第二十八話 御曹司、最下層へ到達する
桜子の手からスプーンがぽろりと落ちた。マホガニーで出来たダイニングテーブルをこつんと叩き、ソースが散って床に転がる。一朗はと言えば、その一連の流れを無感動な瞳で見つめているだけだった。数秒もおかず、桜子ははっと我に返って席を立つ。
「あ、失礼しました」
スプーンを拾い上げ、テーブルを拭き、さらには雑巾を持ってきて床を拭き終えるまでの一連の仕草に一切のよどみは無い。一朗はなんとなしに食事の手を止めて、その様子を見守ることにする。落ちたスプーンを片付けて、すぐに新しいものを持ってくる。
その後、改めてこのようなことをたずねた。
「もう最下層ついたんですか?」
「ついたよ」
「キングキリヒトと一緒に?」
「一緒に」
「すごい」
簡単なやり取りがあってから、ようやく食事は再開する。
今日のメニューはビーフストロガノフであった。ナローファンタジー・オンラインの中で、赤き斜陽の騎士団と出会った日のうちの、これだ。一朗は、やや妙な心地でありながら、料理を口に運んでいた。バターライスと一緒に出されたそれは、まぁ桜子好みのしそうな、いかにもカロリー高めのメインディッシュである。反面、こうした高カロリーの料理は、一朗はあまり好きではない。ただそれはあくまで食におけるポリシーの話であり、普通に美味しいので箸は進む。
「私たちも、というか、赤き斜陽の騎士団もそれなりの行軍速度だと思うんですけどね。最下層が地下25階なら、もう半分以上でしょう?」
「どうだろう。MOBの強さとか出現頻度とか、割と劇的に変わるよ。全滅したパーティのドロップは目に見えて増えていたからね」
「一朗さまが言っても、あまり危機感を感じません……」
「だって僕自身があまり感じていないからね」
言いながら、スプーンでストロガノフをすくい、口へ運ぶ。肉の旨みにサワークリームの酸味が混ざり合って口内で弾けた。たまにはこういうのも悪くないな、と思いながらもう一口。どろりとしたソースにバターライスをからめてからいただく。
桜子によって夕食に呼ばれる数十分前、竜人族の魔法剣士ツワブキ・イチローは、計四人のキリヒトと共に〝亡却のカタコンベ〟最下層へと到達した。実際にたどり着いてしまうと本当にあっけないもので、ここまであっさりたどり着いてしまって良いのだろうかという思いも、ないわけではない。だがナンセンス。デザイナーの意図がどうであれ、それに順じて手を抜いてやる必要はもちろんないのだ。一朗の主観ではそうであるし、客観的に見てもそうだろう。
なお、肝心の〝勝負〟の行方であるが、目的地である大広間にたどり着いた時点でドローであった。具体的なカウントは300ジャスト。イチローとキングキリヒトは互いの健闘を称えあいつつも、握り合う手に自然と力を込めた。だが、スキル《握撃》を有さない二人がどれだけ拳の力を込めたところで、【筋力】ステータスはダメージを算出したりしないのである。
握手にも疲れ、予想より早くたどり着いてしまった、どうしよう、と相談を始めたあたりで、キングは夕食の時間となった。ログアウトする直前、彼が入れた『ご飯できたみたい。お母さんに呼ばれた』という断りには、ザ・キリヒツもなにやら複雑な表情をしていたのを覚えている。
「下のほうにはどんなトラップがありました?」
「ああ、うん。キングがトラップの無いルートを完全に把握していたからそれがよくわからないんだ。いきなり床が爆発して防御無視の500ダメージとかあるらしいけど」
「完全に騎士を殺しにきてますね。ステータス無視の実ダメージ系は嫌いです」
それはそれで被害妄想じみた発想な気もするが。付け合せのサラダを口に運びながら不機嫌さを滲ませる使用人を、一朗は冷静に観察する。
「桜子さんのほうは、何か面白いことあったの?」
「特に何も。楽しいと言えば楽しいし新鮮な経験ですけど。やっぱり大規模な強力ギルドに参加すると埋もれちゃうなーって。トラップも精鋭の斥候や盗賊が見つけちゃうから、すごい安全なんですよねー……」
桜子は、今度はなにやら遠い目を作ってそう言った。
キングキリヒトは、MMOの楽しみ方は人それぞれと言っていたか。さもありなん。わかってはいたが、こうした話をするにつけ、その真実を再確認する。おそらく、赤き斜陽の騎士団がゲームに対して求めているのは、『プレイヤーとしてゲームを攻略する』という事実そのものなのだ。だからこそ効率が重視され、そこにはいささかばかりの無駄がなく、しかし常に安全を重視する。一朗は知らなかったが、ギルドリーダーが平時のレベルアップをバイトに任せたりする話を聞けば、なおさら実感できるだろう。
