4、名物双子ー美空Side-
私は陸斗と離れるという選択をしようと心に思っているものの、中学では実際に行動に移せなくて結局同じ高校に進むことにしてしまった。
『なんでわざわざしんどい道選ぶんだよ?』と純に散々自分と同じ高校に来いと誘われた。
でも、私はなるべく陸斗の近くにいたくて…ただ陸斗のことを見ていたくて、純の誘いよりも陸斗をとった。
辛いことになるってのは分かっていた。
陸斗が学校のどこにいても目に入ってくる。
それもいつも女の子と一緒の姿だ。
私はそれが胸が痛くなるほどつらかったけど、見えない所でされてるよりマシだと言い聞かせて我慢していた。
大丈夫…
まだ大丈夫…
私は自分にそう言い聞かせるものの、陸斗が初めて女の子と付き合ったと知った日から、どことなく陸斗とは壁があるように接してしまっていた。
大丈夫と思うものの、心のどこかで現実を直視するのが嫌な自分がいて、陸斗と正面から向き合えない。
そんな私を心配して純はよく私に会いに来た。
会う度、純は『大丈夫か?』と一番に聞いてくる。
私はそれに『大丈夫。』と返すものの、最後には心の内を全部純にさらけ出されてしまう。
純は誘導尋問が上手いのだ。
気が付くと、陸斗への不満を打ち明けてしまって心が楽になる。
私は純に甘えてると思うものの、陸斗への気持ちを知っているのは純だけなので、つい口が軽くなってしまう。
ダメな女だと思うけど、そんな私を純はいつも優しく見守ってくれる。
純のことを異性として好きにはなれなかったけど、性別を超えた大親友にはなれた。
私はそういう存在がいることに救われていて、陸斗と同じ高校でもやっていけてると言ってもいい。
そうして私が純と話してスッキリして家に帰ってくると、私は玄関に女子のローファーがあることに衝撃を受けた。
……まさか…
私は一階から階段の上を見上げてどうしようかと足が竦んで動けなくなった。
するとリビングから拓海が出てきて、私に気づくと気遣うような目で言った。
『姉さん。今は行かない方がいいよ。』
『拓海…。あんた何か知ってるの?』
拓海は少し顔をしかめると、ふぅと息を吐いてから言った。
『兄貴、女連れ込むの今日が初めてじゃねぇよ?』
『え…?』
『姉さんは純さんと一緒にいて家に帰るの遅い事多かったから、今までたまたま見る事なかったけど…。もう何度も女連れ込んでる。』
『うそ……。』
私は拓海から告げられた事実に目の前が眩んだ。
陸斗が女子と遊んでるっていうのは知ってた。
でも、家に連れ込んだりしてるとは思わなかった。
ましてや私たちはまだ高一だ。
私は部屋に連れ込んでいても、そういう事をしてるとは考えられなくて、拓海に言った。
『り、陸斗は真面目な性格してるから、部屋で勉強したりしてるんじゃないの?』
『姉さん。言っただろ?何度も連れ込んでるんだよ。』
拓海は飽きれた様にため息をついていて、私はまだ信じられなかった。
『そ、そんなわけないよ。陸斗だよ?そんなわけない…。』
『俺だってそう思いたいよ。でも、中学の頃からなんだから、もう信じられないよ。』
『……中学?…拓海、あんた何言ってんの?』
私は拓海が嘘をついてるんじゃないかと思って、頭が混乱し始めた。
『父さんも母さんも知ってるよ。姉さんには知られないように隠してたみたいだけど。もう今じゃ父さんも母さんも諦めてるんじゃないかな?』
『ウソ…ウソでしょ!?拓海、からかわないでよ!!』
私は信じたくなくて自然と目から涙が零れ落ちた。
ウソだ…陸斗がそんな前から私の知らない事をしてたなんて…
信じられない…信じたくない!!
