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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『キリヒト』編
40/118

第三十八話 御曹司、決着をつける

 相手が無数のアイテムをオブジェクト化させた時点で、キリヒトはその意図に気づいた。ある程度予期できていたことでもある。こちらの能力構成をある程度ネタ晴らししてしまったのだ。欠点には気づかれるし、そこを突かれる可能性はあった。しかし、やり方がめちゃくちゃだ。

 大量にポップアップするアイテムで、IPUの演算領域が埋め尽くされる。どこからともなくあふれ出るポーションは、もはや冗談のような量に達していた。更にグラフィックに負担をかけるか、あるいはデータバスが増えるかすれば、ラグの発生は免れない。相手の賢しい立ち回りに思うことはあったが、苛立ちはしなかった。それでいい。余計な感情はデータバスを増大させる。針の隙間を抜けるように、bpsとFLOPSの間を潜り抜ける。


 能力開放させたXANの柄を握り、もっとも出の早い構えから更に一歩踏み出す。イチローが魔力の塊を大地にたたきつけたのは、その瞬間だった。


 弾け飛ぶ瓦礫と砂塵。派手に爆発するエフェクトグラフィックが、残り少ない演算容量を一気に食いつぶす。システムから脳髄に伝わる電気信号に、致命的な遅延が生じた。周囲の情景フレームレートがぎこちなく動き、相手を正確に捉えることが難しくなる。

 ラグの発生は相手の動きをスローで伝えてくれるが、相手の動きまで実際に遅滞しているわけではない。戦闘がリアルタイムで発生し、相手側の通信環境が万全である以上、相対的に見て動きをとめられているのはこちらのはずだ。すなわち、魔法アーツの発動から《ストラッシュ》の構えを取るイチローの姿は、すでにゼロコンマ数秒前の彼の姿である。我が家の量子回線を信じ、イメージデータを送信しようにも、ここから《バッシュ》を放ってダメージ判定前に得物を叩き割るなど不可能に等しい。


 相手の今までの癖から剣筋の軌道を見切り、それを回避するイメージを送信するより他はない。演算処理の遅延はいまだ続いている。その回避行動が正しいかどうか、半分は博打に近い。だがキリヒトは賭けに出た。動かない身体を、動かすイメージ。相手の剣筋を避け、《バッシュ》で、ダメージ判定の消滅した煌剣を叩き折る。

 キリヒトは緩やかに動く時間の中で、そのように思考した。


 直後、遅滞した時間の帳尻を合わせるため、体感が急加速する。多量の電気信号がキリヒトの脳に流し込まれた。

 砂塵と閃光。突き抜けて現れたイチローが、《ストラッシュ》を放つ。剣筋が頬を掠める。キリヒトの思い描いた挙動を、肉体が辿った。イチローが目を細める。《バッシュ》! 切り上げるように放たれたそれが、イチローの煌剣を砕き、弾き飛ばす。体感時間が、現実のものに追いついた。折れた切っ先が、砂塵を突き抜けて飛んでいく。キリヒトは、改めて両手でXANの柄を握った。


 賭けは、こちらの勝ちだ!

 返す剣で2発目の《バッシュ》を。相手の頭にたたきつければ。イメージをモーションに重ねようとした、その瞬間、


「………ッ!」


 イチローは、くるりと身体を回しながら、その拳をストレートに突き伸ばしてきた。

 ぴたり、と喉元で静止するそれは、高レベルの《竜爪》により凶器と化したドラゴネットの素手である。距離にしてほぼゼロ。キリヒトが、このまま《バッシュ》を敢行するのであれば、それよりも早く喉笛と残HPをむしり取るだろう。立ち込めていた砂塵が風に消え失せ、まるで一対の彫像オブジェクトのように動きを止めた二人の姿が、衆目へと露になった。


「これ、オレの負けってこと?」


 状況を完全に飲み込めていない観衆の前で、キリヒトはそう言う。


「まぁ、客観的に見れば……あぁ、いや、これは君に失礼だね。そう、君の負けで、僕の勝ちだよ」


 ここでトドメを刺さなかったのは、何かの慈悲か演出か、それとも単なる気まぐれなのか。他のアイテムはともかくとして、XANとアクセルコートを落とさずに済んだのは助かる。イチローは、いつもの涼やかな顔で拳を収め、大地に突き立てられた自身のアイテムをインベントリに収納した。

