第六十五話 御曹司、出迎える
黒い突風が吹いた。
岩陰からの一直線、剣を掲げて砲弾のような着地である。そこから一瞬と待たず、得物を逆袈裟に振るう。もっとも手近にいたゆるふわ忍者が直撃をくらい、きりもみ回転しながら宙に浮かんだ。浮かび上がるダメージエフェクトの数値は、一介のプレイヤーが耐えきれるものではない。彼はそのまま、複数のオシャレアイテムを撒き散らしながら、光の粒子となって消える。サツバツ!
「あれは……」
ヨザクラは、驚愕する。半分は演技だったが、半分は素であった。
「キングキリヒト……!?」
本当にどこにでも出てくるな、と思った。そろそろ『黒い突風~キングキリヒトのテーマ~』という乱入用BGMも必要だろう。
ともあれ何の前触れもなく、突如降って湧いた救援である。まぁキングキリヒトの登場は毎回そんなものではあるのだが。相変わらず大量の砂塵エフェクトを撒き散らし、ゆらりと陽炎めいて立つその姿には貫禄があった。呆気に取られているのは、アイリスもエドワードも同じである。般若面に隠された忍者集団の顔はわからないが、マツナガの顔にも微かな驚きが浮かんでいた。それでも一応、聞いておく。
「マツナガさん、ここまであなたの仕込みですか?」
「いやぁ、冗談でしょ? 確かにドラマチックではありますけどね……」
言いながら、彼の表情がいつもの薄ら笑いに戻った。
「久しぶりじゃないか、キング。どこに行ってた?」
「おばあちゃんち」
そこで、キングキリヒトもようやく言葉を発する。
「そのあと一緒に尾瀬で二泊三日。まだ聞きたい?」
「いや結構。夏を満喫しているようで何よりだよ」
「尾瀬ですか。いいですねぇ。この時期ですとニッコウキスゲで黄色の絨毯でしょうかね」
黒衣の少年は、レジェンド武器であるXANを片手で下げ、周囲をぐるりと見渡した。とりあえず飛び込んではきたものの、状況がどういったものであるのか、測りあぐねている様子だ。それでも、多少の観察では理解が及ばないと見え、しばしの観察の後にこう言った。
「マツナガさん、今度は何してんの?」
「キングにはあまり関係ないことなんだけどねぇ」
「そう? じゃあ良いや。でもオレ、あんま弱い者イジメとか好きじゃねーから」
この言葉にあからさまなショックを受けているのはエドワードであった。キングの態度は殊勝であるし、実際分の悪い勝負ではあったが、『弱い者』呼ばわりされては、曲がりなりにもトッププレイヤーの一員である彼も浮かばれまい。とは言え、ありがたい救援であるのも事実であり、そこに口出しをしない程度には、エドワードも大人であった。
まぁほぼ何の因縁もなく、ほとんど『雰囲気作りのため』に攻撃されているような理不尽な状況である。準・最強のソロプレイヤーに助力を仰ぐくらいは、許されても良いだろう。流石に悪役ロールを心がけるだけあって、マツナガも物分りがいい。
「ここで多少見せ場を作ってから、ツワブキさんあたりが救援に来るだろうって手はずだったんだけどね……。せめてエドワードくらいは瀕死にしときたかったんですが」
「俺がいったい何をしたんだ」
「予定繰り上げの代わりに、オレはおっさんより弱いんだから、良いだろ」
おそらく本心からではないであろうセリフを、キングは平然と吐いてみせる。空気には再び緊張感が混じり、ゆるふわ忍者軍団はデコレート忍者刀を逆手に構えた。
「ちょちょ、ちょっと」
アイリスは、やや焦りながらも、キングの肩をつつく。
「なに」
「あんたが強いのは否定しないけど、こんだけの数を相手にして大丈夫なの?」
「あんた達を守ってお釣りが来る。怖いなら頭を抱えてうずくまってても良いよ」
アイリスの顔が悪鬼羅刹がごとく歪むのは、見ていてそれなりに楽しくはあった。
マツナガが再び指を鳴らし、ゆるふわ忍者軍団が駆け出した。円状の取り囲まれた四人。エドワードとキングキリヒトが、事実上半分ずつを負担する形になる。やや緊張した面持ちで迎撃態勢に移るエドワードとは対照的に、キングの態度はどこまでもふてぶてしかった。
