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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ローズマリー』編
94/118

第九十二話 御曹司、保釈される

『石蕗くん、とうとうやったのね!!』


 電話口から聞こえてきた声には、さすがに辟易とした。


「嬉しそうだね、染井」

『嬉しくなんかないわ! 哀しいわ! だってそうでしょ、かつては共に悪と戦った石蕗くんが、とうとう外道に身をやつすなんて、心が張り裂けそう! あなたならいつかやると思っていたわ! でも悔しいわね、あなたの悪行を暴き、白日のもとに晒すのは私だと信じていたのに!』

「ナンセンス」


 染井芳乃の声は無駄に大きく、一朗は受話器から少し距離を置いて話をしなければならなかった。結果として、取調室の中にも丸聞こえである。もともと妙な会話がないよう録音されているだろうから大して気にする必要もないわけだが、それでもやはり、取次を行った新米らしき刑事と、一朗をここに連れてきたベテランらしき刑事は、目を丸くしていた。


「まぁ、君は信じないと思うけど、やったのは僕じゃない」

『悪人はみんなそう言うのよ』

「無実の人もね」


 一朗は、早くも受話器を置きたい気持ちにかられていた。机を挟んで対面に座る恰幅の良い刑事も、何やら頭を抱えている。


「とにかく、君がまぁ、君なりの心配というか、おそらくそれに類する気持ちで電話をくれたことには感謝しよう。でも今から取り調べだから。切るよ」

『あっ、待って石蕗く―――』


 通話終了ボタンをおして、新米刑事に受話器を返却する。恰幅の良い刑事は、今度は苦笑いを浮かべていた。


「染井の嬢ちゃんもまったく変わっていないな」

「本当にね。むしろ、彼女の正義感にも磨きがかかったらしい」


 刑事はどうやら、この場にいる警察関係者の中では一番立場が上にあるらしく、新米刑事やベテラン刑事に対しても『出て行っていいぞ』と告げた。ベテランの方はしばらく逡巡を見せたが、最終的には一礼して、取調室から出ていく。結果として、室内には一朗とその刑事が残った。


「懐かしいな。おまえと、染井の嬢ちゃんと、あと著莪の小僧か。3人で探偵ごっこをしていたのが、もう5年前か」

「変わったこともあるし、変わらないこともある。例えばあなたが警部補のままであることとか。これで在位26年だっけ。おめでとう」


 その話は、刑事にとって決して愉快なものではなかったらしく、彼は露骨に顔をしかめた。

 まぁ、旧交を温めることならいくらでもできるわけであるが、仕事をしている以上そうもいかない。警部補は、つつかれた手痛いところを放置して、一郎の前に書類を取り出してみせた。


「で、えぇと。石蕗の。おまえを逮捕する日が来るとは思わなかったが、」

「僕も思ってなかったけど。不正アクセス禁止法違反だったね。率直に聞こう。警部補、あなたは僕がやったと思うかい」

「いや思わないけどなぁ」


 警部補は、書類を睨んでから頭を掻く。


「しかし証拠が揃ってるんだぞ。アクセスログとかな。まぁ見せるわけにはいかんが。シスルのサーバーに侵入したIPアドレスは、おまえの家のもんだ」


 そう、今回の不正アクセス事件。被害者はシスル・コーポレーションである。先日発生したアカウントハック事件以来、事故調査委員会は懸命に捜査を続け、ある日十賢者システムのログに不正なアクセスの痕跡を見つけるに至った。ゲームの管理サーバーへのアクセスではないので、発見が遅れたのである。で、いったいどこからのアクセスかと思いたどってみれば、なんと石蕗一朗の家からであった。

 このあたりのゴタゴタについて、関係者がどのように思ったかまでは知らされていない。だが、エドワードが東京へ再度出張となった経緯は、このあたりにも関係がありそうだ。その点は少し、彼に申し訳なく思う。