扇桜子、人間の騎士キルシュヴァッサー卿はそうではない。彼の楽しみには、ゲーム内で発生する窮地のシチュエーションや、レベルアップの過程なども含まれる。最終的に味方を守り盾となって、自分の設定したキャラクターに忠実なロールプレイをまっとうできれば、それで良いと考える。安全にクエストをクリアするだけのプレイは、どこか彼の楽しみ方からどこかずれてしまっているのだろう。
キングは、戦って勝つことが好きだと言っていた。彼が求めることが、自身の強さを自分自身に対して証明し続けることだすれば、それは実にシンプルな話だ。求道的ですらある。だから誰の手も借りず、最前線で一人で戦い続けるし、それによって生じるあらゆるリスクもデメリットも彼にとっては意味がない。
自分は、どうかな。
一朗は思った。石蕗一朗は、ナローファンタジー・オンラインに何を求めているのだろうか。単なる刺激? それは間違いない。事実、ゲームを始めて以来、彼の知識的欲求や美的感覚は常に新鮮な刺激で満たされ続けていた。変化の無い日常に、やや退屈が続いていたさなかであるから、一朗はこれを大いに楽しんだものだ。
では、自分はVRMMOというゲームジャンルで、どんな楽しみ方をしようとしているのだろうか。
「ナンセンスだなぁ」
一朗はぽつりと言った。
「何がですか?」
「内省」
「確かに、一朗さまからは遠いところにある単語ですね」
「結局、僕はやりたいようにやるだけだからね。あまり自分の行為や目的を言語化するのは好きじゃないし」
最終的にはそこに行き着いてしまうことになるか。
純粋にキングの実力は賞賛するべきものがある。ゲームという厳格な制約がある世界だからこそではあるが、少なくともこの23年間、一朗は自分の隣に並び立つ者に出会った記憶がない。邂逅から3時間近くを経て、いまだに優劣を決していない人間など初めてだ。
ただひとこと、言えることがあるとすれば、いま一朗は、まったく未知なる経験と感情に対する充足感を感じているということである。自分がナローファンタジー・オンラインにどんな楽しみ方を要求しているのかなど、考えるだけでもナンセンスだが、いまはこのゲームが与えてくれた新しい出会いに、静かな興奮を覚えているのだ。
それだけで十分だといえば、そうである。
「でも、騎士団のティラミスさんとフレンドになれたのは良かったですよ。女子力高そうな人でした。仙台の洋菓子メーカーに勤めてるらしいですよ」
どうやら、桜子のほうでも新しい出会いはあったようだ。
「警戒されなかったの?」
「あ、キルシュヴァッサーとしてってことですか? あの人はたぶんわかってますよ。私が女だって」
「アイリスは気づいてないのにね」
「ははは。どうしましょうね。そろそろ明かしづらくなってきました」
隠してるつもりはないんですけどね、とも言う。確かにアイリスの場合、最初からキルシュヴァッサーを男と思い込んで疑わなかったので、真実を告げる暇が無かったというのはある。初対面で初老の男が『イチロー様の家でメイドをしています』などと言えば、それはそれで相当気持ち悪かったであろうから、桜子にも罪は無い。
「でも、女プレイヤーで有名人だと苦労も耐えないみたいです。ティラミスさんはアバターも凄い美人ですし、聖騎士はエクストラクラスですしね」
「DFOのアイナみたいな話だ」
「私も今度サブアカウント作ろうかなーって思いましたよ。なんかこう、きゅんきゅんで可愛い奴を」
何気ない桜子の言葉ではあったが、一朗はふと不穏なものを感じ取って、とりあえずこう言った。
「あまり痛々しくないのにしてほしいかな」
夕食を終え、再度ログインする。すでにキングは戻ってきていた。逆に、ザ・キリヒツの三人の内、リーダーを除く二人がログアウトしている。
「やあ」
「よう」
軽い挨拶をかわす。
彼らが辿りついた最下層の大広間には、中央に石碑が安置されている。最初に彼が教えてくれた通りの情報だった。いかにもダンジョンらしい軽い仕掛けのようなものはあるが、全体像は確かに祭壇じみている。このダンジョン名が〝亡却のカタコンベ〟であることや、ここに出現するMOBの傾向を見れば、死者を祀るための装置であるようにも思えた。部屋は無機質な石造りで、ひんやりとした空気やカビ臭さは変わらないものの、どことなく不気味な空気を宿している。