エドワードはまず、その重装備を盾に一歩、二歩と前に出る。かつて、イチローの拳が易々と打ち砕いたフルプレートメイルではあるが、ゆるふわ忍者のデコ小刀ではそこそこダメージを切り取るので手一杯だ。至近距離から腹部に銃撃を叩き込み、双剣による連続攻撃アーツ《サーキュラーエッジ》で止めを差す。
キングはアクセルコートによる加速で更に素早く前へ出ると、下段構えからの逆袈裟《バッシュ》で、先頭を走るゆるふわ忍者を上方へカチ上げた。吹き飛ぶ薄桃色の人影。彼が落下するよりも早く2人目の頭部をめがけ、切り返すような《バッシュ》を放つ。ガードクラッシュ。受けてに回ったデコ小刀も虚しく、致死量のダメージによってゆるふわ忍者は四散する。PvPの緊張感など微塵もない鮮やかな剣さばき。最初にカチ上げた1人が落下する頃に、既にキングは3人目のゆるふわ忍者をその手にかけていた。
プレイヤー・キルのカウントがめまぐるしく上昇していく。が、キングはさして気にした風もなかった。エドワードが確実に一人倒す間に、彼はばったばったと三人ほどをなぎ倒し、1分も立たぬ間にゆるふわ忍者軍団は壊滅状態に陥った。スイーツ!
既に残るゆるふわ忍者は2人、マツナガを含めて3人。既に形勢逆転といったところか。足元には、デスペナによってドロップしたファッションセンスの残骸が、諸行無常とばかりに転がっている。やはり少し季節感を逸していたのがいただけなかったか。
「襲われたのはこっちだけど……なんか、申し訳なくなってくるわね」
「気にしないでください。PvPなんてそんなもんですよ。失くした装備や奪われた装備はきっちりギルドの運営資金で補填するので」
優良ギルドである。
だが敵対中である。エドワードが双剣、キングが直剣を構えて、マツナガ及びゆるふわ忍者を睨みつけていた。
「で、まだやんの?」
圧倒的実力差を見せつけた者のみに許される定型句を、キングが吐いた。
「一応、ツワブキさんにも挨拶をしておきたいんですがね……。この分だと、来てくれる前に全滅しそうだな……」
「挨拶するのに襲いかかる必要がどこにあんのよ」
アイリスが突っ込むと、マツナガは至極真剣な顔つきでこのようなことを言う。
「だって、これから勝負するってギルドのデザイナーを前にですよ。こう、ズバッと派手に登場したら……あとは流れで戦闘でしょう?」
「わかります」
「わからないわ」
「わかる」
「わかんねーよ」
反応は四者四様であった。
まぁ、この緊張感のない会話である。ひとまずこれで話は終わりか。ヨザクラやアイリスがほっと安堵したが、その直後、デコレート忍者刀を構えた2人のゆるふわ忍者が、疾風のごとく駆け出す。真夏の陽光を怪しく照り返し、彼らはもっとも油断を見せていたアイリスに狙いを定める。
しかしここでも、キングの反応は早かった。般若面のわずかな角度から、彼らの標的が誰であるかを素早く割り出し、その直線上に立つ。相手の小刀の軌道と、発動させるアーツまでを先読みしてから、迎撃のための《バッシュ》が間に合う。精緻な剣筋が、小刀のあいだを縫うようにして、まとめて二人のHPを削り取った。
あるいはそれも、彼らの計算のうちであったのかもしれない。体力がゼロになる直前、彼らのアバターは急激に光り輝き、まるで風船のように膨れ上がった。これは如何なる現象か。キングも目を見開く。瞬間、背後から頭を押さえつけられた。
「伏せろ!」
エドワードである。ヨザクラもまた、アイリスをかばうように地面に押し付けていた。
瞬間、轟音と閃光。相当量のダメージが衝撃波となって襲いかかる。咄嗟、押さえつけられたままのアイリスが《アルケミカルサークル》を発動させ、装備の防御修正を大幅にあげることで、被害は最小限に抑えられた。
忍者の最終手段アーツ《スーサイド・ボム》である。死して屍拾う者なし。使用後は、すべての所有・装備アイテムを、レアリティに関係なく永遠に失う、恐るべき秘奥義。相応の覚悟はある者のみに許された自爆技だ。見事な散りざまであった。ナムアミダブツ!
