夢は猫になることです
「――できたっ!」
ついに完成した魔法薬を眺め、ミレイユは歓喜の声を上げた。
王都の一角で薬屋の店員として働くミレイユ。
魔法薬の調合を続けて三年、ついに目的を果たしたのだ。
「猫に変身できる薬!」
猫になりたい。
それがミレイユの夢だった。
純粋に猫が好きで、自由気ままに生きている姿が愛らしいから。
もちろん鳥でも犬でもいいのだが、他の動物への変身もこの薬を応用すれば実現できるだろう。
彼女は薬が漏れないようにビンに固く蓋をして、そっと懐にしまった。
……と同時、工房の扉が開く。
「ちょっと、ミレイユ! ダラダラしてないでさっさと店じまいしてちょうだい!」
「あっ、店長! すみません……!」
やってきたのは中年の女性。
ミレイユが働く薬屋の店長のシュゼットだ。
シュゼットは工房を見るなり舌打ちして怒鳴り散らす。
「また変な調合して! ウチの工房を汚さないでくれるかい!?」
「うう……は、はい……」
「まったく……娘に比べてアンタは本当に要領が悪いね。ロゼールならもっと早く仕事して、店じまいもできるってのに……」
グチグチと悪態を吐きながらシュゼットは去っていく。
店長の威圧にはミレイユも困り果てていた。
自分が働ける場所がここしかないから仕方ないものの、労働環境は最悪だ。
夜遅くまで残業は当たり前だし、ろくに給金も出ないし。
「で、でもいいもんね……もう猫になる薬は完成したし。あとは効果を試すだけ……」
まずは効果を確かめてみよう。
これで何も意味がない薬だったら、三年間の努力が水の泡になってしまう。
ミレイユはさっさと後片づけをして、店の看板をしまった。
そして店の裏口から出ようとした、そのとき。
「あら、ミレイユ。今日も意味のわからない薬を研究してたの?」
店長の娘、ロゼールと遭遇した。
母親のシュゼットと並び、ミレイユを邪険にしてくる同年代の少女だ。
ロゼールはニヤニヤと笑いながらこちらに歩いてくる。
それから急にミレイユの茶髪を引っ張り、顔を引っ張った。
唐突な痛みに彼女は顔をしかめる。
「いい加減にしなさいよ。猫になる薬……だっけ? そんなくだらないものを作ってる暇があるなら、店で商品として売れる薬を作りなさい。わかった?」
おずおずとうなずいた。
どうせ残業代も出ないくせに、何を言っているのか。
反論したい気持ちは山々だが、逆らえばクビになるかもしれない。
「まったく……アンタみたいな無能を雇ってやれるのはウチだけなんだから。お母さんに感謝して、もっと真剣に働きなさいよ」
「は、はい……がんばります」
事実、ミレイユには自立できるだけのお金がない。
薬を調合する技術はあるが、店を開けるお金がなく……雇われで働くしかないのだった。
今は我慢する時だ。
充分な貯蓄をしたら店を開いて自立して、この悪質な店から逃げるつもりで。
ミレイユの怯えた態度に満足したのか、ロゼールは手を離して去っていった。
疲れた体で帰路に就き、意気揚々とミレイユは薬を取り出す。
「よし……それじゃあ、さっそく!」
桃色の液体を眺める。
見た目からして危なそうな薬だが、きっと大丈夫。
研究に研究を重ねて作った秘薬だ。
意を決してミレイユは薬を飲み干した。
「に、苦っ……」
苦さにミレイユが渋面した、その瞬間。
視界が揺らぎ、自分の体が発光する。
そして再び目を開いたときには視界が低くなっていた。
(これって……!)
すぐ近くに用意していた姿見を見る。
そこには黒い毛並みと、金色の瞳を持つ猫が佇んでいた。
「にゃーっ!」
黒猫になったミレイユは嬉しさのあまり部屋中を飛び跳ね、机上のカップを倒してしまった。
そうだ、浮かれるのはまだ早い。
まずは猫の体に慣れることと、一定時間経過して薬効が切れることを確認しなければ。
いったん落ち着きを取り戻し、ミレイユは窓辺に座り込んだ。
猫になれたことだし、まずは何をするか考えよう。
猫同士で交流もしてみたいが、自分は猫語を理解できるのだろうか……などなど考えていると。
(キラキラ光ってる……綺麗なお城)
遠くに煌びやかな光が見えた。
高い塀をまたいだ先にある貴族街。
平民出身のミレイユは、貴族の暮らしを見たことがない。
普通なら立ち入ることはできないが、猫の姿なら。
ミレイユはまさしく猫のように好奇心に駆られ、飛び出したくなった。
……が、今はダメ。
今日は薬効を確認して、明日向かうことにしよう。
そう思い、彼女は尻尾を揺らして丸くなる。
数時間後、無事にミレイユは人の姿に戻っていた。
かくして彼女は未知の世界に足を踏み入れることになるのだった。




