3、名物双子ー陸斗Side-
俺と美空は地元の大浦川高校へ進学した。
美空は進学クラスの人文系クラスへ。
そして俺は同じ進学クラスの理系クラスへ。
俺も美空もそんなに頭は悪い方じゃなかったから進学クラスへは割と余裕で入れた。
俺は中学のときから変わらず大抵の女子にモテていて、告られたら付き合うけど飽きたら別れるを繰り返して生活していた。
同じクラスの友人からは「いつか刺されろ」と冗談のように言われていたが、今の所そんな大きな揉め事は起きていない。
というのも、中学から同じことを繰り返しているので要領を得たというか、真面目そうな女子や本気っぽい子とは付き合わないようにしているからだ。
向こうに思いつめられるのは、こっちとしても心苦しい。
だから、あくまで軽く遊びのように付き合ってくれる子とだけやる。
それが一番楽で、手っ取り早い。
そして美空はというと、まだ純と続いているようで、学校が違うにも関わらずよく一緒にいるところを見る。
今日も学校が終わるなり待ち合わせしていたのか、校門で純と会って一緒に帰っていった。
まぁ…純だったら、これからも美空を大事にするだろう…
美空が好きになる奴が俺みたいな遊び人じゃなくて良かった。
俺はそう思う事で、美空への想いを抑え込むようにしていた。
もう考えたって仕方がない。
俺は双子で姉弟なんだから。
俺が窓から帰っていく美空を見つめていると、今付き合ってる彼女の一人がやって来て俺の家に行きたいと言ってきた。
俺は家に連れて行くのは気がのらなくて違う所に行こうと説得したが、彼女は全く折れてくれない…
だから、しぶしぶ家に連れて帰ることにした。
まぁ、美空は純と一緒にいるんだから少しなら大丈夫か…
俺は家に連れて行くなら、美空がいないと確証のもてるときしか連れて行かないようにしていた。
それだけに美空が帰ってくるかもしれないという不安のある日は避けたかったのだけど…
今回は仕方ない…
俺は美空が帰ってこないことだけを願って足早に家に帰った。
すると玄関でちょうど中学から帰ってきた拓海と遭遇して、拓海は俺を見るなり顔を嫌そうに歪めた。
『またかよ…。』
拓海はそれだけ言うと先に部屋に入っていって、俺は相当嫌われたなと思いながらも、美空じゃなかった事にほっとした。
拓海にならどう思われようとも構わない。
そして俺は部屋で向こうから迫られたのもあって、やる事やるとさっさと彼女を帰した。
これが目的で誘ってきたんだろうし、ちゃんと抱いてやったんだから文句はないはずだ。
俺はあいつとはもう別れるか…なんて思いながらキッチンで水分補給していると、いつやって来たのか拓海が俺に向かって怒鳴ってきた。
『兄貴、いい加減にしろよ。』
『あ?何だよ?』
『適当に彼女作って、部屋に連れ込むのやめろって言ってんだよ!!』
俺は拓海に怒られる意味が分からなかったので、言い返した。
『お前には迷惑かけてねぇだろ?俺のことはほっとけよ。』
『そうだけど!!姉さんが…!!』
???
『美空がなんだよ?』
俺がどうして美空の名前が出てきたのか分からなくて尋ねると、拓海は顔をギュッと歪めたあとに俺に背を向けた。
『なんでもない!!とにかく家には連れてくんな!!』
拓海はそれだけ吐き捨てると、ダンダンと大きく足音を立てながら部屋に戻っていった。
それが意味が分からなくて、ただの思春期だろう…と俺は拓海の言いたかったことを深く考えようともしなかった。
今思えば、なんとなく察しをつければ良かったんだけど、あの頃の俺は美空への想いを抑え込むのにいっぱいいっぱいだったので、拓海の不自然な様子を気に留めようともしなかった。
よく考えれば拓海が美空のことを想って食って掛かってきたんだと、分かったはずなのに…
美空への気持ちは俺からの一方通行。
すごく近いと所まで行けたとしても、途中で行き止まりになって身動きがとれなくなる。
俺はその息苦しさを、適当に女子と付き合う事で紛らわせてきた。
俺はすごく汚い人間だ。
人の気持ちを利用して、自分の気持ちの捌け口にしてる。
相手に対して悪いことをしてるってのは分かってる。
でも、俺にはこうすることでしか自分を保てなかった。
こんな汚い俺を見ないで欲しい。
俺は美空にはこんな自分知ってほしくなくて、高校に入ってから学校では極力美空と関わらないようにしていた。
でも、そんな俺の想いもあることをきっかけに吹き飛んでしまったわけだけど…
それは高校一年の秋、体育祭でのことだ。
俺が同じクラスの女子と騒ぎながらリレーを観戦していたら、クラスの代表だったのか美空が走っているのを見つけて、俺は色が違うにも関わらず心の中で応援していた。
美空は手足も長いので走っていると、すごく綺麗だ。
綺麗な黒髪のポニーテールが風に揺れていて、やっぱり美空が一番だと再確認する。
そのとき美空が走ってる途中で派手に転んで怪我をしてしまった。
俺はそれを見て居ても立っても居られなくなり、競技中にも関わらずグラウンドに飛び出して転んだ美空を担ぎ上げた。
周囲から悲鳴のような声が聞こえた気もするけど、俺は美空を一刻も早く手当してもらわないとと必死で周りに目がいってなかった。
俺は救護所で美空を保健の先生に預けたところで、美空を抱き上げたときの感触を思い返してぐわっと体温が上がった。
咄嗟のこととはいえ、美空とあそこまで密着したのは子供の頃以来だ。
