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5、離れるー陸斗Side-


俺は美空にヒステリックに当たられた日から、美空の事が気になって、よく美空に絡みに行くようにしていた。

家でも部屋に乱入したり、学校ではクラスへ様子を見に行く。

美空はその度に『陸斗は私がそんなに心配なの?』と冗談のように言って笑う。


だから、俺はその笑顔を見て勝手に安心していたのだけど…


そんな俺たちも高校三年になり、それぞれの大学を決め、願書を出すという時期になっていた。

俺はというと、いつ聞いても美空から志望校を教えてもらえず、俺は悶々としながらも家から近い国公立大学に進むことを決めた。


家にさえいれば美空と離れることはない。

例え志望校が違ったって、家族なんだから、家にいれば会う事はできる。


俺はどこを受けるかは分からないが、必死に勉強をする美空をからかいながら平和な日々に流されていた。


そう、ただ流されていた…

だから美空の決めた大きな決断に俺は最後の最後まで気づかなかったんだ。





俺に国公立大学の合格通知が届き、どうやら美空にも通知が届いて、それぞれ新生活への準備をし出した二月のある日、俺は美空に誘われて買い物に来ていた。


美空は雑貨屋で何やら新しい食器やタオルなどの日用品を山ほど買っていて、俺は家の物を総入れ替えでもする気かと内心笑っていた。

そして俺が『買い過ぎだろ?』と茶化すと、美空は『いいの!』と言いながら少し寂しそうな顔をする。

俺はその顔の意味が分からなくて、首を傾げる。


なんだか美空の様子がいつもと違う気がする…


俺は心のどこかで美空がいなくなるような不安が過って、まさかな…と思う事で目を逸らした。

でも、こんなときの双子の直感は当たるもので、美空に帰り道で昔よく遊んだ公園に寄って行こうと言われたときに、俺は嫌な予感から目が逸らせなくなった。


『私、春になったら家を出る。』


美空は公園で思い出話をしたあと、唐突にそう言った。

俺は凛として大人びた表情をする美空から目が逸らせなくて、俺は美空がいなくなることに恐怖した。

手が震えて、笑顔が保てなくなる。

今にも目の奥が熱くなって涙が出そうで、それを何とか理性で押さえつける。


『陸斗にはずっと内緒にしてたけど、隣町の大学を受けたの。ここからだと少し遠いから、お母さんとお父さんを説得して、一人暮らしさせてもらえることになった。だから…私が家にいるのは三月まで…。四月には向こうに行くことになると思う。』


美空は清々しい顔をしていて、俺はいなくなるという現実を想像して怖くて、怖くて身動きがとれない。


美空が家にいない?

俺の隣に当たり前のようにいたのに…、いなくなるのか…?

声も聞けないし…、これから綺麗になっていくだろう美空を見る事もできなくなるのか?


そんなのイヤだ…

純にとられただけならまだしも、俺の目の前からいなくなるなんて、死んでもゴメンだ!!


俺は美空を引き留めたくて、『美空っ!!』と呼ぶと、美空はそれを遮るように語気を強めた。


『バイバイだよ。陸斗。』


美空は今にも泣きそうな顔で言った。

俺は言いたい事は山ほどあるのに、喉から声が出なくて苦しくなる。


『私たち…今まで18年間一緒にいて、色んなことあったね。小さい頃は、性別が逆だーみたいな事も周りに言われたし、私…小学校に上がって陸斗がモテだしたときは、ちょっとイヤだったなぁ~。』


そんなの俺だって同じだ。

美空がモテだしたとき、俺は友達だった奴に手出したんだぞ?