イヤだ…これ以上陸斗が遠くなるのはイヤ…
私は誰かにすがりたくなって、思わず目の前の拓海に抱き付いた。
拓海は私よりも頭一つ分背も低くて、陸斗の同じ年の頃を思うと本当に小さい。
そんな小さな弟に、本当は守ってあげないといけないはずの姉の私がすがる。
兄弟だけあって拓海は陸斗に少し似てる。
佇まいとかしゃべり方に声のトーン。
それに服からする匂いとか…まぁ、一緒に住んでるんだから似てるのは当然だけど…
でも、女の私からはしない空気が拓海にはある。
私はそれが陸斗のようで、懐かしい陸斗の姿を思って力を強めた。
拓海は私の背に手を回すとポンポンと優しく背中を叩いてくる。
そんな拓海の優しさに、私は涙が止まらなくて、子供みたいに泣いてしまった。
陸斗、私を置いて行かないで…
これ以上、私の知らない陸斗にならないで…
私はそんな想いでいっぱいで仕方なかったのだった。
それから私は陸斗とは普通に接しようと思うものの、陸斗が女の子とそういう事をしてる想像をしてしまって、どうしても昔のように接することができなくなった。
いつになったら昔みたいにできるようになるんだろう…
私は毎日のように女の子に囲まれている陸斗を見ては頭を悩ませていた。
そんなとき、私と陸斗の関係を少し良い方向へ変える事件が起きた。
それは秋の体育祭でのことだった。
私はリレーに出場予定だった子が足を捻挫してしまったというので、代わりに出場することになってしまった。
頼まれたら断れない性分だけに引き受けてしまってから後悔した。
リレーなんて体育祭の花形競技だ。
みんなからここぞと注目されている。
私は陸斗も見てるんじゃないかと思って観客席に目を向けると、陸斗がまた女の子と話してるのが目に入って気分が悪くなった。
探すんじゃなかった…
私は目を逸らしたものの、楽しそうな陸斗の姿が目に焼き付いてしまって、リレーどころじゃなかった。
だから走ってる最中に派手に転んでしまうという失態を見せてしまったのだけど。
でも派手に転んだことで、私の元へ焦った様子の陸斗が来たのには驚いた。
『美空!!大丈夫か!?』
陸斗は競技中にも関わらずグラウンドに乱入してきて、私のことを軽々と抱き上げてしまった。
私は抱き上げられたことと昔のように私の事だけを見ている陸斗の表情にビックリした反面、すごく嬉しくて陸斗の首に手を回して陸斗の存在を確かめた。
陸斗、陸斗…
陸斗が私の傍にいる…
私はやっぱり拓海とは少し違うと思って、陸斗の男っぽい汗の匂いに胸がギュッと締め付けられた。
陸斗にずっとこうされていたい
双子じゃなくて、普通の女の子みたいに、私に触って…
昔みたいに大好きだよって言ってほしい
私だって陸斗の特別になりたい
私は陸斗といられる幸せな時間に泣きそうだった。
だけどそんな時間もすぐ終わってしまって、私は救護所で下ろされたことにひどくがっかりしたのを覚えてる。
もうちょっと抱っこしててほしかったな…
私がしゅんとして保健室の先生から手当てを受けていると、陸斗が虫の居所でも悪かったのか私にケンカをふっかけてきた。
結構ひどい事を言われた気がするけど、私は陸斗が私の出してる壁を乗り越えるように言う言葉に耐えようとしていたのでよく覚えてない。
でも苛立って私が言い返したことをきっかけに、私と陸斗の間にあった壁が壊れたように感じた。
私は昔みたいに話せてる事が嬉しくて、口に出してしまえばこんなに簡単だったんだと気づいた。
女の子と遊んでることをイヤだって思って溜め込んでたからいけなかったんだ。
ちゃんと陸斗に言えば、陸斗はきちんと返してくれる。
私は陸斗が私の言葉を聞いて、体育祭で大活躍したことが陸斗が私にしてくれたプレゼントのようで、嬉しいけど少し複雑だった。
だって、陸斗が目立ってしまったことで、陸斗狙いの女の子が倍増してしまったから…
私の友達たちもそのメンバーだった。
体育祭以降、休み時間話題に上るのは陸斗のことばかり。
『カッコいい』とか『一度でいいから付き合いたい』という友達たちの声に耳を傾けながら、内心近づいて欲しくなくて苦笑いを浮かべるしかなかった。
私だって、みんなみたいに陸斗のことを素直に口に出したい