俺は自分からは到底しない美空の花のようなローズの香りを思い出して、顔が変に緩んでくる。
ヤバい…
抱き上げたときは必死で気にもしなかったけど、今は美空の体の柔らかさまで鮮明に思い返せる。
俺はこんな変態な考えをしてる自分を美空に気づかれたくなくて、怒ったような言い方で声を発した。
『美空がリレーとか似合ってねぇよ。ただでさえ抜けてるとこあんのに、なんで引き受けてんだよ。』
美空は保健の先生に手当されながら、俺に視線を向けて何度も目を瞬かせてから困ったように言った。
『だ、だって…頼まれたら断れないし…。』
『お人よしもここまでくるとただのバカだよ。自分のスペック考えろっつーの。』
俺は美空は運動音痴だと知っていたので、それを自分でも分かってて引き受けた美空を散々貶した。
美空は急に怒られたことに不満気に顔を歪めていて、しばらく話をしてなかったせいか言い返す言葉に壁があった。
でも俺は構わずに『お人よし』とか『八方美人』とか色々言った気がする。
まぁ、自分の下心を隠したくての行為だったのだけど、美空は全部素直に受け止めて律儀に言い返してきた。
最初こそ壁があったものの、だんだん美空も苛立ってきたのか声を荒げ始める。
『うるさいな!!陸斗にだけは言われたくない!!体育祭だっていうのに真面目に参加もしないで、あっちこっちで女子とイチャイチャして、時と場所を考えてよ!!同じ双子だって思うと恥ずかしいんだから!!』
俺は美空に俺の女性関係のことを触れられて、驚いたのと同時に何故か嬉しくて目の前が明るくなるような気持ちだった。
中学のとき以来だ…
美空が俺に近寄る女子のこと聞いてきたの…
少しは気にしてくれてるってことだよな?
俺は自分ばっかりだと思ってたので、美空の中にちゃんと自分が存在してることに頬が緩む。
『美空、気になるんだ?』
『え!?気になるって…当たり前でしょ!?家族なんだから!!』
だよな…
俺は美空からの当然の返事を聞いて、少し気持ちが落ちたけど気にしてくれてるのは事実だったので、それで十分だと前向きにとらえた。
美空はやっぱり美空だ。
俺はこうして美空と言い合いしてる事が幸せで、適当に彼女と遊ぶ時よりも元気が出てる自分におかしくなった。
『ありがとな、美空。じゃあ、女子と遊ぶのも程々にして、そろそろ真面目に体育祭に参加することにするよ。』
『え…?』
『これからが俺の本気ってこと、見てろよ?』
俺は救護所に美空を残すと、美空に言われた通り真面目に体育祭に参加することに決めた。
怪我をした美空の代わりってわけじゃないけど、元気をくれた美空へ何かお返しがしたかった。
美空がちゃんとして欲しいなら、男見せねぇとな…
俺は首に垂らしていたハチマキを額に巻き直すと、軽く肩を回して準備運動しながらグラウンドへ向かった。
そして俺は棒倒しやリレー、それに借り物競争に出場してすべて一位という好成績をおさめることができた。
ま、俺は美空と違って運動は得意だったからだけど。
これで少しは報いることができたかな…
俺は友達と一緒に笑い合っている美空を見て、すごく心が満たされるのを感じていた。
そしてこの体育祭をきっかけに、俺と美空の周りは騒がしくなり始めた。
俺と美空が双子だって事実はあまり周囲に知られてなかったようで、俺が体育祭で美空を姫抱っこしたことで全校生徒に俺たちが双子だと広まった。
最初は付き合ってると言われたのだが、俺と美空の双方が双子だからという言い訳をしたため、いつの間にか俺たちは学校の名物双子とくくられるようになった。
晒し者にでもされた気分だったけど、まぁ注目を浴びてる環境は今までと変わらなかったので、それほど苦痛でもなかった。
俺も美空も容姿が良かったため、体育祭をきっかけに人気が爆発。
俺のクラスには女子が殺到し、美空のクラスには男子が殺到した。
まぁ、美空の方は純という彼氏がいるという事実があったため、すぐに収束したけど、俺は来る者拒まずって体もあったので、俺と付き合う順番待ち…というものが発生した。
マジか…
俺は人生でピークともいえるモテ期をこのとき体験した。
『ここまでモテる奴初めて見た。』
俺は友人たちから口々にそう恨めしそうに言われ、俺は望んでのことじゃねぇよと思っていた。
そして、俺はこのモテ期をきっかけにある女子と知り合う事になった。
その女子というのが、告られた後に知ったのだけど…美空の高校に入ってからの親友だった。
確か名前が上条絵里。
見た目は美空に負けず劣らない超がつく程の美人。
部活はテニス部に入っており、進学クラス在籍なので文武両道。
男だったら一度は付き合ってみたいと思うほどの、優良物件中の優良物件。
俺は真面目そうな雰囲気の中にある、どこか俺と似たような空気を感じ取って付き合ってみることにしたのだけど…
ある日、美空が珍しく俺の部屋に乱入してきた。
『陸斗!!絵里と付き合ってるってホントなの!?』
美空は汗だくで帰ってくるなり、目を吊り上げて怒っているようだった。
俺はそのとき上条と付き合ってすでに一カ月以上も経過していて、やることはすべてやり終えていたので何を今頃…と適当に返した。
『そうだけど?何、親友なのに今頃聞いたわけ?』
美空は俺の返答を聞くなり、ベッドでマンガを読んでいた俺の手からマンガを奪ってバシンと頬を叩いてきた。
俺は美空にそんなことをされたのが初めてだったので、ビックリして叩かれた状態で固まった。
…な、何が起きた…?
