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7羽 羽を隠しちゃえばいい


「画材は重いから、まずは食べもんだな!」


 エラトは鼻をふんふん鳴らしながら、階段のような天文台――すなわち、街の中心部に向かって歩いている。中心部に近づくにつれ、人の気配が多くなってきた。バグロルの姿はなかったが、俺の知らない種族でごった返している。垂れ耳で鼻が良いワルフ族や三角の耳にピンっと伸びた髭のネッコ族は見たことがあったけど、それ以外はさっぱりであった。

 もちろん、それは相手も同じらしく、すれ違うたび、興味深そうに羽へ視線を向けられる。


「……うぅ」


 俺は口を曲げ、羽もできる限り小さくしようと身体を縮めた。

 すると、エラトが急に振り返り、きょとんとした目で俺を見下ろしてきた。しかし、すぐなにか合点がいったらしく、大きく頷いた。


「んじゃ、まずは服屋だな!」


 そう言いながら、どんどんっと俺の羽の辺りを叩く。あまりに強い力なので、両足が地面に沈むかと思った。


「服?」

「その羽、隠したいんだろ? ここらだと、エジュン族は珍しいからなーその服自体も、古っぽい感じだしな!」


 エラトは白衣を翻し、どこかへ向かって小走りで進み始める。


「ここだよ、ここ! おっちゃん! こいつの服、みつくろってくれー!」


 そう言いながら、エラトが入っていった店は古着屋だった。清廉な店構えだったが、マネキンにはそれこそ「何十年前の流行だよ」って服で着飾られている。

 ま、俺には金がないから古着じゃないと買えないよな……なんて考えながら扉をくぐると、すでに店主とエラトはわいわい盛り上がっているようだった。


「あんた、星詠み塔の管理人だって?」


 店主は俺を見ると、すっきりとした顎をさすりながら近づいてきた。この人は人間らしい。坊主頭でいかつい顔をしていたし、地の底から響いてくるみたいに太く低い声色だったが、目は少年のように輝いている。見た目や声と目があまりにも釣り合ってなくて、俺は一歩後ろに引いてしまう。そんなことをよそに、店主は俺に歩み寄ってきた。


「へー! ほー! はーっん!」


 俺の周りを歩きながら、じろじろと頭の上から羽の先までじろじろと観察してくる。なんか最近、こんなのばっかりだな……と思いながら居心地悪そうにしていると、坊主頭の店主は大声で笑いだした。


「あはははっ! んな顔するなって、坊主! ちゃんと服を見繕ってやるからさ! とはいっても、エジュン族用の服はあんまりねぇんだよな……背中んとこ、ハサミで切る感じでもいいか?」

「おっちゃん、それだけじゃ駄目だって」


 エラトがツッコミを入れるように、ていっと手を叩いた。


「トガは羽を隠したいんだ」

「あー、そういうことか。んでも、一番下の服には切込みいれんといかんだろ」


 店主に視線を向けられ、俺は頷いた。


「上着があれば、羽を隠すことができるんで……いい感じの上着ありますか?」

「そんなら、この辺りだな」


 店主はくいっと指を向けた。

 なるほど、そこにはたくさんの服で溢れていた。壁一面に突起が出ており、一つの突起に幾重にも服が重なってかけられている。これほどたくさんな服を見たことがないほど多種多様な種類の服で溢れていたが、店主が指差した方向に進むと、確かに上着だけで統一された空間に到達した。 


「どれでも好きなものを持っていきな」

「どれでも!?」

「駄目だよ、トガ」


 エラトが腕を組んだ。


「これから、まだ街を回るんだ。ここで何着も買ったらお金がなくなるし、荷物がかさ張るぜ?」

「わ、分かってるって!」


 俺は言い返すと、服に向き直った。

 とはいっても、上着だけで50着以上もある。そのなかから一着選ぶだけでも、目が回りそうだった。そもそも、これまで自分で服を選んだことはない。5歳までは親が選んだ服だったし、そこから先は収容所で与えられたものだった。しいて選んだと表現するのであれば、死んだ誰かの服を剝ぎ取ったくらいだろう。そうでもしないと、新しい服なんて入手できなかった。だから、ここにある服はどれもが良く見えるし、どれも諦めたくない。


 俺が上手く選べずに唸っている間、エラトと店主は雑談に花を咲かせているようだった。


「にしても、このタイミングで管理人が決まるとはなぁ……しかも、エジュン族だ。俺は詳しくないが、西の方じゃ色々と噂があるんだろ?」

「噂だろ、噂。天文台の連中は否定してるじゃん。学者先生が否定してるってことは、嘘だってことだよ」

「そうだろうけどなぁ……でも、ちゃんとした解決策も出してないだろ?」


 俺は雑談を小耳に挟みながら、服を選ぶことに集中した。あまり派手なのはやめておこう。せっかく羽を隠そうとしているのに、目立ってしまっては意味がない。きつい赤色や嫌味なほど明るい黄色の服は無視し、なるべく目立たない服を探すことに徹する。かきわけ、かきわけ、なるべく目立たない……目立たないものを……と探しているうちに、ようやく薄暗い深緑色の服を見つけた。渋い緑色の服と淡い青色の服に挟まれ、一瞬見落としそうになった服だ。触った感じ、生地もしっかりしている。俺はうんっと頷いた。


