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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ギルドスポンサー』編
58/118

第五十六話 御曹司、セレモニーに参加する(1)

 とうとう8月10日がやってくる。シスルがやらかした不祥事にも関わらず、メンテナンスとサーバー停止によって押さえつけられたユーザーの熱気は、留まることを知らない。実際のところ、多くのプレイヤーにとってアカウント情報の流出は他人事であって、運営に対する疑惑よりも、一周年を前にプレイができないフラストレーションの方が、大きかったのだと言える。

 メンテナンスに伴いサーバーの強化は行われたものの、1万人近いアクティブユーザーがいっせいにログインを行っては負担も相当なものになるとして、IDごとにログイン可能時間を区切るという措置が取られた。午前6時ちょうどをスタートとし、30分5000人ごとにログインが許可される。ゲームの総人口は3万人なので、だいたい9時ごろにはおおよそのプレイヤーがログインできるようになる。


 セレモニーの招待客である一朗には、専用のゲストIDが発行される。本来であれば運営側の用意した特殊なアバターでログインすることになるのだが、既にゲーム内でも著名ユーザーの一角である一朗は、そのキャラクターデータをゲストIDにまるごとコピーされていた。このIDはセレモニーから一週間使用可能で、セレモニー招待客特有の様々な機能を利用できるが、経験値や資金をはじめとしたリザルトは一切得られない。また、このIDでログイン中に得たアイテムが、本来のプレイヤーIDの〝ツワブキ・イチロー〟に持ち越されることは一切ないと、あらかじめ運営から説明を受けている。

 セレモニーの開始は午前10時であり、準備のために一朗も8時までには〝現地入り〟しておかなければならない。この日、朝食は早めに用意させ、それでも食事自体はゆっくり楽しんだ。カネの暗黒面からいまだに覚めやらぬ桜子であるが、料理の腕は衰えない。素材が安かろうと高かろうときっちり調理して出してくれるので、使用人としては相変わらず優秀であった。まぁ基本的に家で食べる分には良い物を使ってはいるのだが。


「そう言えば、ようやく一朗さまからもらった誕生日プレゼントが使えますねー」


 朝食の最中、桜子がそんなことを言った。


「ああ、あれか……。もう使うの?」

「もちろんですよ。今日まで我慢してきましたし」


 基本、石蕗邸の朝食は洋風だ。毎日代わり映えしないメニューと言えばその通りなのだが、桜子も朝はやることがたくさんあり、あまり凝ったものは作らせられない。どのみち、桜子が料理に凝りすぎると無駄にオイリーになって朝食には重いというのもある。

 桜子も、そこで発表される新要素こそ気になるが、セレモニー自体に特別な興味はないようで、いつも通り仕事に区切りをつけてからログインすると言っていた。いつもより早めに起きて掃除を片付けにきているあたり、気合は入っている模様だ。待ちに待った大規模アップデートでもあるのだし、当然だろうな、とは思う。

 セレモニーは13時過ぎに終了予定だ。食事アイテムの販売などはあるが、ゲーム内で昼食を取っても現実の腹は膨れないし、まぁ妥当な時間である。


「桜子さん、今日のお昼なんだけど」

「ち、ちきんらーめんでいいです」

「結構。薬味ネギと卵を入れるのを許してあげよう」


 リハビリはいまだに進行中らしい。

 食事を終えて一息つけたあと、一朗はコクーンに潜り込んで仮想世界へのドライブを行う。ローズマリーの一件以来、実に10日ほどはご無沙汰であったが、コクーンのシートは新品同様の輝きを保って埃ひとつない。優秀なメイドの仕事の賜物である。

 ドライブ特有の、意識が現実から離れて浮き上がるような感覚も久しぶりだ。ナロファンのタイトルからゲストIDでログインすると、しばらくしてから視界がクリアになっていく。徐々にはっきりしていく意識の中で、一朗は周囲を見渡した。見覚えのない光景。パチロー騒動の際、イチローのアカウントが最後にログアウトしたのは〝死の山脈〟奥地にある渓谷だったはずだが、ここはナロファンの世界観自体にもあまりそぐわない、近未来的な空間であった。


