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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ココ』編
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第八十八話 御曹司、手助けする(1)

 アイリス達の事前情報を共有することによって、プレイヤー達の致死率は目に見えて減少していた。パルミジャーノ達にも、おそらく騎士団の本拠へ死に戻りしたゴルゴンゾーラからの情報があったのだろう、ビームブレスの発射態勢を確認するや、分散して被害を減らす。

 このビームブレスの威力設定に関しては、やはり理不尽と言わざるを得ない部分はある。ナロファンにおいては、フィールド上のオブジェクトを遮蔽物とした防御手段が一般的な戦術として存在するが、このビームは貫通属性とオブジェクト破壊属性を持つためそれが通用しない。基本的に避けるか死ぬかの2択だ。大抵の場合は直線で放たれるビームブレスだが、ときおり横凪や袈裟凪に発射してくることがあり、完全な安全地帯は怪獣の懐にしかないことがわかった。前脚と後脚、尻尾付近の危険性を考えれば、更に狭くなる。結果として、そこそこの数のプレイヤーが緊急回避を間に合わせることができず、事故死していった。


 十数分間続く戦闘の末には、怪獣に群がって攻撃を加えていたプレイヤーの数は大きく減少していた。キャストオフしたヨザクラに鼻の下を伸ばしていたプレイヤーも、キリヒツと切り結び熱い友情を結んだプレイヤーも(いま知った)、エドワードに作ってもらった武器や防具を纏い勇んで参加したプレイヤーも、いつの間にか姿を消している。辛くもユーリに敗北を喫したモヒカン肩スパイクのPKerプレイヤー・キラーは、新調した刺バットで、兄弟の分まで奮闘している。


「くっ、これだけ攻撃してもまだピンピンしているのか……!」

「甲殻は剥がれておりますから、目に見えてダメージは入っているはずなのですが」


 怪獣の全身を覆っていた鎧のような外殻には亀裂が入り、姿はだいぶみすぼらしくなっている。だが、行動に関してはそうではない。ひるむどころかむしろ凶暴性を増し、屈強な前脚で群がるプレイヤーを踏み潰していく。キルシュヴァッサー1人では、それを阻止しきれない。なんとか盾を構えて割って入り、《カバーリング》にてダメージを肩代わりするのが精一杯といったところだ。


 戦闘参加人数が大規模になったことで、役割分担ロールプレイは明確化した。アイリスは後方に控え、負傷したプレイヤーにポーションを投げつけたり、防具や武器を一時的に強化させる魔法を駆使したりで、支援に徹している。

 ユーリは相変わらず果敢な態度で、絶え間なくダメージを稼ぐことに徹底していた。ときおりモヒカン肩スパイクと背中を合わせ、息の合った連携攻撃を見せている。彼女も拳を交えると友情が芽生える類の人間なのだろうか。

 芙蓉はもう自ら積極的に盾になっていた。仕事の合間にこのような役割を押し付けて本当に申し訳なかった。


「パルミジャーノ殿、妙だとは思いませんかな」


 キルシュヴァッサーは、自身の負傷を《ヒール》で癒しながら、隣で渋い顔をするパルミジャーノに問いかけた。


「さすがだな、キルシュヴァッサー卿。モーションパターンのことだろ?」

「えぇ。動きは脅威ですし、事故死も少なくありませんが……。パターン自体はそう多くありませんし、派手なものもないのが気になります」


 アイリスの話では、尻尾を踏んで怒らせると二足歩行になって暴れまわったというが、そうした動きはこの戦いのさなか見せてはいない。尻尾を踏む、というのだけが発動のキーになっているのも妙な話だ。


「第二形態があるかもしれませんな」

「あまり想像したくない話だ」


 消耗が激しいといった印象はないが、じわじわと戦力を削られている感はある。そろそろ折り返し地点でなければならない頃だ。形状を変えて仕切り直されると、感覚的にも辛い。


「やはり手早く強力な一撃を叩き込みたいところですが……」


 ナイトソードの柄をぐっと握り、キルシュヴァッサーは再び前線に赴く。こうしたボスモンスターが、最後の一瞬まで同じパターンであるとは考えにくい。第二形態の有無はさておいても、一定量のダメージを超えたことを示す、行動パターンの変化くらいはあってもいいはずだ。彼の必殺技である課金剣の一撃は、そこからの畳み掛けにとっておかなければならない。

 ないものをねだっても仕方がない。今の自分に、カネの力は重すぎるのだ。

 怪獣の前脚を、盾で受け流しつつ、首下に滑り込む。ダメージを負い倒れ込んだ味方プレイヤーがいた。彼を片手で抱きかかえつつ、おそらく部位的にも柔らかいであろう喉笛付近に、土産の《バッシュ》を叩き込んでいく。ダメージは確実に入るが、怯まない。