 不正アクセスはその後も断続的に続いた形跡があり、まぁその、相手が石蕗一朗ということもあって、逮捕状を出すかに関しても相当なゴタゴタがあったらしい。しかし、ここ数日、再び集中しての不正アクセスが発覚したことで、最終的に今回の逮捕と相成った。

 で、一朗とは古い付き合いであり、彼の人となりをよく知る警部補が、たまたまの巡り合わせでこの一件の担当となり、こうして取調室で顔を付き合わせている。


「僕には、何が起きたかおおよその心当たりがある。幸い、警部補が担当してくれるなら、互いに協力できるんじゃないかと思うんだけど、どうかな」

「うん? まぁ、お前さんが協力的な態度をとってくれるって言うんなら助かるが。しばらく拘留することにはなるぞ」


 この人の良さそうな警部補が、一朗の無実を信じてくれているというのは、彼にとって後押しであった。いつも肝心なところで薄い部分を引く石蕗一郎のリアルラックだが、いつものことなので別段幸運とは思わない。

 恰幅のいい万年警部補は、げらげらと笑ながら言った。


「いやぁ、お前さんのことだから保釈金を山と積んで出て行くのかと思ったぞ」

「ナンセンス。必要と思ったらそうするけど、今のところそうは思わないし、いくらあとで戻ってくるお金と言っても、無駄に払うつもりはないかな」


 さて、ひとまずは取り調べである。形式的にでもやっておかねばなるまい。

 警部補は友好的であるため、妙な誘導尋問を疑う必要はなかったが、仮に他の刑事が担当したとしても一朗は気ままに答えたことだろう。思ったことをそのまま口にするため、ついつい余計なことまで喋り出す一朗の調書を取るのは、何やら大変そうであった。


「さて、お前さんはこう言ってるわけだが、証拠は揃ってるわけだから、まごまごしてると強引に立件に持って行かれるわけだな。どうする、著莪の小僧を呼ぶか?」

「まぁ普段ならそうするんだけどね。彼はシスルの弁護士もやってくれてるから、どうかな」


 彼は性格は悪いが腕の立つ弁護士だ。味方についてくれれば心強かったが。彼を味方にできないとなると、今回の件に関しては、一朗もある程度強引な手法に出る必要はあるかもしれない。

 証拠は出揃っているという。ただ、一朗としては、自らの無実を証明するのは簡単なことだ。不正アクセスの真犯人は、一朗の家の中にいるわけなのだから、それを捕まえて突き出せばよろしい。問題は、彼女に刑事責任を問うだけの法整備ができていないことである。彼女の安全を確保しつつ、自らの無実を証明しようとなると、これがちょっとだけ、難しい。


 一朗が少し考えていると、取調室の戸をノックする音があった。


「おう、入っていいぞ」

「失礼します」


 先ほど、染井芳乃の電話を取り次いでくれた新米刑事である。彼には、先程から曽祖父の石蕗隼人やら、又従妹の石蕗明日葉やら、従兄の石蕗五郎入道正宗やら、様々な方面からの電話を一朗に取り次いでくれているので、これが何やら申し訳ない。父・明朗からの電話は未だになかったが、これからもないだろうとは思っている。

