6、離れるー美空Side-
私は陸斗と離れると決めた日から、大学の資料を隠れて読み漁って自分の道を見つけようと奮闘した。
その結果、自分の学力と勉強したい学部、家から離れた所の大学…と総合的にみて、隣町にある大学に進むことに決めた。
陸斗から離れる目的だけならもっと遠くの大学も候補にあったのだけど、私は心のどこかでまだ未練があって、そこまで遠すぎない場所を選んでしまったのだ。
陸斗と完全に離れるのは怖い…
今まで生まれてから18年も当たり前のように一緒にいたんだ
少しでも会える可能性のある場所を選んでしまったのは当然だ…
でも陸斗のいない場所で、私は自分一人で立って歩けるのだろうか?
偉そうに自立したいと親を説得した以上、情けない姿は見せられない
親にも拓海にも……陸斗にも…
私は陸斗にずっと内緒にした状態で志望校を決めたことに罪悪感があって、よく絡んでくる陸斗を見る度に胸が痛んだ。
私がいなくなるって言ったら、どんな反応をするだろう?
イヤだって言って、引き留めてくれるだろうか?
…きっとそれはないよね。
純と付き合うって言ったときだって反対しなかった…
陸斗はきっと平気な顔で『そっか』って言うに決まってる…
私は自分一人が寂しいなと思って、悲しくなった。
陸斗が家から通える国公立大学へ進むってことは、拓海から聞いて知った。
陸斗の成績なら余裕で受かるところだ。
もっと上を目指そうと思えば目指せるのに、何故だか家から通える範囲の大学に行くらしい。
私はそんなに家が好きには見えないのにな…と不思議な気持ちだった。
そうして、私が複雑な気持ちのまま日々は過ぎて、私の元に大学の合格通知が届いた。
私はそれがすごく重く感じて、自分の選んだ道だとはいえ、通知を握りしめて涙が出た。
陸斗から離れなきゃいけない…
もう傍にはいられない…
気持ちを消さなきゃいけない…
私は合格が嬉しいはずなのに、悲しい気持ちでいっぱいだった。
そうして私が部屋で泣いていると、コンコンと遠慮がちなノックの音が聞こえて『姉さん?』という拓海の声が聞こえた。
私は慌てて涙を拭うと明るい声で『なに~?』と返した。
するとドアが開いて、拓海がどこか悲しそうな顔で部屋に入ってきた。
拓海はしゃがんでいる私の傍までくると、その前に座って『泣いてた?』と聞いてくる。
私は拓海にはいつも情けないところを見られるな~と思って、心配してる拓海に笑顔を向けた。
『大丈夫。家、出るんだな~って思ったら寂しくなっちゃって。』
『……俺も、姉さんがいなくなるの寂しいよ。』
拓海はすごく体も大きくなって、今は私よりも大きいのに子供みたいにシュンとしていて、私は言って欲しかった言葉に嬉しくなった。
『ありがと。拓海。そう言ってもらえるだけで、気持ち楽になるよ。』
『なら、いいけど。それより…、まだ兄貴知らないんだよな?』
拓海が首を傾げて尋ねてきて、私は苦笑すると頷いた。
『なかなか言えなくって…。ダメだよね~…、言わなきゃって思うのに…。』
『………当然なんじゃないの?』
拓海が澄んだ瞳で私をじっと見て落ち着いたトーンで言った。
『兄貴とは生まれたときから一緒だったわけだし、離れるってことを言い出せないのも当然だと思う。それだけ、姉さんにとって兄貴は特別だってことだろ?』
特別…
私は拓海の言葉を聞いて、小学生のころ当然のように思ってた気持ちを思い出した。
陸斗の一番は私。
私の一番は陸斗。
これは私たち双子の特別な証。
<美空、大好きだよ>
昔、陸斗に言われていた言葉が耳の奥に響いて、私は堪らくなって両手で顔を押さえた。
抑え込んだはずの涙が溢れてくる。
いつから陸斗の一番じゃなくなったの?
いつから私たちは変わってしまった?
特別だったのに、大切だったのに…
どこかでおかしくなってしまった。
一緒にいられなくなる結末なんて、あの頃は考えてもいなかった
ただ、ずっと一緒にいたかっただけなのに…
私は俯いて肩を震わせながら涙が止まらなかった。
その背を拓海が優しく撫でてくれる。
陸斗に似た大きな手に気持ちが収まってきて、私は涙をグイッと拭うと顔を上げた。
すると私の目に映った拓海の顔が陸斗とかぶって、思わずギュッと抱き付いた。
陸斗、陸斗!!
離れるのは嫌だよ…!
私とずっと一緒にいて!!
