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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ギルドスポンサー』編
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第六十八話 御曹司、飛ぶ(2)

 さもありなん。ここでマツナガが登場することに、大して意外性はない。あめしょーがワープフェザーをねだってきた時点で、彼らにイチローを足止めする意思があったのは確実だ。マツナガのことである。彼の思い描いたシナリオに、現時点ではツワブキ・イチローは必要ないということであろうか。

 周囲をぐるりと取り囲む、双頭の白蛇デュアル・サーペントのボウガン射撃部隊。グランドクエストの時、ダンジョンの最下層へ潜った時を思い出す。シチュエーションとしては、あの時とほぼ同じと思って良いだろう。違うことといえば、現在は処理落ちによる意図的なラグ利用が利用規約で禁止されてしまっている点か。彼らの放つ矢を全てかわして、上空へ逃れる術はない。


「いやぁ、申し訳ないねツワブキさん」


 頭を掻きながら、薄っぺらい笑みを浮かべてマツナガが言う。


「まぁ、あんたがこんなにあっさりノっかって来てくれるなんて思わなかったけど」


 あめしょーにワープフェザーを手渡したことか。イチローが断った場合に備えて、マツナガが他にどのような作戦を用意していたかは定かではない。どちらにしても、薄氷を踏むような計画だな、とは思った。もしもイチローが気まぐれを起こして、というよりは、気まぐれを起こさずに、ゲストIDでログインし直していれば、マツナガが周到に配置したボウガン射撃部隊も無意味なものになる。あるいは、それを見越した妨害計画も、彼の手の内であっただろうか。


 ま、なんであるにしても。


「特に断る理由もなかったからね」


 と、イチローはうそぶく。マツナガは目を細めた。


「へぇ。こうして妨害されるかもしれないっていうのにかい」

「ナンセンスだな。君たちの妨害は、〝断る理由〟にはカウントされないよ」


 挑発的な文句である。周囲の殺気が一段と増したように感じた。


「君たちがどれだけ策を巡らせようと、僕には関係ないことだ。あってもなくても変わらないから、ワープフェザーはあめしょーにあげた。っていうのじゃあ、だめかい」


 そう言って、イチローは右手首の腕時計を示した。ファッションショーの開幕までは30分ほど。飛ばせば十分間に合う距離である。ここに、マツナガ達の相手をする時間はカウントしていない。しょせんは誤差の範囲内であるからだ。

 イチローの本音を言えば、マツナガの用意したシナリオがどのようなものか、少し気になっていたというのはある。もしもワープフェザーでそのままメニーフィッシュに飛んでいたり、ゲストIDでログインし直したりしていれば、彼が何を思ってトラップを張り、イチローを待ち構えていたのか、分からずに終わってしまう。それはちょっと面白くない。台本が気に入ればいくらでも踊ってやるのは彼の信条であるが、それを吟味することもなく突き返すのは実にナンセンスだ。


「あんたらしい回答ですよ、ツワブキさん」


 マツナガは言った。


「でもこのまま先へ行かせるわけにはいかないですね。身体を張ってでも止めさせてもらいますよ」

「理由を聞いても良い?」

「構いませんけど、そんな大したもんじゃないからねぇ」


 あるいは、この会話自体が時間稼ぎの一環なのだろうか。だとすれば、既にイチローはマツナガの狙いにはまっていることになる。ま、考えすぎるのもナンセンスだ。好きにやるさ。


 マツナガの話は、そんなに長いものではなかった。要約すると実に簡単な話であって、イチローの登場によってショー自体が引っ掻き回されることに対する懸念である。グランドクエストの時と同じだ。あくまでもショーの主役は芙蓉とアイリスであるべきで、そこにイチローが登場し、自由に振舞うことで会場の注目をさらうのは好ましい話ではない。不確定要素であるイチローは、極力この場に押しとどめておきたい。

 おそらく、マツナガにはグランドクエストの時同様、ある程度思い描いたシナリオがあるはずだ。現状、イチローを含めたほぼすべてのキャストがそのシナリオに沿って動いている。アイリスのデザインや、そこから得られる反応までが織り込み済みであるかは、わからない。だが、マツナガの情報発信能力からすれば、ある程度は投票者の意識を操ることは可能であろう。そこに余計な水を差さないで欲しい、ということだろうか。


「なんだ、そんな話か」

「だから大したもんじゃないって言ったでしょうに。勝手にがっかりしないでくださいよ」


 言いつつ、マツナガは懐から数本の忍者シノビ専用ダガー〝クナイ〟を取り出した。戦闘に移るつもりらしい。


「そう難しく考えないでくださいよ。ツワブキさん、あんたを倒せるなんて思っちゃいませんしね。あんたを会場に行かせないってつもりでもないんだ。最後に一票入れるくらい許してあげますよ。ちょっと遊んでくれても良いでしょうに」

「ナンセンス」


 イチローはあくまでも片手をポケットに入れたまま、もう片方の手を広げるようにして言う。

 結局、マツナガのシナリオは不鮮明なままか。教えてくれれば、などという仮定もナンセンスだな。こういうのはねだるものじゃない。引き出すか、あるいは自分の頭で考えるものだ。マツナガがどのような筋書きで、どのように芙蓉を、あるいはアイリスを勝たせるつもりなのか。