 そんな彼が入ってきたということは、また誰かから電話でもかかってきたのだろうか、と一朗は思ったが。


「実は、石蕗氏に面会したいという少女が」


 一朗と警部補は顔を見合わせた。わざわざ会いに来る〝少女〟、というと、これが心当たりがない。


「名前は?」

「杜若あいりと名乗っています。〝御曹司を出せ〟と」

「ああ」


 納得した。


「知ってる名前か?」

「知らない名前だけど、たぶん知人だ。わざわざ会いに来てくれるなんて、どうやら心配をかけたらしい」


 こうなると、少しばかり事情が違ってくる。一朗は、ひとまず警部補に対してこのように切り出した。


「保釈金はいくらだろう」

「おいおい。さっきと話が違わないか。無駄遣いはしないんだろ?」

「違わない。必要だと思ったらそうすると言ったはずだ。友達が会いに来てくれたからね。彼女のために時間を取るのは、無駄遣いじゃないよ」


 いつも通りの涼やかな口調で告げる一朗に対して、結局こうなってしまうんだなぁ、と警部補は溜め息をついた。





 一朗がロビーに赴くと、左右をガッチリ警官に固められた小柄な少女が、彼を待っていた。

 彼の知るアバターと共通する容姿など、ほとんど見受けられないものの、一朗にはその少女こそが杜若あいりであり、そしてナローファンタジー・オンラインにおいてエルフの錬金術師アルケミストアイリスのプレイヤーであると、即座に理解できた。少なくとも彼女のまとう小動物的な雰囲気に関しては、似通ったところがある。

 彼女もこちらにはすぐ気づいたようで、不意にソファから立ち上がって大股でこちらに歩いてきた。いきなりのことで警官の制止が遅れる。


「御曹司ぃっ!」

「やぁ」

「あ、あんた、何やったのよ!」


 開口一番これとあっては、よほど信用が無いらしい。一朗はそれでもにこやかな態度を崩さずにこう答えた。


「これでも濃密に生きてきたつもりだからね。大概のことはやったけど、警察に捕まるようなことは何ひとつしていない」

「じゃあなんでここにいるのよ」

「世の中をどれだけシステマチックにしても、それを動かすのが人間である以上エラーは起きる。たまたま巻き込まれたのが僕だったっていう話だよ。ちなみに今保釈されたとこ」


 後ろの方で、警部補が苦笑いしながら手を振っていた。あいりの方も、あれが担当刑事であると理解したのか、少しだけかしこまった様子で会釈する。


「それにしても、よくここまで来たね」

「ああ、うん。テレビに警察署が写ったから……。家自体はそんなに遠くなかったし」


 まぁ、なんにせよ、よもやこんなシチュエーションで初顔合わせをすることになろうとは。とんだオフ会になってしまった。一朗の顔を見てようやく緊張の糸が解けたらしいあいりだが、ここが警察署であることやら、とうとうリアル御曹司とご対面してしまったことやらが原因でか、別の緊張に苛まれはじめた様子である。

 まぁ、せっかく保釈金を積んだのだ。長居は無用だな、と一朗は思った。どうせ外にいても警察の監視はつくのだろうから、これ以上中にいる必要もない。


「アイリス、外に行こうか」

「あー、やっぱそう呼ぶのね……」

「本名の方が良かった?」

「アイリスで良いわ」


 軽い会話の後、2人は外に出る。8月も終わりに近いが、強い日差しと高い気温は、まったく終わってくれる気配がない。うだるような暑さは、駐車場のアスファルトを熱した鉄板のように変え、まだ午前中だというのに、警察署前の一帯は焦熱地獄と化していた。この暑さには、セミも黙る。


「テレビで見たとき本当にびっくりしたんだから」

「あぁ、もう報道されてるんだね。マスコミも仕事が早いなぁ」


 先ほど電話をくれた染井あたりが、何やら余計な活躍でもしたのだろうか。


「それにしても、あー、会っちゃったわね」


 どこへ向かうでもなく、歩道に出てぶらぶらし始めた頃に、あいりはばつの悪そうな声を出した。


「まぁ、そうだね。僕がツワブキ・イチローだ」

「あたしはアイリスよ。改めてよろしくね」


 向き合うでもなく握手をするでもなく、ひとまず形式的にオフ会らしい挨拶をしておく。


「あんた、保釈してもらったって言うけど、これからどうすんの?」

「特に決めてない。でも、君に足を運ばせてしまったからなぁ。良かったらうちでお昼でも食べるかい。キルシュヴァッサー卿も喜ぶ」

「ネットで知り合った専修学校生を自宅に誘う23歳……」

「はっはっは、ナンセンス」


 あいりの『どうすんの?』が、そういった目先の予定だけを指しているのではないことは、一朗にもわかる。保釈をしてもらったところで、当然一朗の罪状は消えないわけで、うかうかしていると立件・公訴されてしまう。彼女も一朗の無実を信じてくれているのだとは思うが、そうだとして、それを証明するための手立てはあるのか、という話だ。

