表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ココ』編
79/118

第七十七話 御曹司、噂になる(2)

「良いですか、皆さん。あくまでも私たちは、遠巻きに見守るだけです」


 ヨザクラは腰に手を当て、人差し指を立てながら言った。気分は引率の先生である。


「イチロー様がどんな突飛な行動をしようと、あるいはされようと、直接的な手出しと口出しは厳禁です。わかりましたね、特に、えぇと芙蓉さん」

「あら、わたくし限定ですの?」


 アイリスブランドのギルドハウスに集った顔ぶれは、割と大したものであった。中堅ギルドのギルドリーダーが2人に、ゲーム内最大生産職ギルドのNo.4。そこに、角紅グループ総裁の愛娘にして流行最先端のリアルクローズブランド〝MiZUNO〟の社長が加わったとなれば、これはもう豪華と言わざるを得ないだろう。

 ヨザクラがこの中で一番問題児と見ているのも、その社長、すなわち芙蓉めぐみその人その本人であった。


「あなたとアイリスが一番怖いんです。その、行動力的に考えて」

「わたくしだって分別のある大人ですもの、行動を慎むくらいわけのない話ですわ」


 分別のある大人は、わざわざ意中の人を追いかけて10歳年下の少女から喧嘩を買ったりしない。


「では例えばですけど、私とイチロー様が手を繋いで歩いていたとします。どうしますか?」

「マツナガさんの忍者部隊をけしかけますわ」

「そういうのがダメなんです」


 ヨザクラは念を押した。分別という言葉を辞書で引いてマーキングして突きつけてやりたい。

 では芙蓉とアイリスを除く他のメンバーが安心かと言えばそんなこともない。結局彼らが何をしでかすかはわからないので、ヨザクラはこうして明確にルールを定め、一同に体育座りまでさせて言い聞かせているのである。おやつは300ガルドまでだ。


「手出しをしないことも大事ですが、あとは、野次馬が近づいてきたら、私たちが身を呈してイチロー様たちをお守りすることです」

「任せてくれ、捨て駒は得意中の得意だ」


 キリヒト(リーダー)が親指を立てる。


「噛ませになるのも慣れた」


 エドワードもそれに倣う。今日の彼らは妙にノリが良くて腹立たしい。


「でも、女の子とデートしてるだけでここまで騒がれるっていうのもレアケースだよね」

「だってレアケースだもの」


 これはユーリとアイリスだ。そう、珍しい。ヨザクラさくらこが石蕗一朗に仕えてから5年近くになるが、彼が特定の女性と連れ立って仲睦まじくしていたなどということは、ついぞ無かった。強いて誰かを上げろというのなら、それは自分だと言い張る自信すらある。もちろん甘酸っぱい記憶などありはしないが。舌の上に残っているのは吉野家の紅ショウガだけだ。

 とは言え、主人の女性事情にいちいち突っ込んでもいては身が持たないというのも本音だ。ましてやデートなど。しかもゲーム内での話である。加えてやることが突飛な石蕗一朗である。明日いきなり結婚すると言っても驚かない。ちょっと寂しいけど。


 ともあれ、


「念を押します。見守ることだけですよ。良いですね」

『はーい』


 返事だけは良いなぁ。





 一行はアイリスによって『御曹司を見守り隊』と命名された(何の変哲もない名前だ)。わざわざ組合所によって即席ギルドまで組んだのはキリヒト(リーダー)の提案である。ギルドタイプは『釣り』だ。同種のギルドに重複所属することはできないので、こうした即席ギルドを組む際は、何が目的であれタイプを『釣り』にするのが、ナロファンの通例となっている。ゲストIDでログインしている芙蓉だけはギルドに所属することができなくてさみしそうだった。

 芙蓉は、アイリスブランドのギルドスポンサーであるTSS探偵社のアイテムを使いドヤ顔でイチローの居場所を割り出していたが、プレイヤーアカウントでログインしている彼の居場所は、同じギルドに属しているヨザクラ達からは丸分かりだ。やはり芙蓉はちょっとさみしそうな顔をしていた。


 イチロー、そしておそらくはキングキリヒトと件の女性アバターは、ヴィスピアーニャ平原とヴォルガンド火山帯のちょうど間から、しばらく動いていない。小休止を取っているのだろうか。ならば都合よしと、御曹司を見守り隊は平原を目指し、意気揚々と出発した。


 で、着いた。


 一同は、茂みに隠れながら、静かに移動を続ける。そうあまり広いポイントではないため、イチロー達の姿はすぐに見つかった。キングは少し離れた場所で、周囲を警戒している。あまり近づけない雰囲気だ。

 問題はイチローと少女である。写真には記載されていなかった彼女のアバターネームは〝ココ〟と言った。当然だが、名前だけではいったいどのような性格で実年齢はいくつで、などという情報はつかめない。そもそも本当に女であるかもわからない。


