孤独と敵意
テオドールが住まう離宮にて。
ミレイユは研究の壁を相談していた。
「抗原を発見する魔法……か」
レクサリア病の治療薬開発を始めてから一か月ほど。
元々、レクサリア病が細菌によって引き起こされることは判明していた。
アントナンやテオドールの知恵を借り、そこからミレイユはさらに研究を進めて。
魔法によって病原体の分離、構造や性質の解析を行った。
猫化の魔法薬を発明した経験が役に立ち、途中までは順調に進むかと思われたが……。
「はい。治療薬を作るからには、抗原の特定が必要です。ですが、その魔法は王家の書庫にのみ伝わっているそうで……アントナンさんでもご存知ないそうでして」
影響力の大きな魔法は貴族の特権だ。
民が手にしてはならないような魔法ほど、高位の階級に秘匿されている。
病の抗原を特定する魔法もそのひとつ。
危険性はないように思われるが、王政が民の命を握るために秘匿しているのだと……アントナンが嘆いていた。
「なるほど。……であれば、俺が協力できる分野だな」
本当はこの相談をテオドールにするべきか迷ったのだ。
彼は王家から隔離された存在。
相談をすることで、かえって彼の心を傷つけてしまうのではないかと……ミレイユは憂いていた。
「幼少のころ、王家の書庫に通っていた。あそこには特殊な魔法書が数多くあったな」
「その……殿下が書庫に立ち入ることはできるのでしょうか?」
「城内を歩くことはできるが……書庫の鍵をもらえるかどうかはわからん。城に仕える者からは、俺は基本的に無視されるからな。どうしても書庫の鍵をもらえないようであれば、恐喝紛いのことをするしかないだろう」
横暴に振る舞うことには慣れている、とテオドールは言葉を結んだ。
忍びない気持ちでいっぱいになるミレイユ。
彼の評判をさらに落としてしまうくらいなら、別の方法を模索しても……と思った瞬間。
「ミレイユ、お前が心配する必要はない。暴虐な王子として、俺の評判は地に落ちている。これ以上落ちることもあるまい」
「で、ですが……別の手段を探してもいいのでは?」
「いや。俺はミレイユの知識と、薬の開発に対する熱意を信頼している。お前が『抗原を特定する魔法』が必要だと判断したのならば、その判断を信じよう」
テオドールの言葉は何よりも嬉しいものだった。
これまでの人生で魔法薬に携わってきた日々を、肯定してくれたのだから。
彼がここまで信頼を露にしてくれたのは初めてだ。
「では、行ってくるぞ。抗原を特定する魔法だったな?」
「わ、私もお供します! 猫として……」
「ふむ……たしかにミレイユがいなければ、目当ての魔法書を見つけることもできんかもしれん。こっそりと隠れながら、俺の後についてこい。俺もお前が隠れやすい場所を通っていく」
こくりとうなずき、ミレイユは魔法薬を飲んだ。
猫になった彼女はテオドールの大きな影に隠れ、足音を殺してついていく。
離宮と城をつなぐ扉が開かれ、ついに城の中へ入り込むのだった。
◇◇◇◇
城内の重要な鍵は宰相が管理している。
テオドールは宰相の部屋へと向かい、柱の陰に隠れつつミレイユも彼に続いた。
ときたますれ違った人が、離宮から出てきたテオドールを見て驚いては、恐れをなして逃げ出していく。
本当は優しい人なのに……と、ミレイユは少し寂しそうにするテオドールの横顔を眺めて嘆いた。
宰相の部屋の前にやってきたテオドール。
彼は振り向いてミレイユに目配せしてから、部屋の扉を叩いた。
「はい。……こ、これはテオドール殿下!?」
「宰相、貴様に用があって来た」
宰相は驚きに目を丸くしていたが、テオドールを部屋に招き入れる。
彼の陰に隠れてするりとミレイユも部屋に忍び込んだ。
すぐに机の下に隠れ……バレずに潜伏することができた。
部屋の中には宰相の他に、一人の青年がいる。
銀髪を額の中央で分けた青年……彼はテオドールの姿を見るや否や、席を立ち上がった。
「おやぁー? 兄上ではありませんか!」
「ネストレ……なぜ貴様がここにいる」
「それはこちらのセリフですよ。常日頃から離宮にお隠れになっている兄上が、こんなところまで来るなんて! くくっ……寂しくて飛び出してきてしまいましたかぁ?」
すっごく嫌味な人だ。
これがミレイユの第一印象だった。
彼はテオドールの弟、第二王子ネストレ。
兄に似た美貌を持っているが、嫌味な笑みで台無しになっている。
いつもテオドールに嫌がらせをしてくるらしいし、ミレイユは彼のことが好きではない。
「俺は宰相に用があって来たのだ。貴様と話している暇はない。黙っていろ」
「はぁ……? 継承権も持たないお前が、僕に指図するな!」
「ま、まあまあ……お二人とも」
宰相が咄嗟に二人の間に入る。
だがネストレの怒りは収まらないようで、なおも舌は止まらない。
「お前にどんな事情があろうが、この城に入ることは僕が許さない! 今すぐに消えろ!」
盗み見ていたミレイユの毛が逆立つ。
ネストレから迸った魔力の奔流。
あれは……攻撃魔法だ!
ネストレが怒りに身を任せて生み出した炎の玉。
それはまっすぐにテオドールと宰相に向かう。
ミレイユは咄嗟に飛び出そうとしたが……。
「なっ!?」
テオドールが展開した魔法の障壁に打ち消される。
障壁はテオドールと宰相の身を守り、完璧に炎の玉を抹消。
「城が火事になったらどうするつもりだ、たわけが」
「ぼ、僕の魔法が……お前ごときに無力化されるなんて……!」
「ネストレ、貴様ではどれほど背伸びしても俺には届かん。紋章こそ持たないが、能力においては貴様に負けるつもりはない」
テオドールは語っていた。
昔は周りに認められたくて死ぬ気で努力していたと。
勉学も魔法も武術も、誰にも負けないくらい。
「くそっ……」
ネストレは度を失った様子で部屋から飛び出して行った。
そんな彼の背を見つめ、テオドールは嘆息する。
「あ、ありがとうございます……テオドール殿下」
「邪魔をして悪いな。書庫の鍵を借りに来た」
「書庫の鍵ですか。しばしお待ちを」
宰相は特に拒絶することもなく、鍵束から書庫の鍵を渡した。
ミレイユが思っていたよりも拒否反応は起こしていない。
鍵を受け取ったテオドールは速やかに踵を返す。
「目的の書が見つかれば鍵は返す」
「承知しました。テオドール殿下……ネストレ殿下はあのように仰せになられましたが、陛下は貴方の実力を認めておられました。無論、私も」
「その父上は……もうずっと眠り続けているがな」
そう吐き捨て、テオドールは部屋の扉を開いた。
ミレイユは慌てて足を動かし、彼の陰に上手く隠れながら部屋の外へと出る。
重苦しい音を立てて扉は閉まった。




