第二十九話 御曹司、攻略チームに参加する
騎士団長〝鬼神〟ストロガノフが、第一分隊長〝男爵〟ガスパチョと共に再度ログインを行ったのは、当初の予定通り22時をまわった頃であった。〝聖女〟ティラミス、〝魔人〟ゴルゴンゾーラ、〝流星〟パルミジャーノの三人を始めとした騎士団員もみな顔をそろえる。その中には、ゲスト参加扱いとなっているアイリス、及びキルシュヴァッサーの姿もあった。
当初アイリスは、軽い会議の後再度深奥部を目指した行軍を行うものと思っていた。御曹司が掲げたアイリスブランドのギルド規則には『徹夜しない』があり、行軍途中でログアウトせざるを得ないのは確実だったので、ログアウト中連れて行ってもらうための《スタチュー》も取得しておいた。なにぶんアベレージ100前後の強キャラ集団に放り込まれているのだから、レベルは強引に上がる。新規スキル取得用のスキルポイントは余るのだ。
しかし、アイリスの予想通りにはならなかった。
ストロガノフはログイン直後、メニューウィンドウを開き新着メッセージを閲覧していた。その後、まるで敵NPCのような強面にさらにしわを寄せ、四人の分隊長を集めて会議を始めたのである。それが、今後の行軍に関する具体的な打ち合わせ、つまり、どのような隊列・戦術を続けるか、明朝までにどの階層までの到達を目標にするかといったような内容でないのは、傍目からも明らかである。
「え、なになに。なんの話をしてるの?」
そばにいる獣人の魔術師に小声で伺う。
「さぁ。でも、たぶんあのメッセージは、〝双頭の白蛇〟のマツナガからだよ。定期報告があるから」
何度か名前に上がるという探索ギルドか。確か先ほどは、下層におけるゾンビレギオンの出現情報を受けて、隊列を組み替えもしていた。ストロガノフが彼らからの情報を、そうとう信頼しているのだとわかる。
会議が長引きそうであるので、アイリスは周囲の団員たちをぐるっと見渡した。赤き斜陽の騎士団はギルド規模としてもゲーム中最大派閥であると聞く。思想が一致し、実力さえあれば誰でもメンバーに登用する向きがある。このダンジョンアタックに参加しているのも、全体のごく一部だ。
ティラミスや他の団員の話では、このダンジョンアタックは三日間、すなわち明日で区切りをつける予定であるらしい。メンバーは休みが取れた社会人や、夏休み中の学生、あるいはまぁ、非労働者を中心に構成される。旦那の目を盗んで仮想世界を楽しむ主婦層もいくらか混じっていた。リアルの予定が合わなかったメンバーは、地上部に見落としがないかの探索を続けているという。ダンジョンアタックに参加している以外にも分隊長は三人いて、うち二人は地上部の探索リーダー、一人は〝始まりの街〟で新人養成ギルド〝青き黎明の騎士団〟を組織しているらしい。ここまで大きくなると、もう何が何やら。
ここまで大きくなると、内部でのいさかいとかもあるんじゃないかなぁ、と、余計な心配をしてしまう。しょせんはゲームだ。だが、ゲームであるからこそ、プレイヤーにも譲れない意地と矜恃があるのではないだろうか。ストレス発散の場所であるべきこの仮想世界で、こうまで体系化された組織に所属すると、余計な苦労を背負い込んだりしないのか。
彼らを眺めながら、小声でそのような話を振ると、キルシュヴァッサーも肩をすくめた。
「どうなんでしょうな。軍隊ごっこが好きという方もいらっしゃいますよ。こうした架空の世界だからこそ、架空のコミュニティを楽しみたいという人もいるでしょうしな」
「まーそれはわからなくはないわねー」
「私は少人数の方が性に合ってますな」
「あたしもそうかなー」
言って、アイリスは彼女がデルヴェを訪れることになったきっかけ、かつてのパーティメンバーのことを思い出していた。
ギルドネームは〝MARY〟。四人の頭文字をつなぎ合わせただけの簡単な名前だ。アイリスの英字スペルがIrisだと知ったのはあとの話で、今では笑い話である。結局、自分のわがままでギルドは抜けさせてもらったが、始まりの街からグラスゴバラに至るまでの冒険は楽しいものだった。喧嘩もなくはなかったけど、あんまり覚えていない。
結成間もないアイリスブランドでの時間も居心地が良いものだし、少人数で楽しく語らうほうが、やっぱり自分は好きなのだろうなー、と思う。
もちろん、外部のプレイヤーである自分を、(十分以上の見返りがあるとはいえ)連れてきてくれた騎士団には感謝しなければならないし、個々でみれば、みんなフレンド登録したくなるような良い人ばっかりだ。