 ヨザクラは、今回の〝デート〟に際して、イチローの読んでいた書類が、脳科学・神経科学にまつわるものであるという事実を、見守り隊の面子に告げるべきか迷った。今回の〝デート〟が、イチローの色恋沙汰でないことははっきりしている。おそらく、ココの抱える問題がそれなりにデリケートに扱うべきであることも、〝脳科学〟という単語からおぼろげに察することができるだろう。それを告げれば、見守り隊のメンバーも納得はしてくれるはずだ。

 ただ、それは果たして公表して良い事実なのか。ココという少女に、脳科学という単語を直接結びつけて考えることは、彼女のプライバシーを大きく侵害しているような気にもなる。


 悶々と悩むヨザクラを尻目に、見守り隊のメンバーは茂みから身を大きく乗り出し、事の成り行きを〝見守って〟いた。


「なっ、なんですのっ……! あの甘ったるい雰囲気は……!」

「あんたが握りしめてるの、俺の腕だから。非常に痛い」

「スキンシップ……。あのココとかいう子、なかなかやるわね……」


 スキンシップ、という単語に、ヨザクラの中の野次馬根性が葛藤を投げ飛ばした。


 スキンシップ。おお、確かにスキンシップだ。ココは、岩に腰掛けるイチローの背中に回って、何やら密着したり、髪を撫で回したりしている。イチローはそれをさして嫌がる様子もなく、目をつむったまま黙って受け入れていた。芙蓉は、ゲストIDに与えられた過剰なステータスで、エドワードの腕を雑巾のように絞っている。ここに実ダメージが発生する心配はないので、ほうっておくことにした。


「あれって、スキンシップというより、〝毛づくろい〟ってやつなんじゃ……」


 ぼそっとしたユーリの言葉。確かにそんな風にも見える。


「どのみち、なんか純粋そうな子ね」


 これはアイリス。


「納得いきませんわ」


 言うまでもなく芙蓉である。


「純粋そうなのは同意いたしますけど、かと言って、一朗さんがデートを引き受けたりしまして?」

「まぁ、ないわよね。あの人を小馬鹿にしたような男が……」

「ヨザクラさん、あなた、まだ何か隠し事をしているんじゃありませんの?」


 芙蓉は、ずいとこちらに近寄りながら、そのようなことを言ってきた。ただひとり、言葉を発さないキリヒト(リーダー)は、珍しく難しい顔をしたまま何かを考え込んでいる。

 さて、芙蓉の問いに対しては、ヨザクラも容易に返答しかねた。理由は上述のものによる。絶対に黙っていなければならないという話でもないだろう。だが、かと言って、軽々しく話をしていいようなものでもない。そのわずかな葛藤が無言を生み、結果として、芙蓉の問いに対して肯定を示す結果となった。


「そう、隠してますのね……」


 芙蓉の眼光は非常に鋭いものとなる。不穏であった。


「お話をしていただかないと、ためになりませんわよ?」

「い、いったい、何がどういう経緯で〝ためにならない〟のか、理解しかねるところはありますが……」


 さしものヨザクラも、これには冷や汗を隠せない。必要に迫られれば話すべきことだとは思うのだが、今がそうであるとも思えないし、何よりこのように煮えたぎった眼光の持ち主においそれと話すのは、それこそ気の引ける話ではないか。

 かと言って〝ためにならない〟状況になるのも、それはそれでイヤなのだが。


 ヨザクラと芙蓉がじりじりとにらみ合いを続ける中、アイリスとユーリ、エドワードは実に真剣な面持ちで野次馬を続け、キリヒト(リーダー)は、やはり難しい顔をして考え込んでいた。


「あのさ、ヨザクラさん」


 不意に、キリヒト(リーダー)が声をあげる。


「なんでしょう」

「ひょっとして、その隠し事っていうのはさ……」


 と、何やらヨザクラに耳打ちをしてきた。彼の言葉が、驚く程に正鵠を射ていたので、彼女は目を見開いて頷く。


「た、確かにそうですが……」

「やはりな……」


 キリヒト(リーダー)の表情は、何かを悟ったようなものであり、そこには一種の憐憫、あるいは散る花を嘆くような物悲しさが宿っていた。


「なに、なんなのよ」

「ユウリだ……」

「えっ、私?」


 驚いて振り向くユーリには取り合わず、キリヒト(リーダー)は滔々と言葉を語り始める。


「DFOにそういう話があるんだ。ユウリは不治の病にかかった末期の患者で、終末治療病棟に収容されたまま外に出られない……。唯一健康な肉体を得られるVRMMOを通して、自身の望みを叶えていくんだが、最後には……ううっ……」


 言葉尻の震えからして、割とガチ泣きであった。


「きっとあの、ココとか言う子もそうに違いない。たぶん、死期を悟った彼女は、最期の望みとして、女の子らしいデートを楽しんでみたかった……。もしかしたら現実世界の彼女には、もう自分の手足さえ動かす力は残っていないかもしれない。でも、ココは……」


 それ以降は、嗚咽が混じっていて言葉にならない。しかしそうだとすれば、石蕗一朗は人選としておおよそ最悪の人種と言えるのではないだろうか。自分の主人をここまで悪し様に言うのもどうかと思うが……と、いまいち納得いかずに茂みの向こうを眺めていたヨザクラは、いまいちど見守り隊のメンツに振り向いて、思わずのけぞった。


