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ミレイユの願い

国王の目覚めは城中を震撼させた。

どのような手を打っても目覚めなかった王が、唐突に目を覚ました。

もちろん王を目覚めさせた者にも注目が集まることになり……テオドールの手柄だと知れ渡り、さらなる衝撃を与えることになる。


そしてミレイユは国王に招かれ、向かい合う形で座っていた。


「改めて礼を言おう、ミレイユ・フォルジェよ。まさか難病のレクサリア病を治してしまうとは……」


「いえ……私だけの力ではありません。テオドール殿下や薬師の方々の協力もあって、結果としてレクサリア病の治療薬が開発できたのです」


「殊勝な心がけよ。だがテオドールから聞いたぞ。お主なくして、治療薬の開発には至らなかったと」


ミレイユは極度に緊張している。

相手は国王陛下だし、どう振る舞えばいいのかわからない。

テオドールとは距離感も近まり、緊張せずに話せるようになったのだが。


「わしが植物状態となり、体を動かせぬ合間にも意識はあった。お主とテオドールの話も……申し訳ないが聞かせてもらったぞ。あの子がずいぶんと世話になったようだ」


「私の方こそお世話になりました。私を導いてくださって、なんとお礼を申し上げればよいか」


「お主には褒美を取らせればいかんな。何が望みだ? 遠慮なく言ってみるがよい」


ミレイユは逡巡した。

別に自分に欲望がないわけじゃない。

魔法薬のお店を開くためのお金や、滅多に手に入らない薬草や書物……色々な物が欲しかった。


だが、様々な欲望を差し置いて。

彼女には願いがあった。


「テオドール殿下を……救ってさしあげてほしいのです」


「救う……? どういう意味だ?」


ミレイユは包み隠さず話した。

国王が病で寝込んで以来、テオドールが受けてきた仕打ちを。

離宮で隔離されて、城中の人々から除け者にされて、弟のネストレ王子からしきりに嫌がらせを受けていたことなど……すべてを。


国王の顔は驚愕に染まっていた。

だが、ミレイユの話を聞くにつれ落ち着きを取り戻し、どこか納得したような顔つきに変わっていった。


「寝込んでいる間、暗闇の中でテオドールに関する悪評を幾度も聞いた。だが違和感を抱いておったのだ。あの子は幼少期はとても優しく聡明な子で……噂されるような冷酷な王子ではないと。それに、あの子が一度もわしのもとへ見舞いにこなかった理由もうなずける」


今、この状況を変えられるとすれば。

それは目の前にいる国王陛下に他ならない。

ミレイユは一縷の希望に縋って頼み込んだ。

どうかテオドールを救ってほしい……と。


「この件については徹底的に調査するとしよう。紋章を持たずにあの子が生まれてきたとき、危惧した事態が現実になってしまっていたか。まったく、くだらない話だ……紋章の有無で優劣が決まるわけではないというのに」


「どうして……紋章がないだけで、そんなに冷遇されるのですか?」


「紋章は王家の血筋であるということを示すもの。だが、それは見栄を張るための悪習に過ぎん。そろそろこの悪しき習わしと真剣に向き合わねばな……テオドールのような被害者を二度と出さぬためにも」


「テオドール殿下は素晴らしいお方です。とても賢くて、強くて、努力家で。それなのに……あまりにも浮かばれません」


「子を救うのは父の役目だ。心配するな」


国王の瞳には強い決意が宿っている。

ミレイユにはただ王の言葉を信じる他なかった。


「此度の手柄を考え、ミレイユ……お主を王宮仕えの薬師として登用することも考えておる。あるいは……いや、今はよそう。後ほど仔細を伝えるゆえ、しばし待ってほしい」


「……! 承知しました。どうかテオドールのこと、よろしくお願いいたします」


 ◇◇◇◇


国王の目覚めから数日が経った。

ミレイユは協力してくれた薬師たちに結果を報告し、自宅で待機していた。

いつも通り猫になってテオドールのもとへ……とも考えたが、さすがに今は忙しいだろう。

久方ぶりに会った父との時間も邪魔したくないし、控えることにした。


「次の魔法薬は……犬になる薬? ううん、鳥の方が飛べて便利そうだなぁ……」


机には文字を書き散らした紙が散乱している。

彼女はさっそく次の魔法薬開発に向けて取りかかっているのだった。


「猫になる魔法薬の技術を転用して、鳥になる魔法薬も作れそうだけど。鳥になるとしたら……空の外敵から身を守る方法とか、そもそもどうやって飛んでるのかとか、考えることが多いなぁ」


夢中になって考えていると。

不意に家の扉を叩く音がした。

テオドールだとしたら猫に変身して窓から来るはずだが……いや、今は普通に離宮を抜け出せている可能性もある。

ミレイユは急いで玄関に向かった。


「はい……って、え……」


期待して扉を開けたのに。

そこに立っていたのは、最も会いたくない人物……元同僚のロゼールだった。

思いがけない人物の登場に、ミレイユの心は恐怖に染まる。


「おはようミレイユ。さあ、出勤の時間よ? 早く支度しなさい?」


「な、なんで……私はもう、」


「もう辞めたって? あのね、アンタみたいなクズを雇ってくれるのはウチだけなのよ? あたしがこうしてわざわざ来てやったんだから、待たせないでね?」


ロゼールは許可なく家に入り込み、ミレイユの髪を引っ張った。

思い出す。こうして暴力を受けていた日々を。

テオドールに救われて、もう無縁になったはずの過去が。


「い、痛い……引っ張らないで、ください……」


「やめてほしいなら、さっさとあたしと一緒に来なさい。酷い目に遭いたくないならね」


「わ、わかりました……」


逆らえばどんな目に遭うか。

ロゼールと母のシュゼットは、ミレイユに対して一切の容赦がない。


どうしていつもこうなんだろう。

テオドールと出会えて運命が変わったと思ったのに、また振り出し。

結局自分は何も変えられないのだろうか。


ミレイユは瞳から涙を流して俯いた。

ロゼールに手を引かれて家を出た、その瞬間。



不意に自分の体が引き寄せられた。


「俺の大切な人に手を出すな」


二人を引き離した美丈夫。

テオドールがミレイユを抱擁していた。


「で、殿下……」


「間に合ってよかった。もう大丈夫だ」


彼はミレイユに微笑んだ後、ロゼールに鋭い視線を向けた。

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