再ログインするまでの間、キングがじっと待っているというのはなにやら意外であったが、立ったまま壁に背中を預けた彼は、顎で大広間の中央を指した。理由は、すぐにわかる。
見たことのないプレイヤーが三人、石碑を調べていた。
皆、ダンジョンアタックを行う割に軽装だ。むろん、イチローだって装備の重い軽いに関して他者をどうこう言えるような見た目はしていないのだが、彼らは全員、防御よりも回避に偏重したステータス育成を行っていることが想像できた。背中には2本の首を絡めあった白蛇のエンブレムがテクスチャされている。
「探索ギルドの連中だよ」
キングキリヒトは退屈そうな声音で言った。
「オレが戻ってきてしばらくしてから部屋に入ってきた。いま、仕掛けの調査中みたい」
「へぇ、かなりやり手のプレイヤーじゃないか。ここまでたどり着くなんて」
戦闘・攻略のトップ集団である赤き斜陽の騎士団がいまだ半分時点で足踏みしていることを考えると、かなり驚異的な行軍スピードである。
だが、キングはかぶりを振った。
「やり手なのは否定しないけど、そんな強い連中じゃねーよ。レベルも高いけどさ。【敏捷】【知覚】を伸ばして、スキルスロットもトラップ探知系や隠密系で埋めてんだ」
「ダンジョンアタックの専門家ってことかな」
「そういうこと。まぁいーんじゃねーの。ああいう連中いないとイベント進まねーし」
三人組の真ん中にいるエルフが、どうやらギルドリーダーであるらしかった。話を聞くに、クラスは斥候、盗賊、そして忍者だ。
このあたりに関しては、キングキリヒトよりもキリヒト(リーダー)の方が詳しかった。忍者は銃士や聖騎士、他に例をあげると大魔導士、竜騎士などと同様のエクストラクラスであり、取得については厳しい条件がある。ギルドリーダーの名はマツナガ。探索ギルド〝双頭の白蛇〟のリーダーとして、多様な忍者のスキルやアーツを駆使したダンジョンアタックに励んでいる。
「ナロファンを代表する検証プレイヤーのひとりだよ。アカウントたくさん作ってエクストラクラスの取得条件を調べまくったり、Wikiのダメージ計算式とか、MOBの体力とかを数値化したのもあの人。キングはああ言ってるけど、忍者自体がかなりの強クラスだから、戦闘能力もそれなりだと思う」
しかし本当にいろいろな楽しみ方をする人がいるものだ。
「しかしそれでいてレベルも高いんだね」
「基本、ずっと潜りっぱなしらしいよ。まとめブログとか作ってるのもマツナガだし、そんなに裕福じゃないけどアフィリエイトとかで食べてるんだってさ。オンラインゲーマーとしてはそこそこ有名だよ」
VRMMOとは言っても、専用のブラウザやアプリケーションを購入すれば、ブログの更新や攻略Wikiのメンテナンスだって出来てしまう。その気になれば、ゲームの中でずっと生活を送ることも可能だ。そうなってしまうと、現実世界など身体を維持するための最低限の行為をするための場所にすぎなくなる。
「オレ、多分あの人と何回か戦ったことあるよ」
マツナガ達の作業をじっと眺めながら、キングが言った。
「PvPってこと?」
「いや、ナロファン始める前。ていうかミライヴ買う前。オレ、ゲームごとに少しずつ名前変えるんだけど、あの人はずっとマツナガだったな」
「そう言えばキングを最初にキングって呼んだのもマツナガのブログだった気がするわ。思い入れがあったんだよ」
「ふーん。まぁオレはどうでもいいんだけどさ」
この話の流れからするに、キング自身も今まで色々なオンラインゲームに手を出していたということになる。戦って勝つのが好きと言うからには、やはりなんらかの対戦要素が入ったタイトルをプレイしていたのだろう。その過程で、偶然マツナガとぶつかる機会が何度かあったということだ。
「ナロファンでは戦ったことないよ。初の本格VRMMOだし、あの人も検証の方が楽しいのかもね」
「知識を集めて公開するのが好きという人種は確かにいるね。技術や知識の発展はそういう人間なしにはあり得なかったから、彼もこのゲームの発展には不可欠な男だったんだろう」
スキルポイントの成長値に直結する【技巧】値や、ヴォルガンド火山帯におけるリザードマン道場の存在も、彼ら検証班の手で明らかになったものである。イチローだってその恩恵には預かっているのだ。
そんな会話のさなか、マツナガがこちらをちらりと振り向いた。エルフ特有の、線が細く端正な顔立ち。キリヒトのものによく似たロングコートを羽織っているが、中の衣装は忍装束と鎖帷子、頭にはディテクトゴーグルと、統一感のない出で立ちだ。帽子から覗いた耳がピクピクと動いている。