「すまん、みんな聞いてくれるか」
団員たちがそれぞれ仲のいいメンバーと語らっていた頃、ストロガノフの胴間声が響いた。
「双頭の白蛇リーダー・マツナガから、このダンジョンとクエストに関する情報が届いた。クエスト攻略に関する、奴からの提案もな」
ざわつきが収まり、視線がいっせいにストロガノフのほうを向く。
「マツナガの話では、最下層は地下25階らしい。これはキルシュヴァッサー卿からもたらされたツワブキの話とも一致する」
御曹司、本当にソロで最下層行ったのね。アイリスの顔には呆れじみた感情が浮かんだ。
話を続けるストロガノフの左右では、四人の分隊長が背筋を伸ばし〝やすめ〟の姿勢でぴんと立っている。微動だにしないどころか髪の揺れひとつないのは、仮想世界である以上当然と言えば当然だ。
「最下層にはグランドボスに関する石碑がある。この石碑と周囲の仕掛けの操作には魔法職のクラスを持つキャラクターが複数人必要で、マツナガ達ではイベントの発生を起こすことはできない。加えて、ボスは地上部のメインストリートに出現するであろうというのが、奴の予測だ」
ここで、ストロガノフは言葉を一端切る。矢継ぎ早に繰り出した事情の説明を、団員達が租借し、理解するのを待ってから、次の発言だ。
「マツナガのメッセージでは、イベントの発生後、ダンジョンの下層部と地上部を遮断する可能性を指摘している。これに関しては完全な予測である以上なんとも言えないが、もし何の事情説明もなく地上部にグランドボスが出現した場合、グランドボスと最初に戦うことになるのは我々よりも未成熟であろう地上のプレイヤーだ。彼らに無駄なデスペナルティを背負わせることになる。これは避けたい」
半分は、詭弁じみたものである。
アイリスにとってとんとあずかり知らぬことではあるが、サービス開始から約一年、数回ほど行われてきたナローファンタジー・オンラインのグランドクエストにおいて、最終目標であるグランドボスを討伐するのは、攻略プレイヤーにとってこの上ない栄誉だ。最強最大である赤き斜陽の騎士団に所属するプレイヤーの中には、その栄誉に預かりたいがために名を連ねているものも多い。
事実、過去6回行われたグランドクエストの内、3回は騎士団の攻勢によってグランドボスが討伐されている。
ストロガノフの本音は、一周年記念セレモニーを目前に控えたこの記念すべきグランドクエストを、騎士団とストロガノフ自身の手で勝利に導きたいというところであろう。そうしてこそ、『100年遊べる』とうたわれたこのゲームに、自身の存在証明を刻むことにもなる。地上部に数多くいる無名の冒険者に、それは譲れない。
アイリスはともかく、ヘビーゲーマーであるキルシュヴァッサーは、騎士団長ストロガノフの発言の意図を、そのように分析していた。別に、こうした野心めいた感情を否定する気にはなれない。単純に『みんな仲良くクエストを攻略しましょう』なんてスタンスでは、攻略ギルドをここまで大きくすることなどできないし、キルシュヴァッサー自身、グランドクエストを攻略することで手にするゲーム内の栄誉には関心がある。ストロガノフは、その栄誉を掴み取るための努力としてここまで騎士団を育ててきたのだ。批判するのもお門違いである。
加えて、残り半分として、彼の発言自体そのものにも一定の理はあろう。グランドボスともなれば、複数のトッププレイヤーパーティが協力して挑むのが定石である。赤き斜陽の騎士団はひとつのギルドで、その『複数のトッププレイヤーパーティ』という条件を満たしているのだが、その主戦力は見ての通りダンジョン地下へと進行中だ。地上部を探索中のパーティだけでは、グランドボスを相手取るのは難しい。
攻撃パターン、ステータス傾向、サイズや属性などにいたるまで全てが不明の敵だ。本来万全を期すのであれば、斥候などのクラスを持つプレイヤーなどで偵察戦闘を行い、被害を抑えるための努力をする必要がある。このゲームのデスペナルティの重さは周知の通りなのだ。現状、地上部にいきなりボスモンスターが出現すれば混乱は免れない。事実である。
まぁ、おおざっぱに言って二種類の感情が、ストロガノフの発言には現れている。
では、彼はこれからどうするつもりなのだろうか。
「そこでマツナガからの提案だ。我々赤き斜陽の騎士団は、あいつの双頭の白蛇と連携作戦を実施する」