でも、そんなことを家族の私が言うのはおかしい
私は家族なんだから…
また陸斗に触ってほしいなんて…思っちゃいけない…
思っちゃいけないんだ
私は体育祭以降、陸斗を見る度に触ってほしくなっていて、そんなことばかり思って過ごしていた。
あの手で女の子にどんな風に触るんだろう?とか…優しいんだろうな…と思っては、考えちゃダメだと自分の心にストッパーをかける。
私はそんな日々を送っていたので、よく私に話しかけてくる男子なんか目にも入らなくて『彼氏がいるから。』と冷たく言い放ってあしらっていた。
まぁ、彼氏っていうのは嘘だけど…
こう言っておけば大概の男子はもう私に話しかけてこなくなるから、結果オーライだ。
友達たちには『もったいない』とか『高嶺の花だ。』とか妬みなのか分からない事を言われたけど、陸斗以外から好かれたって何の意味もない。
私には陸斗だけがいればいい…
今の感じで昔みたいに接していれば、また私が一番だって思ってくれるはず…
私はそう期待していたある時、親友の上条絵里から私の心を抉るようなことを打ち明けられた。
『美空、私ね、陸斗君としちゃった!』
私は最初なんの話をしてるんだと意味が分からなかった。
でも絵里が頬を真っ赤に染めて女の子の雰囲気で言うので、私は言われたことを理解して胸が今まで一番痛んで息ができなくなった。
『陸斗君って色んな女の子と付き合ってきたってだけあって、すごく優しくて、すごく上手いよね。私、もうずっと陸斗君にときめいちゃって!!すごく、すっごく陸斗君のことが好きになっちゃった!』
やめて…
『美空が陸斗君と一緒に住んでるなんて、本当に羨ましいよ~!私も毎日朝から晩まで陸斗君と一緒にいたいなぁ~。』
やめて…もう言わないで…
『陸斗君のお風呂上りとか、絶対カッコいいよね?キャーっ!見てみたいな!!今度、美空の家でお泊り会とかしない!?私、そうしたら陸斗君の部屋に―――』
『やめて!!!!』
私は口から悲鳴のように声が出て、絵里が目の前で固まっているのが見えた。
私は絵里と陸斗がそういう事をしてる想像をしてしまって、吐き気がし始める。
なんで…なんで絵里なの…?
私は目の前が涙で霞んできて、絶対溢すものかと堪える。
絵里が困った顔で私を見て、手を伸ばしてきたきたけど、私はそれを振り払った。
なんで私じゃなくて…絵里なの!?
羨ましいなんて…
私の方が他人の絵里が羨ましいよ!!!
私は絵里に何も返さずに、家に向かって走った。
陸斗に事実を確認したかったからだ。
親友の絵里とそういう関係だったなんて知らなかった。
もう、私には陸斗がどういうつもりなのか、何も分からないってこと!?
私は家に着くなり、陸斗の部屋に乱入して絵里とのことを問い詰めた。
私は陸斗との絆がまだ繋がってると思いたい一心だった。
身近な人間が、自分の大好きな人と付き合ってるなんて…昔だったら気づいていたはずだった。
でも、私はまた言われるまで気づかなかった。
今は陸斗と昔のように接することができていたのに。
それなのに気づけなかった。
私は陸斗から返ってきた、絵里と付き合ってるという言葉に胸が張り裂けそうだった。
どうして自分じゃないのかという憤りから、私は初めて陸斗をぶった。
私と無関係の女子だったら、ここまで胸が痛くなることはなかった。
でも絵里は私が高校に入って、初めてできた友達で、親友だ。
私はその親友に大好きな人をとられたことが、悔しくて…辛くて…陸斗の前で初めて大泣きしてしまった。
今、この部屋には私と陸斗の二人しかいない。
それなのに、私は陸斗に手を出されることもなければ、好きだと言える土俵にも上がれない。
私は家族だから。
これから先、陸斗の特別になれることはない。
私はきょとんとした顔で困っている陸斗を見て、もう昔には戻れないと思い知った。
もう、一緒にいるのは無理だ…
こんな生活…耐えられない…
陸斗から離れよう…
離れなくちゃ、私が壊れる…
陸斗のいない環境で、陸斗の事を知らない人たちと過ごしていこう…
私はこの日、大学に上がったら家を出ていく決意をしたのだった。
次の二話で高校生が終わります。