 サイバースペース。といった言葉がしっくり来る。もちろんここが電脳空間である以上、当然のようにサイバースペースそのものであるのだが、窓も扉もない、無機質な黒い部屋の中に、青く輝くラインが幾何学状に何本も走っている。いかにもSF映画的な光景だった。

 すでに何人かのアバターがログインしている。みな、服装は様々だ。実にナロファンらしい中世ファンタジー風の装いをしたアバターと、現実世界に則したスーツや、カジュアルスタイルでまとめたアバターとで、約半々に別れる。多くのアバターは、顔グラフィックが完全なオリジナルデザインで、よく観察すれば見覚えのあるような者ばかりであった。

 その中にあって、完全に用意された顔パーツのみで構成された、正しい意味でのプレイヤーアバターが一人。如何にも〝防具〟然とした装いは、実際に設定されている高い防御ステータスを裏打ちしている。


「やぁ、ストロガノフ」


 一朗は、その男にまず声をかけた。赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツ団長ストロガノフ。頭上に表示される名前はそのまま〝ストロガノフ〟で、ゲームマスターと同じ青色で表示されている。


「む、ツワブ……ツワブキ?」

「ん、僕だけど」


 ストロガノフは、いつになく緊張した面持ちでこちらを見、そして視線を頭の上に向けてから少し首を傾げた。


「あぁ、すまん。名前が漢字だったのでな。いしじ、と読むのか?」

「ツワブキで合ってるよ」

「本名フルネームプレイだったのか……。お前もゲストに呼ばれていたとはな」


 知り合いの登場で、ようやく緊張もほぐれかけてきたと見える。ストロガノフは、いつもの演技ロールプレイたっぷりな口調でそう言った。


「僕の場合は、もともとシスルの人にセレモニーに出てくれないか、って言われてからゲームを始めたからね。ストロガノフは、ギルドスポンサー制度の紹介のために呼ばれたのかい」

「そんなところだ。アイリスブランドにスポンサーはつかなかったのか?」

「断っちゃった」


 ストロガノフ以外は、ほとんどがセレモニーを盛り上げるために呼ばれたゲストということだろう。著名なアイドルや声優の姿も見られる。現実世界の彼らによく似た、オリジナルの専用アバターだ。一朗が芸能界にいたころ、一緒に仕事をした芸人もいる。旧交を温めるのも悪くはないが、まぁ、あとにしよう。下手に話しかけて、またストロガノフを孤立させても申し訳ない。

 芙蓉めぐみの姿がないのが少し気になった。ゲストアバターを作っていないわけではないだろう。打ち合わせの場での彼女の言葉からして、ゲーム内に干渉してくるのは確実なはずであったが。


「ツワブキ、インベントリを見たか。セレモニーのタイムテーブルや、新要素の説明書なんかが入っているぞ」

「ん、見てなかったな」


 言われたとおりにインベントリを開くと、確かに見慣れないアイテムが入っていた。書類関係のアイテムというものは、アップデート前には存在していなかったはずだ。アイテム作成に関してのレシピや、アーツ・スキル取得に必要な奥義書などは存在したが、いずれも開いて中を閲覧するようなものではなかった。

 説明書をタッチしてみると、そのまま小さな冊子がオブジェクト化される。中を開いて呆れてしまった。ページが1枚1枚、しっかりモデリングされている。シスルの技術陣はドヤ顔であろうが、〝技術的にスゴイ〟以外の何でもないな、と一朗は思う。


 中には、ギルドスポンサー制度をはじめ、新システムに関しての項目や、新しくオープンする海上都市、そこから行けるフィールドなどの項目があった。が、ストロガノフが開いてみろとうるさいのは、新種族、新クラスのページだ。

 アップデートに伴い、プレミアムパック限定だった3種族は、一般プレイヤーでも選択が可能になった。データ的な優遇が多いため、無料というわけにはいかないが、選択の幅が広がったのは良いことだ。加えて〝ノスフェラトゥ〟や〝ナイトメア〟といった、モンスター寄りの種族が解放されている。亡魔領の制圧によってコンタクトが可能になった、友好的なアンデッドや魔族、といった設定であるらしい。