まずは『おぉ……』という感嘆が聞こえ、ざわめきとなって団員の間に伝播していく。キルシュヴァッサーもそれなりに驚きを見せているようだが、アイリスはよくわかっていない。
「三大ギルドのうち二つが協力するってこと? それって……まぁ凄いのはわかるんだけど……」
「三大ギルドは、もともと利益に見合った協力こそはしていましたが、こうしたグランドクエストの攻略において直接力を合わせるなんてことありませんでしたからな。ドリームチームのようなものですよ」
「なんか、ぴんとこないなぁ」
「まぁ、そうでしょうな。ただ割とヘビーユーザーには驚きの展開なのですよ」
二人が会話を続ける中でも、ストロガノフは重々しい声で続けた。
「マツナガのメッセージでは、俺たち以外にも豪華なメンバーが集まった。最大ギルドのリーダー、幹部4人、」
それはあんた達じゃん、とアイリスは心の中で突っ込んだ。
「サービス開始以来一度もログアウトしたことがないという勇者、フレンドが200人いる人望の持ち主、学校通いながらスキルレベルカンストした奴、他に挙げたらきりが無いが、そうそうたるメンバーで、狩れないグランドボスはもはやいないだろうという最強集団だ。ソロでマギメタルドラゴンを狩った奴もいる」
「一度もログアウトしなかったら死んでるわよ」
アイリスの言葉は辛辣である。
「どうでしょうな。ピッツバーグのロボット工学研究所で、オンラインゲームの攻略アルゴリズムを備えた人工知能が開発されたらしいですよ」
「なにそれSF?」
「世の中はSFなことばかりですなぁ」
とぼけたことをいうキルシュヴァッサーではあったが、その最中にも、ストロガノフの弁舌には熱がこもる。予想だにしないドリームチームの結成。なにやら熱気を帯び始める団員達を前に、彼の言葉は徐々に演説めいた色を帯び始めたのだ。
「VRMMOはコミュニケーションのゲームである。力を合わせて強敵を倒す。俺の理念に賛同して君たちはこの騎士団に名を連ねてくれたものだと信じている」
「その上で、このような勇者達と力を合わせることができるようになったのは、この俺の理念が形となった証拠だと考えている」
「しかしだ!」
「しかし、顔をそろえる英雄達の中にあって、グランドボスを征伐し歴史に名を刻むのは……我々、赤き斜陽の騎士団でなければならない!」
こうして見ると、アバターの持つ屈強な体格ともあいまって、ストロガノフが大層なアジテーターに見えてくる。もちろん、自分で店を構えている以上は人心掌握の術もそれなりに心得ているのだろうが、ティラミスのいう〝小規模な料理店〟の店長が使うような言葉遣いでないのは確かだ。
アイリスはリアルと大してキャラクターを変えていないし、御曹司やキルシュヴァッサーもそんな感じがしているが、現実世界で抑圧された人格をウェブ上で開放する人は少なくないのかもしれない。喝采を上げ盛り上がる騎士団員達の中で、賢しらにそんなことも考える。
かくなる事情により、騎士団は急遽予定を変更し、話し合いの場を設けることになった。隊列を再び行軍重視のものへ変え、地上部を目指す。0時頃には地上部に出られるということなので、アイリスとキルシュヴァッサーもログアウトせず追従することになった。
ひとまず別々に行動する理由もないので、イチロー達はひとまとまりになって地上部を目指していた。のだが、夜22時を回る頃になると、キングは早々にログアウトしてしまう。夜更かしはしないというのが彼の言い分だったが、実際はあまり多人数で動きたくないだけだったのかもしれない。
夕食から戻ったザ・キリヒツのマリーネとイェーガー加え、更に探索ギルド〝双頭の白蛇〟のギルメン三人という妙な取り合わせで、彼らは階を上がって行く。
「まさかツワブキさんが参加してくれるとは思いませんでしたよ」
エルフの斥候マツナガが、端正な顔に薄ら笑いを浮かべて言う。
「ナンセンス。まぁソロプレイは思ったより楽しくなかったしね。せっかく初めてのグランドクエストなんだし、のんびりとやらせてもらうよ」
キリヒト(リーダー)から見れば、マツナガの言動にはどうも裏があるように思えてならない。
マツナガはオンラインゲームのプレイヤーとして有名人であり、まとめサイトや専用Wikiなど、運営するサイトの数も複数に及ぶ。当然、多くの有名プレイヤーとのパイプも太く、彼が各方面に声をかけられること自体に不思議はない。自身が掴んだ数々の情報から、二大ギルド協力の必要性を導き出し、グランドクエスト攻略に乗り出すという、その話もわかる。
