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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ココ』編
78/118

第七十六話 御曹司、噂になる(1)

「小三元」

「七対子」

「タンヤオ二盃口ドラドラ」

「わかるかこんなんっ!」


 アイリスが雀卓をひっくり返し、雀牌たちが無残にも床に散らばる。ユーリ、エドワード、キリヒト(リーダー)の三人は一様に渋い顔をして鼻息も荒く肩を震わせる彼女を咎めた。


「アイ、それはよくない」

「ああ、それはよくないな」

「それはよくない」

「よってたかって初心者を食い物にした連中の言うことじゃないでしょ!」


 そこからしばらく離れたところでは、ヨザクラが適度にまずいお茶の研究に没頭していた。先ほどの局で国士無双十三面待ちを和了ったのは彼女である。ルールを熟読し、そのヨザクラと交代して人生初の麻雀に挑んだアイリスの無謀な戦いは、このような結果に終わった。この場合、マナーに反していたのはどちらの方か、状況と考え方次第であるとは思うので、ここでは深く追及しないこととする。

 アイリスブランドのギルドハウスは、ときおりこのように、寄合所のような様相を見せる。この場にいるだけでもMARY、ザ・キリヒツのギルドリーダーに加え、アキハバラ鍛造組のNo.4(2週間近くログインできなかったことが祟って後輩に抜かれた)と、それなりに豪華なメンツであった。みんなヒマなのかしら、とヨザクラは思わないでもないが、まぁ実際、ヒマなのだろう。


 そして、ヒマじゃないはずなのにやってくる人もいる。


 メインストリートをバタバタと走る音が聞こえ、直後に扉が勢いよく開け放たれた。慎ましさの欠片も感じられないやかましい音に、一同の視線が集まる。そこには卓越したファッションセンスの塊が、アイリス同様に鼻息荒く肩を震わせ、悪鬼羅刹が如き形相で室内を睨んでいた。


「いらっしゃいませ」


 ひとまずの笑顔。ヨザクラである。


「芙蓉さん、聞いてよ! この3人が!」

「一朗さん! 一朗さんはいらっしゃいますの!?」


 まるで噛み合わない会話をおっぱじめようとするのが、アイリスと、この闖入者・芙蓉めぐみであった。アイリスは自分たちの間柄を強敵ともと表現していたが、客観的に見るとどうやら〝トモ〟の前に〝類〟がつきそうな気配が漂ってくる。

 まぁきっと、気が合うのだろうなぁ、と思いながら、ヨザクラはお茶をトレーに載せた。


「おふたりとも、まずは落ち着いてください。お茶などいかがですか?」

「いらないわ」

「結構ですわ」


 何やら形容し難い芳香を放ちつつあるティーカップを前に、アイリスと芙蓉は冷静さを取り戻す。それでも、芙蓉はせわしなく視線をさまよわせて、室内に自分の望む人物、すなわちツワブキ・イチローがいないことを確認し、大きく肩を落とした。


「アイリスさん、さっきメッセージで頂いたことですけれども」

「え、あぁ、あれ?」

「本当ですの?」


 アイリスが、ちらとこちらを見てきたので、ヨザクラは肩をすくめた。彼女が芙蓉に送ったメッセージの詳細までは知らないが、石蕗一朗が『デートに行く』と告げたことに関してであったとはわかる。まぁ一朗に対して特別な(そして不毛な)感情を抱く芙蓉であるからして、何かしらの反応を見せることは予想できたが、まさかこうも早く本人の登場とは。

 あまりいい展開ではないかも、とヨザクラは思った。この場にはエドワードとキリヒト(リーダー)がいる。イチローが無駄に隠しだてをするような性格でないにせよ、こうして噂が広まってしまうのは、あまり良いことではないかもしれない。彼らが無為に噂を拡散させるような無責任な性格ではないにしても、だ。あの時点で喋ったこと自体、ヨザクラの迂闊であっただろうか。


 が、直後に、その全てが杞憂であったとわかる。


「ああ、本当だ」


 実に神妙な面持ちで言ったのは、なんとエドワードであった。


「撮影アプリを使ったゲーム内写真用の画像投稿掲示板がある。そこに投稿されていたのがこれだ」


 エドワードが画像ファイルを呼び出して表示させると、ユーリとキリヒト(リーダー)、次いでアイリスと芙蓉が背後から覗き込む。ヨザクラもトレーを持ったまま、そそくさとエドワードの背後へ回り込んだ。

