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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ローズマリー』編
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第九十一話 御曹司、逮捕される

 その日、彼らはヴォルガンド火山帯の深奥部へと向かっていた。

 火山帯の中枢は鉱石系素材の宝庫であり、また深奥部特有のドラゴン族モンスターが数多く生息している。限られた冒険者しか生き残れないと言われ、事実、踏み込めば天然の宝物に加え、先駆者が死の際にドロップしたレアアイテムの数々が転がっている。彼らはこうして所有者の手元から離れたレアアイテムを専門に扱う闇のバイヤーだった。

 闇といっても、あくまでもゲームシステムに則った手法で入手しているわけであって、法的・規律的に見てなんら咎められるものではない。ただ、ちょっと潔癖なプレイヤーからは嫌な顔をされるだけだ。


「おいおい、見ろよこれ。この斧、あの・・ZELTだぜ」

「キングキリヒトのXANやあめしょーのYOYと同じワンオフもんか。良い拾いもんだ」


 ゲーム内にひとつしかないと言われる激レアアイテムを入手したともなれば、彼らも上機嫌になる。もちろん、流儀として、このアイテムを落とし散っていったアバターに弔意を示すのを忘れない。たとえそのプレイヤーが自らの本拠に死に戻りして、現在はピンピンしているのだとしても、彼らは自分たちが単なるハゲタカではないという自負を得るために、ひとまずの黙祷を捧げた。

 さて、この最強クラスの武器を手にしても、敵わなかったモンスター(あるいはプレイヤー)がこの付近にいるということである。彼らは警戒を強めた。深奥部にこもる熱気が、じわじわと体力を削り、疲労蓄積度を上昇させていく。良い拾い物もしたし、少し早いがここらで撤退するのが吉策か。


 彼らが互いに頷き、下山を開始しようとしたときである。何度か足を踏み入れているこの火山帯において、初めて目にするものがあった。


「おい……。なんだ、あれ……」


 ひとりの男が指差したものを、一同は見る。

 それは、空間にぽっかりと空いた大きな穴のようなものであった。火山帯のそこかしこにあふれるマグマの熱光を受けても、その中を見通すことができない、完全な闇であった。目を凝らせば、周囲の空間とのつなぎ目が、極めて雑に作られていることがわかる。


「なんだ、グラフィックのミスかなんかか?」

「運営に報告したほうが良いのかな」

「また不正アクセスかなんか受けてんじゃねーだろうなぁ」


 一同は思い思いの言葉を発する。その中のひとりが、ふと思い立ったように手頃な石を拾い、投擲してみた。


 投擲系のスキルに磨きをかけ、リアルでは高校時代甲子園出場を惜しくも逃したという男の剛速球は、果たして黒い穴にぶつかり、そのままとぷんと飲まれて消えた。飲まれた、ということは、この先に何かしらの空間があるということである。あるいは、単なるマップ移動装置か。開発陣がデバッグか何かに使用するものが、ひょんなはずみで出てきてしまっているのだろうか。

 ひとたび思いついてしまえば、詮索はとどまるところを知らない。彼らの中で好奇心が鎌首をもたげた。


「行ってみようぜ」


 誰かひとりの言葉は、全員の総意を代弁していたと言って良いだろう。


 危険である、といえば、まぁそうだ。どこへ飛ばされるかわかったものではないし、実はこれが悪辣な罠の可能性もある。彼らは慎重に、失いたくないレアアイテムだけをギルドの共有インベントリに押し込んで、穴に飛び込む決意をした。

 かつて、『穴があったら突っ込むのが男だ』と言った偉大なる男がいた。下ネタである。だが、彼らはそれを正しいと思っていた。穴があったら入るし、ボタンがあったら押す。人生とはそうしたものでなければならない。


 彼らは意を決して、穴に足を踏み込んだ。

 その先で、彼らは想像だにしないものを目にしたのである。





「一朗さま、〝隠しフィールド〟の噂って知ってます?」


 朝食を終え、リビングのソファでくつろいでいた一朗に、桜子がそうたずねた。


「知らないな。ナロファンの話?」

「はい。なんでも最近、いきなり出現した黒い穴に足を踏み込んだら、まったく知らないフィールドに到着したって噂がそこらじゅうでですね」

「それただのバグなんじゃないの?」


 一朗がばっさりと話を切り捨てる。まったく知らない、しかしフィールドとして認識できるということは、未実装のフィールドか何かか。サーバーにデータだけ移行させて、何かの拍子で既存のフィールドと接続させてしまった。真相はそんなところではないのだろうか。