『やや物足りませんが、ここで失礼させていただきますよ』
風の中に、マツナガの声が響いた。これは如何なるアーツによるものか。この去り方のために残る二人に自爆をさせたのであればとんでもない話だが、実行する方も実行する方であると言える。
『キング! 後であんたは正式に招待しよう。審査員として!』
「何のことかわかんねーんだけど!」
『ふはははははは!!』
最後の笑い声は口で言っていた。楽しそうで何よりだな、とヨザクラは思った。残された一同には微妙な沈黙が落ちる。山道に転がった大量のゆるふわ愛され忍者装備が、事の凄惨さを物語っている。
これらの装備はドロップによって所有権が失われている。拾って自分のインベントリに突っ込むことも可能だ。タッチしてみると設定されたデータが閲覧できた。意外と性能が良い。この見た目で気配遮断効果があると言われても信じられないが。気配が遮断できてしまえば、それは既に愛され装備とは言えないのではないだろうか。
「え、えっと。助けてくれて、ありがとう……?」
「礼なんていらねーし」
アイリスの言葉に、キングはまともに取り合わない。彼女はキングの両肩をつかみ、ぐるっと反転させると、顔を近づけてもう一度言う。
「あ・り・が・と・う?」
「う、うん」
微笑ましい会話である。ヨザクラとエドワードはぬるめの笑顔で見守った。
「しかし、あの双頭の白蛇と、MiZUNOの組み合わせとはな」
エドワードは、再び得物を鞘に収めながらつぶやく。
「芙蓉さん、女の執念とか言っていましたけど、ここまでとはーって感じですね」
何も、マツナガと手を組むこともなかったのではないだろうか。彼も基本的には良い人なのだろうとは思うが、芙蓉と相性が良さそうな人間には思えないし。まぁそこはあめしょーもそうか。キャラの濃い2人のプレイヤーに翻弄されるようであれば、ちょっと同情を禁じえない。
双頭の白蛇の強みと言えば、その異様なまでに統率された無個性戦闘集団である。今回刃を交えた忍者部隊は、表向きにその存在が否定されている最強の精鋭部隊(という設定)であり、その他にもボウガンを用いた射撃部隊や、撮影・録音用アプリを備えた偵察部隊が存在する。この統率の下地は、これまた異様なまでに一貫したロールプレイへのこだわりでって、彼らもあれで結構楽しんではいるらしい。
彼らの活動を縁の下から支える偵察部隊は、ゲーム内のいたるところに網を張り、重要なゲーム内事件から非常にどうでもいい情報まで、あらゆるデータをマツナガのもとへ持ち帰る。あめしょーの交友関係と合わせれば、ナロファン内の情報戦において彼らに太刀打ちできる集団は存在しないだろう。ファッションデザイン対決を見越していたとすれば、妥当な組み合わせではあるのだが。
「宣伝も何もほっぽり出して、〝ガチで勝ちに来てる〟って感じよね」
「そうですね。マツナガさんのブログは読者も多いですし、投票に来るプレイヤーの意識操作もある程度はしてくるんでしょうね。芙蓉さんがどこまで容認しているかは知りませんけど」
女の執念の導き出す先が、『アイリスを打ち負かすこと』なのか『御曹司の価値観をへし折ること』なのか。あるいはもっと単純に『御曹司に認めてもらうこと』なのか。結局、芙蓉の本心の肝心な部分は見透かせないままではある。
「で、それって何の話なの?」
いまいち状況を理解していないキングがぼんやりとたずねた。
「あー、どっから説明すれば良いのかしらねー」
「めんどくさいなら別に良いけど」
「ま、簡単にお話するとですね、」
ヨザクラは、かくかくしかじかで簡潔に済ませる。話を聞いて、キングキリヒトは眉間にしわを寄せた。
「ファッションとか、どうでもよくない?」
「まー、あんたみたいなセンスの欠片もない黒ずくめにはそうかもねー」
「………」
ザ・キリヒツが聞けば発狂待ったなしのセリフを、アイリスは平然と吐き捨てる。別にキングキリヒトはDFOの主人公のマネをしているわけではないのだが、この台詞はそれなりに彼の心を抉ったようであった。さすがに天性の煽り屋は相手の急所を心得ている。
