4.マイネームイズ……何だろう?
初回から日間73位入ってました٩( 'ω' )وありがとうございます
さて、素敵な美少女と出会えたことで、若干の現実逃避をしてしまっていたわけだけど、もう少し現実的なことを考えにゃならんよね。
今の私の姿は魔獣だ。それは間違いない。
目の前にいるこの娘以外と、今後友好的な関係を結べるかは分からない。
ならば、この娘との出会いを中心とした縁を繋いでいくのが良いのではないかと思われる。
自分の持つ能力などについての検証もしたいけど、それ以上に生活基盤を築くことを優先するべきだとは思う。
混ぜ混ぜ能力や収納ストマック、自分の戦闘能力の把握などなど、この身体のサバイバビリティの考察も必要ではある。必要ではあるんだけどさぁ……。
何せ元人間なわけよ。いくら魔獣へ転生したとはいえ、この身体で甘受できる人間的生活は甘受したいって欲求はどうしてもでちゃう。
そうなると、やっぱりまずは人里恋しいってやつでして――
手提げから布を取り出してポーションの瓶を拭き終わった彼女は、改めて私へと向き直った。
「あ、魔獣さん。わたし、そろそろ帰らなきゃ!」
それからペコリとお辞儀をする。
かわいいねぇ。礼儀正しいねぇ。
「ポーションありがとうございました。またね!」
そうして私は彼女と別れ――……たくないので、あとを追いかけることにした。
とりあえず、ついて行けば人里に出会えるだろうし。
「えーっと、魔獣さん? なんでついてくるの?」
「がぶがぶがぶがぶ」
「うー、何を言ってるか分からない……」
大丈夫、大したこと言ってないから。
ついて行きたいから――としか言ってないのよ、これが。
実際問題、彼女が町の人にどこまで信用されるかは分からないけれど、私が危険性の少ない魔獣であると把握してるじゃん?
彼女と一緒に町に行けば、もしかしたら受け入れて貰えるかもしれないという打算があるんだよね~。
一方で、この世界における魔獣の立ち位置が危険な存在であった場合を考慮すると、必ずしもそれが最善とは言えないんだけどさ。
魔獣と仲良くなるのは魔王に魂を売る行為だ――とか言われて彼女が町から追放されような展開は私も望んでないしね。
まぁでも最悪その場合は私が一生懸命養って成長させるから、問題はない。いや問題しかないか?
何であれ、その辺りを見極める為にも、やっぱり人の多い場所に行きたいわけよ。
何か行動を起こすにしても、情報が足り無すぎるからねぇ……。
トテトテと歩く彼女の後ろを、私はペタペタと歩いて追いかける。
「うーんと、魔獣さん。もしかして私と一緒にいたいの?」
「がぶっ」
それはもちろんYES!
力強くうなずくと、彼女は「そっかぁ」となにやら思案顔。
うーん、悩める横顔も可愛いねぇ……。
「街まで付いてきても、入り口の衛兵さんに止められちゃうと思うよ?」
「がぶぅ……」
まぁそうだよね。
だけど、この子の反応からするに、困りこそすれ、嫌悪されたりってことはないのかな?
少なくとも――魔獣死すべし慈悲はない、みたいな世界ではなさそうだ。
「魔獣さん、私の言葉は分かってるよね?」
「がぶがぶ」
うんうん。分かるよ。可愛い声だよね。
「それでも付いて来るの?」
「がぶっ!」
もちろん。
町に入れなくても、町の様子が知れるのはありがたいからね。
その辺りを口にしても通じないから、特に何も言わないけど。
「もしかして、わたしが一人でいるから守ってくれてるの?」
「がぶがぶがぶぅ!」
そう言われたら、それも加える!
確かに一人でいるのは危ないもんね!
「もう。今日はたまたま、紫魔狼に襲われちゃったけど、普段はぜんぜん平気な道のりなんだよ? 森だって危なくないし」
「がぶがぶぅ……」
「本当だよ?」
いや、危ないじゃん。
たまたまとはいえ、私がいなかったら誰も助けてくれない状況だったじゃん!
それに、普段が平気でも狼が出てきたってことは、普段とは違う何かが森で発生しているかもしれないわけで……
いや、待て。
森に発生した普段と違う何か。
……私かッ!?
いやいやいやいやいやいや。
でもほら、私のポップした場所って洞窟の中だったし?
森の生態に影響を与えるような存在でもないですよ、きっと。
うん。偶然偶然。
この子も助けられたんだし、オールオッケー!