は?…俺、美空にぶたれたのか?
俺はジンジンと痛み出す頬を手で押さえると、おそるおそる美空に目を向けた。
そして俺の目に入った美空の姿を見て、俺は更に驚いて息が止まった。
美空はボロボロと大粒の涙を流していて、俺の上に馬乗りになったまま嗚咽を堪えていた。
な…、なんで泣いてんだ…?
『なんで…なんで絵里なの…?なんで!?』
『なんでって…、なんで泣いてんの?』
美空が美空らしくなくヒステリックに叫んで、俺の方が聞きたいと尋ね返した。
美空は俺の胸倉を掴むと、『なんで…。』と言いながら揺らして泣き続ける。
俺はそんな弱々しい美空を初めて見て、堪らず封印していた気持ちが溢れてきそうになった。
美空が何かに傷ついて泣いてる…
そしてそれを俺にぶつけてる…
なら男として、美空の気持ちを受け止めてやらないとダメだ
大好きな美空のために、俺にできることが何かあるはずだ
俺は胸倉を掴む美空の手を優しく包むと、美空が落ち着くように話しかけた。
『美空、どうしたんだよ?上条から今頃俺と付き合ってるって聞いてショックだったわけ?』
美空はここで揺らす手を止めると、ぐちゃぐちゃの顔で俺の目を見つめてきた。
『上条だって恥ずかしくて言えなかったんじゃねぇの?親友だったらさ、美空の双子と付き合ってるなんて言えねぇよ。』
俺は美空が上条に隠されてたことにショックを受けてるんだと感じて、それを優しく宥めてやろうと思った。
でも美空から返ってきたのは予想外の一言だった。
『絵里とは親友じゃない。』
『は?……何言ってんの?』
俺は上条本人から美空と親友だと聞いていたので、何の冗談だと思った。
美空はぐちゃぐちゃの顔をグイッと拭うと俺の上からどいて言った。
『親友なんかじゃないよ。ただのクラスメイト。』
『…へー…。そうか…。聞いてた話と違うな…?』
俺はどうなってるんだろう?と思いながら体を起こすと、後ろ頭を掻いて二人の関係が不思議で仕方なかった。
美空は気持ちが落ち着いたのか、スッキリとした顔で俺に振り返ってくると、『泣いてごめんね。』と笑顔で言ってから部屋を出て行こうとする。
俺は泣いた理由が何も聞けてなかったので、慌てて立ち上がると美空の手を掴んで引き留めた。
『美空、結局泣いた理由はなんなわけ?』
美空は俺の問いにしばらくじっとその場に固まっていたけど、いつもと変わらない笑顔で振り返ってくると言った。
『クラスメイトとはいえ私の知り合いが陸斗の毒牙にかかっちゃったと思って…、なんていうか絵里のことを思うと悲しくなっちゃって。すぐ別れる事になるのは目に見えてるのにね。』
『おい、それ俺が一方的に悪い流れになってねぇ?』
『だってそうでしょ?色んな女子に手を出してるクセに。』
………否定はできねぇけど…
俺はそんな理由かと思うと、心配した自分がバカみたいだと呆れかえった。
『ほっとけよ。ったく、そんなことであんなヒステリックになったわけ?何事かと思ってビックリしたんだけど。』
『ごめん、ごめん。私って思いやりある人間だからさ~。』
『自分で言うか?』
俺が茶化すと美空はいつものように明るく笑い出した。
俺はその笑顔を見てすごく安心した。
今思い返すと、美空が後にも先にも俺の前であそこまでヒステリックに泣いたのは、これが最初で最後だ。
あのとき、もっと真剣に美空の心の底まで見えていたら…
俺と美空は今とは違う形をとっていたかもしれない。
今思っても遅い事だけど…。
美空、
あのとき、美空は何を思って泣いてたんだ?
弟、拓海登場回でした。
次は美空編です。