 一同、ガチ泣きであった。


「なんだろう……。ツッコミどころ満載のはずなのに、すっごい筋が通っている気がする……」

「くっ……、俺は泣いてなんかいない……」

「御曹司が、まさかそんなことに協力していたなんて……」

「わたくしは、自分の都合しか考えていなかったわたくしが恥ずかしいですわ……」

「ま、まぁ、みなさんがご納得されているなら構わないんですが……」


 茂みの中で、見守り隊は何やらお通夜のような空気になってしまった。何も知らない通りがかりのプレイヤーが見れば、さぞかし訝しがる光景であることは間違いない。キリヒト(リーダー)の耳打ちは、イチローが医学関連の本でも読んでいたのではないかという疑問であったが、まさかこのようにつなげてくるとは。

 脳科学・神経科学の論文である以上、キリヒト(リーダー)の予想だって、当たらずとも遠からずな可能性はある。どのみち、現実世界では不可能な行為を代替するためにナロファンという舞台を選択したことも、それがココ自身の望みであろうことも、その点について相違はないはずだ。


 まさかの感動路線に滝のような涙を流す一同であったが、イチロー達が立ち上がるにつけて、次の判断をせざるを得なくなる。


「じゃ、じゃあ、ご納得いかれたということで、今回の見守り隊は解散ということに……」

「それとこれとは話が別ですわ」


 けろっと言う芙蓉がなにやら異様に憎たらしい。


「芙蓉さんの言うとおりだわ。そんな事情があるんだとすれば、なおさら野次馬を近づけるわけにはいかないし」

「不用意に近づくMOBとかもなるべく片付けてあげたいし」

「陰ながらのサポートは必要だ」

「命という名の盾になろう」


 もう好きにしてください。


 大いに脱力するヨザクラを尻目に、見守り隊は活動を再開した。イチロー達はヴォルガンド火山帯へ、本格的に足を踏み入れる。なぜかついて来ているキングキリヒトのおかげで、戦力は非常に充実していると言えるわけだが、できることなら最終防衛ラインである彼にまで到達する障害を、極力減らすことが理想である。

 嫉妬に燃えていたはずの芙蓉が、まずは真っ先に使命感に燃えていた。彼女もこのテの美談には弱いと見える。が、どんなに張り切ったところで、ゲストIDである芙蓉には、プレイヤーはおろかMOBを傷つけることすらできはしないのだ。有り体に言って味噌っかすである。


 しばらく進んだ頃だろうか。滞りはほぼ無かったわけであるが、ついにその時が訪れる。


 別のプレイヤーが複数人、連れ立って現れたのだ。イチロー達からだいぶ離れた場所にいるが、彼らに気づいたプレイヤー達は、イチローとココを指差して何やら愉快そうに談笑している。野次馬だ、という認識をもって、見守り隊の心はひとつになった。自分たちのことは平然と棚に上げている。

 そのプレイヤー達がそもそも邪魔をするかどうかすら不明であるのだが、邪魔をされてからでは遅くもある。まずは彼らの興味をそらしてあげなければならない。見守り隊のメンバーはまず顔を見合わせた。どうする。あまり派手な行動もできない。そうこうしているうちに、茂みの前を野次馬プレイヤーが通り過ぎようとする。


「私が行きましょう」


 茂みから立ち上がって、ヨザクラが言った。いきなり姿を見せたメイド忍者の姿に、野次馬プレイヤー達はぎょっとする。興味をそらしてやれば良いのだろう。たやすいことではないか。自分にとっては。やや自嘲気味に頬を釣り上げて、あっけにとられるプレイヤー達の前に出る。


「よっ、ヨザクラさん!」


 茂みから顔だけを出して、アイリスが叫んだ。


「ヨザクラさん、まさか、あれをやるの!?」

「イチロー様達のことは、あとは任せましたよ。アイリス」

「恥じらいはないの!?」

「ふっ……」


 ヨザクラは、手甲についた手裏剣の意匠を押した。メイド忍服の全体に電流エフェクトが生じる。


「恥じらいなんぞ、忠義の前ではゴミクズですね」

「ヨザクラさん……」


 アイリスはそれ以上追求せず、茂みの中に顔を引っ込めた。もぞもぞという音がして、見守り隊の一同がブッシュの中を移動していくのがわかる。全身に電流エフェクトをまといながら、ヨザクラはそれを見送った。

 さて、わけがわからないのは野次馬プレイヤー達の方である。有名プレイヤーのデートシーンを見かけ、ちょっと声をかけてみようと思った矢先、目の前に出現したメイド忍者と謎の茶番劇。苛立ちやら嘲笑やらが浮かぶ前に、まず困惑に支配されているのが見て取れる。


「あ、あの、なんか用なんですかね……」


 ヨザクラは、ひとまずコマンドワードをもってその返答とした。


「キャストオフ!」

9/28

 誤字を修正

× ギルドの所属する

○ ギルドに所属する

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 現実だと捕まるやつじゃん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