『でも、陸斗が人気なのは誇らしかったりして…、変だよね~?嫉妬したり、喜んだり…私、本当…陸斗のことで振り回されてきたよ。』


俺だってそうだよ。

美空がどんどん綺麗になる度、気が気じゃなかった。

確かに自慢だったけど、でも俺だけの美空でいてほしかった。

俺の方が美空に振り回されて生きてきた。


『陸斗の女癖の悪さ…私が家を出るまでに直したかったな~。ちょっとそれが心残り…。』


………

誰のせいだと思ってんだよ…

俺が女と遊んでんのは美空のせいだろ…


心残りあるんなら、ここに残ればいいだろ…


『陸斗。』


俺がいえない気持ちでいっぱいになっていたら、美空が俺の震えてる手を握ってきてビックリした。

美空は瞳に涙をいっぱい溜めていたけど、表情は笑顔で俺を見つめて目を細めた。


『私がいなくなるの寂しい?だから、泣いてるの?』


美空に言われて、俺は自分がぼろぼろと涙を流しているのに気付いた。

我慢していたはずなのに、いつの間に流れ出ていたのか止まる気配がない。


イヤだ…美空…行かないでくれ…


俺は口に出したいけど、出しても意味がないのが分かっていたのでグッと堪えた。

すると、美空が初めて俺に抱き付いてきた。


美空の体は俺が思うより小さくて、細くて、双子でも男の俺との違いを実感させる儚さだった。

俺は初めて美空を抱きしめて、俺とは違う女子特有の甘い匂いに胸がいっぱいになった。


美空…美空…



『美空、大好きだ。』



俺は中学以来久しぶりに口にした。

美空はふふっと笑うと昔みたいに『私も大好き。』と返してくれる。


俺はそれだけでお互いがいれば十分だった昔に戻れたようで、すごく嬉しかった。

それはきっと美空も同じ気持ちだったって、信じてる。



双子の絆は繋がってる


俺たちはまだ通じ合ってる



俺はそう思って、美空を笑顔で送り出すことを決めた。


離れてもきっと大丈夫…

俺と美空の関係は誰にも理解されない特別なものだ


俺たちにしか分からないんだ


この絆が俺たちを支えてくれる



俺はこの日、美空への想いを消そうと心に誓ったんだ。






そして美空が隣町へと引っ越す日、俺は三年ぶりに純に呼び出されて、桜が舞い散る駅前の広場にやって来ていた。


純は昔よりほんの少しだけ男が上がっていて、俺に引けず劣らず…まぁ、そこそこカッコ良くなっていた。

純は俺を見ると懐かしそうに目を細めて笑った。


『久しぶりだな。』

『おう。』

『中学卒業以来だから、三年振りだな。』

『だな。お前、美空とは連絡取ってても、俺にはちっとも連絡してこなかったからな。』


俺は美空と一緒にいられるこいつが羨ましくて、嫌味で返した。

純はそんな嫌味を笑顔で流すと、『悪いな。』と素直に謝ってきた。


『陸斗、美空をもらっていくけど、いいんだよな?』


純はしばらくの沈黙の後にそう言って俺をじっと見つめてきた。

俺は何を今さら…と思ったので、鼻で笑って返す。


『中学のころからお前のもんだろ。勝手にすればいいじゃねぇか。』


純は俺が放った言葉に『そっか…。』とどことなく悲しそうに目を伏せると、苦笑しながら言った。


『お前は昔からカッコいいな。』

『は!?何、気持ち悪いこと言ってんだよ!?』


俺は男からカッコいいと言われるほど気持ち悪いことはないと、背筋がぞわっと寒気立った。

純は『悪い、悪い。』と笑いながら、でもどこか元気がない気がする。


『そういえば、お前の弟、拓海君だっけ。今年からお前らと同じ高校行くんだってな。』

『あー…、みたいだな。』


俺はずっといい子ちゃんを続けて、正論ばかり吐く拓海が虫唾がするほど嫌いだったので、興味もなかった。

まぁ、俺より先に美空の進路先を知ってたっていうのも、腹立つ一因だ。


『拓海君、ちょっと前に会ったけど、お前そっくりでカッコよくなってたよな?俺、中学のお前見てるみたいで、……ちょっと…』


純はそこで言葉を不自然に切ると、俯いてしまった。

俺はそこでやっぱり純の様子がおかしいと感じて、純と声をかけながら背中を撫でてやった。


すると純が『ごめん、ごめん。陸斗。』と謝ってきて、俺は謝られる意味が分からなくて撫でていた手を止めた。

純は今にも泣きそうな顔を見せると、俺の腕をガシッと掴んできた。


『ごめん、陸斗…。お前から…美空を引き離しちまったこと…俺、今では死ぬほど後悔してるんだ。』

『は?引き離すって…、お前なに大げさなこと…。』

『大げさじゃねぇんだ!!』


純が急に大声で言って、俺はビックリして固まった。


『俺…中学のときから、美空の事がホントに好きで…。隣に並んでるお前がすごく羨ましかった。俺には見えない絆で繋がってて…、言葉にしなくてもお互いがお互いを支え合ってるような…、そんな関係に嫉妬した…。』