 まぁ、冤罪を証明するにしても、なるべく事を荒立てたくはない。少なくとも客観的に見れば一朗はほぼ間違いなくクロであって、警察も、おそらくはシスル、ポニー社の関係者も、己の義務を忠実に全うしたに過ぎない。そこをあげつらってどうこう、というナンセンスな展開になるのは避けたいところだ。


「で、あんたん家どこ?」

「三軒茶屋」

「ビミョーに遠いわね」


 話をしていると、2人はちょうど自動車ディーラーの前を通りがかる。それを横目に、一朗はぽつりとたずねた。


「アイリス、君は何色が好き?」

「赤だけど、移動の為だけに自動車買うとかやめてよね」

「君に快適な移動を提供したかったんだけど」

「なんか今日の御曹司、ちょっと優しくて気持ち悪い。ひょっとして浮かれてんの?」

「そうかもしれない」





「では、また後日、正式に押収に参りますので」

「はーい、どうもー。ご苦労さまでーす」


 捜査員が玄関から出ていくのを、笑顔で見送った桜子であったが、ドアがばたんと閉まったと同時に台所へ駆け込んだ。玄関に撒く塩を探してみるが、あいにく小瓶に入ったものを除けばアンデス岩塩がゴロゴロと放り込んであるだけで、撒けそうなものは何もない。仕方ないので、桜子は玄関前に新聞紙を敷き、汚れないようラップで丁寧に包んだ岩塩を、2、3個置いておくことにした。

 彼らも仕事で来ているのはわかる。だが、だからといって敵対感情を抱くななどと言う話となっては、戦争なんか起こらない。温厚な桜子でも怒るときは怒るのだ。たとえば主を悪し様に言われたときであるとか。


 まぁ塩は撒けなかったが、岩塩を置くことで溜飲はだいぶ降りた。

 捜査員達は、後日、オフィスルームにあるスーパーコンピューターやサーバーマシンを押収に来るという。これらが証拠物件になるというのなら仕方がないが、一朗の無実を信じている桜子としては、あまり納得のいく話ではない。

 いやいや、まぁ、よそう。ここでカリカリしても仕方がない話である。ここは主人のいいつけを守るのが良きメイドではないか。つまりいつもどおりに過ごせばよい。これから昼にかけて邸宅内の清掃を済ませ、その後、ナロファンにログインする。ニュースでも報道されてしまったから、ゲーム内でもイチローのことを気にかけている仲間たちはいるはずだ。彼らにも報告をしなければならない。


 桜子は、家事の再開をするべくオフィスルームに足を踏み入れ、そこであるものを見つけた。手帳だ。

 机の上に置かれた革のカバーのシックな手帳は、先ほどの捜査員たちが持っていたものと同じである。どうやら忘れ物らしい。彼らのことは正直気に食わなかったが、それはそれとして、こんな大事なものを失くしてしまうのは可哀想だ。

 桜子は手帳を取って、彼らを追いかけようと玄関まで走った。そしてドアノブに手をかけ、違和感に気づく。


「んっ……あれ?」


 開かなかった。

 鍵を解除しようとしても、これがまた手応えが重く動かない。オートロックの誤作動だろうか。桜子は首をかしげながら、またオフィスルームへ戻る。警察が押収するといったスパコンの他に、マンションのセキュリティシステムを管理するパソコンが一台あって、これの簡単な操作方法は彼女も一朗から教わっている。

 どうも前々回のメンテナンス頃から、セキュリティシステムのエラーが多い。最近はおとなしかったとは思うのだが。桜子は管理画面を呼び出して、鮮やかな指さばきでパスワードを入力する。


 が、


 はじかれてしまった。エラーである。パスワードが違うらしい。入力ミスかと思い、2度、3度と試行してみるが、結果は変わらなかった。知らないうちにパスワードが書き換えられている。


「う、うそー……」


 桜子は、思わずそうつぶやいてしまった。

10/13

 保釈金まわりの表現を若干訂正

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