「アップデートに合わせて、また数量限定のアニバーサリィパックが販売されるよね」

「あったな。この辺の種族も、本当はそのアニバーサリィパック限定だったのかもしれん」


 ポニー・エンタテイメントの介入で、露骨な課金仕様は止めるよう通達があったのかもしれない。ポニーがバックにつくことで、シスルに経済的余裕ができるのならば、今後もこうした課金優遇のシステムは減少していくだろうと思われる。

 新クラスは、従者サーヴァント学者サイエンティストなどといった変わり種が多い。まともなところでは、紋章術師ソーサラー達人ソードマスターあたりか。以前から騒がれていたアイドルは、そのまんま偶像アイドルだった。もっとまともな読ませ方はなかったのかと思う。


「ストロガノフ、アニバーサリィパックの特典ってなんだっけ」

「プレミアムパックの3種族を無料で使用できる。一部のエクストラクラスの取得条件が緩和される。まぁデータ的な優遇措置はそのくらいだな」


 赤髪の巨漢は顎を撫でながら頷いた。


「プレミアムパックの仕様はさすがに叩かれまくったから、多少はマシになっている。あとはキャラクターメイク時に使用できるパーツが増えていたり、そんな具合だ。なんだツワブキ、アニバーサリィパックまで買うのか? 発売は明日だぞ」

「そういうわけじゃないんだけどね」


 一朗は、その後も説明書をぱらぱらとめくって流し読みした後に、再びインベントリにしまった。ほかの招待客たちは、仮想空間におけるコントロールウィンドウの使い方もよくわかっていない様子で、インベントリに収納されたアイテムに気づいている者はいなかった。このあと正式なアナウンスがあるのだろう。

 時刻が8時ちょうどになると、このSFじみた仮想空間に光が走って、数人のアバターが出現する。シスルの人間だとわかったのは、中にウサギ耳をはやしたマッチョメン、ゲームマスターのラズベリーがいたからだ。ラズベリーはこちらに気づくと軽く手を振ってきた。その前にいる小柄な女性も同様だ。となると、彼女があざみ社長だろうか。確かに、名前はあざみシスルとある。キャラメイク時にインフォメーションしてきたNPCの〝アザミ〟とは別人らしい。


「あー、皆様。この度は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」


 集団の先頭に立つ背の高いエルフの男がそう言った。名前は『アラガキ』。あの強面の中年サラリーマン、荒垣課長とは似ても似つかない美男子であった。以前マツナガも、美形のアバターとは正反対の肥満体であると自虐していたな。こういうのは、あまり知らない方が楽しめるのかもしれない。

 アラガキは、現実世界のときとまったく変わらない、冗長でナンセンスな前置き(しかしまぁ多くの人間には必要であろう)の後に、ようやく本題を切り出した。


「さて、皆様には今回のセレモニーに招待客ゲストとして参加していただくわけですが、まずはその会場である〝海上都市メニーフィッシュ〟へとご案内いたしましょう」


 言葉の後に、ラズベリーを見る。彼は頷いて、おそらくゲームマスター専用であるウィンドウを開くと、慣れた手付きで操作を行った。サイバースペース風の空間が粒子状に弾け飛び、一同のいる空間がまったく別の場所に切り替わる。湿り気を帯びた風と波音、潮の香りが五感を刺激した。

 『おおおお』と、その場にいた多くの招待客がどよめく。そこは、現実世界と寸分違わぬリアリティで構築された、レンガ造りの町並みであった。空は青く、周囲を見渡せば海も間近である。相変わらず大層なライティング技術だと、一朗も改めて感心した。


「では、今回のセレモニーのタイムスケジュールについて、最終的な確認をしていきましょう。お手元の……おっと、実は皆様は既に、お手元に資料レジュメをお持ちなのです。まずは、メニューウィンドウの開き方を……」


 一朗もはじめて仮想現実技術に触れたときは感動の連続であったものだ。ドヤ顔でウィンドウの開き方を説明するアラガキを嘲笑する気にはなれない。

 なれないが、まぁ、知っていることを改めて説明されるのも実に退屈でナンセンスな話である。ストロガノフも同様であるのか、小さくあくびをした後、アラガキの解説が終わるのを辛抱強く待っていた。





