第四十話 御曹司、事態の動きを見守る
インベントリから愛馬オウカオーを呼び出し、キルシュヴァッサーは跨った。後ろに乗せたアイリスが、しばしの躊躇の後にしがみついて来る。この機に中身は女だからそんな気にしなくて良いですよ、と言おうかと思ったが、必要以上に事態をややこしくする気がして止めた。オウカオーの横腹を蹴って走らせると、メインストリートを行き交う人々が何事かと振り向いた。
アイリスはしがみつきながらも、ウィンドウを開いて何やらを調べている。ギルドメンバーの項目。彼女が〝ツワブキ・イチロー〟の名前をタッチすると、彼の仔細なステータスや現在の状況が閲覧できた。ギルドメンバー内でどれだけの情報を共有するかは、ギルド結成時に決定できる。アイリスブランドの場合、現在位置までを特定できる、ほぼフルオープンな情報共有となっていた。
「キルシュさん、御曹司、もう街の外に出てるわ!」
「まずいですな」
キルシュヴァッサーは渋面を作る。
街の外、すなわちフィールド上においては、プレイヤーが問答無用で他プレイヤーに襲いかかることが可能である。グラスゴバラ周辺を行き交うのは大抵が中堅プレイヤーだ。トッププレイヤーであるイチローのステータスで、一方的な辻斬りが行われかねない。
「特殊ステータスで飛行状態になってる。移動アイコンも点滅してるわね」
「イチロー様の《竜翼》は、知らない内にかなり高レベルになっていましたからな。オウカオーで追いつけるかどうか」
キルシュヴァッサーも《騎乗》スキルはかなり高いレベルまで育てているし、派生スキルの《早馬》も取得済みだ。だが、直進可能なストリートならいざ知らず、街の外は起伏に富んだ山間部である。遮蔽物を無視して移動できるパチローの方が、移動には適している。
二人を乗せたオウカオーは、グラスゴバラの門をくぐりぬけ山道へ出た。右が大砂海、左がヴォルガンド火山帯やランカスティオ霊森海へ繋がる道だ。アイリスの指示で、馬を右へ向ける。
不安なのがオウカオーの耐久値である。騎乗動物もアイテムである以上は耐久値が存在し、攻撃を受けたり走らせたりすることで減少していく。鍛冶師や錬金術師では耐久値を回復できない例外アイテムのひとつであり、低下した耐久値は時間経過や専用アイテムで回復させるしかないのだ。いまだ余裕があるとは言え、このままどれほどレースを続けることになるのやら。
「あっ、あのさぁキルシュさん!」
しがみつきながら、アイリスが声を揺らした。
「なんでしょう」
「本物の御曹司は何やってんの?」
「運営に連絡を取ると言っていましたな。すぐに対策措置が取られるはずではありますが……」
「アカウント停めちゃうの?」
キルシュヴァッサーは頷いた。そう、どんなに対応が杜撰であっても、不正アクセスを確認した時点でアカウントは停められるはずだ。まだイチローがシスルへ連絡してから10分と経ってはいないが、そろそろなんらかの対応があっても良い。
不可解なのはそこである。
ニセイチローの中身、便宜上パチロー氏は、いったい何を目的としてアカウントハックなどをしたのか。明らかに偽者とわかる行為を働き、アイテムや通貨を移動させる様子もない。ただ闇雲に外へ逃げているだけだ。アカウントが停止させられれば、それまでである。
「御曹司のアカ停められちゃったら、アイリスブランドどうすれば良いのよう」
「MARYなりザ・キリヒツなり……一時的にでも彼らの名前を借りるしかありませんな。ギルドリーダーのアカウントが停止させられた場合、どうなるんでしょうか」
「すぐ解散にならなければ良いんだけど……あっ、パチローの移動アイコンが消えた」
「なんですと」
更に馬を走らせていくと、山道の途中、黒いコートに身をつつんだ戦士の集団が視界に映った。なにやら揉めている。他のプレイヤーも多数見受けられるが、目を凝らせば中にパチローらしき姿も確認できた。
「噂をすればキリヒトだわ」
「そのようで」
このゲーム、もっと広大というか、知り合いにぽんぽんすれ違うようなものでもないはずなのだが。
