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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ギルドスポンサー』編
66/118

第六十四話 御曹司、出番をハブられる

 結局、御曹司の待つギルドハウスへおめおめと帰る気にもなれず、アイリスはヨザクラのレベル上げを手伝うことにした。フレンドメッセージを受けたエドワードが飛んできたのも、理由のひとつではある。本当に文字通り飛んできたのだ。今回のアップデートで追加されたマシンナーの種族スキル《ロケットブースター》の効果であった。

 ヨザクラのレベルは5。本来であればグラスゴバラに出入りできるようなレベルではない。彼女もワープフェザーで始まりの街と行き来しては、地道な成長作業繰り返してきたわけであるが、成長プランとしては低レベル帯のうちに、ヴォルガンドのリザードマン道場に通っておきたいとのことだった。


「聞けば、イチロー様もレベルの低い頃は、我が父と共にリザードマン討伐に明け暮れたとか」

「お父さん?」

「キルシュヴァッサーのことですよ」


 そういう設定らしい。そのお父さんは今やカネの暗黒面に堕ちているわけだが。


 さて、結論から言えば、アイリスはレベル上げの手伝いを大いに楽しんだ。やはりナローファンタジー・オンラインは、戦闘に大きなウェイトを割いたゲームである。ほとんどの要素は最終的に戦闘に帰結するし、趣向の凝らされたギミックも多い。ビジュアルエフェクトだって迫力は満点だ。昨日もそうであったが、ミライヴギアの体感ドライブ機能をフルに使用するのは、臨場感あふれる戦闘演出である。部屋にこもってデザインに四苦八苦していた身として、これは実に新鮮だ。

 躍動感たっぷりに襲いかかるリザードマン達には、それなりに原始的な恐怖も伴ったが、アイリスもレベルは十分である。落ち着いて対処すれば何の問題もなかった。何より、ちょっと危なくなると攻撃を遠慮していたエドワードがサッと前に出て、双剣を振りかざしバッサリと決着をつけてしまうのである。やや緊張感に欠けたが、同時にストレスもなかった。


「アイリス、今です! 今! さっき取得したやつ!」

「えっ、あっ! わぁっ!」


 攻撃魔法アーツにまで手を伸ばしてしまう始末だった。初級風属性魔法《ウィンドカッター》。《アルケミカルサークル》との併用によって威力を叩き上げ、既に満身創痍であるリザードマンビッグボディにトドメをさした。


「お見事です」

「ビッグボディ倒して上がるのは筋力だから、錬金術師アルケミストには旨みがない気もするんだが」

「この場でそういうこと言う?」


 ヨザクラは定期的に無料アプリのメモ帳を開いては、成長プランとにらめっこし次に倒したいMOBの名前を挙げる。そのMOBが出現しやすいフィールドへとちまちま移動を繰り返しては、道中出現する敵をなぎ倒していくといった具合だ。アイリスの役割は、ポーションを投げての戦闘中の回復や、《アルケミカルサークル》によるアイテム性能の一時強化。時折攻撃に参加する。

 ヨザクラはショートソードという、おおよそ従者サーヴァントにも偶像アイドルにも似つかわしくない武器を振りかざして、果敢に前線へ飛び込んでいった。ブラウスにスキニーパンツという出で立ちが余計にギャップを際立たせる。異質感で言えば、フォーマルスーツで大型MOBを手玉に取るイチローよりも上だ。


「何かエクストラクラスでも取るつもりなのか?」

「えぇ、まぁ。アニバーサリィパックで取得難易度も落ちてますしね」


 エドワードの問いに、ヨザクラはテキストファイルを睨みつけたまま答える。


銃士ガンナーを取得して、2丁拳銃を振り回すメイドも良いと思ったんですが……。どのみち《ガンスミス》は鍛冶師ブラックスミス専用アーツですからね。鍛冶師はキャライメージに合いませんし」

「銃は強武器だが、苦労に見合うほどかというとそうでもないぞ」

「御曹司に素手で銃弾止められるくらいだしね」

「この場でそういうこと言うのか?」


 以前、御曹司イチローにボッコボコにされたエドワードではあるが、上位層に食い込むという実力はやはり本物で、《隠し腕》から放つ《クイックドロウ》にも技量の衰えは見えない。前線に斬り込みすぎて、後衛の守りが薄くなったかと思いきや、アイリスにバックアタックをしかけるMOBに射撃攻撃をかますなどして、まぁ大層な活躍ぶりであった。さすがに七把一絡げのキリヒツとは違うということか。

