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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ギルドスポンサー』編
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第五十七話 御曹司、セレモニーに参加する(2)

 いったい何を言われたのだろう、と思った。

 芙蓉が大したことない、と言ったのは、いったい何のことだろう。少し遅れて、理解が追いつく。あぁ、自分のデザインセンスのことだ。そんなこと、じゅうぶんわかっている。それも、芙蓉めぐみと比べられたんじゃ溜まらない。学校での、デザイン関係の成績だって、そんなに高いほうじゃない。わかっている。わかっているのに。


 そんなわかりきったこと、言わなくたって良いじゃない。

 後ろめたさと恥ずかしさ、あとは憤りのないまぜになった感情が心の傷口から噴出して、言葉がうまく出せなくなった。相手を睨みつけることも、かといって背中を向けて逃げ出すこともできずに、口をぱくぱくと動かすだけだ。

 そんなアイリスの姿を見るにつけ、芙蓉の態度はどうであるのか。結論から言えば微笑であった。穏やかで揺るがない笑顔。嗜虐心を満足させるでも、勝ち誇るでも、嘲るでもない。残酷な現実を口にしたばかりの女性には、似つかわしくない立ち姿だ。だが、心の中はどうか。きっと見下している、と、アイリスは思った。


「お気に障ったのならごめんなさい」


 白々しいことを平然と言う。


「でもね、アイリスさん。私、気になってましたのよ? あの・・石蕗一朗さんがお気に召したデザインですもの。ひょっとしたら、光るものでもあるのかもしれない、と思いましたの」


 ツワブキ・イチロー、また御曹司か。毎回毎回、厄介事しか運んでこないんだから。ぼうっとした頭でも、一朗への恨み言は忘れない。


「ですけれど、」


 ああ、ダメ。そこから先は言わないで欲しい。

 次に出てくる言葉なんて、アイリスにも想像ができる。でも、さすがにこれは酷いんじゃないの? 芙蓉めぐみは憧れのデザイナーだったのに。その彼女にこれを言わせるの?


「あなた、」


 わかっている。わかっているから言わないで。

 アイリスの目が開き、鼓動が早くなる。浮かれていたから? ツギハギの、取るに足らない、大したことのないデザインを友人に褒められて、舞い上がっていたから? センスのない自分が調子に乗った罰だとしても、これは残酷すぎやしないだろうか。


「才能が、」


 やめて。


「おい、そこまでにしておけよ」


 不意に割って入ったのは、抑揚の少ない男性の声だった。戸口に立つ芙蓉の後ろ、明かりを遮るようにして長身の男が姿を見せる。逆光で表情はわかりにくい。やや細身の身体にぴったり沿うようなプレートメイルを身にまとっていた。

 突然言葉を遮られ、二の句がつげない芙蓉である。言葉が出ないのはアイリスも同様で、ユーリ達もあっけにとられている。なんでこの人が、と、アイリスは思った。


「女の子を捕まえて、大の大人が嫉妬するな。お里が知れるし、見ていて格好良いもんじゃあない」


 壮絶なブーメランだわ。

 アイリスは混乱する頭で、なんとかそれだけ思考することができた。天性の煽り屋としての本性が垣間見える。

 相手を攻撃すると同時に自分をも直撃する発言であるのは、男の方も自覚しているのだろう。選択種族故に感情がにじまない声質だが、どこか自分の内面から目をそらすような、気恥かしさが透けていた。


「……私が、嫉妬してるっておっしゃるの?」

「気づいてないのか。まぁ気づかないか」


 機械人種マシンナーの男は、ひとり納得したように頷く。


「冷静になれていないから、今日は帰ったほうがいい。ツワブキさんがいない時にやってくる時点で器が小さいんだよ。名前が青色で、いま会場にいないってことは、ギルドスポンサー用のゲストIDなんだろう。下手なことをするとブランドイメージを下げるぞ」


 決して早口ではなく、むしろ陰気でゆっくりとした喋り方ではあったが、まくし立てるような印象があった。

 芙蓉は、怒りや羞恥に顔を歪ませたりはしなかった。上品な笑顔を浮かべたままである。もしもこれが現実であれば、青筋のひとつやふたつ浮かんでいたのかもしれないが、そこまで精緻な感情表現性能は、このゲームには備わっていない。技術陣の今後の課題であろう。