 セレモニーも間近に迫る午前9時。IDの最後尾ナンバーのプレイヤー達がログインする。多くのプレイヤーは、セレモニー会場として新たにオープンした街やフィールドへ繰り出していき、ここ、グラスゴバラ職人街は、いつもに比べて実に閑散とした雰囲気になっている。

 セレモニー自体にあまり興味がないアイリスとしては、まぁどちらでも良い。アイリスブランドのギルドハウスで、防具作成の鍛錬を積む。最近はスキルレベルも上がり、失敗回数も極端に減ってきた。


 アイリスは、ツワブキ・イチローのログインを待っていた。彼は7月にプレイを開始した、どちらかといえば新参である。IDナンバーは後ろの方のはずであって、時間的にもそろそろログインしても良い頃のはずなのだが、いくら待てど、ギルドメンバー一覧にある彼の名前は暗色のままだ。

 先行組であるはずのキルシュヴァッサーも姿が見えない。彼の場合は、まぁだいたい昼過ぎくらいに姿を見せるので、いまいなくても不思議ではないのだが。


「ただ待つっていうのも、退屈なのよねー……」


 アイリスは一休みすることにした。古いインテリアチックな椅子に腰掛け、インベントリを開く。中には、新しいアップデートに際しての説明書が書かれていた。ぱらぱらとめくって見ても、彼女的にあまりめぼしい追加要素はない。

 余談だが、学校の宿題はなんとか片付けることができた。自身のド根性の賜物であると、アイリスは解釈している。衣装デザイン関連の宿題は、作成した図面をpdf化してゲーム内に持ち込んでいた。なかなか会心の出来栄えであるので、このあと防具に起こすつもりだ。


 しかし、御曹司が来ないことにはなぁ。いや、オリジナルデザインの適用には800円がかかるというだけなのだが。待てよ、今の自分のスキルレベルなら、失敗の可能性は低いわけだし、久々に自分のおカネでチャレンジしてみるか?


 アイリスが考えているときだ。不意に、ギルドハウスの扉が開いた。おや、と思い顔を向ける。


「やっほー、アイー」


 おや、


「来たでー」

「元気ー?」


 おやおや。

 MARYのみんなではないか。まさか遊びに来てくれるとは思わなかった。想像しなかった来客に思わず顔が綻ぶ。というよりは、ニヤける。御曹司じゃなくてがっかり、なーんて感情は微塵もない。


「何笑ってんの?」

「い、いや、べっつにー」


 ユーリ以外にも、ミウやレナも一緒だ。普段はやけに広いギルドハウスのロビーが、急に華やいだ空間になる。お茶を入れて歓迎したいところだが、あいにくアイリスに《茶道》スキルはない。ギルドハウスにはお菓子系の食事アイテムも保存がなく、もてなしできないのが寂しいところだった。


「3人とも、セレモニーには行かないの?」

「あまり人が多いとこ行きたくないって、レナが」

「2人ともごめんなー」


 三人の中で一番背の低い少女が、両手を合わせて左右の2人に頭を下げている。口数が少ない子だが自己主張はしっかりするタイプで、イントネーションからしてなんとなく関西出身なのだろうなー、ということはわかるのだが、どこに暮らしているのかまでは聞いたことがない。ただ、これまたなんとなーく発言が幼くて、アイリスは自分より年下だろうなと勝手に思っていた。種族はアイリスと同じエルフである。


「アイこそ行かなくて良いの?」

「あたし?」


 ミウの言葉にアイリスは思わず聞き返してしまった。なんであたしが。あまりそうしたイベントに興味を持っていないというのは、みんな知っていると思ったんだけど。などと疑問符を浮かべていると、ゲーム内でも珍しいドワーフの少女は言葉を続けた。


「だってツワブキさん出るじゃん?」

「はっ?」


 予想だにしない展開では、ある。

 するとユーリは苦笑して『やっぱり知らなかったんだ』とだけ言った。なになに、それってどういうこと?

 ユーリがインベントリからアイテムをオブジェクト化する。一枚の紙であった。どうやら記念セレモニーの開催プログラムらしいのだが、これがなんだというのだろう。いや、話の流れからして、ここに御曹司の名前が載っているというのだろうが。しかし、いくら有名プレイヤーだからといって、普通あんなのを式典に呼ぶ?