 負けかぁ。

 そんなイチローの背中を見ながら、キリヒトは小さく溜め息をついた。惨めな敗北感や屈辱はない。相手の行使した手段はやや大人げなかったような気もするすが、それが自身の敗北を貶めるようなものであるとは、キリヒトは考えなかった。次は処理落ちの最中からでも勝利をさらえるように修行を積む必要がありそうだ。


 負けてなお爽快感か。そんなスポーツマンシップとは、自分は無縁だと思っていたのだが。


 大観衆に滲む感情は悲喜こもごもであった。トトカルチョに大金を注ぎ込んでいたプレイヤー達が怒号をあげて紙切れを投げ込んでいる。さすがに哀れだとも思えないし、申し訳ないとも思わないが。イチローの賭けていたプレイヤー達はほくほくした顔で配当金を受け取っていた。


「もう少し、楽に決められると思ったんだけどなぁ」

「おっさん、それはオレを舐めすぎ」


 ぼやくイチローに、キリヒトは突っ込みをいれる。とは言え、負けてしまったのはこちらなので、あまり偉そうな口も聞けない。


「で、次はいつにしようか」

「ん?」


 アイテムをしまい終え、ポケットに手を突っ込んだままのイチローが、大量に転がるポーションを投げて渡してきた。HPは大量に削れている。ここはありがたく頂戴するとしようか。


「再戦の約束とか、しない?」

「あー、それかー」


 もうそんなことを考えているのか。気の早いおっさんだな。


「リベンジはしたいけど、そのために約束っていうのも、なんかな。次に会ったとき、互いの気が向いたらで良いんじゃねーの」


 自分の考えを素直にそう告げると、イチローは納得したように頷き、それ以上何かを言ってくることはなかった。

 何かに敗北を喫するのは久しぶりだ。キリヒトは、ポーションの空き瓶を片手に空を見上げる。自分にとってゲームは、長い間現実に立ち向かうためのツールでしかなかった。二度と負けたくないという心地が、純粋な強さへと駆り立てた。その動機自体に変化はないはずだ。敗北とは泥濘にまみれた惨めな結末であったはずだが、不思議とそんな感情はない。悔しいと言えば悔しいし、次に機会があるならば目の前のドラゴネットをけちょんけちょんにしてやりたいとも思うのだが、それはキリヒトがかつての〝敵〟に抱いていた、黒く濁った炎のような感情ではなかった。

 これは、自分が少しオトナになれたということなのだろうか。


 瘴気の晴れた亡魔領の空は、快晴であった。





 翌日になる。

 グラスゴバラ職人街は、いつも以上の賑やかさを取り戻していた。デスペナルティによって装備を失ったトッププレイヤー層がこぞって押し寄せ、〝アキハバラ鍛造組〟のギルドハウス、〝グラスゴバラUDX工房〟には、足の踏み場もない状態だ。彼らが一様に話すのは、グランドクエストの最終ボス妖魔ゾンビのことではなく、やはりその後に発生した最強プレイヤーの一騎打ちについてである。

 勝負は、キリヒトが自発的に敗北を認めることであっさり決したが、大衆の感情はもっと複雑だ。意図的な処理落ちの利用やら、大量の課金やら、あれを果たしてプレイヤーの力量として認めて良いのかどうか。彼らの情報源となるマツナガのブログでも、利用規約においてラグの不正使用を禁止していない運営の方針を批判する旨の記事が掲載され、それがまた話題を大きくしていた。


 結局、運営は規約の不備を認め迅速な対応を行った。利用規約には、意図的な処理落ちの発生を禁止する旨の一文が追加され、総てのプレイヤーに対して注意を促すメッセージが送信されたのである。

 シスル・コーポレーションの構築するサーバーシステムは非常に頑健であり、多少の攻撃ではびくともしない。情報処理のやり取りが多いVRMMOにおいて、いかなる演算が発生しようと決してダウンはしないというのがウリのひとつであり、ポニー社の先行発売したVRMMOタイトルを大きく引き離した理由でもある。利用規約の不備にはそうした背景があったと思われるが、今回、ツワブキ・イチローの大暴れによって、見直しを余儀なくされた形だ。


 大量課金によるアイテムの大量発生も、運営を大きく悩ませた。MMOもゲームである以上貨幣価値は変動しない。MOBの討伐により通貨ガルトが手に入り、それをNPCに還元するサイクルが崩れてしまえばインフレは加速するし、今回のポーション大量出現はその一因となり得た。