キリヒト(リーダー)は、どうもパチローと険悪な雰囲気になっている。恐れていることが起きてしまったようだ。幸いと言えるのは、渦中にあるのが知り合いで、釈明の余地が十分に与えられていることだろうか。
今にも剣を抜きそうなキリヒト(リーダー)に対して、パチローの態度は超然としている。だが、それは本物が漂わせるような涼やかな雰囲気ではなく、癪に障るニヤケ笑いだ。『イチロー様はそんな笑い方しません!』というのがキルシュヴァッサーの本音であって、ひとまず横合いからオウカオーで蹴り付けたい心地を我慢する。
「双方、そこまで!」
扇桜子とはまるで異なる野太い声を響かせて、キルシュヴァッサーとオウカオーは両者の間に割って入った。
「キルシュさん! ツワブキさんどうなってんだよ!」
予想された第一声が、キリヒト(リーダー)より発せられる。キルシュヴァッサーは、馬上よりぐるりと周囲を見渡して、状況を即座に把握した。大ダメージを負っているらしきプレイヤーが一人いる。中堅組か。やはり辻斬りである。即死していないところを見るに、パチローも本気を出していなかったか遊んでいるのか。そこに通りかかったザ・キリヒツが、義憤にかられ掴みかかったというところか。ここでパチローに即座に斬りかからなかった自制心も含め、キリヒト(リーダー)には感謝せねばなるまい。
「そいつ、御曹司の偽者よ。アカウント乗っ取られてるの」
アイリスが言い、キルシュヴァッサーも馬から降りて頷いた。
「アカハックかよ! ナロファンでもあんのか」
「知る限りでは初めての案件ですな」
一同の視線が、パチローへ鋭く注がれた。批難がましいものの中に、若干の嫌悪感や、あるいは興味じみたものが混ざる。パチローはさして気にした様子を見せていない。面の皮の厚さだけは本人と良い勝負だろうか。
キルシュヴァッサーは、ずらりとナイトソードを抜き放ち、切っ先をパチローへ向ける。それを見てザ・キリヒツは驚いたものの、彼らもすぐに各々の得物であるタイアップ武器を構えた。
「パチロー様、何か弁明はございますか? どうせ運営から停められるアカウントでしょうが、これ以上、主人の姿で狼藉を働かせるわけにはいきませんな」
「その割りに落ち着いてロールプレイしてるように見えるけど……」
「リアルの私通りに怒りを露にすると、皆さん反応に困りそうですので」
切っ先を向けられてなお、パチローはニヤケ笑いを浮かべたままだ。周囲に緊張感が走る。ちらりと目を配せれば、ダメージを負った女性プレイヤーを庇うように、彼女のパーティメンバーが立っている。喋ってはいないが、やはり怒りを隠してはいない。
パチローが行動を起こしたのは、その直後だった。
すっと拳を握り、斜面を蹴って殴りかかる。キルシュヴァッサーが反応できたのは僥倖であった。ソードを下げて盾を構える。背後のキリヒト達を守る結果に繋がった。桜の花びらが描かれたカイトシールドごしに、衝撃とダメージがキルシュヴァッサーを襲う。
「くっ……!」
「キルシュさん!」
キリヒト(リーダー)が直剣を構え、パチローに斬りかかった。踏み込んでからの逆袈裟、パチローは避ける兆しもなくクリーンヒットする。が、ひらめくダメージエフェクトは0の数字を示していた。キリヒト(リーダー)はギョッとして飛びのく。
「バリアフェザーだわ……」
アイリスがつぶやいた。
「まだあんのかよ……」
「キング戦ではダメージ貫通してきましたし、そのあとはロクに戦った様子はありませんでしたしな」
パチローはニヤケ笑いのまま、右の拳を突き出し、左の拳を腰まで引く、独特の構えを見せた。素手で続けるつもりらしい。《竜爪》のスキルレベルを最大値までスロットに突っ込んでいた場合、そこから算出されるダメージ量は相当だ。エドワードを一撃で吹っ飛ばしたあのパンチを、自分達が浴びることになる。
パチローが再び斜面を蹴る。キルシュヴァッサーは身構えた。1発。いや、せめて2発は耐えなければ。そう思い、盾を握る腕に力を込めた、その瞬間。
パチローの姿が、すっと消えてしまった。
「んっ?」
「おや」
「あら?」
不審に思ったアイリスが、ウィンドウを開いて確認する。
「あ、御曹司のアカウント停まってる」