 ひとまず芙蓉は、このように言った。


「ご忠告、感謝いたしますわ。えぇと、エドワードさん、ね?」

「あぁ」


 頭上に浮かんだアバターネームに目を走らせての、発言。機械人種マシンナー鍛冶師ブラックスミスエドワードは、以前とまったく変わらない陰鬱そうな喋り方で、短く頷く。

 次に芙蓉が視線をアイリスへと移した。身体がこわばる。汗が吹き出したりはしないのだが、やはり心臓がびくんと飛び跳ねるのだけは、抑えようがなかった。次に何を言われるのだろうかと思えば、自然に身構える。


「大人気ないことをいたしましたわね、アイリスさん。でもあなたの実力はだいたいわかりましたし、次は石蕗さんのいるときに、大手を振ってお邪魔させていただきますわ」

「う……あ……、はい……」


 そう応じるのが精一杯であった。


「では、ごきげんよう」


 芙蓉めぐみ、去り際まで優雅である。ファッションモデルのような後ろ姿だ。彼女の姿が見えなくなると、アイリスの現金な本性は、その感情の中から、ふつふつと煮えたぎる怒りだけを抽出し始める。恐れと恥ずかしさが徐々に消え失せて、真っ赤な憤りが脳内を塗りつぶしていった。


「な、なんなのよっ……!」


 とりあえず最初のひとことはそれである。


「なんなのよアレはっ!!」

「芙蓉めぐみでしょ」

「今をときめくアパレルデザイナーなんやろ」

「時代の寵児なんでしょ」


 かつてのギルド仲間たちから冷静なツッコミを頂戴してしまう始末であった。

 わかっている。わかっているけど! あんな嫌な人だとは思わなかった! フツー、言う!? わかっていても言う!? 明らかに格下の相手に対して『大したことありませんのね』だなんて、言う!? ゲンメツしたわ! サイテーよ! 勝手に喧嘩売って帰って行っちゃって! まぁチキン丸出しで喧嘩を買わなかったのはあたしなんだけどね!

 とまぁ、アイリスの感情はそんなところである。萎縮が解けてしまえばこんなものだ。実際、良い性格をしていた。ただ、もしも芙蓉があの時、『才能が』の続きを言っていたとすれば、もう少しダメージは深刻であっただろう。傷口はまだソフトだ。バンソーコーを貼れば立ち直れるレベルである。


「1ヶ月前の俺を見ているようで非常に気分が悪い」


 エドワードも腕を組んで何やらしたり顔を作っていた。そう、エドワードだ。


「あ、エドワードさん、ありがと」


 ここは素直に感謝をしなければなるまい。彼の介入で傷口を掻き回されずに済んだわけであるし。と、頭を下げるのだが、エドワードの方は、何やら頭を掻いて気まずそうにしている。そういえば、彼はいったい何をしに来たのだろう。戸口は開いたままだったので、外から中の様子は見えたのだろうが、それでもわざわざここに来るつもりがなければ、気がつかないのではないだろうか。


「うちに何か用なの?」

「いや……その、あんたに謝っておこうと思って……」

「は?」


 謝るって、何を。何かされた? いや待てよ、ひょっとして、初めて会ったときのいざこざか?


「なんだっていまこのタイミングで……」

「このタイミングならツワブキさんが確実にいないだろうと思ってだな……」

「御曹司の前であたしに謝りたくなかったの?」

「そう」


 アイリスは思わず本音を口にした。


「小さっ」

「わかってるよ! あの時はどうもすみませんでした!」

「良いわ、許す! これで手打ちよ!」


 正直なところ、引っ張るには互にも愉快な話題ではないので、アイリスはさっさと打ち切ることにした。手をパンパンと叩く。この話はこれでおしまい!

 おしまいと言いつつも、思い出してしまうあたりがアイリスのどうしようもないところである。あの時も、一人でギルドハウスにいたら、エドワードがやってきて喧嘩を売られたのだ。『あの時のエドワードさんは本気で怖かったわねー』などと言ったら、きっと彼は傷つくだろう。もう手打ちにした話なので振るつもりはないが。

 ん、待てよ。

 確か、パチローの時も、一人でギルドハウスにいたら、いきなり襲われたような気がする。

 そして今回だ。一人でいたら、MARYのみんなが遊びに来て、そのあと芙蓉が来て喧嘩を売ってきた。


「このギルドハウス、呪われてるのかしら」

「なんの話?」

「なんでもないけど」


 なんでもないけど、なるべく一人でこのギルドハウスにこもるのは今後やめておこう。





 さて、そんな事件の発生など露知らず、一周年記念セレモニーはとうとう開幕する。海上都市メニーフィッシュ。3万人近いユーザーをすべて収容できるイベント会場を含め、専用のサーバーにそのデータがすべて設けられている。処理落ち、ラグの発生など決してありえません、と豪語した後に、ラズベリーは一朗を見て『でも試さないでくださいね』と言った。実にナンセンス。規約で禁止された以上、やるつもりはないのだ。