 バランスが良いパーティとは到底言えなかったが、基本性能の高いエドワードのおかげで多少なりともムチャな行軍が許された。昨日は前衛職にユーリがいたし、パーティバランス自体も取れていたので、優等生的なクエストのこなし方ではあったのだが。これはこれでなかなか楽しい。


 しばらくした頃に、ヨザクラは自身のステータス画面を見ながら言った。


「お、もう大丈夫です。お2人とも、お手伝いいただきましてありがとうございます」

「あ、もう出た?」

「はい。あとは始まりの街でクラスの追加取得をするだけですねー」


 まだそう大して時間は経っていないはずなのだが、もう何かしらのエクストラクラスを取れるようになっているのか。取得条件が緩和されているというのは事実らしい。アイリスは、そこで何を取得するつもりであるのかは、あえて聞かないことにしておいた。ヨザクラとしてもサプライズ的に公開したいというのは、あるのだろうし。


「ん~っ!」


 アイリスは大きく伸びをした。


「楽しかったですか?」

「うん。気分転換にはなったわ。ありがと」

「それは結構なことです」


 エドワードも、双剣や銃をしまいながらしばらくは口を閉ざしていたが、ふと、このようなことを口にした。


「まぁ、ゲームだからな。楽しくないといけない」

「んっ?」


 何か特別な主張でもあるのだろうかと、アイリスは聞きなおす。


「真剣に取り組むのは良いことだと思う。が、それで楽しくできなくなったら本末転倒だということだ。ツワブキさんくらい自由になれと言うつもりはないが、なんだろうな。初心を忘れないで欲しいし、このゲームの楽しさがどこにあるのかとかも、忘れないで欲しい」


 相変わらずマシンナーの声には抑揚が少なく、平易な感情表現からはその言葉の本質を読み取りにくい。

 だが、それは以前、真剣に取り組みすぎたあまり、ゲームを楽しめなくなっていた男の言葉なのだろうと、アイリスは察することができた。同じ轍を踏んで欲しくはないという老婆心である。ヨザクラも、ここでエドワードがこんなことを言うとは予想外だったようで、少し驚いたような顔をしていた。

 エドワードは更に言葉を続けた。


「ファッションとかオシャレとかも大事だが、そこにこだわりすぎるのもなんか違う気がする。俺が装備の性能とか《製鉄》のスキルレベルとかにこだわりすぎたのと同じだよ。ツワブキさんが気に入ったのはそういうところだけじゃないと思うんだけど。プレタポルテとか、リアルクローズとか、言うけどさ。俺達がこのゲームの中で作るのはどっちでもない。防具だ」


 次から次へと言葉が出てくる。彼がこのようなことを言ってくるとは、本当に意外ではあった。


「あー……。俺、余計なことを言った?」

「ん……んーん。そんなことないわ」


 アイリスは、少し混乱する頭で、時間をかけながら彼の言葉を反芻する。

 初心。ゲームの楽しさ。こだわりすぎ。そのいずれの単語もが、彼女にここ半年近くの記憶をたどらせる。専修学校生、杜若あいりの挫折と現実逃避。飛び込んだゲームの世界。出会った友人。たどり着いたグラスゴバラの街。

 オリジナルデザインのアイテムを作れると知った時の衝撃と、興奮と言ったら。日々、お小遣いを削ってまで、露店にいろんなアクセサリーを出す日々であった。でも売れない。評価してもらえない。再び腐りかけていた頃に、今度は御曹司に会ったのだ。出会い頭から、彼は嫌な奴だった。

 彼は『僕の防具を作ってみる気はない?』と言っていた。『1からデザインしたものが欲しい』とも。それを理解できないエドワードに突っかかられて、よくわからない喧嘩を売られた。今回の芙蓉と同じだ。でも、


「う、う~ん」

「どうかしましたか、アイリス」

「いや、いろいろ考えてみて、冷静になってみたら、そうよねって言うか……。あー、なんかあたし、視野が狭かったなぁ……」


 少し遠くに視線をやりながら、アイリスはつぶやく。


「あたしも芙蓉さんも、ファッションがどうとか、デザインがどうとか、言ってたけど。それ結局、自分が生きてる世界だけでの話よね。ここはゲームの世界だわ。ファッションセンスとかデザインセンスとか、そんなもの指標のひとつであって、全部じゃないわよね。御曹司が気負うなって言ったのもそのあたりなのかしら」