運営の対処が済んだということなのか。時計を見ると、あれから15分ほどしか経っていない。どれほど手続きが面倒だったのかは知らないが、発覚から15分で対処終了ともなれば、そこそこ迅速な対応と言えるだろうか。まだまだ気になることはあるのだが、ここは素直に一朗の報告を待つとしよう。
人的被害も最小限に食い止められたらしい。ここはザ・キリヒツにも感謝をしておくべきだろう。まずは、襲われたらしいパーティに対して謝罪をする。
「我が主人のアカウントが、大変な無礼をいたしました」
「あ、あぁ……いえ……盗まれたアカウントなら仕方ないですし……」
謝罪代わりに渡せるものもポーションくらいしかないが、ひとまずこれでダメージを回復してもらう。
結局、パチローの目的はわからずじまいか。彼の行為は間違いなく不正アクセス禁止法に抵触するわけで、あとは警察の仕事になるのかな、とキルシュヴァッサーは思う。愉快犯にしては少し身体を張りすぎな気もするのだが、実利行為を働いた形跡もないわけで。
イチローが一部、あるいは多くのプレイヤーに恨みを買っているであろうことは否定しないが、それがアカウントハックに手を出して、逮捕されるリスクを犯すほどのものであるかというと、やはり疑問である。
「なーんか釈然としないのよねー……」
アイリスの言葉に、キルシュヴァッサーも無言で同意を示した。
あざみ社長の前に表示されたディスプレイでは、サーバールームにおける点検解析作業をモニタリングしていた。もしも、一朗のアカウントハックが、システムサーバー自体への進入によるものだとすれば、問題はより深刻である。一応、シスル本社においては、セキュリティ保護の観点から、プレイヤーのアクセスするアカウント情報と、アカウント作成の際に記入された個人情報は別のコンピューターで管理をしていると言う話だった。
ここでいう〝アカウント情報〟に登録されているのは、プレイに必要な情報。すなわち、キャラクターの名前やステータス情報などが大半を占める。ポニー・エンタテイメント社のフューチャーストアからダウンロードしたアプリケーションソフト、ウェブマネーの情報などは、ミライヴギア自身に登録されている。
「メッセージ受信用のメールアドレスや、クレジットカード情報などを登録していた場合は……」
「アドレスは登録していないし、カードはコクーンのスロットに直接挿入して使っていたから、やっぱり情報は登録していないよ」
一朗が取り出したクレジットカードが、嫌味なほどに黒く照り映えるのを見て、ラズベリーや江戸川が顔を引きつらせた。
「となると、一朗さんのアカウントから、個人情報に繋がるものが漏れたということはありませんわね」
「アカウントはもう停めたの?」
「はい。ご連絡をいただいて、確認が取れてからすぐに。江戸川さんにも来ていただいて、いま状況を検分しているところですわ」
新しいセキュリティプログラムは、江戸川の会社が製作したものだ。アップデートやサーバー強化にあわせて逐次適用していったということであるが、その矢先にこのような事件が起きたのであれば、彼も心中穏やかではいられないだろう。
いや、穏やかでいられないのはあざみ社長も同じか。記念セレモニーを1週間後に控えての、これである。もしも事態が悪化したり、個人情報が漏洩するなどの問題にまで発展すれば、信用の失墜は免れない。平静を装ってはいるが、内面ではかなりあせっているものと思われる。
「それで、エド、何かわかった?」
「その呼び方はやめてください……」
顔を引きつらせながら、江戸川はタブレット端末を操作している。
「外部から直接サーバーへ進入した形跡はありません。ただ、先日から内外で不明なデータのやり取りがあります。データバスの増大にまぎれてかなり目立たない部分でですが……。サーバーへの負担もかかっていますね」
「先日って?」
「3日前くらいです」
「ああ、僕がキングと戦った日か」
一朗がぽつりと漏らして、なにやら気まずい沈黙が周囲に落ちる。なにしろサーバーへの負担をかけた張本人が彼であるのだ。もちろん、負荷がかかったところでサーバーへの進入が容易になるということではないのだが、彼が送りつけた大量のパケットにまぎれて、一部のアカウント情報が外部に漏れたということであれば、責任の一端も無くはない。