 司会進行はあざみ社長シスルが行う。意外にも手馴れたものだった。まずは招待客の紹介。一朗やストロガノフが壇上にいることは、会場からも大きな驚きをもって迎えられた。あとは歌手のゲーム内ライブやら、簡単なトークショーやら。タイムテーブルは滞りなく消化されていく。その中にはもちろん、ストロガノフを中心に行われたギルドスポンサー制度の紹介もあった。


「いや、けっこう良かったよ」

「からかわないでくれ」


 制度の紹介が終わり、ストロガノフも席へと戻る。こうした改まった場で人前に立つ機会というものに恵まれなかったのか、彼は終始ガチガチであった。何度か演技ロールプレイが解けて素になりかけた場面もある。

 見ていて、微笑ましくはあったのだが。


「ギルドスポンサーっていうのは、思った以上にいろいろなことができるみたいだね」

「あ、ああ……」


 対して、セレモニーが進行するさなか、招待客の立場で平然と隣の男に話しかける。石蕗一朗もさすがの肝の太さであった。

 ギルドスポンサーというのは、ある程度ゲームのシステムに介入できる存在である。名前を青色で表示されるアバターが持つ特権は、準ゲームマスターと言っても差し支えはない。もちろん、ギルドに企業の看板を背負わせ、自身も企業の代表者としてログインする以上、リテラシーを無視した権威の行使を、うかつに行うことはできない。

 赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツとスポンサー契約を結んだのは、大手外食チェーンである株式会社すかいうぉーかーである。和洋中さまざまなレストランを全国規模で展開するこの企業は、この海上都市に、騎士団の出張所と併設するかたちで食堂を設けている。スポンサーのアバターはセレモニーに参加していなかったが、ストロガノフの話ではどうもあの特徴的なマスコットキャラクターをそのままアバターにしているらしい。特権というには少し違うだろうが、これもシステム側の立ち位置にいるからこそできた設定であろう。通常、人間とかけ離れたシルエットのアバターは作れない。


 すかいうぉーかーのアバターである〝るーく〟は、特定の食事アイテムを自動生成する権利を持つ。この特定のアイテムというのが、現実世界で彼らが供するメニューの味を、プログラムで再現したものだ。メニューの種類は豊富であり、この数日間で組まれたグラフィックとは思えないほどに精緻である。味だけではなく匂いまで再現しているところを見るに、仮想世界内に現実のレストランを出店するという構想自体が、かなり前から温めていたものであると想像できる。用意していたのはポニー社か、それともすかいうぉーかーの方であるかは知らないが、今回ナロファンの運営に関わる機会ができたことで、構想を実行に移したということなのだろう。


「しかし、石蕗くんはさっきから全然喋らないなぁ!」


 トークショーのさなか、マイクを片手にあざみ社長シスルからイニシアチブを取りまくっていた芸人が、やたら元気な声で言った。


「芸能界にいた頃はもっとこう……アレだったろう?」


 話を振られ、一朗も仕方なしにマイクを取った。このマイクも音声拡張魔法がかけられたアイテム……という設定である。


「別に話したいことがないから話さないだけだよ。今の僕はしゃべるのが仕事の人間じゃないからね」

「あっ、ほら。それそれ。そういうキャラ! そういうキャラは変わんないねぇ」

「ナンセンス。キャラじゃないんだけどな。まぁ、性格というのなら変わらないよ」


 誰に対しても変えることのない態度を貫いたので、芸能界に身を置いていた当時はどこに顔を出しても鼻つまみものだったのを思い出す。彼としては親の権威を傘に着るつもりは一切なかったのだが、ツワブキコンツェルンの御曹司というだけで、たいていの人間は萎縮してしまって、なんだか腫れ物に触るような扱いであった。まぁ、当時は今よりももののわからない人間だったという自覚ならばある。

 真横でストロガノフが『なんなんだこいつは……』という顔をしていた。おそらく、セレモニー会場にいる大多数のプレイヤーも同じ意見であろう。


「ナロファンの一周年セレモニーなんだからさぁ、もっとこう、プレイヤーとして話に絡んできてよ」

「僕は1ヶ月ちょっとしか遊んでないからね。為になるような話なら、ストロガノフに振ったほうが良いんじゃないかな」

「な、なにっ!」


 制度の紹介という大役が終わり、一息ついていたストロガノフが飛び上がる。マイクが彼に回ってくると、巌のようないつもの態度が瓦解して、赤髪の巨漢はしどろもどろになる。会場の最前列から『ストロガノフ、がんばれ!』『団長、しっかり!』『俺たちが見ている』『かっこいいところ見せてくれ!』などというエールが飛んできて、彼はかろうじて意識をつなぐのであった。


