第八十一幕
前回のあらすじ
布都さん、頼むから空気読んでください
「さて皆の者、祭りを盛り上げるための余興は気に入っていただけだろうか? 前座はここまで、しかと俺にお前たちの武を魅せてくれ」
全員が呆気に取られている会場。そんな舞台の上で伊邪那岐が声を張り上げれば、湧き上がってくるのは惜しみない歓声と拍手。
「おい、前座とはどういうつもりだ」
「言葉通りの意味だが?」
咎めてくる布都とともに観客席へと移動した彼は、腰を下ろして背中を背もたれへと預けてしまう。
「俺がなんのために戦ったと思っているのだ、伊邪那岐」
「お前自身のためだろうが、ど阿呆。わざわざお前の我が儘に付き合ってやったのだ、本来の祭りを仕切りなおして行わずになんとする?」
「仕切りなおして他の者が敗北したらどうするつもりだっ」
「その時はその時だ。元々、この祭りの目的はそんな瑣末なことではない」
自分の立場が脅かされるかもしれない状況を瑣末と切って捨てる伊邪那岐。
「目的、だと?」
「布都殿には言っていなかったのですか?」
「覚えていないな」
彼の言葉を受けて布都は疑問符を、馬騰は微笑をそれぞれ浮かべる。
「陛下が今回の祭りを開いた目的は後任の育成のためです」
「後任の育成、まさか」
「そのまさかですよ。現在の麟を動かしている軍師の智謀、将軍の技術、それらを今育てている者たちに見せて勉強させるための機会。これが今回、祭りを行った事の本当の目的です」
知っていることと見ることでは違いが多過ぎる。百聞は一見に如かず。その言葉を元に将来の麟を背負う者たちに現在の麟を背負う者たちの力を見せ、より賢くより強く成長してもらうための機会がこの祭り。だからこそ、彼は布都が参加することを咎め、布都が優勝したことをなかったことにして仕切りなおしをしたのである。
「あんた、こんなところでなにやってんのよっ」
そんな時に現れたのは咲耶。ただいつもと違ってその表情は額に血管を浮かび上がらせるほど。
「ああ、咲耶か?」
「ああ、咲耶か? っじゃないわよっ、寝てなきゃダメなのに勝手に部屋抜け出して。天照や凶星に見つかったら布団に縛り付けられて監禁されるわよ」
「「寝ていなければダメ?」」
咲耶の言葉を受けて不意に二人の言葉が重なり、その視線が伊邪那岐へと向けられる。
「昨日も勝手に抜け出して、こっちの気持ちも少しは考えなさいよっ」
「そうは言うが、立場的に俺は王であって祭りに参加しないわけには」
「言い訳無用。それに、王だって言うんなら体調管理を一人前にできるようになってから言いなさいよっ」
即座に言い合い、もとい咲耶の言葉がほとんど一方的に彼に向かって叩きつけられる。
「ちょっと待て咲耶、さっきから何を言っているんだ?」
「布都、あんたからも言ってやってよ。この馬鹿、体調不良で立ってるのも辛いくせにやせ我慢してこんな所にいんのよ? 何のために俺がいるんだって」
咲耶の言葉を受け、布都は言葉を失ってしまう。注意深く見てみれば、表情に出していないが伊邪那岐の呼吸は戦闘を行ったことを差し引いても荒い。それに、普段は滅多にかかないはずの汗が額に浮かんでいる。
「伊邪那岐、お前」
「どのような状況であろうと勝負は始まって決した。それが全てでそれ以外は何の意味も持たない。違うか?」
「なんの話をしてるのかしらぁ?」
「先ほど布都殿と陛下が一騎打ちを前座にて行い、決着がついたことを話しているのですよ、咲耶さん」
「「碧っ」」
「へぇぇ、一騎打ちをねぇ」
咲耶の視線に耐え切れなく視線をそらす麟のツートップ。ちなみに、伊邪那岐の体調を気にすることなく勝負を持ちかけて敗北した布都には、おまけと言わんばかりに董卓からの冷ややかな視線も注がれている。
「後で色々と聞かなきゃならないみたいねぇ、二人共?」
立ち上がって逃げようとする布都。だが、その時に伊邪那岐の体がぐらついてしまい、椅子から転げ落ちそうになってしまう。
「あんたねぇ、少しぐらい手を抜いたって誰も文句言わないわよ?」
「だが」
「この場を離れるわけにはいかない。どうせあんたのことだからそう続けるつもりなんでしょうよ。はぁ、なんでこんな馬鹿に嫁いじゃったのかしら、あたし」
すんでのところで彼の体を移動して支えた咲耶は、ため息をひとつついてから彼の隣に腰を下ろし、その頭を太ももの上に乗せる。
「お前、何をしている?」
「しょうがないでしょっ。あんたはここに残りたいってい言うし、本当はすぐにでも連れて帰りたいけどそしたらまた無茶しそうだし。これが最大限の譲歩よ、文句ある?」
「いや、ない」
微笑して瞳を閉じる彼の表情を見て、満面の笑みを浮かべる咲耶。そんな二人を見ていつもであれば小言の一つでも布都は口にするのだが、自分の行いが少なからず悪い方向へ導いてしまったことを自覚しているため口を閉じている。
「勝者、関羽」
会話している間に勝負は決したらしく、愛用の青龍偃月刀を高々と掲げながら関羽が観客からの声援を受けている。それを見て、ため息を付きながらも舞台へと移動した布都は口を開く。
