2、生まれた時からー美空Sideー
私と陸斗は双子。
同じ日に生まれて、同じように育ってきて、同じものを共有してきた。
私は昔から男勝りな性格で、好き放題して生きてきたんだけど、対する陸斗は控えめな性格で男のクセによく私の影に隠れてはビクビクしていた。
だから私は陸斗を守らないとという使命感から陸斗にちょっかいを出す人をやっつけてきた。
その行動をやり過ぎだとかよく思わない人もいたけど、私には陸斗がいるから大丈夫だと思っていた。
陸斗はいつも私と一緒。
何をするのも、何が好きなのかも一緒。
私の気持ちを一番理解してくれるのも陸斗で、陸斗の気持ちが一番よく分かるのも私。
世の中の誰からも好かれなくても、陸斗だけは私から離れる事はない。
お互いがいれば十分だった。
小学校高学年になるまでは本気でそう思っていた。
小学校も高学年にもなると、私の周りの友達は『恋』というものに芽生え始めて、少し前までの好き好きと冗談のように言っていたものとは変わってきた。
そんな友達の口から出てくるのは陸斗の話ばかりで、私は陸斗に好意を寄せる友達たちを見て不思議な感覚だった。
友達たちは「一緒に住んでるなんて羨ましい。」とか「双子っていいなぁ~。」なんて事を口にしては目をキラキラと輝かせていた。
私はそんな言葉の数々を聞きながら、どこかで友達の気持ちを理解できない自分に複雑だった。
陸斗は陸斗だよ?
私の一番の家族だし、自慢の弟…
私は友達からカッコいいとかもっと仲良くなりたいという陸斗に対する想いを聞いて、今は当たり前のように隣にいる陸斗に私より大事な人ができたらどうなるんだろう…という不安が生まれた。
双子で…姉弟だけど…
こうして一緒にいられるのって、いつまで?
お互いに好きな人ができたら、離れなくちゃダメなのかな?
私はいつの間にか背も高くなって、友達の言うようにカッコよくなった陸斗を見て、心のどこかで離れたくないと思ってる自分がいることに気づいた。
ずっと一緒にいよう?
中学生になっても、高校生になっても…大人になっても…
私には陸斗がいれば大丈夫。
私はいつの間にか一緒に帰ってた陸斗の手をギュッと握っていて、陸斗はビックリした顔をしていたけど、嬉しそうに顔をクシャっとさせて笑うと、『美空、大好き。』と言ってくれた。
私はすごくすごく嬉しくて、『私も大好き。』と返した。
そのときの陸斗の満面の笑顔は今でも忘れられない。
陸斗のことが一番分かるのは私。
陸斗も私と同じ気持ちだって、ずっと一緒にいたいって思ってくれてるって、そう感じた。
だから、陸斗がどんな女の子から言い寄られても、私は大丈夫だって安心していた。
陸斗の一番は私。
それはこれから先もきっとずっと変わらない。
そうして私は中学生になってからも、変わらない日々にどこか安心していて、このまま穏やかに日々が過ぎていくものだと思っていた。
そんなある日、私の人生観を変える出来事が起こった。
『俺、美空のことが好きだ。』
そう私に告白してきたのは、私と陸斗の親友、鴻上純一だった。
純は私の一番仲の良い男友達、それ以上でもそれ以下でもない。
だから私の中の答えは決まり切っていた。
『ごめん。純のこと、そんな風に見たことない。』
私の返答を聞いた純は一瞬悲しそうな顔をした後、突き刺すような瞳で私を見て言った。
『じゃあ、陸斗の事は?』
私は最初何を言ってるんだと思った。
でも、次に言われた言葉に私の心臓が震えた。
『双子としてじゃなく、一人の男として陸斗のこと好きなんだろ?』
<好き>
何言ってるの?
