお、照れもせずに言っちゃうとかっ」

「君の後ろ姿は、どことなく彼女に似てきた」

「彼女って、亡くなった恋人さんのことですか?」

「うん」

「わたしの姿に恋人さんを重ねないでください。ぷんぷんですっ」

「私はこの先もずっと、彼女の幻影を追うことになるのかなあ」

「だからですね、マオさん」メイヤ君がくるっと振り返った。「今、ここに、わたしというニンゲンがいるんです。思い出話ばかりしないでください。本当に怒りますよ?」

「怒ってもらってもかまわないよ」


 天井を見上げた。一つ吐息をつく。彼女が存命なら、私はもっとカタい職業に鞍替えしていたのかもしれない。探偵業なんていう不安定で危なっかしい仕事は避けていたのかもしれない。


 そういえば、君もピアノが好きだったね、シャオメイ。

 また会いたいな。

 また会って、一緒にピアノを聴いて、笑い合いたいな。


 がしゃんと乱暴にカップが置かれ、その音で我に返った。見れば、カップから飛んだコーヒーのしずくがテーブルに散っている。


「ダメだよ、メイヤ君。物は大切に扱わないと」

「マオさんが意地悪ばかりするからです」向かいの席にどすんと座った彼女である。「ちゃんとわたしを見てください。わたしだって女なんですよ?」

「いずれ君にはきちんとしたかたちで結婚してもらいたい」

「馬鹿言わないでください。でも、マオさんとなら、結婚してもいいです」

「それは困ったなあ」

「困らないでください!」


 強い口調だ。つくづく真正直な助手である。良くも悪くも私が生きている限り、彼女は私のあとについて回るのだろう。そんな相棒がいることは、あるいは幸せなことなのかもしれない。


「な、なんですか、マオさん。わたしのこと、じっと見ちゃって……」

「いや。君はやっぱりかわいいなと思ってね」

「かわいいのですか?」

「うん。かわいいよ」

「えへへ。なんだかんだ言っても、そうなのですね」

「ああ。私の君に対する評価は、そう簡単に変わったりはしない」


 私を見て微笑むメイヤ君をみて、私また笑みを深めたのだった。


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