「そう言えば、エルフの種族スキルに《遠耳》というのがあるらしいね」
「ああ、地味だけどな。《森渡り》とかもあるらしーぜ」
「え、じゃあ何。今の話全部聞かれてたりするの?」
「ナンセンス。気にすることじゃない」
イチローが軽く手を振って挨拶するが、エルフの斥候であるマツナガは、ぷいと視線を逸らしてしまった。コートがふわりと翻る。
「あのコート、ハイドコートって言って、見た目は地味だけど激レアアイテムでさ、MOBのヘイトが上昇しなくなったり、PvPで相手の【知覚】に不利な補正かけたりするんだって」
「君のコートと似ているね」
「オレのはアクセルコートだ。同じレアアイテムだけど。アクションの初速に補正がかかるやつ。便利だよ。防御力はカスみたいな感じだけどな」
そう言って、キングは自慢するようにコートをひらひらさせる。イチローからしてみれば非常に地味な衣装で大して羨ましい装備でもなかったのだが、話を聞く限りでは彼の戦い方によくあっていると言える。初めて彼の戦闘を目撃した際は、どれだけ【敏捷】値を上げたのかと思ってしまったが、そういうカラクリがあったのか。
「あんたのコートは?」
「いや、俺のはただのタイアップ防具だから」
キングの問いに、キリヒト(リーダー)は気まずそうに目をそらした。
「防具の話ならツワブキさんに振ってくれよ。キングはあんま興味ないかもしれないけど、結構ユーザーを騒がせた事件があってさ」
「うん、興味ねーや」
「君もなかなか肝が据わった子供みたいだね」
世界がうらやむ御曹司・石蕗一朗にあっては、自分が関わった件を『興味ない』とばっさり切り捨てられるのは人生で一度たりとも経験したことのない貴重な事件である。こんなことで彼が今までに築き上げた価値観と自信が揺らぐはずもないのだが、まさかサーバーマシンの中に構築された小さな仮想空間で、世界の広さを痛感することになるとは思わなかった。世の中色んな人間がいる。
もしこれ以上防具の話をすることになるのであれば、アイリスにこのグラフィックデザインの解説をさせなければならないと思っていたのだが、(彼女にとっては)幸いなことにそうしなくとも済んだ。検証組三人の調査にひと段落ついたのである。
「よう、キングじゃないか」
にこやかな笑顔と共に、マツナガがこちらに歩いてくる。左右を固めるのはそれぞれ小人族と獣人の斥候であり、どちらもきっちりマツナガと同じハイドコートを装備していた。先ほどキリヒトの言った『激レアアイテム』という言葉には、もう何のありがたみも感じられない。
「マツナガだっけ。オレ、あんたと話すのこれがはじめてだ」
キングもキングで自分のペースを崩さない返し方をするが、マツナガはさして気にしていないようだった。
「キングなら俺たちよりも先に最下層へ到達すると思っていたよ。やはり最強のソロプレイヤーは違うね」
「まぁこれ2回目だけどな。おっさんがオレと遊びたいっていうんだよ」
その言い方には、語弊がある。なにやらいたずら心というか、こちらを不当に貶めるような意図があるようにも感じたが、そもそも他人の評価など原則として気にしないのがイチローであるからして、そこには大して取り合わない。マツナガがどう捉えようとそれは勝手だ。彼の口元に、嘲りに似た色が浮かんだところで、やはりそれは変わらない。
「ツワブキ・イチローさんか。はじめまして、マツナガです。顛末については掲示板でしか知らないんですが、楽しませてもらいましたよ」
そういえばまとめサイトのアフィリエイトがおもな収入源と言っていたな。先日のアイリスブランド事件の顛末を、丁寧にまとめてくれたのもこの男というわけだ。イチローとしては、あれはあれで初心者や未プレイユーザーにも良い宣伝になったと思っているので感謝したいところではある。
「結構。僕は別に楽しんでもらいたくてやったわけじゃないんだけど、それで君が幸せになれたなら良いことじゃないかなと思うよ。君の作ったWikiは僕もよく見ている」
「どうも」
挨拶と共に、短い挨拶をかわした。キリヒト(リーダー)は無視される。
「マツナガさん、あれ、結局なんだったの?」
キングキリヒトは、壁に背中を預けたまま当然の疑問符を口にした。
あれ、と言いながら彼が顎で示すのは、部屋の中央に安置された石碑である。イチローも《遠視》スキルで眺めてみたが、表面に描かれているのは見覚えのない紋様の羅列だった。他国の各種言語に精通し、気まぐれで古代碑文の解読を試みたこともあるイチローだが、そこに規則性のようなものは確認できない。あるいは、規則性を見出すにも一定の【知力】ステータスや、特定のスキルが必要になるのか。
