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超Q探偵  作者: XI
101/204

23-4

 楽屋の裏口から飛び出し、少年は走って逃げたのだった。彼の足は実に速かった。私にも勝るくらいに。なぜ逃走をはかるのだろう。それがわからないままあとを追い、気づけば東西に長い『フートン』の途中で左折し、南北に走る狭い路地に行き当たっていた。暗い道はまっすぐに続いている。


 立ち止まり、こちらに向き直った少年が、左手に持った鉄砲を向けてくる。闇にあってもそのシルエットは露わだった。私も小さなリボルバーを懐から抜き、その銃口を彼から外さない。


「どうして逃げるんですか?」

「さてな。なんとなく、逃げちまったよ」


 少年の口調には少年らしからぬ、壮年の男性のような色がある。


「俺はピアノが好きなんだ。ずっと弾いていたいんだ。なあ、おまえさんよ」

「マオと言います。探偵をしています」

「じゃあマオさんよ、おまえはすべてを知っているんだな?」

「すべてとは言いません。ただ、貴方の容姿が五十年も前の昔から、まったく同じだということは知っています」

「どこで調べた?」

「警察のアーカイブで。何かの式典のような場面が新聞に掲載されていました」

「『天才児現る』みたいな記事だったはずだ」少年は「あっはっは」と高らかに笑った。「そんなつまらないを、警察はスクラップしていたのか」

「どうにもそのようでして」

「連中はよほど暇なんだな」

「誰かが気まぐれで保管したのかもしれない」

「俺は五十年はおろか、百年も前からこの姿だよ」

「そうなるに至った原因を、お聞かせ願いたい」

「興味があるのか?」

「後学のために」

「真面目なんだな」

「それなりに」

「『蛾』、と言ってわかるか?」

「ドラッグのことですか?」

「ああ。副作用として『黄金の蛾』が見えるっていうアレだ。最近になって改めてこの街に持ち込んだ馬鹿がいるようだが、『蛾』は百年も昔からある」

「初耳です」

「何も新しいドラッグだというわけじゃないんだよ」

「それで、その『蛾』が、どうかしたんですか?」

「俺は親に『蛾』を打たれたんだ」

「どういう理由で、ですか?」

「知るよしもない。遊び半分だったのかもしれないな。それくらい、俺の両親は中毒でわけがわからなくなっていた。そして俺も、まもなく中毒者に染まった」

「で?」

「浅いジャンキーには文字通り、『黄金の蛾』が見える。だが、それを通り過ぎて行き過ぎると、俺みたいになる。歳を取らなくなるんだよ。だから、随分と昔には流行ったもんだ。主に権力者や富豪といったヤツらだな。そういった連中が不死を求めて、裏で『蛾』をむさぼった時期があった」

「『蛾』が誘発する格好で大量のメラトニンが分泌され、それが老化を抑制する。大雑把に言うと、そんなところですか?」

「さすが探偵さん。博識だな。そうさ。本当の意味での薬漬けになると、時間が意味消失する。たったの一秒が、この上なく間延びしたように感じられるのさ」

「貴方はまだドラッグを?」

「もう使っていない。もはや快楽は得られないからな。ところで、どうだ? 百年も生きたガキに鉄砲を向けられる気分は」

「特に何も感じませんね。人生の先輩として敬いはしますが」

「変わり者だ、おまえさんは」

「良く言われます」


 少年のシルエットがかすかに動く。彼は、一発、撃った。当たらない。二発目も当たらなかった。だけど三発目は私のほおをかすめた。


「当てないのですか?」

「おまえさんを、『その気』にさせるために撃っている。俺はもう……」

「もう……なんですか?」

「言わなくたってわかるだろう?」

「ええ。正直言うと、わかります」


 私は狙いを定め、ゆっくりとリボルバーのトリガーを引き、発砲した。少年はゆっくりと仰向けに倒れた。


 少年に近づく、見下ろす。

 胸の真ん中をを撃ち抜かれた彼は、穏やかに微笑んでいた。


「ピアノを弾いていたかったと言った。弾き続けていたいと言った。だけどその実、もう充分なんだよ。ピアノを弾くのは、もうたくさんなんだ」

「百年も弾いていれば満足もするでしょう」

「ああ、ガキはもうやめだ。いい加減、疲れたよ。俺にはもう、悔いなんてものはないのさ」

「素敵でした」

「最期に褒めてくれるのか?」

「ええ。貴方のピアノは実に良かった。体の芯から震えました。だからこそ心から申し上げたい。長い人生、お疲れさまでした」

「何よりの手向けの言葉だな」

「あの世では、どうかお幸せに」

「ああ。ありがとう……」


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