「他にもデータのやり取りが増大するタイミングで、幾らか欺瞞された情報が外部に出ています。直接クラッキングされた形跡とかは、ないですよ。今のところ。あと、個人情報関連の記録は厳しくロックされたままですね。こっちの情報が外部に漏れた可能性はありません」
江戸川の報告を受け、あざみ社長とラズベリーの表情が険しくなる。
彼の言葉を正確に理解し吟味するならば、外部からの不正アクセス以外に、もうひとつ別の情報が浮上してくるからだ。一朗もその可能性も無くはないと考えていたし、彼らにしても意識の一端に入れて考慮するべき事態ではあったのだろうが、やはり『考えたくない』ことは誰にでもある。
「つまり……弊社のスタッフに漏洩した人間がいると?」
「可能性の話ですが」
押し殺した声でたずねるあざみ社長に、江戸川はやや言いにくそうに肯定した。
こうなると、あまり自分が立ち入るべき問題でもないな、と一朗は思った。意図的に自分のアカウント情報を不正漏洩したスタッフがこの中にいるのであれば、個人的に文句のひとつやふたつ言いたい気分ではあるが、それ以前にこれは会社の抱えるデリケートな問題でもある。
あざみ社長は、額を抑えてなにやら真剣に考え込んでいた。クラッキングが行われたにせよ、内部から情報漏洩があったにせよ、不正アクセス禁止法に抵触する行為である。最終的には警察への通報を行う義務があるだろう。ただ、外部からの悪意と内部からの悪意では、やはり事態の重さが違う。
社長、才女と言っても、野々あざみはまだ19歳である。状況の深刻さを受け入れるに少し時間がかかりそうだ。可哀想だと思わなくもないのだが、同情はナンセンスである。会社経営は、大学の仲良しサークルとは違うのだ。それは、口にしなくともわかっているだろうと信じる。
「あざみ社長、僕は席をはずしたほうが良いかい?」
「えぇ……。申し訳ありません。よろしかったら、ローズマリーとお話なさってきても?」
「情操教育によくないかもしれないよ」
「その判断はあなたがなさることでしょう?」
力無くとも笑顔が作れるのなら、大丈夫ではあるか。一朗は、ラズベリーと江戸川に軽く手を振ってオフィスを出た。
アカウントを停止させ、ログインできなくした以上、一朗は自身の被害拡大について思い悩む必要はもう何も無いわけである。帰り際にでも、ツワブキ・イチローの管理パスワードを変更すれば、あとはまた家に戻っていつでもログインできる。
だがあざみ社長達においては、そうもいかないだろうな。如何なる手段にせよ、アカウント管理のセキュリティが揺るがされたのは事実なのだ。新興企業にとっては大きなダメージである。
4階に安置された、10基のスーパーコンピューターのもとへたどり着く。相変わらず無機質に動き続ける機械たちだが、その中の1台に歩み寄り、一朗はヘッドセットを接続した。ローズマリーと言葉を交わすのも一週間ぶり近い。前回の会話で、彼女に(あざみ社長が言うところの)悪影響を与えてしまったようだが、それがどのような変化をもたらしているのか、少し楽しみでもあった。
「やぁ、ローズマリー」
前回と同じ挨拶。やはり、数秒の間があってから、女性の合成音声が響く。
『おはようございます。あなたは、イチローでしょうか』
「うん、僕だよ。アカウントが盗られちゃってね」
『確認しています』
ローズマリーの声は冷静であった。
『ツワブキ・イチローのユーザーアカウントは、過去に2度、アメリカ合衆国ピッツバーグからアクセスを受けています。運営体では20分ほど前に、これを不正アクセスであると判断し、アカウントの利用を停止させました。ツワブキ・イチローは、現在ログインすることができません』
管理システムに接続しているのだから当然だが、さすがに把握が早い。一朗は、ふと思い立って、この事件に対する人工知能の見解を聞き出してみることにした。
「ローズマリーは、今回の件をどう思う?」
『ナンセンスな質問です。『どう』とは、どうした意味でしょうか』