俺は初めて聞く純の気持ちに、少なからず衝撃を受けた。


『だから、俺…そこに割り込みたくて…。美空に告白して…。お前から…美空を引き離しちまったこと…今になって、間違ってたんじゃないかって…。ごめん、本当にごめん、陸斗…。』


純の手から力が抜けるのが分かって、俺はそれを支えると謝罪を続ける純に言った。


『お前のせいじゃねぇよ。純。』

『は?』


俺は俺が美空と純のことで苦しんでた間、純も俺のことを考えて苦しんでたことを知れて気持ちが軽くなっていた。


『お前はただ美空が好きだっただけだ。美空が選んだのはお前だったわけだし、俺は今それを良かったって思ってる。そんなお前らの関係で俺と美空が離れたとか、お前は気にする必要ない。俺と美空は双子だ。それはこれからも変わる事なんかない。』


俺は美空との絆を信じていたので、思いの外言葉がするっと出てきた。

純は苦虫を噛んだような顔をして、複雑そうに顔を歪める。


『向こうでの美空を見ててやってくれよ。あいつ、変に抜けてるとこあるからさ。お前が見ててくれると安心する。』

『それは…、でも。』

『もう、いいんだって。純。俺ら親友だろ?親友の頼みを聞いてくれよ。』


俺が純の肩をポンと叩いて言うと、純は渋い顔をしていたけどゆっくりと頷いた。

俺はそれに胸につっかかっていたものがとれたようで、気分も晴れやかだった。


美空がこいつにとられたのは今でも悔しい

俺だったらって思う事も多いし、いつ美空への気持ちが消えるか分からない

でも、こうして正面から俺と向き合う奴が相手だってだけで、だいぶ救われる


きっと美空と会わない間に気持ちも自然となくなっていくだろう


俺はそう前向きになれて、明るく純を茶化した。


『お前が俺にそんな頭下げにくるなんて、きっかけはなんだったんだよ~?』


純は姿勢を正して大きく息を吸うと、さっきよりは明るい顔で言った。


『言ったろ?拓海君と会ったって。俺、中学の制服を着た拓海君が陸斗に見えてさ。過去の事、責められてるみたいだったんだ。だから、…さ。』


俺は拓海と似てると言われて少し不愉快だった。

あんな甘ちゃんと俺を一緒にするなんてな…

俺は純の腹をど突くと、ケンカを吹っ掛けた。


『お前の目はまだまだだな!!拓海より、俺のが超、超、ちょーう!カッコいいってのにさ!!美空ばっか見過ぎて、見る目が落ちたんだよ!』

『は!?お前、ちゃんと拓海君見たのか?昔のお前に引けとらないぐらいカッコ良かったんだぞ!?絶対、学校でモテてるはずだよ。』

『まさか~?そんなわけねぇよ。あんなヘタレ、モテてたら世界も終わりだね。つーか、あいつ高校で彼女できんのかも不安なんだけど。』

『できるだろ。あれは周りの女子が放っておかねぇよ。』

『そうかぁ~?俺はできない方にバイト代賭けてもいいね。』

『じゃあ、俺はできる方で。』


俺と純はいつの間にか昔のように話をして盛り上がった。


こうして笑い合っていると、中学の時美空と三人でバカみたいに笑ってたときの事を思い出す。

俺はやっぱり純のことは嫌いにはなれないと感じて、今感じる楽しい空気に泣きそうになった。




純になら美空を任せられる


美空、純と絶対幸せになれよ…




俺は美空の笑顔を思い返して、春の風に願ったのだった。











次は高校生最後の美空視点です。

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