「イチロー様がそこまで深くお考えになったとは思いませんが」

「そーね」


 何より、今回の勝負、評価をするのはプロのデザイナーでも外部の審査員でも、もちろん御曹司などでもない。一般プレイヤー達であるはずだ。もちろん、芙蓉のデザインセンスであれば、彼らの心だって揺さぶることができるだろう。だがそれは、あくまでもツールのひとつでしかない。

 自分には彼女にない強みがある。このゲームの楽しさを知っているということだ。いろんなプレイヤーが、いろんな楽しみ方をしていることを、知っているということだ。その楽しみ方の数だけ、防具の好みがあるということでもある。御曹司は、そこにアイリスのデザインセンスを求めてきた。だが、多くのプレイヤーはきっとそうではない。


 自分はおカネガルトをもらって防具を作る。このゲームの中では自分もプロだ。

 プロならプロらしい仕事をする。細分化された大衆の好みと、自身のデザインセンスをすりあわせて、完璧なラインを見つけ出す。それは自分にしか出来ないことのはずだ。あくまでもリアルクローズにこだわる芙蓉や、仕事として売ることを考えない御曹司にできることではない。


「ねぇ、エドワードさん。エドワードさんはどんな防具が好き?」

「俺は知っての通り性能で選ぶ。あまり参考にはならないと思う。まぁ見た目ではフルプレートメイルが好きだな。あとはパワードスーツみたいなものとか」


 いや、きっと性能だって大事だ。現実世界でのファッションにだって、『機能性』という言葉がある。洗練された見た目と、防具の性能がカッチリ噛み合ったものが作れたら、それだってきっとひとつの『オシャレ』だと思う。


「まぁ、いろんな好みの方がいますからね。あちらとか」


 ヨザクラが示す方向には、ヴォルガンド火山帯を連なって歩く、奇妙な法衣の集団があった。

 法衣。正確に言えば袈裟である。手には錫杖を持ち、しゃん、しゃん、という音を鳴らしながら、火山帯の山道を歩く。彼らは一様に顔を覆うほどの編笠をかぶっており、その顔を読み取ることはできない。まるで虚無僧だ。

 確かに、この話題のさなか、いろんな好みがあると実感させられる光景ではある。


「あんな防具あるの?」

「一応、聖職者アコライトの専用防具に仏教イメージのアイテムがありますよ」

「基本、キワモノだけどな。今回のアプデで専用じゃなくなったくらいには人気がない」


 そんなものを好んで着るとは、やはり蓼食う虫も好き好きという奴なのか。

 虚無僧の集団は、そのままアイリス達の脇を通り過ぎていくかと思いきや、幽鬼のような足取りで方向を変え、じわじわと周囲を練り歩く。ふと怪訝に思ったときには、10数人ほどいたであろう虚無僧は、いつの間にかその全員が、彼らの周囲を取り囲みかけていた。


「え、な、なに……? ちょっと怖いんだけど……」


 虚無僧達に言葉はない。エドワードは、再び双剣を構え、威嚇とともに臨戦態勢に入った。

 虚無僧の集団は、一様に錫杖を大地につき、空いた手で編笠の縁を取る。次の瞬間、『ばばっ!』という大げさなアクションとともに、編笠が宙へ、ついで彼らのまとっていた袈裟さえもが放り投げられる。その後、目の前にはアイリスたちが驚愕するような光景が広がっていた。


 法衣を脱ぎ捨てた虚無僧達。彼らは決して普化宗に名を連ねる半僧半俗の存在などではなかった(当然である)。鎖帷子に忍装束。足には足袋と草履を履き、顔を般若面で覆い隠した怪異の集団である。エドワードは、その存在を確認するにつけ、低い声でうなった。


「まさか、双頭の白蛇デュアル・サーペントの忍者部隊……! 実在していたのか……!?」

「それは良いんですが、なんなんですか彼らの装いは」


 それは、まさしく目も覆わんばかりの惨状というにほかならなかった。

 黒か、よりリアリティを追求するならば暗い朱というのが忍び装束の定石である。だが彼らは違った。今年の流行に合わせた花柄のニッカボッカを粋に着こなし、さわやかな春らしさ(もう夏である)を演出しつつ、カジュアルすぎないスタイリッシュさを醸し出している。あわせてコーディネートされた帷子は薄い桃色のギンガムチェック。柄on柄でオシャレさを損なわない、なんたるニンジャファッション性! 般若面の角にはこれまた小粋な花飾りがアレンジされていた。ユルフワ!