「見事だ、関羽。陛下に変わり賛辞を送ろう」
「はっ」
「それで、貴様の望む褒美はなんだ? 俺から陛下へと伝えておこう」
表情には出していないが、内心布都は苦虫を噛み潰している。目の前にいる人物の一言で最悪、国は荒れてしまうから。
「では、遠慮せずに口にさせて頂く」
彼女の言葉を受け、布都は生唾を飲み込む。
「次の戦にて一番槍の栄誉をこの関羽に頂きたい。陛下に命を救っていただいた御恩をお返しするためにも是非に」
「なるほど。俺の一存では決められない為この場での即答は避けるが、その願い確かに副王の任を任された俺が聞き届けた。陛下には俺から進言しておく」
「何言ってるんだよっ、愛紗」
関羽の言葉を受けて驚いたのは布都だけではない。最も驚いていたのは、彼女と志を共にしていると思って戦いに望んだ魏延。
「焔耶、褒美を与えられる権利は私にある。私が何を口にし何を望もうと、お前に文句を言われる筋合いはない」
「そんなこと知ったことかよっ。なんで、なんでお前の願いは桃香様を王にすることじゃないんだよ? 答えろよ、愛紗」
縋り付くような視線を関羽へと魏延は向けるが、その視線に背中を向けるように彼女は舞台から降りていく。
「ふざけんなよっ、愛紗。あたいらは、あたいらは桃香様のために生きるって決めたはずだっ。それなのに、よりにもよって桃香様の最も近くにいるお前が桃香様を見捨てるって言うのかよっ」
その言葉を受けて関羽は唇の端を自分の歯で突き破ってしまう。だが、流れ出た血液とは裏腹に言葉が吐き出されることはない。
「そうかよ、お前もあの男にたぶらかされた口かよ。だったら、あたいは一人になってでもあの男に抗って、桃香様を王にしてみせるっ」
吐き出されたのは憎悪にも似た決意。ただ、その声が響いた瞬間に一人の人物が表情を一変させたことは彼女には理解できていなかった。
「碧ごめん、こいつのこと少しだけ頼んでいいかな?」
「はい。謹んでお受けいたしましょう」
馬騰に膝枕をバトンタッチして舞台へと移動する咲耶。
「今の言葉、陛下への暴言ととった。覚悟はいいだろうな、魏延?」
「おうよ、いつだって相手になってやる」
戦闘態勢へと移行した布都と魏延。そこに乱入する形で登場した咲耶は布都の前に立って、彼に対して背中を向ける。
「なんのつもりだ、咲耶? たとえお前といえど邪魔をするのならば容赦はしないぞ」
「邪魔はあんたよ、布都。この、勘違いしてる馬鹿はあたしがぶちのめす。そうでなくても、あいつと戦って怪我してるあんたを戦わせたとあっちゃ、あたしら全員後であいつに怒られるわよ」
「だがっ」
「それにね、ちょっとばっかし責任を感じちゃってるのよ。あたしがあの時食い下がらなかったら、桃香たちはこの国に来ることなんてなかったんだから。だから、この場所だけはどうしても譲ってもらうわよ」
咲耶の覚悟を受け取り、殺意を収めて背中を向ける布都。そんな彼に感謝の心を持ちながら彼女は腰に差した愛用の小刀をふた振り抜き放つ。
「魏延、あんたのその妄執にも似た忠義には敵ながら感服するわ。よくもまぁ、そこまで盲目的に桃香に仕えてるか不思議でならないくらいに」
「途中で逃げた貴様にあたいの忠義が理解できてたまるかっ。ましてや、あんな男に嫁いだお前になど理解できるはずがない」
「あんな男ねぇ。ところで、あんたは陛下の何を知っているっていうのかしら、私に教えてくれる?」
「しるはずがないだろうがっ。あんな男のことなど知りたくもない」
「そう、そうなのね」
冷ややかな返答。ただ、冷めていく言葉に反比例して彼女の中の怒りは膨れ上がっていき、爆発する。
「あいつのことを知りもしないで、知ろうともしないであんたは言葉を口にしてたのね。ふっざけんじゃないわよっ」
その声はまさに爆風。怒りという名の爆発に比例して大きくなるもの。
「あいつがどんな思いでこの国をまとめ上げたかも知らないくせに。あいつがどれだけ自分を犠牲にしてるかも知らないくせに。あいつが何を見据えているかもわかろうとしないで、上辺だけ見て判断してんじゃないわよっ。そういうのが、いっちばん頭にくるのよ。友達だから助けてって願い出たあの時のあたしを思いっきり叱りつけやりたい。あんたたちなんて助けてもらうんじゃなかった」
癇癪を起こした子供のように咲耶は言葉を吐きだし、一度深呼吸をしてから目の前の魏延に対して明確な殺意を言葉とともにぶつける。
「あたし、あいつと共に行動するようになってから決めたことが一つだけあるのよ。あいつの手を振り払うような、救いようのない馬鹿はこの手で確実に殺すって。自分が傷ついても手を伸ばすあいつの手をこれ以上傷つけさせないために」
一歩踏み出し、咲耶は王に忠義を誓った部下としてではなく、愛する夫を侮辱する女に鉄槌を下すべく刃を握る。
「あたしの大事な旦那の優しさに気づきもしない恩知らずは、この世界に必要ない。でもあたしはあいつには及ばないけど優しいから、あんたの勘違いをひとつずつ訂正して、切り刻んであげるわ」
やっぱりこの世界女性陣が強いのかしら?