「どれ? それっぽいの無いけど……」

「あるじゃん。石蕗一朗。タッチすると簡単な経歴が見れるよ」

「え、これ御曹司なの? どれど……ぶっ」


 石蕗一朗。資産家。建築家。画家。音楽家。冒険家。ファイナンシャルアドバイザー。東京大学理学部生物学科客員教授。エトセトラ。ひとまず肩書きだけがずらっと並んでいた。そのいずれも共通点がなく、『とりあえず凄そうなものを適当に並べてみました』感すら漂ってくる。

 極めつきが備え付けの顔写真であって、現実世界のものとアバターのものが左右に並べられているそれは、ドラゴネットの特徴的な角や瞳の色を除き、寸分たがわず同じものであるように思えた。要するに、ツワブキ・イチローである。


「なんなのよあの御曹司は!」

「さぁ……。私もはじめて知ったけど、すごい人だったんだね」


 確かに、すごい。アイリスの頭は混乱していた。ここにつらつらと書き連ねられている肩書きと、ツワブキ・イチローの人物像がどうにも合致しないのだ。いや、確かにあの増上慢な態度を見るに、間違ってはいなさそうであるのだが、子供の頃からぞんざいに扱っていたクマのぬいぐるみが、実は1000万円もする超高級テディベアであると知らされたかのような、そんな感覚。


 事実を受け入れるより先に、よくわからない怒りがメラメラと燃え上がってきた。

 何が一番腹が立つかって、それを一切ひけらかしてこなかったのが一番ムカつくのである。いや、ことあるごとに自分はスゴイ発言を繰り返していたし、それを話半分に聞いていたのはアイリスであるのだが。関係がしっかり構築された後に、後出しでこんな事実を大公開されても困る。だってそんなの、卑怯じゃない?


「で、セレモニーには行かないの?」

「ムカつくから行かないわ!」

「そうだね。心を整理する時間は必要だよね」


 こちらの心を見透かしたようなユーリの態度である。実際、見透かされているのだが。浅い人間だと自覚はするが、ムカつくんだから仕方が無いのだ。


「そうだ、みんなのために新しい防具のデザインとか考えてたのよ!」


 感情の昂ぶりが、関係ないところまで語気を荒くする。MARYの3人は苦笑いを隠さずに、しかし興味だけはしっかり示した。アイリスが牛のような鼻息を噴出させながら、やや乱暴にメニューウィンドウを操作する。彼女が立体に起こした防具のデザイン画が表示され、それを反転させて覗きこむ3人に披露する。


「おおおぉぉ~」


 ひとまずの感嘆を得られた。ふふん、と胸をそらす。

 いずれも現代風のアパレルデザインを意識したものだった。アイリスブランドの高級(風)路線ではなく、割と一般的なカジュアルスタイル。3人のキャラクターデータはしっかりと把握しているので、イメージとの調和も重視した。この秋はスカートスタイルが流行りそうという話を聞き、キックを多用するユーリのもの以外は、どちらも膝丈のペンシルスカートにしてみた。

 などという解説は、恥ずかしくて口に出来ないアイリスである。


 結局のところは、猿真似とツギハギのデザインだ。だが、ユーリ達は目を丸くして見入っていた。


「いやー、すごいなぁ。これ全部作ってくれるの?」

「やっぱアイは才能あんなぁ」

「かっこいいしかわいいよね」


 褒め言葉を、真に受けてはいけない。アイリスには自戒がある。ユーリ達がお世辞で褒めているのではないとはわかるし、友人の賞賛は心から嬉しい。だが、もっと厳しい目線を持ったプロが世の中に大勢いることを、忘れてはいけない。そこを意識の穴に放り込んで浮かれていると、立ちはだかる現実に顔をぶつける。痛い目なら何度も味わっている。


 口元が緩みそうになるのを必死にこらえて、アイリスはなるべく客観的になろうと心がけた。


「う、うん。気に入ってもらえて嬉しいな。ま、まだまだ洗練できるとことはあると思うんだけど、えっと、みんなに似合うように意識したし……」

「嬉しいなら笑えば良いのに」

「え、えへへ……」


 意志の弱いあたしのバカ。

 素材にもこだわるのがアイリスブランドの方針であるからして、大抵は植物素材の防具が中心になる。イチローがふらふらと霊森海の深奥部に足を踏み入れるおかげで、植物系の高レベル素材はだいぶストックがあるのだが、さすがに今すぐここで作るというわけにはいかない。