私と陸斗は姉弟で、そんな感情あるわけない
この気持ちはただの家族愛ってだけで、女の子が目を輝かせて言うような甘い感情じゃない
そう言い返そうとするのに、喉から声が出なかった。
『美空はいつも陸斗が女子から告白されるたびに、気にしてたろ?帰ってきたいつも通りの陸斗を見て、安心してたみたいだけど…。』
純に指摘されて、私は今日もクラスの女子に呼び出されてた陸斗のことを思い出した。
陸斗が女の子に呼び出される度、私はそれを見送りながら心のどこかでドキドキしていた。
陸斗は誰に対しても優しいし、親切だ。
それがたくさんの女子の心を掴むようで、告白は後を絶たない。
私はどんな女子とも仲の良い陸斗を見ていて、その中からいつ陸斗の彼女になる子が現れるか不安で仕方なかった。
でも、いつも陸斗は告白されても受ける事はない。
今日も告白されて帰ってきた陸斗のいつもと変わらない笑顔を見て良かったと思った。
その笑顔が見られる間は大丈夫だと勝手に思っていた。
そんな私の心を見透かしてきた純に私は驚いて、陸斗の次に私を分かってると感じて少し怖くなった。
私は純のことが分からないのに、なんで純には私の事が分かるの?
『そんなの純には関係ない!!私のこと知ったように言わないでよ!!』
私は今まで陸斗だけがいればいいと思ってた心の中に、純という存在が入ってきて気持ち悪かった。
イヤだ…イヤだ!!
陸斗、助けて…陸斗!!
『関係あるよ。俺は美空が好きなんだ。もう陸斗の隣で美空への気持ちを押し殺すことなんてできない。』
『そんなこと言われても無理なものは無理!』
『分かってるよ。だけど、美空。陸斗と美空は双子だろ?いつまでその気持ち持ったままでいるつもりなんだ?その気持ちは叶わないものだし、どう見てもおかしいよ。』
おかしい?
私が陸斗だけいればいいってこの気持ちはおかしいものだって言うの?
私はどこか軽蔑するような目をしている純に苛立って声を荒げた。
『おかしくない!!陸斗だって同じこと思ってる!!』
『そんなわけないだろ?あいつ、いつも女子は面倒くさいって言ってるんだぞ?付き合う奴の気がしれないって、そんなあいつが美空と同じなわけないよ。』
『そんなの純の前だから言ってるんだよ!私はずっと陸斗と一緒にいたんだから分かる!!』
『じゃあ、試してみようか。』
純は何か考えがあるのかそう言うと、困惑する私にある作戦を言った。
それは私と純が付き合うと陸斗に伝えてみて、陸斗の反応を見るというものだった。
陸斗が私と同じ気持ちだったら、何かしら反対してくるはずだ。
そんなこと知らなかったとか、いつからそういう事になってたんだとか、黙ってるなんてひどい奴だとか、普段の陸斗だったら私や純にこれでもかと言い返してくる。
私はそれを信じていたし、全く疑ってもいなかった。
だから得意げな顔をする純が分からなかった。
そして、私は陸斗を呼び出すと純と並んで、純に言われた通りの事を伝えた。
私は驚いている陸斗を見つめて、期待に胸をドキドキさせて返答を待った。
私のことを一番に分かってくれるのは陸斗、陸斗のことが一番分かるのは私。
それは揺るぎないものだと、そう思っていた。
だけど、返ってきたのは悲しい一言だった。
『良かったな。』
私は言われた言葉が理解できなくて呆然とした。
良かった…って言った?
うそ…なんで…??
陸斗…私、純と付き合うって…陸斗より大事な人ができたって言ったんだよ??
私は去っていく陸斗の背中を揺らぐ視界の中から見つめて、息苦しさと悲しさに押しつぶされそうで立ってるのがやっとだった。
待って…陸斗、待って!!