だが、彼がときおり見せる本性を隠すような笑い方が、キリヒト(リーダー)にはどうも気になって仕方が無い。言葉にこそ出さないが、どうやら残る二人のキリヒトも同意見のようであった。背中にテクスチャされた白蛇のエンブレムが、そのまま彼の狡猾さを示しているというのは、さすがに考えすぎであろうか。
「キングの件については残念でしたがね」
「彼は群れるタイプではないからね。仕方が無いんじゃないかな」
マツナガとイチローは先頭を歩き、真ん中にザ・キリヒツ。後ろを獣人と小人族の斥候が周囲を警戒しながら進んでいる。
ツワブキ・イチローの目には、キリヒト(リーダー)が感じ取っているような不穏な空気が映っているのかどうか。今までとまったく変わらない調子で会話を続けているように見える。もっとも、彼がどのような状況でもペースを崩していないのは見ての通りであって、態度で気づいているか否かを判別することはできない。
「そう言えばツワブキさん、ご存知ですか? このダンジョンの……構造っていうんですかね」
「うん?」
「基本的にナローファンタジー・オンラインの建造物は、1マップで構成されているでしょう。壁を仕切って別のマップになったりしないんだ」
「あぁ、そうだね。おかげでギルドハウスの大規模なリフォームとかもできるようになっている。この場で言うってことは、このダンジョンもそうなのかい」
「ご明察ですよ」
マツナガは、低く笑った。イチローは足をとめずに周囲の壁や、天井を眺める。
イメージ距離、すなわちIDLにおいて、天井の高さは約30メートル。17階層から下のみであるとは言え、それだけで200メートルを超える。加えて、当然ながら1フロアのマップは平面積においても広大だ。確かに、階段の上り下りに際してロードのラグは発生しなかったが、それでもこれだけのダンジョンをひとつの独立したオブジェクトとして扱っているなど、にわかに想像しがたい話だ。
マツナガの言葉が本当であるならば、あの大量に発生するMOBや、上層階から地上を目指しているであろう赤き斜陽の騎士団、そのほかの冒険者達なども、すべて同一マップ上の処理が行われていることになる。サーバーにかかる負荷は相当なものであるはずだ。イチローも電子工学への造詣が深いが、どのような技術を駆使してこんな途方も無いマップを実現しているのやら。今度あざみ社長にそれとなく聞いてみよう。
このゲームにおいて、キャラクターの歩行速度は意識しない限りは同一だ。多少は【敏捷】値によって左右されるらしいが、極端な違いが生じることはない。その思考をダンジョンのプログラミングに向けていたイチローが、マツナガより半歩先んじることになったのは、このエルフの斥候が意図的に歩調を緩めたからに他ならない。
床に設置されたスイッチを、イチローの足が踏んだ。
瞬間、左右の壁が勢いよくせり出して、伸びる。傍目から見れば、壁が合掌を行うような光景であったろう。突然の出来事に、後ろを歩いていたザ・キリヒツでさえその反応が出遅れた。せり出してきた床に、イチローは左右から叩き潰される。血飛沫のエフェクトと共に数字がひらめいた。
疑うまでも無い。トラップだ。
「つ、ツワブキさん!」
哀れ、ツワブキ・イチローは夏の蚊のようにそのHPゲージを散らしてしまったのか、と言うと、そんなことはないのは読者諸兄のご想像に通りである。
「レイダースにこんなトラップがあったよ」
まるでトコロテンのように飛び出してイチローを叩き潰した左右の壁だが、直後にぴしりとヒビが入り、そのまま瓦礫と粉塵を散らして崩れ落ちた。中からは、当然の如く無傷のイチローが立っていた。もちろん、ダメージが外見に反映されないこのゲームにおいて、本当に〝無傷〟であるかはHPゲージを見て判断する。彼をフレンド登録していないザ・キリヒツに確認の術はないが、先の数字を見るにノーダメージというわけではないだろう。ただ、まるで意に介していない様子だ。
精緻なマップ造形とは裏腹にポリゴンの荒い瓦礫は、そのまま透過して消えてしまう。ドラゴネット特有の種族スキル《オブジェクト破壊》の効果である。叩き潰される直前か、直後。素手によるダメージ判定が発生したのだろう。
「ツワブキさん、無事だったか! ……なんか、わかってたけど!」
「うん」