それはそれとして――
「がぶがぶ、がぶがぶぶぅ、がぶぅあがぶっ!」
「え? もしかして、信用できないって言ってる?」
「がぶ」
一度狼に襲われてるところを見ちゃってるのに、安全とか言われても説得力ないしね!
「うー……心配性な魔獣さんなんだからぁ……」
可愛い子には旅をさせろと言いますが、旅先で可愛い子が倒れちゃったら大変だもの。
だからってワケじゃないけどね。
私は女の子の横に並んで、その手を取った。
「もう、手を繋がなくても迷子になったりしないよ?」
「がぶぅ」
まぁね。
だって、私が手を取りたかっただけだし。深い意味はない。
「ねぇ、あなたお名前は……って、分からないよね。
何て種族の魔獣なのかも教えてもらえないもんね」
あなたがお喋りできたらなぁ――と残念がってくれてる姿は可愛いね。嬉しいね。でも私もすごい残念だよ。
「あ、そうだ!
あのね、わたしの名前はね、フィズっていうの! フィズ・ベース! お父さんはベース商会ってお店をやってるんだ!」
「がぶぶぁん!」
フィズちゃんか。うん覚えた。
口にしたけど、がぶがぶとした鳴き声にしかならなかったけどね!
それにしても、お店ね。
こう、冒険者御用達的なそういう感じかな?
少なくとも、大店とか名店って奴じゃないと思う。
フィズちゃんには悪いけど、その服装を見てると、ボロではないけど、地味で仕立てが良いとは言えない感じの服みたいだし。
あ、似合ってないって意味じゃないよ!
クラシカルなアメリカンカントリーっぽいワンピース。
何となくのイメージだけで語るなら西部劇の子供が着てるような感じの。いや、実際に西部劇ってほとんど見たことないから、マジでイメージだけの話なんだけど。
そんな服の話はさておいて。
こうやって森で薬草とか採取して、家計の足しにしてる貧乏商家と見た。
……いや、案外フィズちゃんはこっそりと家を抜け出してきてる系かもしれないな。
うんうん。どっちであっても家の為に健気にがんばる系なのは間違いない。可愛いね。
「はぁ、あなたの名前も知りたかったなー」
「がぶぅ……」
そいつは申し訳ない。
でもなー……私の今の名前ってなんなんだろうね? ってなワケで。
久地明 鈴音っていうのは前世の人間としての名前だし。ハンドルネームだったベルも、同様だよね。
今の私は、種族名不明の大食いトカゲ。
種族名が分かったところで、あくまでそれは種族名。私という個体を認識する為の呼称じゃない。
うーん。
真面目な話、フィズちゃんがてきとーに付けてくれて問題ないんだよねぇ……。
彼女は真面目なのか、その辺りのことを思いついてないだけか、名前が分からないことを残念がってるだけみたいだけど。
そんな感じのお話をしながら二人で歩いていると、スライムにウサギの耳と尻尾がついたようなのが現れた。
「ジェルラビだ」
ほほう。ジェルラビという名前のモンスターですか。なかなか可愛い見た目をしていますね。
などと思っていると、フィズちゃんは勢いよくジェルラビへ向けて駆けだしたッ!?
えええ~~~~~ッ!?
私が驚いている間に、フィズちゃんはジェルラビに肉薄し、勢いよくサッカーボールキ~~~ックッ! 超、エキサイティングッ!!
蹴り飛ばされたジェルラビはぽ~んと吹き飛び、近くの木へと大激突。弾けるように四散する。
死体というかゼリーの塊のようなものがボテっと落ちると、フィズちゃんはためらいなくそれに近づいていった。
「うーん……コアは無いかぁ……。
コアを持っているとお小遣いになったんだけど」
コアっていうのが何かわからないけど、子供のお小遣い扱いされるモンスターか……合掌。
まぁ見た目が可愛くてもモンスターだもんね。
それが存在する世界である以上は、大人も子供も、どんな形であれ関わらずにはいられないだろうから、こんなもんなのかなー……。
「この森の浅いところは、今のジェルラビぐらいしか出てこないから、一人でも安全なんだよ? 見てたでしょ? 心配しなくていいんだよ?」
うん、見たけど。
ただジェルラビを倒せたところで、さっきの狼は倒せないんだよね?