 そこに映し出されていたのは、戦士ファイターの初期装備に身を包んだ少女と、楽しげに会食するツワブキ・イチローの姿がある。なぜか仏頂面で食事をするキングキリヒトも同席していて、カメラ目線で睨みつけてきていた。彼の存在がある以上、デートと断定することは難しいが、少女の口元についたクリームをイチローが拭っているというのは、何につけても衝撃的な光景である。


「ケーキ系の食事アイテムを食べると、一定の割合で口元にクリームがつくらしい」


 非常にどうでもいいことをエドワードが言った。


「やっぱりキングはかっこいいなぁ」


 非常にどうでもいいことをキリヒト(リーダー)も言った。


「なっ、な、なっ……」

「画像で見ると……、破壊力大きいわね……」


 そして泡を食うのが芙蓉である。アイリスも眉をひそめて写真をまじまじと眺めていた。


「なんで投稿者とコメントつけてる人の名前が全部同じなの?」

「としあきは個にして全の存在だからだよ」


 ユーリとエドワードの的はずれな会話である。

 さて、彼らが抱く感想はそれぞれであったが、この写真の存在が既に多くのナロファンユーザーを騒がせる結果になりつつあるらしい。なにせイチローは有名人である。

 ここで興味本位の野次馬が出現するとなれば、それはあまり望まれる話ではないだろう。大型イベントの実装と時期が重なったのはせめてもの幸運と言えるかもしれない。ヨザクラとしては、ここでイチローの従者として何ができるかを考えるところであった。が、


「み、みみみ、」


 今度ばかりは落ち着きを取り戻せない芙蓉が、何か言葉を発そうとしている。


「見に行きますわよ!」


 やはり、そう来るのか。予想はできていたが。


「そっとしていただくわけにはいきませんか」


 ヨザクラはやや複雑そうな表情のまま、しかしはっきりと告げた。芙蓉が振り向いて彼女を見る。ヨザクラは、トレーを両手に持ったまま、芙蓉と視線を合わせる。


「芙蓉さんがご心配なさっているようなことは、ないと思いますし」

「わたくしとしては、一朗さんが女性の口元のクリームをぬぐっていらっしゃるってだけで大問題ですのよ」


 こりゃあ、年に2、3回、その一朗さんに手料理を振舞ってもらっていることは迂闊に口にできないな。


「良いじゃないか、見に行こう」


 キリヒト(リーダー)も、実にのんきな口調で芙蓉に同調する。


「俺たちが行かなくても野次馬は来るんだろ。じゃあ、俺たちがその心無い野次馬を追っ払えば良い。俺たちは心ある野次馬だよ」

「野次馬なのは否定しないんだね」

「だって気になるだろ」


 やや呆れた様子であるユーリも、しかしその言葉ばかりは否定できないらしい。結局、人間はみんなゴシップが好きだ。エドワードはどうか、と思って彼を見ると、相変わらずマシンナー特有の表情パターンの乏しさで、肯定的なのか否定的なのかすらわからない。


「俺はそんなにヒマじゃない」

「嘘だぁ」

「あぁ、嘘だ。見に行こう」


 あのエドワードまで野次馬根性を見せてくるとは。


「ツワブキさんの素が見れたら面白そうだしな」

「素も何も、あいつ普段からアレでしょ」

「まぁ、そうなんだろうが……」


 こうなるとほぼ4対1で、民主主義の原則から言うとヨザクラに勝ち目はない。アイリスは行くか行かないかに関して直接的な賛否を出していなかったが、それでも、消極的賛成といった態度がにじみ出ている。つまり反対はヨザクラだけだ。

 なら、行くしかないか。ヨザクラは溜め息をついた。自分たちが行って、それで野次馬を防ぐ防波堤になるならば、確かにそっちのほうが良い。それに、


 それに、ヨザクラ自身あまり認めたくないのだが、イチローの言う〝デート〟が如何なるものか、気になるのは彼女も同じだ。





 ココがキングのアクセルコートをそうとうお気に召したため、イチロー達はそれを手に入れるため〝死の山脈〟を目指すこととした。ここになぜかキングが同伴する。〝死の山脈〟は高レベルMOBが鬼のように出現するフィールドであり、まぁイチロー一人でココを守れるかと言えれば余裕極まりないのだが、〝奢ってもらった礼〟をしたいと言うのであれば無碍にはできない。イチローがココを連れて歩くだけで割と好奇の視線を集めたが、キングがひと睨みするだけで、大抵のプレイヤーは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。なかなかにありがたい特技である。涼やかな態度を旨とするイチローには出来ない。