 結局のところ、イチローが首を縦に振ったことにより、大量のポーションは破棄されたという話である。使用した課金額はすべて返済されたのかそうでないのか、そこまでは他のプレイヤーが及び知るところではない。


 ゲーム内外の動きは、この一日でめまぐるしく変動したわけだが、その余波はグラスゴバラまでは届かなかった。職人達はいつものようにハンマーを振って武器や防具を作り、あるいはその耐久値を回復させている。アキハバラ鍛造組ギルドリーダーである〝↓こいつ最高にアホ〟氏、通称親方にしても同様である。

 彼が鍛えたシルバーリーフ20本のうち、18本が砕け散ったという話は聞いていた。決まり手が処理落ち攻撃からの素手であったり、まぁいろいろと不満がなくはないのだが、運営が作った〝さいきょうアイテム〟を相手取り善戦した事実は、親方の自尊心を大きく満足させた。


 さて、そんな折、ざわめきがギルドハウスのロビーに広がる。ちょうど剣の一本を鍛え終えた親方は、工房の奥まで届く喧騒の正体を突き止めるべしと、顔を出した。


 珍客である。


 全身を黒いコートで包み、飾りっ気のない直剣を携えた少年。アバターネームは『キリヒト』。人々が、その頭に『キング』と名づけて呼ぶこともある人物だとは、親方もすぐに理解した。


「珍しいじゃねぇか」


 親方がそう口にする通り、キングキリヒトがこの工房を訪ねるのは初めてではない。だが、大抵は人の目が少ない時間帯を狙って顔を出すため、こうしてトッププレイヤーの目に晒されるのはこれが初めてであった。


「本当は、もっと落ち着いてから来たかったんだけどさ」


 キリヒトは、周囲のざわめきなど気にしない様子で、得物を掲げる。


「けっこう耐久値も削れちゃってて。早めに直してもらおうかなって」


 結局、ソロプレイヤーであるとはいえ、アイテム耐久値の問題は常に付きまとう。ハイエンドなレアアイテムをメイン装備としているのならば尚更だ。XANは耐久値そのものが高いし、基本、キリヒトは攻撃を受けずに戦闘を済ませるタイプなので防具の耐久値も減少しにくい。顔を見せる頻度はそう高くないのだが、さすがに昨日の戦闘は大きかったらしい。


 アクセルコートはともかくとして、XANの修正難易度は高く、かなり高レベルの《製鉄》スキルが必要になる。親方の知る限り、条件を満たすのは自分かエドワードの二人だけだ。エドはリアルの事情が忙しくて、こちらに顔を出せていない。

 耐久値の修正に失敗するか、耐久値が0になったアイテムは当然破壊される。ゲーム中に1本ずつしか存在しない伝説武器レジェンダリー・ウェポンも例外ではない。破壊されてそれっきり、というわけではなく、再び誰かが取得フラグを立てるまで姿をくらますだけなのだが、持ち主の手から失われることには変わりないわけで、大抵の生産職プレイヤーはこれらの武器を扱いたがらない。結局、アキハバラ鍛造組の独占市場だ。


「まぁちっと待てよ。順番ってもんがある。てめぇだって例外じゃねぇぜ」


 キリヒトはガルト払いも良い上客だが、そこを譲ることはできない。


「そこを無理通す気はねーよ。何分くらいかかる?」

「30分ってとこだな。アイリスブランドでも覗いてきたらどうだ? ツワブキの兄ちゃんもいるかもしれねぇぜ」


 親方は、ロビーの窓から見えるシックモダンな建造物を指差した。これまたわざわざオリジナルグラフィックを用意した外観で、中世ファンタジーをベースとしたナローファンタジー・オンラインの世界観にはそぐわない。いかにも『高級ブランド』という雰囲気をかもし出す、自己主張のしない建築デザインではあるが、やはり目立つ。


「ああ、あれ、おっさんのギルドなんだ」

「なんだ知らねぇのか。結構有名なんだぜ。客はあんまいねぇけど」

「ふーん。別に良いや。会って話すこともねーし」


 そう言って、キリヒトはロビーにかけられた適当な剣を一本手に取る。


「これ買ってく。30分後にまた来るよ」


 30分もあれば、ヴォルガンド火山帯でのリザードマン狩りができる。キリヒトは購入した片手剣を携えて、山に登った。

 火山帯は広大で、目標となる5種のリザードマンの生息域も比較的広範囲にわたる。ステータスやスキルポイントの成長に引っ張りだこである彼らは、中堅プレイヤーではなく、キリヒトのような高レベルプレイヤーにも標的にされやすい。まぁ、少しかわいそうではある。

