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8、寂しさからの苛立ちー美空Sideー


私が家を出てから二カ月が経った。

私は少しずつだけどこっちの生活に慣れてきて、最近では陸斗のこともあまり思い出さなくなっていた。


こういう感じで陸斗への気持ちもなくなるんだろうな…


私はそれが少し寂しくもあり、心にぽっかりと穴が空いたような気分だった。

こうして毎日大学に通っていても張り合いがなくて、ただ講義を受け、アルバイトをして家に帰るという決められた生活サイクルを繰り返しているだけだ。

今日も同じように家に帰ろうとアルバイト先であるカフェを出たところで、私はガードレールに腰を預けた状態の純を見つけた。


純は私に気づいてガードレールから腰を上げて私の前にやってくる。


「バイトお疲れ。」

「何?どうしたの?」


私は大学の入学式以来、純とは会っていなかった。

だから急に目の前に現れて戸惑ったのだけど…、純はふっと優しく笑ってから言った。


「同じ大学にいるはずなのに会わないなと思ってさ。会いに来たんだ。」

「…そう。わざわざ、どーも。」


私はただの生存確認かと気分を害して、スタスタと足を家に向けた。

その後を追いかけるように純がひょこひょことついてくる。


「大学はどう?友達はできたのか?」

「私を誰だと思ってるの?今まで友達にも学校生活にも苦労したことなんてないわ。」


私は入学式初日から色んな子に話しかけられて、友達…とは言えるか分からないけど、普通に話す相手には恵まれていた。

まぁ、遊んだりしたことはないから、本当に話すだけの間柄だけど。


すると純がふっと鼻で笑ってきた。


「ふはっ!まぁ、美空だしな。その容姿でほっとく奴なんていねぇよなぁ?」

「なに?嫌味?」


私はバカにされてると感じて横を歩く純を横目で睨みつけた。


「いや?さすがだなって褒め言葉だよ。」

「どーだか。どうせ私は外見だけの女ですよ。」

「なに、拗ねてんの?やっぱり友達とは上手くいってねぇとか?」


私は純のズバッと心を一突きにするような言葉に苛立って、立ち止まると声を張り上げた。


「うっるさい!!純には関係ないでしょ!?放っておいてよ!!」

「それが放っておけねぇんだよな~。」

「は!?」


私は怒鳴られても平然としている純が意味不明で顔を歪めた。

純はちらっと私を見るなり、意味深な笑みを浮かべて意地悪そうに溜めてから言った。


「この間、久々に陸斗と電話してさ。」

「…陸斗…?」

「あいつ、美空から何も連絡ないこと心配してたよ。」


私は陸斗のことを聞いただけで、胸がドクンと大きく跳ねて今まで冷め切っていた心が熱くなってくるのを感じた。


陸斗が…、私を心配…?