 この3人はデザインを見るだけでもだいぶ喜んでくれているようなので、作る楽しみは増えた。


「そうだ、アイ。久しぶりにこのメンバーでクエスト行かない?」


 不意に、ユーリがそんな提案をしてきた。


「クエストぉ?」

「そ、簡単な奴でいいからさ。今なら他のプレイヤーもほとんどいないから、人気クエストでもブッキングしないし」


 どうやら、ここにやってきた当初の目的はそれらしい。ミウとレナも頷いている。どうしようかな、と、アイリスはしばし考えた。

 ま、御曹司もセレモニーが終わるまではここに来ないわけだ。せっかくの嬉しいお誘いである。断る理由もない。アイリスは二つ返事でOKした。どうせ今日中にはアイリスブランドをたずねてくるようなお客さんもいないだろう。


 と、思って、いたのだが。


「ごめんくださいな」


 来てしまった。あちゃー、という顔でユーリを見ると、彼女は笑顔で首を縦に振った。待ってくれるらしい。すぐに済ませよう、と思って来客のほうへと視線を変える。瞬間、アイリスは硬直してしまった。


 戸口に立っていたのは、上品なたたずまいの女性であった。種族はおそらく人間であると思われるが、その装いはかなり特徴的である。身に纏うものも防具然としたものではなく、アイリスブランドのデザイン同様、現代風のアパレルだ。スリーブベルトを思わせる腰巻型のワンピーススタイルで、柄はやや落ち着きのある千鳥格子。靴はエンジニアブーツとつま先まで隙が無い。ウェーブのかかった髪には量の割りに重量感がなく軽やかであった。赤いベレー帽も良い味を出している。

 このコーディネイトは間違いなくプロの犯行だ。目の当たりにした瞬間、アイリスは急に自分が小さくなったように感じる。そして何より、何より彼女を唖然とさせたのは、その頭上に燦然と輝く、来客のアバターネームであった。


 芙蓉めぐみである。


 ファッションブランド〝MiZUNO〟の社長にして、新進気鋭のアパレルデザイナー、芙蓉めぐみである。いや、同じ名前というだけだが、アイリスには確信があった。でも、どうして? なんであの芙蓉さんが、このゲームの中に?


「アイリスブランドというのは、こちらでよろしいかしら?」


 芙蓉めぐみは、穏やかに微笑んだ。


「へっ、あ、あの。はいっ!」

「じゃあ、あなたがアイリスさん?」

「は、はひっ」


 この反応も至極当然のものと言えよう。なにしろ芙蓉は、アイリスが、いや、杜若あいりが憧れるファッションデザイナーの一人なのである。芙蓉さんですよね? このあいだのテレビ、見ました! なんて言い出したい気持ちを、ぐっと堪える。ミーハーだと思われてはいけない。務めて冷静に。あせらずどもらずに用件を聞かなければ。


「は、あのっ、ようけっ……ごようけんはっ」


 あぁ、あたしもうダメだわ。アイリスは心の中で白目を剥いた。

 背後ではユーリ達が『誰?』『有名なデザイナー?』『テレビで見た』などとやや失礼な会話をかわしている。女の子なら知っておきなさいよ! 今をときめくアパレルデザイナーなのよ! 時代の寵児よ!

 自身のギルドのリーダーもそれなりに時代の寵児であるが、ひとまず棚上げして心の中で叫んだ。


 芙蓉は、アイリスの頭の先からつま先までをまじまじと眺め、そのまま開きっぱなしであった彼女のデザイングラフィックにまで目を移した。一通り眺めてから、ふっと笑った。


「あ、あの……?」


 芙蓉が次に放った一言を、アイリスは生涯決して忘れないだろう。


「大したこと、ありませんのね」

「へ……」


 杜若あいり。自身に謂れの無い喧嘩を吹っかけられるのは、17年の人生で2度目である。

 しかもその2回目も、御曹司・石蕗一朗の振る舞いに端を発していることを、当然のように彼女はまだ知らない。まったく、ナンセンスであった。

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