 だが、桜子は渋い顔である。一朗のもとにコーヒーカップを置きながら、彼女は静かにかぶりを振った。


「よしんばただのバグだとしても、それを楽しむのがゲーマーとしての心意気ですよ?」

「僕はゲーマーじゃないんだけど、なるほど」

「もちろん、悪用するのはマナー違反ですけどね。でもミュウの存在だってバグで見つかったわけじゃないですか?」

「僕、ポケモンが流行りだした頃はアメリカにいたし、アメリカで流行りだした頃は日本に帰ってきてたからなぁ」


 桜子が『一朗さまも世代ですよね?』と言って話を振ってくるたびに、この返答である。もし父・明朗の教育方針通りに、日本で普通の学校に通っていたとすれば、まぁ触れる機会もあったのかもしれないが。どのみちたらればを語るのはナンセンス。

 だがまぁ、そうしたバグの存在がゲームにおける神秘性を持つという話は否定しない。とりわけ、ナロファンはVRMMOだ。よりリアルに体感できる世界において、システムのちょっとしたミスが全く知らないフィールドに連れて行ってくれたともなれば、話題になるのもわかる。

 件の携帯ゲームに関しては、バグによって露呈した隠しモンスターの存在が話題につながり、結果的に長寿コンテンツとなる一因を築いたとされるが、事実ならば大したマーケティングだなと感心する。


「ともあれですよ、今日、その隠しフィールド探しにいきません?」

「データが壊れたりしないのかな」

「そういう報告はないみたいですけどね。ちなみに運営からの回答はありません」


 あざみ社長に直接連絡して、聞いてみるという手段もなくはないが。

 ともあれ、公式に認可された仕様でないものに手を出すのは、一朗としてはあまり気が進まない。基本的に、ルールは厳格に守られるべきだと思っているし、運営がまだ公開しようとしていない未完成のフィールドだとすれば、楽しみはあとに取っておきたい。


「そのフィールドって、どんなフィールドなんだろう」

「なんか、ジャングルみたいな感じって話でした」


 桜子の言葉に、カップを取る一朗の手が、ぴたりと止まった。


「ジャングルですよー。一朗さま、好きでしょ? 私も、短大卒業後のアジア旅行でいろんなジャングル見ましたよ。一朗さまはもっぱらアマゾンがお好きみたいですけど」

「ケオラデオやアンコールも好きだよ」


 言いつつ、一朗は静かに目を瞑り、考える。情報が少ない。だが、まさか、と思うことはあった。こうした時、一朗の直感はほとんど外れないものである。

 だがインターホンのチャイムが鳴り、桜子が応答に出ても、一朗は珍しく考え込んだままだった。何事おいても即断・即決を善しとする一朗であるからして、これほどの逡巡を見せることは滅多にない。この時ばかりは、彼は自分の勘が的中していることを懸念していた。


 しばらく後、桜子が何やら不安げな顔をして歩いてくる。


「誰か来たの?」

「いやあの、それが、警察の方が」

「へぇ」


 一朗は、まだ飲みかけのコーヒーを卓上に残したまま、ソファから立ち上がった。桜子は、主人の指示を仰ぐといってオートロックを解除していないらしいが、まぁ警察を門前払いするというのもあまりよろしくない。一朗はインターホンで軽い応答を交わしてから、ロックを解除した。しばらくすれば、エレベーターから来訪者が上がってくるだろう。

 カメラ越しに彼らが提示した警察手帳は本物のように思えた。そのあたりに対して、余計な勘ぐりは要らないのだろうが、要件となると、やはり、アレかな。一朗は自らの危惧が的中してしまったことに、何やら複雑な表情を作った。


「一朗さま?」

「ん、なんでもない。桜子さんは、いつも通りの一日を過ごすこと。良いね」

「は、はい?」


 再度、インターホンが鳴る。こちらは玄関のものだ。機械越しの会話というのも鬱陶しく、一朗は直接玄関に向かって、戸を開けた。


「やぁ、」


 厳しい顔つきで、警察手帳を構える2人の男に、一朗は挨拶をする。


「あなたが、」

「僕が石蕗一朗だけど。要件を聞こうか」

「えぇ」


 年配らしき刑事が、淀みない口調でこう告げた。


「不正アクセス禁止法違反の疑いで、あなたに逮捕状が出ています」


 あぁ、やっぱり。

 後ろで桜子が小さく息を呑む音が聞こえたが、一朗はすべて納得した。まったく、ナンセンスな話だ。





 杜若あいり。服飾デザイン系の専修学校に通う17歳である。

 将来の夢は、アパレルデザイナーだ。


 だが目先の目標はオフ会の実行だ。


 声をかければ、意外と結構なメンバーが集まった。赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツの面子やら、アキハバラ鍛造組の面子やら。エドワードも短時間だが参加するらしい。だが、イチローの参加を聞いた彼は、少しばかり複雑そうな顔をしていた。まぁ、彼は御曹司が嫌いらしいから、仕方ないなとは思う。