「このクエストのグランドボスについて書かれた碑文だよ」
マツナガは、その推論の正しさを証明するように、はっきりと答えてみせた。
「キング、このクエストの目的を覚えているかい」
「興味ねーし飛ばしちゃったよ」
「亡魔領周辺で瘴気の異常発生、その原因を探るんじゃなかったかな」
キリヒトの代わりにイチローが答えてやると、マツナガはやや表情を曇らせながら頷く。
「そう、このダンジョンは、かつてこの街を滅亡に追いやったネクロマンサーを封印するためのものだ」
「ああ、設定上はゾンビレギオンを作ったとかいう」
キリヒト(リーダー)も会話に混じってくる。そんな設定があったのか。イチローは専用ブラウザで用語Wikiを開いた。
「ちなみにそのあたりの設定も、俺たちがこの亡魔領のマップを作る過程で発見したものだ。東の区画に図書館跡があってね」
「自慢はいいから話進めてくんねーかな」
「わかったよ。えぇと、そう。まぁキングは設定に興味がなさそうだからざっくり話そう。封印が解かれかかっていて、ネクロマンサーの最高傑作である妖魔ゾンビが復活しようとしているって流れらしい。メインストリートの中央の巨大な妖魔像があっただろ? あれがたぶん瘴気の原因で、グランドボスだ。図書館の資料でもいろいろ言及されていた」
そう言えばそんなものもあったな。話を聞いて、キリヒトは静かに背中の剣へと手をかけた。
「で、そいつを倒せばクエストは終わるんだな」
「気が早いなキング。まだグランドクエストがはじまって2日目だぞ」
「オレ、タイムアタックも結構好きでさ」
キングキリヒトは、あくまでもシステムとの直接対決にしか興味が無いらしい。それも彼自身の楽しみ方だ。外野がおいそれと否定できることではないだろう。
だが、マツナガは苦笑してかぶりを振った。メニューウィンドウを開き、フレンドリストからメッセージ画面を呼び出している。
「再封印を行うには、魔法職のキャラクターが数人必要だ。たぶんだが、封印をいじろうとした時点で妖魔ゾンビの復活イベントが発生する。戦闘込みかな。でもここが最下層で妖魔ゾンビは地上のメインストリートだろ。たぶん、分断イベントを兼ねてるんじゃないかなって思うんだ」
「じゃあここにいるとそいつとは戦えないのか」
「たぶんな。ずっと出られないっていうのもゲームの自由度的にどうかと思うから、なんらかの措置はあるんだろうけど……ナロファンの運営、意外とアレなとこあるからなぁ」
マツナガの物言いには、常に誰かを小馬鹿にしたようなニュアンスを含む。この場合はその対象が、イチローの知人であるあざみ社長らに向けられていることになるのだが、実際問題、彼らの作ったゲームシステムに粗が多いとは感じていたので、取り立てて反論する気にはなれない。もちろん、シスル・コーポレーションの提供するグラフィックデザインや世界観は非常に好みだ。
公平でなければならないオンラインゲームの割りに、自分やキリヒトの戦闘能力が突出していることを考えると、バランス取りもあまり上手ではないように感じる。おかげさまで楽しませてもらってはいるが。
「それじゃあ、マツナガ。君はこのクエストをどうやってクリアするべきだと考えるんだい」
結局、剣をもてあましてしまったキングに代わり、イチローがたずねる。マツナガはニヤリと笑った。
「そのためにいま、メッセージを送ってるんですよ」
「へぇ」
「実は、赤き斜陽の騎士団には今までのグランドクエストでも情報提供をしてきたんですがね。今回は双頭の白蛇と赤き斜陽の騎士団、2大ギルドの共同作戦という運びにしようと思いましてね。ツワブキさんは始めたばかりだからわからないでしょうが、なかなかセンセーショナルな展開なんですよ。これは」
その後、マツナガは顔をあげ、このように続けた。
「で、もちろんキングにも中枢として参加してもらいたいと思ってるんです。どうかな、キング」
自らの剣を振り、退屈そうにしていたキリヒトである。彼はいきなり言葉を向けられ、一瞬だけ沈黙を見せたのだが、最初から答えは決まっていたかのようにこう言った。
「やだ」
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×ぷいと視線を空してしまった。
○ぷいと視線を逸らしてしまった。
ホビットを小人族に変更。