「す、すいません……」

「なに、助け合いですよ」


 キルシュヴァッサーの筋力系ステータスであれば、他プレイヤーを一人抱きかかえたところで移動速度に支障は出ない。腹下でまごまごしていればボディプレスがくる。ヨザクラの時に比べ、いささか重く鈍い歩調にいらいらしながらも、彼はヒットアンドアウェイの基本に従って離脱した。


「キルシュさん、叩き込みます!」


 脱出したキルシュヴァッサーの耳に、威勢の良い声が届く。ユーリだ。


 彼女は、握った拳を弓なりに構え、跳躍の姿勢から怪獣の鼻柱に向けて叩きつけた。格闘家グラップラー専用アーツ《エナジーフィスト》が炸裂する。練った気のレベルに応じて威力が上昇する、格闘家グラップラーにおいては数少ない高火力アーツだが、疲労蓄積度との兼ね合いを考えると、コスパの悪さが際立つ。

 それでも、ユーリの拳を経由して叩き込まれたエネルギーの総量は、怪獣の顔面部で盛大な爆発を起こす。怪獣は悲鳴じみた咆哮を上げ、顎を大きく反らせた。角がかすめ、空中で姿勢を崩したユーリが地面に落下する。


「大丈夫か」

「ああ、うん」


 モヒカン肩スパイクが肩を貸そうとしたが、ユーリは自力で立ち上がった。あれは刺さるから仕方がない。


 この一撃、ダメージは2000を超えたが、ユーリの消耗が激しい。どうだ、と思い怪獣を見る。怪獣は、大きくのけぞったまま、ゆっくりと姿勢を崩し、まずは前脚、続いて後脚から支える力を失った。巨体がどうと倒れこみ、足元付近にいたプレイヤー達が一斉に退避する。覗き込めば、その怪獣の双眸からは、光が失われていた。


「や、やりましたの!?」


 ギリギリ退避の間に合わなかった芙蓉が、腹下から這い出ながらそう言った。しかし、キルシュヴァッサーとパルミジャーノの表情は苦々しい。


「いや、あっけなさすぎる……」

「ですな。これは、おそらく……」


 全身の甲殻に、徐々に亀裂が入っていく。嫌な予感が、何やら現実のものとなろうとしていた。怪獣の両眼には再び光が宿り、不気味な紅の輝きを放つ。みすぼらしくなった甲殻はぼろぼろと剥がれ落ちて、中からは白磁のようなきめ細かい鱗が姿を見せた。身体を起こした怪獣は、勢い、上半身を大きく持ち上げ、後脚だけで立ち上がると、全身をねじるようにしながら、天に向かって大きく吼えた。


 やはり、第二形態である。尻尾の先を踏んづけた時に見せた怒り状態は、本来はこの形態用のモーションであったのだ。後方に控えたアイリスが、驚いたような顔でそれを見上げている。渾身の一撃を叩き込んだことで疲労困憊となったユーリも、唇を噛んでいた。


「あの状態は……、危険です」


 言葉の真意はすぐに実例を伴い証明される。怪獣は口を大きく開き、その中にエネルギーを溜め始めた。こうなっては、先ほどのように口内に飛び込み打撃を加えることで、暴発を誘うなどという真似もできない。多くのプレイヤーは、一斉に怪獣の股下に駆け寄ったが、いかんせん範囲が狭い。安全地帯であろう股下から追い出され、逃げ惑うプレイヤーの方が多かった。


 だが、ここにも製作者の悪意が透けて見えた。怪獣はまず下を向き、1歩、2歩と後退しながら、安全を確信し群がってきた股下のプレイヤー達を焼き払ったのである。彼らの大半は、頭上からのビームブレスを浴び、何が起きたのかもわからぬままに消滅した。怪獣はそのまま顔を上げ、足元から上空に向け、切り上げるようにしてビームを縦に薙ぎ払う。かと思えば、首をぐるりと旋回させ、8の字を描くようにしながら袈裟に薙いだ。周囲のオブジェクトを無差別に破壊し、逃げ惑うプレイヤー達に死の放射熱線を浴びせていく。