 マツナガは来ないらしい。理由を聞けば『だってリアルの俺なんか誰も見たくないでしょ?』とのことだった。別にそんなこともないと思うのだが、まぁ彼のアバターは眉目秀麗であり、反面現実世界のマツナガは肥満体であると聞いている。リアルでの容貌の悪さを公言してはばからないのは、コンプレックスの裏返しであるのかもしれないと思い、アイリスは追及しなかった。彼女も鬼ではないのだ(当社比)。


 現実世界の容姿。オフ会の醍醐味ではある。

 とりわけVRMMOともなれば、そのギャップ、あるいは同調性というのはより顕著に現れる。あいりだって、そこまでゲームとリアルでかけ離れた容姿にしているわけではないが、あいりはアイリスほど髪は赤くないし、体型だってシュッとしていない。いやいや、あいりもスレンダーだ。だがアイリスほどではない。


 まぁ、その辺の楽しみがないのは、イチローと芙蓉の2人である。彼らはアバターの姿がそのままリアル容姿であるからして。この2人は付き合いが深いだけに、想像の余地がないというのはちょっと残念である。

 ユーリは、勇ましくて頼りがいのある性格が今のアバターとマッチしすぎていて、違う容姿というのが想像できない。

 キルシュヴァッサー兼ヨザクラは、なまじ2つのアバターを同時に使っているだけになおさら想像がつきにくい。女性というからには、ヨザクラに近い外見で考えて良いのだろうか。あのままだとしたら、美人だなぁ。


 わくわくしながら、オフ会の予定を組む。集合場所は新宿アルタ前。昼食の店はもう予約をとってあった。社会人が多いと聞き、少しばかり見栄を張った場所になったが、あいりはお年玉をマメに貯金するタイプである。ここは、使う時だろう。


 やっぱりカラオケとかも行くものかしら。みんなどんな歌を歌うのかしら。なんて考えているあいりのもとに、BGM代わりにつけていたテレビのニュースから聞きなれた名前が聞こえてきた。


『……の、シスル・コーポレーションのサーバーに対し……』

「んっ……?」


 思わず、顔をあげる。シスル・コーポレーション、確かに、そう言ったか。

 テレビ画面を睨みつけると、神妙な顔をしたアナウンサーの下に、テロップが表示される。あいりは目を丸くした。信じられないものを見た。驚愕に打ち震える彼女に、アナウンサーの冷涼な声が追い討ちをかける。


『……し、警察は、自営業、石蕗一朗容疑者23歳を、不正アクセス禁止法の疑いで逮捕しました』

「おっ……」


 あいりは机を叩き、椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。両親が仕事で出払った広い一軒家にて、あらんかぎりの大声で叫んだ。


「御曹司ぃぃぃ―――――ッ!?」


 ともあれ、杜若あいりは、オフ会のプランを組んでいる最中に、そのニュースを見た。

 彼女だけではない。


 桐生世良は、自宅で母親とそうめんをすすりながら、そのニュースを見た。

 坂田蒼乃は、秋葉原の自分の店でタバコをふかしながらそのニュースを見た。

 江戸川土門は、出張先のビジネスホテルでそのニュースを見た。

 セルゲイ・キョーシローヴィチ・タナカは、厨房で一日の仕込みをしながらそのニュースを見た。

 松永久秀は、暇つぶしの釣りスレを立てながらそのニュースを見た。

 茅ヶ崎由莉奈は、アパートの自室で二日酔いに痛む頭を抑えながらそのニュースを見た。

 山本よしすけは、種子島宇宙センターの清掃アルバイト中にそのニュースを見た。

 苫小牧伝助は、ココやハタムラ博士と一緒にインターネットでそのニュースを見た。

 雨宮翔子は、マネージャーと営業に向かう直前にそのニュースを見た。

 芙蓉めぐみは、朝食後の自由なひとときを楽しんでいる最中にそのニュースを見た。そして卒倒した。

 野々あざみは、出勤直後のオフィスでそのニュースを見た。


 ナローファンタジー・オンラインにて、石蕗一朗に関与したほぼすべての人間が、そのニュースを見ていた。そして、ほぼすべての人間が、まったく同じ感想を抱いたのである。すなわち、


『あの男、今度は何をやったんだ』





「やったのは、僕じゃないんだけどなぁ」


 警察署に向かうパトカーの中で、一朗はぽつりとそう言った。

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