とは言え、1年近くに及ぶ廃人生活はキングのメンタリティを鋼と鍛え上げていた。受けたダメージを大して表面化させず、彼は次の疑問を口にした。
「審査員って、ひょっとしてそれのこと?」
「そうでしょうね。前から思ってましたが、キングはマツナガさんとフレンドなのですか?」
「オレ、誰もフレンド登録してないから」
聞きようによっては同情を誘う文句ではある。
「ただ、マツナガさんは用があると、オレがどこにいても見つけて来るんだよ。ストーカーなんじゃないかって思う」
「今回も俺たちを待ち伏せしていたし、いろんなところにアンテナがあるんだろうな」
あるいは、この状況すらも既にどこかに潜んだ偵察員がじっと眺めているのだとすれば、あまり気分の良い話ではない。良い話ではないので、そのへんの話は早々に打ち切った。キングはヨザクラをちらりと見たあと『あんた、おっさんのとこの騎士?』と聞き、彼女が『そうですが』と答えると『男なの? 女なの?』と追及してきた。アイリス以外は割と普通に『あ、やっぱ女だったんだ』と返してくるばかりだったので、ヨザクラとしてもこの反応は実に新鮮であった。もちろん騙すのもかわいそうなので正直に答えた。
「じゃあ、オレ、行くから」
話題の途切れ目に、キングはすかさずそう言った。
「そういえば通りすがりでしたね。お時間を取らせてすいませんでした」
「うん」
ヨザクラが言うと、キングは軽く頷いて、そのまま山道を下って行ってしまった。マイペースな少年である。その背中が見えなくなる頃になって、アイリスはぽつりと言った。
「マツナガさん、本気でキングを審査員に呼ぶつもりなのかしら」
「さぁ。まぁ話題にはなるでしょうね。彼が来るとは思えないんですけど」
審査員といっても、投票権がすべての来場者にある以上は、お飾りのようなものである。審査員本人に複数票分の権限があるならともかく、だが、キングの場合は買収に応じるタイプでもないだろうし、まぁ公平なチョイスではあるかもしれない。
ただ、キングが審査員に招待されたとして、出席してくれるかというと、まぁそうでもないだろう。ヨザクラの指摘通りである。基本的に彼は攻略とレベルアップにしか興味がなさそうだし。
「ま、いーわ」
アイリスは、両手を腰にやり、胸を張る形で言った。
「グラスゴバラに戻りましょ。リフレッシュもできたし」
「イチロー様とも顔を合わせられそうですか?」
「当然でしょ」
いつもの勝気な表情に戻って、ふん、と鼻を鳴らす。
「もう御曹司に余計なことは言わせないわよ。弱気になるのもナシ。逃げ腰にだってならないわ」
「ん、それは結構」
「ぎゃああああああ」
いつの間にかその御曹司が背後に立っていたのだから、アイリスだって飛び退こうというものである。ヨザクラは、実に慣れた仕草で恭しく頭を下げ、『ご足労いただきまして恐縮です。イチロー様』と言葉を発した。エドワードは黙っていた。彼は言葉を発さないと本当に表情がわからない。
まさしく御曹司。まさしくツワブキ・イチローである。レイディアントモルフォのジャケットをシックに着こなし、胸元に蝶のブローチをつけたドラゴネット。徒歩で来たのか、途中までは飛んで来たのかわからないが、実に満足そうな笑顔を浮かべて、涼やかに立っている。
「おっ、おおっ、御曹司っ! いつからいたの!」
「今だけど。道を歩いていたらキングの背中は見えたかな。少し前までギルドメンバーの欄に戦闘アイコンがついてたけど、窮地は切り抜けたみたいだね」
飄々と言ってのけながら見渡し、イチローは山道に転がるゆるふわ忍者装備を手に取った。
「マツナガか」
「よくそんなギンガムチェックの帷子でわかるわね」
「予想はついていたからね」