 とは言え、この一帯は中堅プレイヤーにとって有用な成長ポイントだ。トッププレイヤーの狩り場は、中堅プレイヤーでは手の届かない『深奥部』と自然に割り振られ、そこでも他のプレイヤーがレベル上げにいそしんでいた場合は大人しく手を引くという暗黙のルールがある。ソロプレイヤーであるキリヒトも、このあたりのマナーはわきまえているつもりだ。


 幸いにして、火山帯の深奥部で他のプレイヤーと出くわすこともなく、キリヒトはステータス上げに専念することができた。


 強く。より強く。その価値観は今も揺らがない。たった一度の敗北で、生き方が折れないことには安堵した。無心で剣を振るい、湧き出るリザードマンたちを切り捨てていく。レベル差のあるMOBを倒したところで、取得できる経験値は微々たるものだが、ステータスやスキルポイントは確かに蓄積されていく。まだまだ強くなれる余地はあるのだ。

 深奥部に足を踏み込んで10分も経った頃だろうか。時間的には、そろそろグラスゴバラに戻ってもいいか。そう考えて引き返す。最近は、毎日がこんな感じだった。ただひたすらMOBを狩って、強くなる。その行為に何の疑問も抱かない。強くなること自身が目的だからだ。


 それでも、負けることはある。


 彼にゲームの世界を教えてくれた人物の台詞である。他の子供よりも、現実の残酷さと集団の陰湿さを早く知ったキリヒトに、逃避の手段を与えてくれたのがその人物だった。感謝しているし、それを表に出すのは恥ずかしいが、孝行だって欠かしていない。まぁ、彼女はバーチャル酔いがひどく、この世界にまで顔を出しては来ないのだが。結果として、この世界はキリヒトにとって実質的な独り立ちである。

 独りで戦って独りで負けて、それでも惨めにならなかったのなら、次は現実にも立ち向かえる。心の中で師匠と呼ぶ人物はそう言っていた。だったら次は、それを試すときだろう。まぁ、実戦は夏休み明けまで待たなければならないな。登校して、現実かれらに立ち向かうのは、2学期になってしまう。そう考えると、8月は少し長い。


 最強のソロプレイヤーと言っても、一皮向けばこんなものだと、あのマツナガは知っているのだろうか。いや、今は準・最強か。まったく、現実というものはままならない。強さというものに、優劣はあっさりつくのだ。

 ま、いいや。面倒くさいことを考えるのはよそう。

 さっさとグラスゴバラに戻って、XANを鍛えなおしてもらってから、一端ログアウトしよう。そろそろお昼時だ。どうせまた、そうめんと麦茶だろうけど。

 たまにはエビフライとか揚げてくれてもいいのに。と、家事にはややものぐさな〝師匠〟への不満を漏らしながら、キリヒトは山を下った。





 アイリスは、その来客を、ぽかんとした顔で受け入れた。


「やっほー、アイ」


 アイリスブランドのロビー玄関で、手をひらひらと振っているのは、全身を簡素なアーマーで覆った人間の女性アバターだ。黒いショートヘアにハスキーボイスもあいまって、どこか少年的な出で立ちである。こうして顔を合わせるのは実に半年振りだったが、アイリスにははっきりとわかった。


「ゆ、ユーリ……?」

「うん。久しぶり」

「久しぶりー」

「うちらもおんでー」


 背後からひょっこりと顔を出す二人のプレイヤー。頭の上には、『レナ』『ミウ』とあった。

 酸欠の金魚のように口をぱくぱくと動かしたあと、アイリスは『きゃーっ』と歓声をあげてユーリに抱きついた。間違いない。MARYのギルドメンバーである。この5日間ずっと探していたのに、どうしてこんなところで? 疑問より先に再会への喜びかこみ上げてきて、アイリスはユーリの腕をぶんぶんと振り回した。