「これにするよ」


 上着を持って2人の方へ歩いて行った、そのときだった。


「おっちゃん! 大変だ!」


 扉がばんっと音を立てながら開き、三角耳のネッコ族が真っ青な顔で飛び込んできた。


「ティアちゃんがいなくなったんだ!」

「なんだって!?」


 それまでニコニコとしていたのが一変し、店主の顔色が急激に赤く染まった。


「いない!? どうして!? 学校で授業中のはずだろ!?」

「学校にいたんだけどさ、3時間目の途中で空にさらわれていなくなったんだよ!?」


 俺は小声でエラトに聞く。


「ティアって?」

「おっちゃんの娘さん」

「空にさらわれたって?」


 俺が質問を重ねると、エラトは肩をすくめた。


「突然消えるんだよ。最近、よくあるんだ。なにもないところで突然いなくなるから、空にさらわれるって噂されてるんだ」

「さらわれたらどうなるんだ?」

「分からない。さらわれた奴は見つからないんだ」

「うぉぉ!! ティア!!」


 店主は悲痛の叫びをあげると、力任せにテーブルを叩いた。そのまま泣き叫びながら、店を飛び出して行ってしまう。ネッコ族が慌てて追いかけ、俺たちはしんっと水を打ったように静まり返った店に取り残された。


「あ……会計」

「そこに金をおいていけばいいさ。俺、メモ書きしておくから」


 エラトが鞄からメモ用紙を取り出し、さらさらと記し始めた。


「どうせ、すぐに戻ってこない。それ、銀貨1枚だってさ。ここに置いたら着ていいぜ」

「いいのかよ、勝手に」

「大丈夫、大丈夫。おっちゃんの店だから」


 エラトがそう言ったので、俺は銀貨を1枚テーブルに置くと、上着に袖を通した。羽を折り畳みながら上着を羽織ると、丁度良い感じにすっぽり隠れる。エラトがふーんっと鼻を鳴らした。


「そうやって羽を隠しちゃえば、どっからどう見てもヒトだな!」

「これで普通に街を歩ける。ここを紹介してくれてありがとう」

「えへへ……照れるぜ」


 エラトは頬をわずかに染め、照れくさそうに頭を搔いている。


「それじゃ、次の買い物に行くか」


 エラトに続いて、店を出る。店が少し薄暗かったからか、外に出て目が眩むかと思った。手で日差しを作りながら目を細めると、眉間が急激に痛み出した。


「うっ」


 唐突な痛みに、奥歯を噛み締めて堪える。頭が痛むほど目が眩んだのか? と疑問を覚える前に、青々とした空に赤い星がちらっと見えた。


「え……あ……」


 俺は呆気にとられる。

 しかし、それは本当に一瞬。きっと、痛む頭が生み出した幻影だったのだろう。次に目を開いたときには、何事もなかったかのような青空が広がっていた。


「トガ?」


 エラトが不思議そうに見下ろしてくる。


「ん、あ、ああ。なんでもねぇって」


 いろいろと環境が変わりすぎて、頭が疲れておかしくなっているに違いない。

 疲れを払うように、俺は頭を軽く振った。


「んじゃ、食べ物屋に……」


 先ほどのことは忘れて、腹を満たすために動こうとしたとき、今度は目の端に女の子の影が見えた。向かい側の路地を金髪の少女が走っている。小柄な女の子だった。金の髪をなびかせながら、涙に塗れた顔がちらっと見えた。その後ろから、見るからに野蛮そうな男たちが追いかけている姿も。


「……」


 俺は黙って見ていた。

 彼女たちの姿が路地の隙間から見えたのは数秒。瞬きするよりも短い時間だった。金髪の少女たちはすぐに壁に隠れて見えなくなってしまった。

 別に無視すればいい。

 気にしなければいい。自分には関係ないことだし、いままでだってそうしてきた。


「トガ? どうしたんだよ?」

「エラト。ちょっと寄るところができた」


 気が付くと、自分の足は路地へ向かおうとしていた。

 馬鹿だよ、と頭のどこか冷静な部分が呟いていた。そんなことより、自分の欲求を満たせばいいのだと。お腹が満たされ、お金を持ち、服を選ぶ自由を手に入れて、少し気が大きくなっているだけで、見ず知らずの人を助けるまでの余裕はない、と。


「本当っ、馬鹿だよな……俺って」


 けれど、俺はまっとうな呟きを無視する。


 走り出した先には、自己満足しかないと知りながらも。







次回更新は7月29日を予定しています。

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