「あー、うむ。あまり話し手ではないのだが……」

「そこは心配しないで。ほら、トークのプロが、うまぁーく話題を引き出すからさぁ。なんかゲームのあるあるネタみたいなやつから行ってよ」

「う、うむ。そうだな。やはりこのゲーム特有のものとなると……」


 ま、あとはあの芸人に任せておけばトークショーもうまく回るだろう。一朗がデビューした頃にM-1で優勝し、ようやくメジャーになった遅咲きの漫才コンビの片割れであったが、今ではいくつかの番組のメインパーソナリティをやっている話し上手で、さらに聞き上手だ。芸能界に築いた人脈の中では、比較的友好な一人でもある。

 結局、このセレモニーに芙蓉めぐみはゲスト参加しなかった。一朗は、彼女のことを考える。別れ際に『後悔しますわよ』と言っていた彼女は、いったいどのようなアクションを起こすつもりであるのか。そもそも、何が彼女をそこまで駆り立てるのか。単なるデザイナーのプライドだけでないことだけは明らかなのだが、仮に想像通りのものであるとして、自分に後悔させて何がしたいのか。考えるだけで疲れてしまう。まったくナンセンス。


「へぇー。じゃあ新しいクラスかなんかで気になっているのはある?」

「やはり達人ソードマスターだな。偶像アイドルというのは、まぁ別の意味で気になるが……」

「あぁ、アイドル! アイドルね! 面白いクラスだよねぇ。この会場に来てる人で、もうそのクラス取ったよーって人はいる?」


 芸人の彼が、今度は会場の方へと話題を振ると、まばらに手があがる。ログインしてからセレモニーの開始まで、始まりの街で追加クラスを取得する余裕などなかなか無いはずであったが、やはり熱心なプレイヤーというのはいるらしい。

 その中で、ひときわ元気に手を振り回すプレイヤーが、トークショーのパーソナリティとなりつつある彼の気を引いた。


「おっ、じゃあそこの君!」

「はいはーい」


 マイクもなしに、あっけらかんとした声が会場に響く。一朗とストロガノフがそちらを見、会場にもどよめきが広がった。知ってる声だったのだ。

 人垣がまっぷたつに割れる様は、モーゼの十戒を彷彿とさせる。それが、偶像アイドルのクラスが持つ固有スキルの効果であるのか、あるいは単純に彼女の持つ人徳のパワーであるのか。その併用によるものであったとしても、なんら驚くべきものではない。まさしくアイドルが花道を歩くように、彼女は猫のように優雅な足取りで、壇上へ一直線に向かった。


「やっほー、あめしょーだにゃあ」

『あめしょおおおおおおおおおおおおおッ!』


 野太い男たちの声が、会場に響き渡った。セレモニー開始以来、一番の熱気である。


「すごい人気だなぁ。まさしくアイドルだね」

「うん。きみ、ちょっとマイクを貸してくれるかにゃ?」

「良いけど?」


 あめしょーの態度もそれなりに傍若無人であるが、芸人の彼は特に気にした様子もなく手渡した。なにせゲーム内である。ロールプレイ優先で、タメ口や失敬のオンパレードになることは、あらかじめ織り込み済みなのであろう。

 彼女の人気を見て、何かを言わせるのも一興かと思った彼は、あめしょーにマイクを手渡す。あめしょーは、如何にもいたずらっぽい笑みを浮かべると、マイクを片手に、びしりとその指を突きつけた。


 突きつけられたのは、一朗である。


「あめしょー?」

「んっふっふ」


 一朗も、怪訝な顔はつくらなかった。もうだいたい、言うことはわかっているのだ。

 彼女の装備、最初は偶像アイドルのクラス専用防具かな、と思った。だがそうではない。カジュアルさの中に上品さをうまく織り交ぜた、洗練されたデザインセンス。あめしょーの華やかさを更に際立たせるそれが、いったい誰によって考案されたものなのか。何より、彼女の存在を提案したのは、ほかならぬ自分であるわけで。


「ツワブキぃ、宣戦布告に来たにゃん」


 まったく、ナンセンス。

9/2

 いろいろ修正

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