「威嚇かぁ」

「二学期に向けての練習だよ。ナメられねーようにしねーと」

「君も大変なんだ」

「まーな」

「まぁ、僕が君くらいの時も大変だったけどね。卒業論文とか」


 ココはまだ〝歩く〟という行為自体にも慣れが必要なようで、イチローの腕にがっしりとしがみついたまま、よたよたと進んでいた。ワープフェザーを使用したり、《竜翼》で飛んだりしていけば時間の短縮にはなるのだが、これはこのままのんびりと歩いていくことになりそうだ。

 メニーフィッシュから始まりの街を抜け、ヴィスピアーニャ平原に出る。見渡すばかりの大草原だ。この初心者向けのフィールドは、明日から実装されるイベントとは無関係であろうとされ、中堅層以上のプレイヤーはあまりうろついていない。結果として、衆目を気にする必要もなく、のんびりと進むことができた。


 ココは、目を丸くして周囲をきょろきょろと見渡している。思えば彼女も、こうした広い世界を目にするのは初めてかもしれない。基本、ココの行動範囲は、狭い部屋の中であったはずだ。


「こういうところを歩いてみて、どうだい」


 イチローがたずねると、ココはしばらくのラグの後にこう答える。


「来たことはない。懐かしい感じ」

「そうだね、僕も初めて来た時はそんな感じだった」


 柔らかい風が、ゆっくりと歩を進める彼らの髪を凪いでいく。澄み渡る空には大きな雲が流れていく。ここが脳の錯覚が引き起こした仮想世界だとは思えないほどに、雄大な光景だ。この件に関してキングは何も言ってこなかった。無言なだけで同意しているのか、あるいは、そうした感慨を抱いたことがないだけなのか、それはわからない。

 更にしばらく歩いていくと、不意に、目の前に角の生えたウサギが出現した。ココがびくりと肩を震わせ、驚く。が、すぐに感情は興味に変わった。平原特有の低レベルMOB、〝ホーンラビット〟。当然、現実世界には存在しない生命体である。初めて見る生き物と、ココは正面からにらみ合う。


 抜剣しようとしたキングを、イチローは片手で抑えた。少年は眉根にしわを寄せる。


「おっさん、言いたいことはわからねーでもねーけど、一応アレ、モンスターだよ。放っとくとココさんが攻撃される」

「でも、目の前であれを斬り殺したらココもショックだろう」


 なまじ可愛らしい外見をしているから処理に困る。

 ホーンラビットは、身を縮こませ、弾丸のような突撃を見舞う準備を整える。イチローとキングは目を見合わせた。視線の交錯。かわす言葉は一切なかったが、意思のやりとりはその一瞬だけで行われた。高度な共感性を持つ者同士、要するに変人同士の無言の合意が成立する。

 ホーンラビットが突撃を見舞う直前、イチローはココの名を呼んだ。彼女が振り向く、その瞬間、キングはXANの柄を握り、鋭く抜き放つ。構えを認識させて一瞬、《バッシュ》に高速化の効果を付与し、アクセルコートの効果と併用することで、おそらくゲーム中最大速度の擬似居合が成立した。


「ココ、あそこに山があるだろう。あれが僕たちが向かう場所だ。そこからもっと進んで、砂漠を超えて、最後は別の山につく。まぁ、ちょっと危険もあると思うけど」

「どのような危険?」

「強い猛獣がたくさんいる。僕とキングで君を守るけど」


 ココは一瞬だけ身をこわばらせたが、すぐに安堵のような表情に変わった。こちらを信頼してくれているのだろう。ならば、それに応じなければならないな。

 彼女が、再びホーンラビットと向かい合おうとすると、角が生えたウサギの姿はもうなかった。


「あぁ、いっちゃったよ」


 キングが答える。行っちゃったではなく逝っちゃったなのだが。ココはあからさまに落胆の表情を見せた。


「仕方がないさ。彼らだって気まぐれだからね」

「また会いたい」

「どうだろう」


 会話をしながら、再び一行が歩き始める。キングがどっと疲れたような顔をして、イチローにたずねる。


「ずっとこの方法でごまかすんじゃないだろうな」

「火山帯に入れば可愛い系のMOBはいないから、その必要もなくなるけどね」

「明日のイベント実装から、テイム要素が入ってモンスターをペットにできるらしいんだよなぁ……」

「それは1日遅かったなぁ」


 その後も、最強のプレイヤーと準・最強のプレイヤーは、合計4匹の低レベルMOBに対して、己が用いる最高のスキルとアーツを使用しなければならなかった。おかげさまで、ココは何のストレスも得ることなく、一行は火山帯に到着したのである。

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