 この配色。このコーディネート。間違いない。芙蓉めぐみである。


「な、なんてオシャレなの……!」

「オシャレですけどセンスはありませんねぇ……」

「防具のデザインは苦手と見えるな」


 三者三様の反応を示す中、ゆるふわ忍者軍団の間から、ひとりのエルフが姿を見せる。


「やぁ、みなさん。どうも」

「マツナガさん……」


 どんなエレガント防具を着てきてくれるのかと思いきや、彼はいつもの忍び装束にハイドコートであった。ずるい。彼はいつもの薄ら笑いを浮かべて、このようなことを言った。


「俺もそろそろ挨拶に来なくちゃと思いましてねぇ」

「芙蓉さんは、双頭の白蛇デュアル・サーペントと手を組んだのですか……」

「そういうことですよ」


 マツナガが片手をあげると、ゆるふわ忍者軍団がザッと忍者刀を構える。ビーズによってデコレートされた、これまた小粋なオシャレアイテムであるが、その剣呑さまでは隠しきれていない。さすがにアイリスはギョッとして、エドワードとヨザクラがそれを守るように前後に立った。


「さ、さすがに戦う必要はないんじゃない?」

「おっと、気づきましたか。このまま雰囲気で押し切ろうと思っていたんですけどねぇ」


 雰囲気で高レベル忍者シノビ集団に襲いかかられてはたまったものではない。


「まぁ、ここいらで正式に挨拶しときましょう。ファッションブランド〝MiZUNO〟は、この度俺たち〝双頭の白蛇デュアル・サーペント〟のギルドスポンサーとなりましてね。あめしょーさんも一時的にウチに入っていただきましたよ」

「よりによって……なんてギルドのスポンサーについてるのよ、芙蓉さんは」

「それほど本気ということです。あんた達に勝つためなら俺たちのようなゲス野郎とも手を組む……。芙蓉さんの覚悟がおわかりになるんじゃないですか」


 さすがに手段を選ばなすぎな気もするが、どうか。ブランドイメージを維持するためのギルドスポンサー制度で、悪役ロールを楽しむギルドのスポンサーについては本末転倒である。実際問題として、彼らはこうしてこの場でこちらに襲いかかろうとしたわけであるし。

 いや、まだやる気だ。ゆるふわ忍者軍団がデコレート忍者刀を構えたままなのを見て、アイリスは確信した。さすがにデスペナにまで追い込んでくることはないと思うが、相手はこちらとやりあうつもりでいる。


「女の子2人を、よってたかってですか……。悪役ですね」

「悪役ですからねぇ。まぁエドワードもいるけどね。なに、命まで取りはしませんよ。ちょっと遊びに付き合ってもらうくらい、いいでしょう?」


 言って、マツナガはパチンと指を鳴らした。瞬間、ゆるふわ忍者軍団はデコレート忍者刀を構えて走り出す。エドワードは、即座に《隠し腕》からの《クイックドロウ》で最初の迎撃を行う。乾いた音が鳴り、忍者軍団の一人がダメージエフェクトを散らす。が、動きを止めるには至らない。

 エドワードは舌打ちをし、双剣を抜いた。ヨザクラもショートソードを構えるが、レベル差は圧倒的である。忍者軍団も、ここで接待プレイを行うつもりは毛頭ないようであった。アイリスも、覚悟を決めて拳を握った、


 その時である。





「ツモ、九蓮宝燈」


 イチローが牌を開けると、ずらりと並ぶ一から九までの萬子。見事な純正九蓮宝燈である。和了ったら死ぬとまで言われるこの役満をイチローが披露するのは、彼らが卓を囲み始めてから既に4回目であった。ストロガノフがテーブルを叩く。


「またか、またツワブキか!」

「やるだけ無駄じゃねぇのか。四暗刻のセルゲイ」


 怒りを露わにするストロガノフを前に、イチローの態度は飄々としたものだった。腕時計の盤面を確認してから、席を立つ。


「じゃあ約束通り僕は抜けさせてもらう。流石にアイリスの帰りが遅いからね。迎えに行ってこよう」

「俺は何のために呼ばれたんだ」


 ゴルゴンゾーラがぼやいた。

9/11


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× エドワードとアイリスがそれを守るように前後に立った

○ エドワードとヨザクラがそれを守るように前後に立った

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