私は嘘だと伝えようと思って、陸斗の後を追いかけようとしたけど、純にそれを止められた。
『待て、美空!!追いかけて何するんだよ!?』
『放してっ!!陸斗が…陸斗が行っちゃう…!!』
『あいつは良かったって言っただろ!?それ聞いてなかったのか!?』
『聞いてたよ…でも、陸斗が本心でそんなこと言うわけない!!』
私はまだ陸斗との絆を信じたかった。
言葉にしなくても通じ合うのは双子の私たちだけの特別。
『美空!!現実を見ろ!!』
純は真剣な目で私に言った。
『美空は陸斗を美化し過ぎてる。あいつは普通の男だよ。これから普通に恋愛して、好きな奴と付き合う。でも、その相手は美空じゃない。美空は姉弟だろ!?』
私は純に言われた言葉に今まで見ないようにしてきた事を突き付けられて、胸が痛くなった。
『美空。これはお互い依存し過ぎてきた関係を変える良いきっかけだよ。美空は変わらなきゃダメだ。』
変わる…?
それは、陸斗のことを…陸斗の手を放すってこと…?
陸斗が誰かと付き合うのを見守って…応援して…
私は私で誰かと一緒に生きていくってこと?
陸斗とは一緒にいられないってこと…?
私は当たり前のように隣にいた陸斗の存在が薄くなっていくようで、ひどく胸が痛かった。
イヤだ…行かないで…
まだ私の隣にいてよ…
私には陸斗がいるだけでいいのに…
その日は涙が全く止まらなかったのを、今でも鮮明に覚えてる。
この気持ちを持ち続けることすら、いけないことなんだと突き付けられた。
少し前から口にするのはダメだって思ってたけど、気持ちを持ち続けるものダメだなんて…
許されないものだなんて、人から言われたくなかった。
私はしばらく立ち直れなかったけど、陸斗にだけは気づかれたくなくていつも通り接するようにしていた。
その間、純が色々と世話を焼いてくれてたような気もするけど、私はやっぱり陸斗しか見えてなくて純に意識は向かなかった。
そうして少し立ち直って気持ちも楽になってきた頃、衝撃の事が起きた。
陸斗が最近ある一人の女子とよく一緒にいるようになって、不思議になって尋ねたら、陸斗はあまり見せない顔をして言った。
『彼女だよ。』
<彼女>
いつかはそういう存在ができるだろうと理解し始めていたぐらいだったので、私の心へのダメージは半端なかった。
ウソ…ウソだよ…
陸斗が彼女なんか作るわけない!!
陸斗に好きな人がいたなら、私が一番に気づく。
これは昔っから変わらない。
双子だっていう、私たちの揺るぎない証。
陸斗に言われるまで私が気づかないなんてあり得ない!!
私は見たことないぐらい大人びた陸斗の顔を見て、自分の中の自信が揺らいで不安で溜まらなくなった。
『その子のこと、好きなの?』
私は<好き>という気持ちなんかない!と思って、震える声を押さえて言った。
でも陸斗はちらっと私を見ると照れたように『好きだよ。』と言ってきて、私は自分の中の自信が完全に崩れ去った。
ウソ…、私…陸斗のことが…分からなくなってる…
今まで、何でも一番に分かったのに…!!!
私は双子だっていう揺るぎない証ですらなくなった事に、大きなショックを受けた。
今まで隣にいたはずの陸斗が遠くへ行ってしまった。
ずっと手を繋いで歩いてきたはずなのに、陸斗が先に前へ歩き出してしまった。
もう無理…
これ以上は耐えられない…
私はこのときから陸斗の傍を離れる事を考え始めた。
同じ家に住んで、同じ学校に通うだけで、陸斗が私以外の女の子といるところを目にしなくちゃいけなくなる。
そんなの私には耐えられない。
陸斗が<好き>
絶対に言葉にはできないけど…
この気持ちはきっと一生揺るがない
陸斗、
これからも、ずっとずっと大好きだよ
美空視点の話でした。
双子の絆を中心に切ない展開が続くと思います。