なら、やっぱり放ってはおけないかな。
ジェルラビと比べると、あの狼はあまりにも強い。
私の腕力がどんなもんかしらないけど、フィズちゃんよりは絶対強い。そんな私の掌底破一発で倒れなかった狼だ。ジェルラビに勝てる程度でどうにかなる相手じゃなかったと思う。
「がぁ~ぶ」
そんなのがうろついているかもしれないと思えば、ここでバイバイするのも危ないだろう。
そんなワケで、私はダ~メと首をふる。
「むぅ……本当に心配症な魔獣さんなんだからぁ……」
ほっぺたを膨らませる姿も可愛いけれど、お姉さんは心配なのだ。
そうして、またお喋りをしながら私たちは歩き出す。
途中でジェルラビがいたから私もこの短い足を使い、大した勢いもだせないけど、蹴っ飛ばしてみた。一撃だった。脆い、脆すぎるわよ、ジェルラビちゃん……。
せっかくだから途中で一匹食べてみた。
喉ごしつるりん。マジでゼリーだね、これ。まずくはなかった。
そんなこんなで、やがて視界が開けてきましたよ。
「ショット森林はここまで。
あとは、すぐそこに見える街道を道沿いに南に行けば、私の住んでるクリングの街だよ」
指で示しながら一生懸命説明してくれるフィズ。
私はそれをうんうんとうなずきながら、聞いていく。
クリングの街とやらは、このショット森林からだいぶ近い。
ここからでも、街の壁だと思われるものが見えるしね。
この森はなだらかな丘陵の上にあったようで、街までは緩い下り坂が続く感じだ。
「本当に街までついてくるの?」
「がぁぶ」
おうよ。
入れなくても、入り口くらい見たいかな。
「わかった。でも、衛兵さんに倒されちゃったりしないよね?」
不安そうに見上げてくるフィズちゃん。
心配してくれてるようで、お姉さん嬉しいよ。
「がぶがぶ」
安心させるようにフィズちゃんの頭を撫でて、私たちは再び歩き出す。
可愛い女の子とのんびり散歩。
姪っ子とか、仲良しの友人が子供作ったらできたらこんな感じだったのかなぁ……。
なんか平和でいいよね。ささくれた心が癒えるみたい。
うん。ヒロインデトックスいやヒロインセラピーは存在した! え? 誰がヒロインだって? そりゃあフィズちゃんに決まってるよ。フィズちゃんは私のヒロインだよ!
とまぁそんな心の中で変なテンションになっている私と手を繋ぎながら、フィズちゃんは優しい笑顔を浮かべている。
「あそこがわたしが住んでるところ。このスパークル領の領都でもあるんだよ」
指さしながら、色々と教えてくれるのは、なんだかお姉さんぶりたい子供って感じで和むよね。
たとえ街の前までであっても、私はこの子と行動できてよかったわぁ……。
天気は良好。風はさわやな。道もなだらかで、フィズちゃんは優しい。
うん。最高だね。こんな最高な気分のまま街まで行けるかと思うと、本当に最高だ。
……などと、思っていた時が私にもありました。
私たちは素直に街まで行けなかったのである。
なぜならば――
「お嬢ちゃん。その魔獣はなんだい?
この辺りでは見かけない魔獣のようだけど?」
街へ向かう途中で、カウボーイハットっぽい黒い帽子を含め全体的にどこかウェスタン調の、身なりの良いイケメン剣士と遭遇してしまったのからであ~る。
ところでフィズちゃんもそうだけど、この世界の服飾って全体的にウェスタン調なんだろか?
「えっと、その……」
剣を向けられ、涙目になりながらおろおろとするフィズちゃん。
おのれ剣士――と、フィズちゃんを泣かせたことへの憤りはあれど、彼の行動に何一つ落ち度はない。
まぁ冷静にならんでも、そうなんだよなぁ。
目の前のイケメン剣士からしてみれば、私なんて美少女と一緒に歩いている怪しい魔獣だもんね! 知ってた。
下手したら絶賛誘拐中だと誤解されてもおかしくないもん!
あるいは、女の子が手懐けた魔獣か、手懐けられたフリをして人里へ入って暴れる気満々の知恵のある魔獣か……ってさ。
なんであれ、人語を理解するnot悪者モンスターだって、即座に理解できる人って、たぶんいないし……。
左手で帽子を押さえながら、細身の長剣を真っ直ぐにこちらに向けてくる剣士さん。
彼を見ながら、私はどうしたもんかと頭を巡らせ始めるのだった。