「ひーさーしーぶーりーっ! やだやだ、どうして? あのね、あたしね、実は亡魔領に行ってたんだよ? でも会えなくて……」

「あー、うん、知ってる」


 やや苦笑い気味の表情で、ユーリは応じる。


「実は、私たち、あのあと引き返してさ……たぶんすれ違いだったんじゃないかなぁ」

「えっ、そうなの?」

「チャットしたらアイに会いたくなってん」

「でも、グラスゴバラについたら、ギルドハウスに誰もいないじゃん?」

「3日目くらいに、ようやくツワブキさんを見つけたんだけど……」


 その言葉に、アイリスは『えっ』と首をかしげた。ロビーの奥を振り向くと、イチローはニスの塗りも艶やかな椅子に腰掛けて爪を磨いている。こちらの視線に気づいたのか軽く手をあげて挨拶した。ユーリ達も小さく会釈して応じる。


「御曹司、何も言ってなかったけど……」

「うん、なんかアイが忙しいみたいだから、今度にしてほしいって……」

「えっ、えー……?」


 まったく身に覚えのない話の内容に、アイリスは混乱した。

 待てよ、3日目ということは、ひょっとして会議の当日ということになるのだろうか。確かあの日、アイリスはユーリ達を探していたが見つからず、そのあと御曹司に何かを言われかけたような……。


「御曹司っ!」

「ナンセンス。『良いの』と話を打ち切ったのは君のほうだよ」

「そうよね! 人の話を聞かないのがあたしの悪い癖よね! くそう!」


 こればかりは御曹司は何も悪くないので、それ以上追及することもできなかった。


「アイも変わってないねー」


 ユーリの笑顔に、どうも決まりの悪い心地となる。変わってなくてごめんなさい、という心地だ。何かにつけて早計を辿ってしまうのは、確かに杜若あいり生来の欠点と言えるだろう。だが、次に出てくる言葉には、素直に同意した。


「いやぁ、会えてよかったよ」


 まったくだ。会えてよかった。

 今週はアイリス的にもゲーム的にも大きなイベントが目白押しで、プレイヤーごとに楽しみ方は人それぞれだったことだろうが、アイリスのメインイベント、グランドクエストはまさしくこれである。懐かしい顔に会えば、心も弾んだ。立ち話もなんだし、と中に案内して、思い出話に花も咲こう。


 イチローとキルシュヴァッサーは、ひとまずそれを遠巻きに眺めることにした。


「いやぁ、青春ですな」

「そうだね、17歳か。結構遠い年齢だよね」

「おぉっと、それ以上おっしゃらずに」


 主人の言葉が心をえぐる前に、予防線を張っておく。


「キルシュさーん、お茶、4人分あとで持ってきてー」

「はい、かしこまりました」


 軽く頭を下げて、2階に上がっていく4人を見送った。


「しかし、キングは強かったですなぁ」

「そうだね。僕ももう少しスマートに勝ちたかったかな。運営から警告ももらってしまったよ」


 メッセージウィンドウを開いて、なんともなしにイチローは言う。あざみ社長じきじきに作成したという警告メッセージには、ひとこと『やりすぎです!』と書かれていた。さすがにこれに『ナンセンス』と送り返すことはできない。強さだってルールという大前提の上に成り立つべきだ。


「卿は、キングがどうしてあんなに強くなったか気になってる?」

「まぁ、ゲーマーとして、多少は。時間もそんなに無いでしょうに」

「そう? まぁ、可能性としては色々あるんじゃないかな。君たちが話していたみたいに、お母さんに手伝ってもらったとか、自動化プログラムを使ったとかさ」


 あの戦闘のさなかによく聞こえていたものだ。キルシュヴァッサーは呆れてしまう。


「そもそも、彼の苦学生という言葉が嘘だった、とかね。苦労してる学生ってことには変わりなさそうだけど、家の金銭事情はそこまで深刻でもなさそうだったし」


 ただ、と、ここでイチローは言葉を裏返した。


「僕は彼がどんな手段を踏んで強くなったかには、興味ないかな。その動機にもね。彼は強かった。それだけで事実は完結しているし、僕にとっては十分かな」

「なんだか、上手くお茶を濁しましたな?」

「濁ったお茶というのもなかなか美味しいよね。卿、僕にもお茶を入れてくれないかな」


 ま、主人が十分だという話題を、これ以上振ったところで意味はあるまい。キルシュヴァッサーは申し訳程度に備え付けられたキッチンへ引っ込んでいく。

 イチローは、ロビーの窓から空を見上げる。緻密にライティングされた空は快晴。現実世界を反映してか、大きな入道雲が身体を広げている。キルシュヴァッサーが戻ったら、今日の昼食はそうめんを提案しよう。

8/12

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×オリジナル義ラフィック

○オリジナルグラフィック


×再開に

○再会への

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