私は口に出せない気持ちを抱えて、陸斗そっくりな拓海にすがりついた。
陸斗には絶対にできないから、似てる拓海に甘えてしまう。
私はとことんダメな姉だと思いながら、拓海に抱きしめられてる安心感に身を委ねていた。
すると拓海がぼそっと言った。
『姉さんは強いよ。俺の自慢の姉さんだ。』
『え?』
私はこんな情けない姿を晒してそんな事を言われると思わなくて、拓海から離れるとじっと拓海を見つめた。
拓海はニカッと子供みたいに笑って言う。
『姉さんが今まで一生懸命勉強してた事も知ってるし、一人暮らしするのに両親を説得した勇ましい姿も、俺は見てた。姉さんはすげーカッコいい。俺にとったら憧れで、最高の姉さんだ。』
『拓海…。』
私は拓海が励ましてくれてると感じ取って、悲しかった気持ちに明るい日差しが刺すようだった。
私には陸斗だけじゃない…
こうして大事な弟もいる…
離れるのが嫌だとか言ったら、応援してくれた拓海や両親に顔向けできない
私は鼻から大きく息を吸うと、頬をパン!と叩いて気持ちを入れ替えた。
『ごめん、拓海!私、らしくなかったね。もう、大丈夫だから。』
『ははっ!それでこそ、俺の大好きな姉さんだ。』
拓海が安心したように笑って、私はもう大丈夫という所を見せておきたかったので、拓海に軽口をついた。
『拓海、私に大好きなんて言っちゃダメだよ~?これからできる彼女に嫉妬されちゃうから。』
『彼女なんていらねーし。』
私がふった話に拓海が急に不機嫌そうに顔を歪めて、私はそんな反応されるのが不思議で拓海に尋ねた。
『どうしたの?彼女いらないなんて。陸斗に似てカッコいい顔してるのにさ。』
『あいつと一緒にしないでくれよ!!俺はぜってーあいつみたいにはならねぇ!』
拓海が癇に障ったのか怒ってそっぽを向いてしまって、私は拓海がここまで陸斗を嫌ってたことに驚いた。
『拓海…陸斗みたいにならないって言うけどさ…。人を好きになったら、意外と盲目になるもんだよ?』
『なら、誰も好きになんてならねぇ!』
『え~!?拓海!そんなカッコいいなりしてもったいないよ!!』
私は拓海に青春というものを味わってほしくて、怒ってる拓海を掴んで揺らした。
拓海は顔を歪めたままで『女子なんか俺の顔に寄ってくるだけだろ!?』と相当荒んだ発言をする。
これは…陸斗とは違った反抗期かな?
陸斗は女子大好きなのに…、拓海は女子嫌いって…
ウチには問題ある男しかいないなぁ~…
私ははぁ…とため息をつくと、恋というものを知らない拓海に優しく声をかけた。
『拓海。きっと高校生になったら、顔で選ばない拓海にぴったりの純粋な良い子と出会うはずだよ。だから、その子と出会ったら優しくしてあげてね。』
拓海は私の言葉が胸に届いたのか、表情を少し緩めると『出会えたらな。』と投げやりに答えた。
私はそんな拓海が心配でしょうがなかったんだけど、まさか高校生になった拓海があそこまで変わるなんて、私はこのときは思いもしてなかった。
もう、今じゃ笑い話だけど。
そうして、私は拓海に励まされたのもあって、やっと陸斗に家をでることを打ち明ける事ができた。
陸斗に打ち明けたのは三月に入った頃。
あと一カ月もすれば家を出るということで、新生活の準備をしに買い物へ行ったときだ。
私は子供の頃よく二人で遊んだ公園に陸斗を誘い、どことなく察してる陸斗に話した。
陸斗は私の想像に反して、すごく辛そうな顔をしていて、今にも『行くな』と言われそうだったので、私は言われないように、決心が鈍らないように話をし続けた。
すると、いつの間にか陸斗が泣いていて、私は初めて見る陸斗の涙に私まで胸が熱くなった。
陸斗…
私のことを想って泣いてくれてる…
少しでも悲しい、寂しいって思ってくれてるってことだよね…?
私だけじゃないんだよね…?
私はまだ陸斗の特別なんだよね…?
私は陸斗の心にちゃんと自分が住んでたと分かって、それだけで今までの辛かった時間が幸せなものに変わるようだった。
辛かったけど、傍に居続けたのは間違ってなかった…
離れることを寂しい、悲しいって陸斗から言葉にされなくても、伝わってくる
陸斗の表情が行かないでって、傍にいてって言ってる
私の思い込みかもしれないけど、私はまだ陸斗との絆を信じたい
言葉にしなくても伝わるって…
私はそこで初めて陸斗を抱きしめた。
今までは自分の気持ちが伝わるんじゃないかって、怖くてできなかった。
いつだって自分が陸斗を抱きしめたかったのに…
どんな女の子より先に陸斗に触れたかったのに…
私は臆病でそれができなかった。
でも、今は同じ気持ちだって分かるから、最後だって分かってるからいいよね?
すると陸斗も抱きしめ返してくれて、私がずっと待ってた言葉を口にした。
『美空、大好きだ。』
私は久しぶりに聞く、陸斗の声で発せられた言葉に感激して涙が止まらなかった。
目の前に手を繋いで家に帰る小学生の私たちが浮かぶ。
『私も大好き。』
私は小さな頃の純粋な気持ちからするっと言葉がでてきた。
私から顔は見えないけど、きっと陸斗はあのときと同じで嬉しそうに笑ってるだろう。
私たち二人だけがいれば十分で、二人の絆は特別だった
昔から今までそれを私が見落としていただけで、何も変わってなかった
だったら、もういい
もう、大丈夫
私はこのとき、きっぱりと陸斗とは双子でいようと誓った
気持ちを消す…
何年かかるか分からない
でも、家族だってことには変わりないから、きっといつか消せる日がくる…
私はそう信じて、新生活を充実させようと決意したのだった。
そして、桜が咲き誇る四月になり、私は家を出て一人暮らしを始めた。
大学にはなんだかんだ腐れ縁の純がいる。
まぁ、それだけで救われてるところもあるんだけど…
私は純と大学生活を送りながらも、陸斗のことを思わない日はなかった。
ことあるごとに思い出しては元気にしてるだろうか?と考える。
でも私は離れたことで、陸斗への気持ちは少しずつ吹っ切れ始めていて、前を向けている事が誇らしかった。
陸斗、
どうか幸せになって
私は大好きな陸斗の顔を思い浮かべて、陸斗も前を向けていることを願ったのだった。
高校生はここで終了です。
次から大学生になった二人になります。