 まさに地獄めいた光景である。生き残ったプレイヤーの多くは、戦慄に身をこわばらせていた。


「まさしく大怪獣ですな……」

「ゴジラ、新シリーズやんねーかな」


 これはキルシュヴァッサーとパルミジャーノである。


「ヒヒヒ。兄弟、下がっていろ。てめぇの疲労度じゃもうロクに動けないぜぇ?」

「誰が兄弟か」


 こちらはモヒカン肩スパイクとユーリである。


「アイリスさん、大丈夫ですの?」

「芙蓉さん……、まさか、盾になってくれるなんて……」


 アイリスはどの口で言っているのだろうか。


 縦横無尽に振り回されたビームブレスによって、周囲の崖は崩落を起こしている。当然、その上から射撃攻撃を行っていた騎士団の部隊も大半が壊滅状態だ。残った部隊が、いじらしくもボウガンによる攻撃を行っていく。発生するダメージは、甲殻を失ったぶん先ほどよりも多かったが、立ち上がった怪獣が腕を振り回し、残された崖の上をひと薙ぎすれば、彼らも地上部へ叩き落され、あっけなく散ってしまう。


 課金剣を、使うべきだろうか。


 キルシュヴァッサーは、その巨躯を睨みあげながら思った。この状態ならば、1万を超えるダメージは確実にたたき出せる。5桁クラスのダメージともなれば、怯みは高確率で発生するし、一時的にでも動きを止めることは可能だ。だが、しょせんそれだけである。残る大量のHPを、イニシアチブを守ったまま削り取る手段が思いつかない。


 彼の葛藤をあざ笑うかのように、怪獣の猛攻はやまなかった。攻撃モーションは目に見えて増えている。角先が発光し、光弾が立て続けに発射された。直撃を受ければこれも致命傷だ。流れ弾として飛んできた何発かは、なんとかして盾で凌ぐことができた。

 怪獣は尻尾による薙ぎ払いから間髪を入れず、再び口内にエネルギーを溜め始めた。こちらの体勢は、まだ立て直っているとは言えない。もはや猶予はなかった。


「最後の課金剣を使う!」


 アイテムインベントリから武器を呼び出し、ナイトソードと切り替える。


「卿、カネの力を我が物としていたか!?」

「すいませんちょっと今はそれに付き合う気になれないです!」


 やや素の混じった口調でパルミジャーノに答えてから、駆け寄ってきたミドリオウカオーに飛び乗り、突撃する。彼我の距離はみるみる縮まる。ビームの発射前には余裕で間に合い、オウカオーが跳ね、キルシュヴァッサーも更に跳んだ。正面から課金剣を振り下ろし、腹部に向けて叩き込む。

 5桁を超えるダメージが、まばゆい閃光と共に放出された。





 イチローとココは、山脈の最果てにある小さな高原に到着した。草花が茂り、殺風景な岩山とはまた、少し異なった趣がある。どことなく平和でのどかな風景ではあった。が、やはり、MOBらしきものについては、影も形も見当たらない。キングの話では、ここにアクセルゴートが出現するということではあったが。

 目的地についたことで、〝振り向いてはいけないゲーム〟も終了する。ココはひらひらと舞う蝶のエフェクトオブジェクトを追い掛け回し、草花の中を駆けていた。イチローはそれを見守りつつ、今まで来た道を振り返る。


 見晴らしは良かった。その先には、白色の巨獣が咆哮をあげながらこちらに歩いてくるのが見える。足元で攻撃エフェクトやダメージエフェクト頻発しているのも確認できた。あれが、今回のイベントボスということか。確かにでかいな、と思う。


「イチロー、あれ、なに?」


 蝶には逃げられてしまったココが、彼の隣に戻って言った。


「なんと言えば良いのかな。こういう時、言葉は不便だね。まぁ、ひとつの脅威だよ。僕の友人達が、あれを倒そうとしている」


 そう言うと、ココは驚いたようにイチローの顔を見上げた。


「なぜ?」

「僕と君にとって、あれが脅威であると判断したからかな。君は野生で育ったわけじゃないからわからないかもしれないけど、君たちだって、群れに危機が迫ると若い雄の個体が敵に立ち向かったりするだろう」


 イチローは、そう言って、メニューウィンドウを開いた。ごく手馴れた操作でタッチパネルに触れ、目当ての項目を選ぶ。


「彼らを助けない?」

「僕が行けばあっさり終わるだろうけど、それを彼らは望まないと思うし、彼らの望まないことを積極的にするつもりはないよ。ナンセンスだ。彼らではどうにもならず、君に危険が及ぶと思ったら、行くことにしよう」


 だが、そう言うイチローの微笑みには、何かしらの信頼を思わせるものがあった。彼はひとまず、コンフィグの課金画面から、件の呪われた剣を選択し、購入ボタンを押す。


 直後、高原にはアイテムインベントリに収めきれないほどの、剣の雨が降った。

10/13

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× 懇親の一撃

○ 渾身の一撃

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