相変わらず先見の明があることね、慧眼って奴かしら。などと、皮肉たっぷりに言ってやろうかと思ったが、なにせイチローである。『まぁね』などと本気で言うことは容易に想像がついたので、その煽り文句は飲み込んでおいた。
「アイリスも元気になったようで何よりだ。謝りはしないけど、少し心配はしていたよ」
「だったらもっとそれらしい態度を見せなさいよ」
「十分それらしいと思うんだけど」
どこがだ。
御曹司のふてぶてしさにいちいち突っ込もうとは思わない。そんなヒマなことをしているくらいなら、新しい防具のデザインだ。少し前のエドワードとの会話を反芻する。ファッション性だけにこだわらず、しかし自分のセンスを保ったままの防具デザイン。今の自分のレベルであれば、機能性だってばっちり確保できる。
ヨザクラに似合う新しい防具を、今度こそ仕上げてやるのだ。
「御曹司、やるわよあたし。東京ガールズコレクションには出せなくても、こう、ナロファンプレイヤーのハートをガチッと掴んだ防具デザインって奴を」
「ん、結構」
御曹司の頷きには、実に嬉しそうな感情がこもっている。
「実は、そう言うだろうと思っていてね」
「は?」
「アイリスブランドのスポンサーを探偵社にしたと言っただろう。アイテムの審査が通って、実装されたところなんだ。はい、これ」
イチローは、アイテムインベントリからひとつのアイテムをオブジェクト化して、アイリスに手渡した。紙束のようである。何がなんだかわからないまま手渡され、束の表紙を見てみると『調査報告書』と書いてあった。
中にはなんらかの統計とグラフが、如何にも『それらしく』記載されている。何かと思えばそれは、ログイン中のプレイヤーの興味が、何に向けられているか、というものであった。多くのプレイヤーは実装されたばかりの新要素が気になっていると数値が示し、続いて、実質的にポニー社へと切り替わったナロファン運営の今後、最終章が公開中であるDFOの映画などがある。中に『アイリスブランドとMiZUNOのデザイン対決』が存在したが、全体の15%程度に過ぎない。
「彼らはデザイン勝負そのものに、そんなに興味はない。今回の件も、僕たちが渦中になって起きたお祭り騒ぎのひとつだという認識だよ。アクティブユーザーの興味を15%も引けていれば大したものだけど、」
「やっぱり普通にアパレルデザインやるだけじゃダメってことよね」
「そういうこと。僕は基本的にアイリスのデザインは好きだから、もう少しのびのびとやっても良いと思うんだけどね。でもまぁ、任せるよ。そこも含めて、デザイナーは君で、決めるのも君だ」
アイリスはしばらく書類とにらめっこし、ふんふんと頷いていたが、ふと顔を上げた。
「これがTSS探偵社……だっけ。そのゲーム内アイテムなの?」
「〝聞き込み調査〟ってアイテムだよ。このゲーム、プレイヤーの無意識からいろんなデータを読み込む機能があってね。そこにアンケートをとってもらうようにした。で、集計が終わると報告書ができる」
他にも〝尾行〟とか〝裏付け調査〟とか、実に探偵社らしい(陰湿な)アイテムが多いらしい。
「集合知集積システムは特許とかも絡むから、審査を通すのにライセンス料とかもかかったんだけど」
「い、いくらしたの?」
「それを聞くと楽しめないんじゃないかなぁ」
いつもの涼やかな態度で微笑むイチローである。言うことはもっともなので、追及は避けた。
しかし便利なアイテムだわ。渡りに船じゃない。アイリスは思う。だからこそ御曹司もわざわざ報告書にまとめてくれたのだろうが、市場調査にぴったりである。勝ち目が出てきた、とまでは思わない。だが、展望は開けた。方向性に一筋の光が差す。
「まぁ、スポンサーアイテムだから好きに使ってくれて構わないけどね。君らしいデザインを期待するよ」
「うん、任せて」
アイリスは、自信たっぷりに頷いてみせた。
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× 先見の目
○ 先見の明