イチローは特に胸を張るでもなくそう言って、ついていない埃をジャケットから叩き落とした。
「人が悪いね。教えてくれても良かったのに」
この程度のトラップ、素で見えていたであろうマツナガに、それだけ言う。
「申し訳ありませんね。どうも考え事をしていたらしいので、声をかけづらくってね」
「ナンセンス。僕の実力を見たいなら素直に言ってくれても構わないんだよ。どうしてそうしたいかは、まぁ、だいたい想像がつくし、興味もないんだけどね」
「いや、ツワブキさん。なんでここでケンカ腰なの……」
キリヒト(リーダー)の遠慮がちな問いかけに、イチローは首をかしげた。
「ケンカ腰? 僕が? いつも通りだけど」
「ツワブキさんってさ、面と向かって『おまえ嫌い』って言われたことどんくらいあるの?」
「1年に3回もないよ。でも、もうキングとエドに1回ずつ言われたから、今年は記録を更新するかもしれない」
するだろうな、とキリヒト(リーダー)は思った。なにぶんウェブ上の仮想空間では、人の心のタガが外れやすいから。滅多に言えないことでも口にしてしまうものだ。この人、敵作りやすいだろうし。
イチローは、そこからちらりとマツナガを見る。彼の言では、マツナガはツワブキ・イチローの『実力』を見たがっている。当然、プレイヤーとしての戦闘能力、対応能力のことだろう。キングに見せていた友好的な態度は、そこに一切感じられない。
イチローをクエスト攻略の作戦に招待したのはマツナガ自身だ。キングの身も蓋もない拒絶の直後であるから、ひょっとしたら本意でなかった可能性はある。作戦に参加してもらう以上実力を測っておきたいというのは理にかなっているが、順序としてはあべこべだ。実力を測定してから作戦の参加を要請するべきではないのか。
加えて、ソロで最下層に潜るだけの実力があることは、ほかならぬキングキリヒトのお墨付きでもある。客観的に見て問題はないはずだった。いきなりトラップにはめてまで実力を知りたい理由とはなんだろう。
にわかに、空気が張り詰めるのがわかる。
マツナガの武器は短刀、後ろにいる二人の斥候は、ボウガンを構えている。武器種別は弓であり、《弓矢の心得》の適用範囲にはなるが、鍛冶師の《ガンスミス》によってのみ作成・強化できる強力な武器だ。
「マツナガ、僕がキングの対抗馬として成り立つかどうか。知りたいんだろう?」
「……ツワブキさん、あんまり人の考えを詮索するのは、感心できませんね」
「おっと、ごめんよ。別に君を惑わせて動揺させようってわけじゃないんだ。そんなことしなくても、僕が一番強くて凄いからね」
こんな空気の中にあっても、イチローは余裕の態度を崩さない。ザ・キリヒツの三人は、見事にボウガンの射線上に立っていたのだが、状況がこうなってしまっては動くに動けなかった。ここは都市内ではない。その気になれば、PvPは容易に発生しうる。二人の斥候が気まぐれを起こして引き金を引いただけで、彼らはその矢に身を貫かれるのだ。
「やめときましょう」
だが、マツナガはそう言った。二人の斥候もボウガンを降ろす。
「俺たちは探索職だ。廃課金戦闘職のあんたに勝てると思っちゃいませんよ」
「実力を見るだけなら勝ち負けは関係ないんじゃないかな」
「それでもね。あんたのパンチは一発であのエドワードをぶっ飛ばしたわけだし、ひ弱な俺らが食らってデスペナ受けたらもったいない」
ぴりぴりとした空気のまま、マツナガは例の薄ら笑いを浮かべて見せた。
ふわり、とハイドコートを翻して、先へ進む。途中、インベントリからオブジェクト化した『マーク・フラッグ』をところどころ床に突き立てていった。おそらく、踏むとトラップが発動する箇所だ。二人の無口な斥候も、それに続く。
「なぁ、ツワブキさん」
「ん、」
イチローとザ・キリヒツも、彼らの背中が見えなくなる前に追いかけることにした。
「さっきのあれ、どういう意味だよ」
「僕が一番強くて凄いってこと? そのまんまの意味だよ」
「違うって」
本気とも冗談ともつかないその言葉に、とりあえず礼儀を入れておく。
「キングの対抗馬とかどうとか」
「あぁ、うん。マツナガも言っていただろう。あまり人の心を詮索するのは感心できない。僕がどう思うかはともかくとして、マツナガがそう言っているならばこの件の詮索はやめるべきだ。さっきも言ったけど、僕はあまり興味がないことだしね」
「なんだそりゃ」
キリヒト(リーダー)は、やはり釈然としないものを感じていた。




