表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/17

孤独と敵意

テオドールが住まう離宮にて。

ミレイユは研究の壁を相談していた。


「抗原を発見する魔法……か」


レクサリア病の治療薬開発を始めてから一か月ほど。

元々、レクサリア病が細菌によって引き起こされることは判明していた。


アントナンやテオドールの知恵を借り、そこからミレイユはさらに研究を進めて。

魔法によって病原体の分離、構造や性質の解析を行った。

猫化の魔法薬を発明した経験が役に立ち、途中までは順調に進むかと思われたが……。


「はい。治療薬を作るからには、抗原の特定が必要です。ですが、その魔法は王家の書庫にのみ伝わっているそうで……アントナンさんでもご存知ないそうでして」


影響力の大きな魔法は貴族の特権だ。

民が手にしてはならないような魔法ほど、高位の階級に秘匿されている。


病の抗原を特定する魔法もそのひとつ。

危険性はないように思われるが、王政が民の命を握るために秘匿しているのだと……アントナンが嘆いていた。


「なるほど。……であれば、俺が協力できる分野だな」


本当はこの相談をテオドールにするべきか迷ったのだ。

彼は王家から隔離された存在。

相談をすることで、かえって彼の心を傷つけてしまうのではないかと……ミレイユは憂いていた。


「幼少のころ、王家の書庫に通っていた。あそこには特殊な魔法書が数多くあったな」


「その……殿下が書庫に立ち入ることはできるのでしょうか?」


「城内を歩くことはできるが……書庫の鍵をもらえるかどうかはわからん。城に仕える者からは、俺は基本的に無視されるからな。どうしても書庫の鍵をもらえないようであれば、恐喝紛いのことをするしかないだろう」


横暴に振る舞うことには慣れている、とテオドールは言葉を結んだ。

忍びない気持ちでいっぱいになるミレイユ。

彼の評判をさらに落としてしまうくらいなら、別の方法を模索しても……と思った瞬間。


「ミレイユ、お前が心配する必要はない。暴虐な王子として、俺の評判は地に落ちている。これ以上落ちることもあるまい」


「で、ですが……別の手段を探してもいいのでは?」


「いや。俺はミレイユの知識と、薬の開発に対する熱意を信頼している。お前が『抗原を特定する魔法』が必要だと判断したのならば、その判断を信じよう」


テオドールの言葉は何よりも嬉しいものだった。

これまでの人生で魔法薬に携わってきた日々を、肯定してくれたのだから。

彼がここまで信頼を露にしてくれたのは初めてだ。


「では、行ってくるぞ。抗原を特定する魔法だったな?」


「わ、私もお供します! 猫として……」


「ふむ……たしかにミレイユがいなければ、目当ての魔法書を見つけることもできんかもしれん。こっそりと隠れながら、俺の後についてこい。俺もお前が隠れやすい場所を通っていく」


こくりとうなずき、ミレイユは魔法薬を飲んだ。

猫になった彼女はテオドールの大きな影に隠れ、足音を殺してついていく。

離宮と城をつなぐ扉が開かれ、ついに城の中へ入り込むのだった。


 ◇◇◇◇


城内の重要な鍵は宰相が管理している。

テオドールは宰相の部屋へと向かい、柱の陰に隠れつつミレイユも彼に続いた。

ときたますれ違った人が、離宮から出てきたテオドールを見て驚いては、恐れをなして逃げ出していく。

本当は優しい人なのに……と、ミレイユは少し寂しそうにするテオドールの横顔を眺めて嘆いた。


宰相の部屋の前にやってきたテオドール。

彼は振り向いてミレイユに目配せしてから、部屋の扉を叩いた。


「はい。……こ、これはテオドール殿下!?」


「宰相、貴様に用があって来た」


宰相は驚きに目を丸くしていたが、テオドールを部屋に招き入れる。

彼の陰に隠れてするりとミレイユも部屋に忍び込んだ。

すぐに机の下に隠れ……バレずに潜伏することができた。


部屋の中には宰相の他に、一人の青年がいる。

銀髪を額の中央で分けた青年……彼はテオドールの姿を見るや否や、席を立ち上がった。


「おやぁー? 兄上ではありませんか!」


「ネストレ……なぜ貴様がここにいる」


「それはこちらのセリフですよ。常日頃から離宮にお隠れになっている兄上が、こんなところまで来るなんて! くくっ……寂しくて飛び出してきてしまいましたかぁ?」


すっごく嫌味な人だ。

これがミレイユの第一印象だった。


彼はテオドールの弟、第二王子ネストレ。

兄に似た美貌を持っているが、嫌味な笑みで台無しになっている。

いつもテオドールに嫌がらせをしてくるらしいし、ミレイユは彼のことが好きではない。


「俺は宰相に用があって来たのだ。貴様と話している暇はない。黙っていろ」


「はぁ……? 継承権も持たないお前が、僕に指図するな!」


「ま、まあまあ……お二人とも」


宰相が咄嗟に二人の間に入る。

だがネストレの怒りは収まらないようで、なおも舌は止まらない。


「お前にどんな事情があろうが、この城に入ることは僕が許さない! 今すぐに消えろ!」


盗み見ていたミレイユの毛が逆立つ。

ネストレから迸った魔力の奔流。

あれは……攻撃魔法だ!


ネストレが怒りに身を任せて生み出した炎の玉。

それはまっすぐにテオドールと宰相に向かう。

ミレイユは咄嗟に飛び出そうとしたが……。


「なっ!?」


テオドールが展開した魔法の障壁に打ち消される。

障壁はテオドールと宰相の身を守り、完璧に炎の玉を抹消。


「城が火事になったらどうするつもりだ、たわけが」


「ぼ、僕の魔法が……お前ごときに無力化されるなんて……!」


「ネストレ、貴様ではどれほど背伸びしても俺には届かん。紋章こそ持たないが、能力においては貴様に負けるつもりはない」


テオドールは語っていた。

昔は周りに認められたくて死ぬ気で努力していたと。

勉学も魔法も武術も、誰にも負けないくらい。


「くそっ……」


ネストレは度を失った様子で部屋から飛び出して行った。

そんな彼の背を見つめ、テオドールは嘆息する。


「あ、ありがとうございます……テオドール殿下」


「邪魔をして悪いな。書庫の鍵を借りに来た」


「書庫の鍵ですか。しばしお待ちを」


宰相は特に拒絶することもなく、鍵束から書庫の鍵を渡した。

ミレイユが思っていたよりも拒否反応は起こしていない。

鍵を受け取ったテオドールは速やかに踵を返す。


「目的の書が見つかれば鍵は返す」


「承知しました。テオドール殿下……ネストレ殿下はあのように仰せになられましたが、陛下は貴方の実力を認めておられました。無論、私も」


「その父上は……もうずっと眠り続けているがな」


そう吐き捨て、テオドールは部屋の扉を開いた。

ミレイユは慌てて足を動かし、彼の陰に上手く隠れながら部屋の外へと出る。


重苦しい音を立てて扉は閉まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