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翌日、警察のアーカイブを訪ねた。窓はなく、暗い。だから蛍光灯に火を入れる。まさに倉庫といった様相である。ただ、二つある換気扇は常時回っているようで、特に湿度は感じられない。湿気が紙の天敵だという基本くらいは押さえているようだ。
きちんと棚におさめられているファイルもあるが、いっぽうでダンボールがいくつも積み上げられていたりもする。埃っぽさにメイヤ君が「けぷこん、けぷこん」と咳をした。
「どこから調べましょうか」
「まるで取っ掛かりがない。片っ端から当たるしかないだろう」
「ミン刑事は、いけずです」
「君は、いけずという言葉を良く使うね」
「いけずなヒトは嫌いです」
「だったら、ミン刑事を大いに呪ったらいい」
「呪っていても始まりませんから、ファイルを確認しようと思います」
「君はそっちから洗いなさい。私はこっちから調べるから」
「はーい」
ファイルを漁る。あまり『アテ』にはできない組織。それが我々が住まう街の警察であるわけだが、過去の事件の履歴くらいは残しているらしい。アーカイブはアーカイブとして、それなりに機能しているようだ。
三十分が過ぎ、また一時間が経過した。
「そっちはどうだい?」
「目ぼしい記事は何もありませんねぇ。というか、いい加減、埃っぽさに嫌気が差してきました。こんなところにこもっていたら、わたくしめの美しい金髪が台無しなのです」
「それは否定しない」
「マオさんってば、本当にそんなふうに思ってくださっているのですか?」
「君の髪は美しいよ。その評価に嘘はない」
「おぉ、嬉しいお言葉です。ほっぺにキスを浴びせてもいいですか?」
「それはよしてくれ」
「そうおっしゃるだろうと思いました。それにしても何も見つからないというか……えっ」
「どうしたんだい?」
「えっ、あれ、えっ……?」
「だから、どうしたんだい?」
「み、見てください」
メイヤ君がそばまで近づいてきた。体をぶつけるようにして私に身を寄せる。彼女はブルーのファイルの一ページを開いていて、その中身を見せてきた。ページには新聞のスクラップが糊付けされている。古い切り抜きであるようだが、保存状態は悪くない。写真についても判別がつく。
記事を見て驚いた。新聞の発行日は五十年も前。半世紀も前に刷られたものだ。そうであるにもかかわらず、先日、『ケ・セラ・セラ』でピアノを弾いていた少年が少年の姿のまま映っている。スーツ姿の男性と握手をしている様が大きく掲載されているのだ。パーティを兼ねた何かの表彰式の場ではないだろうか。
「これって、血縁者とか、そういうレベルではないですよね。まさか、そっくりさんってわけでもないでしょうし」
「画像は多少粗いけれど、彼であることに間違いはないようだ」
「だとしたら」
「ああ。五十年前に少年だった人物が、五十年後の今になっても少年のままでいるということになる」
「そっか。ミン刑事はわたし達に『これ』を見つけて欲しかったのですね」
「そうとしか考えられないね」
「ミン刑事はいつ、おかしなことだと勘付かれたのでしょうか」
「それはわからない。とにかく彼は、どこかのタイミングで妙だと気づいた」
「それにしても、事件でもない記事をスクラップしておくなんて、昔の警察官はよほど暇だったんですね」
「裏を返せば、えらく真面目だったということなのかもしれない」
「どうして少年は今でもステージに上がっているのでしょうか」
「そうしたいからじゃないかな。その他に理由があるかい?」
「うーん、ないと思います」
「だろう?」
「はい。にしたって、どうして少年は五十年もの間、その姿を維持できているのでしょうか」
「それは現状、わからない。だけど、言えることはある。少年はきっと多くの街を、あるいは他国を転々としながら、巧みに身分を隠蔽していたんじゃないかな。五十年もの間、少年の姿を保っているということがマスコミに知れると、それはそれで面倒なことになるだろうからね」
「でしたら、何もあえてステージに立つというリスクをおかす必要はないと思いますけれど」
「人前でセッションをするのが好きなんだろう。それ以外に説明のしようがない」
「少年はある意味、不幸を背負っているということですか?」
「そうなるね」
「とはいえ、ミン刑事はわたし達に案件の解決を望んでいるわけで」
「うん。だから、一定の答えは出さないとね」
「じゃあ、れっつらごーっなのです」
「いや、君は事務所で待っていなさい」
「えーっ、どうしてですかあ?」
「きな臭いからだよ」
「また探偵の勘ってヤツですか?」
「うん、そうだ」
「でも、この記事を見つけたのは、わたしなのですよ?」
「いいから、身を引きなさい。以降は私が引き受けるから」
「ぶぅぶぅ」
「任せておきなさい」
「ぶぅぶぅぶぅ」