私は陸斗が少しでも私のことを想ってくれてると知れただけで、久しぶりに頬が緩んだ。


嬉しい…

てっきり私のことなんかどうでもよくなってるんだと思ってた

やっぱり陸斗は、私の特別だ


私は陸斗がぶっきらぼうに「連絡しろよ。」と怒ってる姿が想像できて、ふっと笑い声まで出てしまった。


すると純が「やっと笑った。」と呟いたのが聞こえて、私は顔を上げた。

純はさっきまでの意地悪そうな顔じゃなくて、心底安心したように微笑んでいた。


「まぁ、気が向いたら連絡してやればいいんじゃねぇ?相変わらず女子と遊んでるっぽかったから、女が出るのを覚悟しなきゃならねぇけどさ。」


女子…


私はそれを聞いてさっきまでの浮かれた気持ちが急降下していった。


そうだった…

陸斗が私に優しいのはいつものこと…

特別だとか浮かれちゃダメだ


私はしっかりと自分を取り戻すと、鼻から息を吸ってからいつもの表情を保った。


「分かった。気が向いたら電話する。じゃ、またね。」


私はこれ以上純と陸斗の話をするのがイヤだったので、これ以上一緒に来ないでという目で純を見てから手を振った。

純はそれを感じ取ってくれたのか寂しげな目で微笑むと「またな。」と手を振り返してくれた。


こういうとき、昔馴染みってのは助かる。

理由を言わなくても空気でしてほしいことを察してくれる。


そうしてその日、私は純の優しさを見ないふりして、家にサッサと帰ったのだった。




**




その純に会った日から、あっという間に月日が過ぎていき、そろそろ夏期休暇で実家に帰るという話も出始めた頃。


私は家に帰るのをどうしようかと考えて、大学の食堂で一人黄昏ていた。

私がこうして一人でいると、よく男子に話しかけられる。

私はその度に「一人でいたいから。」と言って、気持ちを持たれないようにバッサリと断っていた。


本当、男子ってうっとうしい

私の中身も知らないくせに、見た目だけで寄ってきて歯の浮くようなセリフばっかり言う

一人で考え事したいのに次から次へと…


私は声をかけられて5回目のときに、さすがに腹が立って食堂を出ようと決めた。

そして自分の空のグラスののったトレイを手に席を立つと、遠くの席によく話をする女子たちが固まっているのが見えた。

私は一声だけでもかけようかと、トレイを回収棚に置いてからそのテーブルへ向かった。


そして近づいたことによって聞こえてきた話の内容に、私は思わず足を止めた。


「美空ちゃんってなんで彼氏いないのかな~?」

「え~?理想が高いだけなんじゃないの?」

「あははっ!言えてる!美人だから、見合う男子がいないのよ!とか思ってそう!」


え…??


私はどう聞いても私の悪口だと思って、心臓がズクンズクンと嫌な音を奏でる。


「あれだけイケメンの男子に声かけられてもさ、あの鉄の姿勢変わらないもんね。」

「羨ましいよね~?私が美空ちゃんだったら色んな男子と遊んでみるけどな~。」

「あははっ!遊んでみるって!!」

「だってそうでしょ!?絶対ご飯とか奢りだろうし~、たくさん貢いでもらって興味なくなったらさよなら~って!」

「うっわ!悪女だ!!あんた見た目によらず怖いね。」

「言ってなさいよ。でもさ、ぶっちゃけ誰でもいいから彼氏作って欲しいと思わない?」

「まぁ、そうだよね。美空ちゃんがフリーだから、どの男子も諦めないし、私たちも軽く被害受けてるもんねぇ?」


被害…


「私、木下君に美空ちゃんが好きだからってフラれた。」

「マジで!?もう、早く誰かのものになちゃえばいいのにねー。」

「美空ちゃんと一緒にいたらイケメンと出会える確率上がりそうだから、仲良くしてきたんだけど…。そろそろ潮時かなー…。」


潮時…


私はひどい言われようだな…と思って悲しいと言うよりも、おかしくて笑いが出そうだった。


「まぁまぁ、そう暗くならないでさ!夏なんだし海でも行こうよ!!私、男友達誘うから!」

「いいね!!行こう、行こう!」

「あ、もちろん美空ちゃんは誘っちゃダメだからね!!男の子全部とられちゃう!」

「あははっ!分かってるって!」


私は楽しそうに笑っている彼女たちを見て、このまま立ち去ろかどうか考えて、ふっと目の前に陸斗の姿が浮かんだ。


陸斗だったら…こういうとき、どうしてた?