「犯人の目星や目的についてかな。君の意見を聞きたい」
ここでまた、しばらくの沈黙があった。目的、という質問はさすがに抽象的過ぎただろうか。人類の心に踏み込む質問をするには、ローズマリーにはまだ少し早かったかもしれない。
スーパーコンピューターの内部で、どのような演算処理が行われているのだろうか。CPUが加熱し、ローズマリーの長考は数分にも及んだが、一朗は辛抱強く待つことにした。
『犯人の見当をつけるのは極めて困難です。ファイアウォールへアクセスしましたが、管理プログラムへの不正アクセスの痕跡は発見できませんでした』
「だろうね」
『ですが、犯人の目的については仮説をご用意できます』
「へぇ」
予想しなかった回答を得られ、一朗は思わず身を乗り出した。
『犯人は、ツワブキ・イチローに対して個人的な興味を抱く人物であると推測できます』
これまた、予想しなかった回答である。興味、と言っても様々な種類があるな。一朗は勘案した。彼がすでに考えていた『恨み』や『妬み』などの感情も、この場合の『興味』にカウントして良いものなのだろうか。
一朗が話すと、やはり数秒の思考を挟んだ。
『その可能性もあります。犯人は、イチローのことをよりよく知りたいという知識的欲求を抱いているものと思われます』
「僕が強くて凄いから?」
『はい。イチローの持つ、規格から逸脱した部分に対して強い興味を持つ人物です。イチローのユーザーアカウントを利用することで、その強さを擬似的に入手しようとしたのだと推測できます』
「ふーん」
人工知能がここまで個性的な返答をしてくるとは思わなかった。これが、あざみ社長のプログラミングの賜物なのか、あるいは一朗が与えた『悪影響』の結果なのかはわからないが。一朗も、そうした嫉妬や羨望に晒された経験は稀でもないし、かなりの頻度でそれを自覚できているので、理屈としてはわからない話でもない。
『私の見解には不備がありますか?』
「さぁ、どうだろうね。僕にはわからないな。でも、面白い意見だし参考にはなったよ。ありがとう」
『感謝には及びません』
確かな手応えを感じると、いろいろな話をしてみたくなる。一朗は話題を切り替えた。
「最近、ナロファンユーザーの意識傾向とかはどう?」
『全体の8割の関心が、1週間後に控えた大規模なアップデートと、記念セレモニーに向けられています。全体の6割の関心が、3日前に発生したイチローとキリヒトの戦いに向けられています』
半分以上もだったか。それは確かに、興味をもたれても仕方のない部分はある。
「へぇ、他には?」
『同じく全体の6割が、ドラゴンファンタジー・オンラインに向けられています。映画の第二部が本日から上映開始です』
「あぁ、隔週連続上映だっけ」
しかし、一朗の脳裏に浮かぶのは、ダイナミックなアクションが見所の映画本編よりも、先日交流を深めたばかりのキリヒト達の姿であった。
『同様の理由で、VRMMOにおけるデスゲームに深い関心を寄せるユーザーが多く見られます』
「それはあまり感心できる話じゃないかなぁ」
とは言え、ミライヴギアにおける仮想現実再現は、擬似的な脳量子波の照射による仮想共感システムを利用したものだ。いくら電力を上げたところで、劇中のようなマイクロ波による脳の煮沸は不可能である。
そのまま話題を展開させようと思ったとき、ラズベリーが部屋にはいってきた。
「申し訳ありません、石蕗さん。一応先に、パスワードの再設定とアカウント停止の解除を先に済ませておきたいのですが……。アイテム補償とかもありますし」
「ん、わかった。じゃあね、ローズマリー」
『はい、またお会いしましょう。イチロー』
見えていないであろうとわかりながらも片手をあげ、別れを告げた。
ひとまず、この処置が済めば一件落着だろうか。あまり長居を続けても、彼らにとっての迷惑になるだろう。一朗はラズベリーと共に階段を下りながら、そんなことを考えていた。
だが、事態はこれで収束しなかったのである。
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