「君の許しは必要ない。僕は僕のやりたいようにやるよ。そうだね、僕が退屈するまでは遊んであげよう。そこから先は知らないけどね」

「そりゃあ、どうも」


 マツナガは無造作にクナイを投擲する。直後、周囲を取り囲む射手アーチャー達が、一斉に引き金を引いた。全方位から放たれた矢が、まるで円を収束させるように殺到する。イチローは、矢尻が身体に触れようとするそのぎりぎりの瞬間まで、マツナガの想定について思索をを巡らせていた。





「一朗さんが、いらっしゃらない?」


 控え室で、準備と打ち合わせをするさなか、芙蓉は顔を上げて問いただした。彼女の視線の先には、入魂のデザインである衣装に身を包んだあめしょーが、鏡台の前でくるくると回っている。芙蓉が用意した無数のアクセサリーを装備メニューから選んで、つけたり、外したり。時折《視点変更》スキルによって自身の姿を俯瞰したりして、自らの好みにあったコーディネートを楽しんでいる、その真っ最中だった。

 石蕗一朗が、この会場に到着していない。集合の時点ではそうだったし、彼にも事情があるのだから、まぁ遅れて来るのだろうなと思っていた。だが、『来ない』というのは、いったいどうしたことだろうか。この戦い、少なくとも芙蓉にとっては、一朗が来なければ始まらないのだ。


「うん。今、マツナガが足止めちうー」


 ベレー帽の角度を入念に調整しながら、あめしょーが答える。

 と、言うことは、『来ない』のではなく、『来られない』ということではないか。それも、双頭の白蛇デュアル・サーペントによる意図的な妨害で。こんな話、聞かされていない。


「どういうことかしら、あめしょーさん」

「どういうことだろ。ぼくもわかんない」


 はぐらかすような物言いは、あまり愉快なものではなかった。芙蓉は微かないらだちを感じながら、再度、あめしょーに問いただす。


「あめしょーさん、わたくしが何を思ってこの対決に臨んでいるか、ご存知でしょう?」

「うん。好きなツワブキにソデにされたからマジおこなんだよね?」

「そ、え、ま、そ、そうですけれど……。そこに一朗さんがいらっしゃらなければ、意味はありませんわ」


 結局、一週間悩み抜いても、一朗が好きなデザインというものがどんなものなのか、芙蓉に理解することはできなかった。彼の眼鏡にかなう衣装とは、どんなものなのか。わからなかった。

 わからなかったからこそ、自身の感性のみを信じて、全身全霊をかけた一品を手がけたのである。これが芙蓉めぐみだ、と胸を張って言える衣装のデザインを施したのである。すべては、正しく評価してもらうためだ。もうこうなってしまった以上、石蕗一朗の好みに合うかどうかなど、気にしてはいられない。ただ、彼の本音さえ引き出せればそれで満足であるし、酷評であったとしても受け入れよう。もしも、少しでも『良いね』なんて、あるいは『悪くない』なんて言ってもらえたら。その時は、会場から一切の同意を得られなくたって構わないと、そう思っていた。


 思っていたのに。

 それすらも許してもらえないとは、どういうことだろうか。


「あのねフヨウ」


 あめしょーは、身だしなみのチェックにひと段落つけて、振り返った。


「ぼくもフヨウの気持ちはちょっとだけわかるよ。ちょっとだけね? でもフヨウには、まずツワブキのことなんか考えないで、目の前にいる相手のことを見て欲しいって思うかな」


 それが、アイリスのことを示しているのだということは、すぐに察しがついた。


「アイリスだって、この一週間、一生懸命だったと思うよ? フヨウに勝つために。ま、ぼくはフヨウが負けるわけないって思ってるけどにゃ。でも、フヨウはそんなアイリスの気持ちに正面から向き合ってあげるギムがあるんじゃない? ツワブキに、正面から見て欲しい、なんて、言う前にさ」


 なんて。いつになく真面目なことを言ったかと思えば。

 なんて、人の心を手玉に取るようなことを言うのだろう。この少女は。


 あめしょーの言葉は存外に飲み込みやすく、芙蓉の心にすっと浸透していった。同時に、一抹の悔しさのようなものを覚える。こんな、年端もいかぬよう少女に、見透かされてしまっているわけだ。自分の心は。自分だけではない、対戦相手であるアイリスの心も。


「最近のお子さんは、おませさんですのね……」

「あー、さすがにぼくの2倍も生きてるよーな人に言う台詞じゃなかったにゃー」

「わたくし、そんなに生きてません!」


 アラウンドサーティである以上誤差ではあるが。

 だが、あめしょーの言葉は、芙蓉の心中に立ち込めていたわだかまりを、この時ばかりは払拭してくれた。ショーの開始まであと10分。心の準備を整えるこのわずかな間、芙蓉は、戦いの切っ掛けとなった石蕗一朗のことを、完全に忘れることができた。

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