私はいつも自信満々で輝いていた陸斗を思い返して、自分の中に勇気が出てきて足を彼女たちのテーブルに向けた。



そして、私がテーブルの脇に立ったことで、彼女たちの笑い声がすぐ止んで、顔を強張らせた状態で口々に「美空ちゃん…。」と名前を呼ばれた。

私は彼女たちを睨むように見つめると、大きく息を吸ってから冷静に告げた。


「みんなで海に行くんだね。安心してよ。私、海には興味ないし、行かないから。」

「み、美空ちゃん。今、話してたのは違くって…。」

「いいの。みんなの本音聞けて良かったって思ってるから。ごめんね。こんな私に気を遣ってもらっちゃってさ。もう、話しかけてくれなくてもいいから。彼氏作り、頑張ってね。」


私は青い顔をして固まっている彼女たちにそう告げると、一瞬涙が出そうになったのをグッと堪えてテーブル脇から立ち去った。


そして食堂を出た所で足を速めると、校舎から出て中庭を走り人気のない影になっている倉庫の横で立ち止まった。

私はそこで我慢していた涙が零れ落ちて、頬を流れてポタポタと地面に沁みを作った。


「―――っ…うっ…!…っひ…。」


私は手で涙を拭いながら声を殺して泣いた。

こうして泣いていると、自然と陸斗の前で号泣したときのことを思い出した。


あの頃から…私って友達運…ないんだよね…


私は親友だったはずの絵里の顔を思い返して、胸が痛んだ。

絵里が陸斗と付き合い出してから、私と絵里の仲は上手くいかなくなった。

高校卒業するまで口も聞かなくて、私は高校で親友と呼べる友達なんかできなかった。


普通に話をしていた友達だって、私が絵里のこともあって一歩踏み込めないことから、高校を卒業したら自然と疎遠になった。


よくよく考えてみれば、私は友達と呼べる人は一人もいないんじゃないかと思った。


……一人ぼっちだ…


私は今までなら当たり前のように傍にいた存在を思い返して、寂しさに押しつぶされてしまいそうだった。


陸斗…

陸斗…会いたいよ…


『美空のバーカ。頑張り過ぎなんだよ。』


私は陸斗の声が聞こえた気がして、顔を拭ってた手を離すと振り返った。

すると、そこには肩で大きく息をしている純が立っていて、私はビックリして目を大きく見開いた。


純ははぁ~っと大きく息を吐くと、大股で私に近付いてきて怒った顔でチョップしてきた。


「いたっ!な、なに!?」

「バカ!!少しは頼れよ!!」

「は!?」


私はなんで怒られてるんだ?と意味が分からなくて、純を見つめて首を傾げた。


「まぁ、見つかったからいいけど。」

「へ?何の話してんの?」


純は飽きれた様に息を吐いてから、どこか安心したように笑っていて、ますます意味が分からない。


「あ、そうだ。夏休み向こうに帰るぞ。花火見に行こう!」

「花火?って大浦川の花火大会のこと?」

「そう!それ!!サークルの皆で行くことになったんだ。せっかくだから、美空も来いよ。」

「え…、でも、私部外者だから…。」

「いいんだよ!とにかく23日空けとけよな!」


純は強制的に約束すると、私の涙で汚れた顔を自分の手でゴシゴシと拭いてから、私の腕を掴んで歩き出した。

私はその熱い手にビックリして、やっと純がここに来た理由が分かった。


もしかしたら食堂でのことを誰かに聞いて、私を探してくれていたのかもしれない…

純は私の事を心配してくれてたんだ…


私は以前にも見た純の安心した顔を思い返して、私にも友達がいた…と思った。


純だけは損得で私を見たりしない…

昔からのかけがえのないたった一人の友達だ…


私はその事実に寂しさでいっぱいだった胸の中が、少し温かくなりほっと安心したのだった。




***




そして花火大会当日。

私は懐かしい地元に帰ってきて、早めに花火大会の会場をウロウロしていた。


懐かしいな…

よく陸斗と出店で勝負したっけ…

スーパーボールも何個取れるかでケンカしたこともあったなぁ…


私はやっぱり地元は陸斗との思い出ばかりだな~と思って悲しくなっていたら、ふと目の前に陸斗そっくりの拓海が見えて、私は久しぶりの弟に気分が弾んだ。


「拓海!!」

「え、姉さん!?」


私が声をかけると拓海は驚いたのか目を丸くさせていて、でもすぐに嬉しそうに頬を緩めた。


「なに?こっちに帰ってるなら家に寄ればいいのに!!」

「あははっ!ごめん、ごめん。ちょっと純とサークルの人たちと花火見に来ただけだからさ~。」


私は陸斗と顔を合わせず辛くて帰らなかっただけなのだけど、それは言えなくて適当に流した。

拓海は「なんだよ~。」と言いながらクシャっと顔を歪めて笑う。

その顔が陸斗みたいで、私は拓海の頬に手を触れた。


「ますます陸斗に似てきたね…、拓海。」

「ははっ…、姉さんはそればっか…。つーか、俺は兄貴には絶対似ないから!!」

「あははっ!相変わらずだなぁ~。どう?高校生活は?彼女はできた?」


私のこの質問に拓海はカアッと見たことのない照れた顔をして、私は拓海の変化にすぐ気づいた。


「え、え?何?好きな人、できたんだ?彼女?」

「う、うっせーな。姉さんには関係ねーよ。」


隠し事ができないなぁ~


私はやっと初恋が訪れた弟に嬉しくなって、顔がニヤけてしまう。


「ふ~ん?大方、この花火大会に彼女と来てるって感じね。ここで待ち合わせなんだ?」

「か、彼女じゃねーよ!!」


ありゃ、彼女じゃないのか…

でも、待ち合わせてるのは本当みたいね~


私は拓海の反応から推理していって、このままここにいればその想い人が見られそうだな…と思った。


「その片思いの彼女はもうすぐ来る?」

「え、あ、そういえば時間過ぎてるな…。まさか、向こうにいるのかな…。」


拓海は私の言葉にケータイで時間を確認すると、人混みから彼女を見つけ出そうとしているのか背伸びし始めた。


私は女の子を心配している拓海が新鮮で、拓海の心をこれほどまでに動かす女の子がますます気になった。

だから橋の向こうへ行こうと歩き出した拓海の後をついていったのだけど、途中で気づいた拓海に「ついてくんな!!」と言われてしまって、仕方なく少し離れて拓海に見つからないようについていく。


そして拓海が同級生だろう男の子に声をかけられて固まっているのが目に入ったとき、その傍に女の子が何人もいるのが見えたけど、結局誰が想い人なのか分からなかった。


それから私は純と合流して、純のサークル仲間たちと馴染めることができた。

それこそ私は大学に入って初めて、人と関わるのにいつも通りで接することができたと言ってもいい。


これは不本意ながらも純のおかげだったんだけど…


私はドヤ顔をしている純に一応「ありがとう。」とお礼を言った。


そして久しぶりに満たされた気分で自分の部屋に帰ってきたら、私のケータイが懐かしい名前を表示していることに心が震えた。


振動を続けるケータイ画面に表示されていたのは陸斗の名前で、私は色んな感情がごちゃ混ぜになりながら電話に出た。


すると電話の陸斗の声は少し不機嫌そうに低かった。

だから、私は無理やり気持ちを持ち上げてテンション高く返答したんだけど…


陸斗から返ってきたのは、家に帰らなかったことへの不満だった。

そして言葉の節々から感じる、会いたかったというのみ込んだ気持ちだった。


私は陸斗も同じなんだということが分かって、嬉しくて涙を零しながら笑った。


嬉しい…

こうして私を心配して怒ってくれるなんて…

やっぱり私の中で陸斗は特別


私は純のときには感じなかった気持ちを陸斗と話すことで感じていて、私はその気持ちが口に出る前に早々に電話を切った。



離れていても気持ちが消えることなんてない…



私はその現実にぶち当たって、今後どうするべきなのか…どうしたいのかをケータイを握りしめて考え込んだのだった。








陸斗とは真逆の結論を出す美空でした。

美空が妬みの対象となるのは今回が初めてではないですが、美空自身が気づいたのは初めてです。

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